こんにちは、ピッコです。
今回は29話をまとめました。
ネタバレありの紹介となっております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
29話
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 魔法使いの助手
どうしていいか分からずに目だけあちこち転がしているが、ルースが欠伸をして気乗りのしない口調で挨拶をしてきた。
「おはようございます、奥様。昨日転んで怪我をされたところは大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です。た、ただ少し、掻かれただけです」
ルースはふさふさした頭をかきながらマックを上下に見回す。
「そう見えるんですね。カリプス卿が非常に酷く怒られていたので、私はどこかの骨でも折れたと思いました」
無情に言い放ったルースが隣の席の椅子を引いてくれた。
「どうぞ、お座りください。ねえ、奥様にも昼食を出してあげなさい」
それから断わる間もなく、下男に命令を下した。
他の騎士たちの顔をちらりと見ていたマックは、中腰の食卓の前に座る。
不快な空気が流れた。
食べ物が来るのを焦って待っていたマックは沈黙に耐え切れず口を開く。
「リ、リプタンは・・・、どこに・・・」
「カリプス卿は城門を修理する現場にいらっしゃいます。今回は鋼の門をつけると言って鍛冶屋と技術工を呼び集めました」
ルースはパンをちぎって口に入れながらブツブツとつぶやく。
「そこに魔導具まで設置すると言っていました。ただでさえ防備に病的に執着する方なのですが、あの滅ぶ貴族が火をつけたわけです」
「あ、安全ならい、いいことでしょう」
マックは会話ができることに安堵し、わざと明るい声で答えた。
ルースは顔をしかめ、悔しくてたまらないように叫んだ。
「その魔導具を製作するために、これから私は骨が溶ける予定なんですが」
ちょうとメイドが鶏肉の入ったスープと野菜サラダ、焼きたてのパンを持ってきて食卓の上に置く。
マックは湯気がゆらゆら上がってくるスープを口の中に入れて舌を転がした。
魔導具製作というのが正確にどんなことを言っているのかは分からないが、この魔法使いが病む音を出すことから見て、非常に頭が痛く煩わしいiことに違いない。
ルースは食事をしている間、ずっと頭をつかんでくよくよした。
すると、何かを思い出したかのようにさっと頭を上げて口を開く。
「そういえば、奥様は基本の数学までできますよね?」
マックは危うくむせぶところだった。
男はいつも眠気に襲われたように見えたぼんやりとした青灰色の目を、恐ろしいほどキラキラと輝かせながら凝視してくる。
その姿に額に冷や汗がにじんだ。
できないと言えば、ただでさえ自分の存在を無視する騎士の前で愚かさを認める格好だ。
しかし、「できる」と言えば、将来が苦しくなるような予感がする。
マックは彼の目を避けてスープに夢中になっているふりをした。
ルースは身を乗り出して視界をさえぎってくる。
かすかな目つきが良心をちくちく刺した。
「恩をこのように返してもいいのですか?」
「あの、私はま、魔法使いのや、役に立つには・・・、ふ、不十分ですから・・・」
「不十分なのは知っています!猫の手でも借りたい状況でなければ、私も奥様にこんなお願いはしません」
彼女は一抹の助けたい気持ちさえサッと消えていくのを感じた。
表情が落ち着くのを感じたのか、魔法使いがわざとかわいそうな顔をして見せる。
「私が物心両面で奥様を助けたことを忘れてていないでしょう?」
「はあ、でも私、本当に能力が・・・」
能力も能力だが、下手に助けてやると言い出したところで、どんな虐めと悲しみを受けることになるか分からない。
この魔法使いの几帳面さは実に格別だったのだ。
わざと視線を避けると、ルースが執拗に食い下がった。
「簡単な計算作業だけ手伝ってくれればいいです。奥様でも十分にできることですよ」
「ほら、魔法使い・・・、いい加減にしろよ。貴婦人に無礼だ」
彼らの会話を間かなかったふりをして、黙って食事をしていた騎士が見かねたのか、割り込んできた。
ルースは彼を見たふりもせずに彼女に哀願の目を向け続ける。
断れば出くわすたびに天下の恩知らず人間と罵倒してくるかもしれない。
この気難しい魔法使いなら、その可能性は非常に高い。
結局、マックは泣き寝入りでうなずいてしまった。
ルースは顔を大きく見開いて,ジャガイモ料理を私の皿に盛ってくれた。
「この恩は忘れません」
「・・・この間にかなり親しくなったようですね」
じっと彼らの会話を聞いていた大柄な騎士ヘバロンが後頭部を掻きながら言った。
マックはためらいがちに慎重に答える。
「お、お城を造るのにいろいろアドバイスを受けたんです」
「ああ・・・」
男がぎこちなく一言言って、パンを大きく口にくわえた。
その冷たい態度にマックはしょぼしょほと項垂れる。
久しぶりに男がぶっきらぼうに吐き出した。
「城がなかなかもっともらしくなりましたね」
「あ、ありがとう」
男が目をあちこちに転がした。
彼も彼女に劣らずぎこちなく見える。
それもそのはず、顔を見合わせたのはずいぶん前だが、彼らはお互いに正式なで紹介を交わしたこともなかったのだから。
彼らにどう接していいか分からず、彼女はスープの器だけをかき回した。
そのようにぎこちない沈黙が流れるでどれほとだろうか、黙々と食べ物を食べていた騎士たちが一人二人と席から立ち上がって頭を一度こくりと下げてはそのまま食堂を出てしまった。
マックは意気消沈した顔で彼らの後ろ姿を見る。
その時、ルースのため息混じりの声が間こえてきた。
「レムドラゴン騎士団は、クロイソ公爵に不当な目に遭いました。あんな態度を取っても仕方ないですね」
マックはびくびくしながらルースを見る。
彼は.どろっとしたスープにパンをたっぷりつけて、無味乾燥な口調で話し続けた。
「今回のドラゴン討伐遠征も、結果的にはレムドラゴンの地位を全大陸に知らしめるきっかけとなりましたが・・・、運が悪かったら騎士団は壊滅状態まで行ったはずです。レッドドラゴンはそれほどに恐ろしい存在でしたから。カリプス卿がいらっしゃらなかったら、ここに座っていた人々の中の何人かはすでに死んだ命だったでしょう。実際、ほぼ死ぬ直前まで追い込まれた方もいらっしゃいます。特に、カリプス卿は最前線で戦い、何度も死線を越えました」
マックは体をこわばらせる。
ルースの声は.ちょっとした話でもするかのように単調だった。
「クロイソ公爵は、あれほど困難で危険な遠征をカリプス卿に押し付けてしまったのです。そしてその娘は、自分の父親に代わって死地に追いやられた夫に、最低限の道理も守りませんでした」
「わ、私は・・・!」
「あの方についていた騎士たちは、ずっとそのように考えてきたのです」
彼はスプーンを置き、無表情な顔で吐き出した。
放り出された側は自分だった。
ずっとそう思ってきた。
あの人は無理やり私を受け入れて、何も言わずに行ってしまった。
彼女は彼が自分を望んでいないのだろうと思った。
しかし、そのような事情を長々と並べてみたところで、言い訳としか聞こえないだろう。
彼女は白紙のように白くなった顔でやっと一言を吐いた。
「わ、私は・・・、か、彼が。私をし、城に連れて行くお、思いだったのか・・・、し、知りませんでした」
「貴婦人を連れて行くためにクロイソ城を訪れた騎士たちは、門前払いに遭いました」
彼女は忍び寄る声で答えた。
「私は・・・・、そ、そういう事実を・・・、き、間き伝えもできませんでした」
「貴婦人が直接クロイソ城の騎士たちを率いてアナトールに訪ねてくることもできたじゃないですか」
マックは口を固く閉ざした。
父親が自分が去ることを許すはずがないということは言うまでもないし仕方がなかった。
いや、そもそも彼女には夫の領地を訪ねるという発想自体が不可能だった。
うつむいた顔をしていると、ルースが小さなため息をつきながら言った。
「今になって過ぎ去ったことを考えても仕方がありません。騎士たちがどのように接しても、貴婦人がカリプス卿の妻であるという事実には変わりがありません。おおっぴらに無礼を働く場合でなければ、あまり気にしないでください」
彼が慰めているのか面倒くさがっているのか、見分けがつかない口調で吐き出し、席から立ち上がる。
その無関心な態度にマックはこれ以上弁解することもできず、力なくうなずいた。
「それではそのうち私を手伝いに図書館に来てくださると信じます」
彼は軽い口調で話し、肩の関節を回して食堂の外に出てしまった。
マックはぼんやりとスープをかき回し、ルースの言ったことをじっくりと反芻する。
みんな、自分たちの領主を死地に追い込んでは知らんぷりをしていた厚かましい女が、今さら女主人のふりをしようとすると怒っているのだろうか。
そんなことを思うと、急に胃がもつれてきた。
城門の前でロブ・ミダハスという男に嘲笑されたことまで思い浮かぶと、自信はさらに縮こまっていく。
果たしてアナトールの領地民たちがあれほど情けない姿を見せた女主人を誇らしく思うだろうか。
彼女はもう憂鬱な気分に耐えられず、そのまま食堂の外に出た。