メイドとして生き残ります【１０１話】ネタバレ

歓声を聞くクラインの表情に誇らしげな様子はなかった。

彼はいつも通り落ち着いたまま、私を見ている。

歓呼の声の中でクラインが口を開く。

小さな綻びをした唇は、まるで笑っているようにも見えた。

しかし、私はクラインの「聞こえない言葉」を理解する。

『私を呼んでください』

最初に、彼をクライン・カペラ公爵と呼ぶ人であることを望むと。

彼の耳には、今彼を呼んでいる人々の歓呼が全く聞こえていないのだろう。

私が口を開くまで。

口を開く。

クライン・カペラ公爵様。

そう呼べば良いだけ。

全員に聞こえるほど大きな腹式呼吸で叫ぶ必要もない。

唇を動かすだけでもクラインは気がつくだろう。

しかし、シエルの時のように、今回もクラインの名前は、私の舌先に重くぶら下がって離れなかった。

彼の気持ちが重い。

彼らの気持ちが重荷だった。

シエルが好きだし、クラインも好きだ。

嫌いになれない人たちだ。

しかし、それでも・・・。

様々な感情が胸の中で入り乱れて舌を引っ張る。

その名を呼ぶと後悔するようになるかもしれない。

出てこない名前を飲み込むことも、吐くこともできずにいると、いきなり宴会場に大きな音がした。

音の方に振り向くと、さっき持ってこられた白い布が掛けられた箱に白い布が無かったのだ！

正確には、生地が天井でなびいていた。

突然の事態に驚いた人々が悲鳴を上げる。

「アスさん！」

セヤが私を抱きしめた。

彼の懐に抱かれたまま白い布が外れた箱を見る。

それは大きな鳥籠。

頭の上ですごく不吉に聞こえるバタンという音。

大きくて重い、羽の大きい鳥の声。

見なくても分かる。

ナハ国の異種族で、異形の王族だろう！

天井のガラスが割れる音がする。

天井から落ちてくる破片から守るために、セヤが私の頭を胸に押し込む勢いで押さえる。

そして、もう一つの手が私を抱きしめているのが感じられた。

私たちは難破する船に乗ったかのように、お互いを強く抱きしめる。

そして、頭上に華麗なクリスタルが崩れ落ちていく中で、私は見た。

鳥籠を取り払って扉を開いた人物を。

この修羅場を作った人が、落ち着いた表情で鳥籠の横に立っていた。

王妃だった。

何か見間違えたのだろうか？

王妃がこのような大事故を起こす理由は一つもないのに、何が起きたのか分からない。

私はセヤとクラインの胸の中で苦労しながら、彼女の姿をもう一度探した。

改めて確認しても、王妃の手には布の裾が握りしめられている。

王妃が鳥籠の扉を開けてしまうと、王族がユルーゲルに忠誠を誓う原作の内容が成立しないかもしれない。

そして私は、シャンデリアの上で羽を広げている人を目撃する。

彼は私が思う天使のような姿ではなかった。

ギリギリで下半身を隠している裸の姿の彼は、猫のように目を輝かせながら、混乱に陥り悲鳴を上げている人々をじっと見下ろしている。

胸が震えた。

原作と変わる支点なのか、それとも原作通りに流れる支点なのか。

私には分からない。

＜脱出記＞における数少ない王妃の外部活動が今日だった。

王妃が久しぶりに本宮にいたため、参加することになった行事。

空から降ってくるクリスタルとガラスの雨は終わったが、人々の混乱と悲鳴は止まらない。

「公爵様、先生。お二人とも大丈夫ですか？」

「私は大丈夫です。アスさんは何処も怪我をしていませんか？」

私の頭を抱えていたのはセヤだった。

彼も比較的元気だったが、髪にはガラスの粉がボロボロ落ちている。

頬や首筋に細かな擦り傷もあるので、彼が身を投げて私を保護したことが分かった。

私は手袋をつけた手で注意しながら、彼の髪の毛をはたいてあげた。

「公爵様は大丈夫ですか？」

「私は大丈夫です。あ、手を怪我しますよ」

「手袋を嵌めていますから大丈夫です」

「分厚い手袋ではありません」

クラインがあんなに真顔で、セヤから手を離せと言うから、私が二股を掛けている女になったみたいだ。

二人とも私の男じゃないのに悔しい。

あまりにもクラインがじろじろと眺めているから、セヤの方から半歩後ろに下がった。

「その通りです、アスさん。怪我をするかもしれませんから」

玉座側でもエバンスがユルーゲルに怪我がなかったか几帳面に調べている。

まだ誰も、なぜこのようなことが起こったのかを考える段階ではなかったようだ。

しかし、すぐに誰かが王妃を発見する。

「あの女性が鳥籠の扉を開けました！」