伯爵家の暴れん坊になった【７７話】ネタバレ

リタナたち全員が、洞窟の隅にゆっくりと歩いて座ったケイルを見つめている。

「泊まる場所を提供していただき、ありがとうございます」

優しくて礼儀正しい⼝調がケイルから発せられる。

「⾬で体が冷えていると思いますので、⽕のそばで休んでください」

リタナはそう話すが、彼女の部下は警戒を怠らなかった。

凍えているように見えるケイルだが、実際には洞窟に向かって移動する前に、ラオンが温水を流していただけ。

凍えているフリが上手なオンの背中を優しく撫でた。

リタナはこっそりと鋭い視線で⼆⼈を観察する。

（彼は普通の人のようには見えない・・・）

槍を向けたときには感じなかったが、改めて観察すると、目の前の男は旅行者や冒険者とは違った雰囲気を持っていた。

健康そうには見えるが、姿勢や歩き方を観察すると、彼が武道を学んでいないことは明らかだ。

かと言って、魔術師のようにも見えない。

リタナの直感は的を射ていた。

現在、ケイルの体は⽀配的なオーラに包まれている。

彼女がケイルを観察している間、彼もリタナを観察していた。

ジャングルの⼈々は、ブロンズの肌としっかりとした体格で知られている。

ジャングルのような⾃然の場所を彼らの家として持っているので、彼らは⾃然と⾮常に近しい存在なのだ。

自然で培った感覚が、ケイルの支配的なオーラを無意識に感じていたのだった。

ぎこちない沈黙が洞窟を埋め尽くす。

沈黙を破ったのは、ケイルの静かな囁き。

「⾬が強くなっているようです。明⽇には森を出た方がいいですね？」

⼦猫に優しく話しかける男の顔の表情は、⽕のように温かい。

しかし、オンは唖然とした表情を浮かべていた。

[人間・・・、なぜそのように振る舞う？]

ラオンも混乱している。

リタナと部下たちは皆、固い表情でケイルに⽬を向けた。

「え〜と、あなたは・・・」

「私のことはケイルとお呼びください」

「はい、ケイルさん」

リタナは彼が魔法の鞄を持っているのを⾒るが、武器は何も持っていない。

まるで散歩でもしているかのように。

一つの考えが浮かぶ。

（・・・彼はドラゴンなのか？）

願いを叶えるドラゴンの伝説。

伝説はドラゴンの外⾒は述べられていない。

おそらく違うとは思うが、リタナは期待せずにはいられなかった。

その瞬間。

「私はドラゴンではありませんよ」

ケイルの柔らかな笑顔を見て、リタナは無意識にため息を吐いてしまう。

「しかし、私はここの道を知っています」

「・・・どうやって？」

ジャングルで生活してきたリタナたちが迷った道を、彼はどうして知っているのだろうか？

混乱する彼女を見て、ケイルが答える。

「この⼦は猫族の出⾝です」

聖人のような穏やかな視線でオンを見つめる。

「過去のこのような⾬の⽇に、たまたまスラム街でこの⼦に出くわしました」

過去を懐かしむような表情を浮かべるケイルを見て、オンは口を閉じたまま、尻尾を揺らしている。

「この⼦、オンは、霧を制御することができます」

「そんな珍しい⼒が？」

リタナはオウリムを覆う霧について考え、オンへの称賛を表した。

「私は⾃分の領⼟から旅⾏中にこの場所について学びました。この場所は霧に⽀配されて
いると」

リタナはケイルの口調と行動に優雅さを感じ、彼が貴族だと確信する。

「だから私はこの⼦供と⼀緒にこの場所に向かったのです」

ケイルの視線が、リタナの持つ火に向けられる。

穏やかでありながら情熱的な声が洞窟を満たした。

「私たちがここに来たのは、道に迷った⼈々や、彼らを必死に待っている家族に希望を与えるために私たちの⼒を使うことができると思ったからです」

リタナの視線が変わり始めたのを⾒て、ケイルは⼩さな笑顔を浮かべる。

「ありがたいことに、私の予想は正しかった。オンが霧を制御することで、道があると確認できましたから」

すぐに霧の秘密を説明した。

どのようにして幻覚を引き起こし、マナ障害を引き起こす可能性があるのかを。

「そうなのですね・・・」

リタナは⼼の苦味を隠せなかった。

「伝説は・・・、おそらく存在しないのですね」

これが霧とマナの乱れだったとしたら、これを引き起こしたドラゴンについての伝説は間違いなく嘘なのだろう。

失望の感情が、リタナと部下の顔を満たす。

しかし、今の状況は、ケイルと出会う前よりも遥かに良かった。

「それでしたら、明⽇出発するときに出⼝まで案内していただけますか？」

「もちろんです。必要なときには助け合う必要がありますから」

リタナのケイルに向けられる視線は、穏やかで暖かかった。

しかし、ケイルの表情は優れていない。

「申し訳ありません。あなたにも願いがあったはずなのに・・・」

「それは問題ありません。私にできることは何もありませんから。森に⽕をつける必要がなくなって安心しました」

⽕。

その⾔葉に、ケイルの目が一瞬だけ輝く。

「⽕ですか・・・。とても怖い⾔葉ですね。あなたは⾃然を⼤切にする南部⼈なので、あなたが直⾯したはずの苦労を感じることができます」

「ケイルさんは南について知っているのですか？」

「本で読んだことがある程度ですが。ジャングルの⼭々、湖、その他すべてがどれほど美しいかについて読みました。このオウリムから抜け出すことができるようになったので、将来はそこに⾏く予定です」

「そうでしたか・・・」

リタナの表情は失望、苦味、そして悲しみに満ちていた。

「残念ながら、このオウリムから出ると⾒えるジャングルは美しくありません」

「・・・どういう意味ですか？」

「ジャングルに火事が起きているのをご存知ではなかったのですね？」

「え？それならすぐに消さないといけないのでは？」

「・・・火は広がらないのですが、消せない火でもあるのです」

ケイルの混沌とした視線を⾒て、リタナはジャングルの⽕について説明し始める。

「ある⽇、オウリムのジャングルに突然の⽕災が発⽣しました。⽔、魔法、呪⽂、何も効果がありませんでした・・・。しかし、その火が燃え広がることがなかったのが、唯一の良かった点です」

それは奇妙な⽕事。

しかし、ケイルはこの⽕事の正体を知っていた。

魔法や呪⽂では消せない⽕。

答えは錬⾦術。

錬⾦術は魔法よりも科学的な存在。

錬⾦術で⾮常に発展した帝国がある。

モゴル帝国。

錬⾦術師のいる帝国がこの⽕事を引き起こしたのだ。

（より正確には、モゴル帝国の皇太⼦が引き起こしたもの）

ジャングルを統⼀することに成功したリタナを警戒していた皇太⼦が、密かにこの⽕事を引き起こしたのだった。

しかし、秘密を永遠に隠すことはできない。

第４巻の終わりまでに、皇太⼦がジャングルの⽕事に責任があり、トゥーンカと提携していることが判明した。

そして、ブラックパンサーに乗る⼥王は、ジャングルを守るために戦⼠を導いたのだった。

（しかし、それは私には関係のないこと）

ヘニトゥスの領⼟に戻る前に、⽕の世話をしてその見返りを受け取るつもりだ。

その理由は、モゴル帝国の皇太⼦に会いたくなかったから。

彼は⾃分のことだけを気にかけている皇太子。

そして、⾮常にずる賢く陰湿だった。

ケイルが⼼配そうに尋ねる。

「それは⼤火事なのですか？」

「・・・⼈⽣であれほど⼤きな⽕事を⾒たことがありません。昼夜を問わず、空⾼く燃え上がっています」

「それなら、接近するのも難しいでしょう」

「ええ。動物も⼈間も近づくことはできません。近づくだけで火傷をするような気分になります」

「そんなことが・・・」

非常に悲しそうなケイルの表情を見て、リタナは感動していた。

⼤陸の中⼼部の人間で、南部や⾃然をとても気にかけている人物は非常に少ない。

「しかし、私たちは⽕を消すために最善を尽くします」

「そうですか・・・」

短い沈黙の後、ケイルの目に決意が生まれる。

「私を連れて⾏ってください」

「え？」

「私なら⽕を消すことができるかもしれません」