伯爵家の暴れん坊になった【８９話】ネタバレ

ケイルとアルベルは静かにお互いの表情を観察した。

「それで？」

アルベルの表情はまったく動揺を見せていない。

ケイルは肩をすくめた。

「これを殿下に渡すことはできますが、無料ではありません」

「ふふ・・・。あははははは！」

アルベルは大声で笑い始めた。

部屋に防音魔法がなければ、すぐにでも室内に警備兵が現れるくらいの大声で。

部屋の雰囲気が肌寒くなる。

「私はあなたの活躍を聞きたかったですが、城に来るように⾔うべきではなかったですね」

アルベルはうんざりするような表情を浮かべていた。

彼の視線は、⿊い液体の⼊った瓶の⽅を向いている。

⺟。

その⾔葉の重みがアルベルの⼼に突き刺さっていたのだ。

ダークエルフ。

彼らは闇への親和性が高いために、⼤陸の⼈々によって迫害されてきた闇の種族。

彼らの⼒の基盤は、死者から流れ出る死のマナ。

過去には、ダークエルフの姿は流行り病で充満した墓や村の近くで⾒つかる傾向があった。

ダークエルフが⼈々を傷つけたり死体を冒涜したりしたことはないにもかかわらず、⼈々がダークエルフを嫌ったのはそのためなのだ。

これは、ダークエルフが隠れて⽣きることに繋がった。

彼らの存在は、エルフよりも珍しい存在。

アルベルはガラス瓶から視線を移し、ケイルの⽅を向く。

「それで、ケイル公子。あなたは黙っていてくれるのですか？」

「もちろんです」

「けれど、その贈り物はただではないと？」

「当然です」

「あなたはずる賢い人ですね」

「多大なる褒め言葉をありがとうございます」

アルベルは、ケイルの発言を嫌うと同時に、安心もしていた。

自分の地位を狙っている第二王子や第三王子の元へ行く代わりに、自分の所へ直接来たのだから。

それが安心した理由だ。

しかし、アルベルには疑問があった。

「あなたは本当に私と同族ではないのですか？」

ケイルがダークエルフでなかった場合、彼はどのようにして自分の正体を知ったのだろうか？

その理由を理解することが出来なかったのだ。

アルベルの正体を知っていたのは彼の⺟親の兄弟だけ。

彼らは、自分の⽗親である王が⺟親の⾝元を知らないように助けてくれているのだった。

彼らは皆アルベルの味方だから。

ケイルはガラス瓶を指さし、アルベルの質問に答える。

「私がそれを飲むと死にます」

死んだマナは、⼈間にとって⾮常に致命的な毒のようなもの。

[⼼配しないでください、⼈間。この強⼒なドラゴンは何があってもあなたを救います]

いつものようにラオンの言葉を無視して、ガラス瓶をアルベルに向かって押す。

「殿下はそれを必要としませんか？」

「もちろん、持っているに越したことはないです。それがあれば、私は強くなることができますから。しかも純正品で、毒の痕跡もありません」

「もちろんです。これはとても貴重なアイテムですから」

そして、アルベルは驚くべき発言を聞く。

「それは、死んだドラゴンのマナですから」

「・・・は？」

アルベルはショックを隠すことができなかった。

そしてケイルの笑顔を⾒た後、彼はため息をつく。

「本当に・・・、あなたは私を狂わせるのですね」

自分の立場を利用して強引に奪うことも出来たが、今日はそのようなことをしたくなかった。

その代わりに、アルベルは⺟親の兄弟と話そうと考える。

「あなたは本当に私の正体について何も⾔う予定がないのですか？」

最近、死んだマナを⾒つけるのは困難だった。

しかし、彼はドラゴンの死んだマナを持ってきたと言う。

もちろん、ガラス瓶の中の量は最⼩限。

しかし、それがドラゴンの死んだマナであったという事実は、アルベルの力を現在よりも３倍か４倍強くするだろう。

アルベルは、なぜケイルが自分にとても貴重なものを与えるのか理解できなかった。

「皇太子殿下、なぜ分かりきったことを聞かれるのですか？」

ケイルの返答を聞き、アルベルは言葉を失う。

「ローン王国はより強くなる必要があります」

現在の王国間の権⼒闘争を⾒てみると、ブレック王国とローン王国が一番下の位置に。

ホイッパー王国はトゥーンカの指揮の下で地獄への⽚道列⾞に乗っていたが、それは別の話だ。

同時に、ジャングルは⼩説よりも早く⽕を消したため、ゆっくりと⼒を取り戻している。

さらに、北部同盟は侵略を計画していた。

アルベルは、彼⾃⾝の影響⼒を⾼め、北部同盟の侵略に備えるために、ホイッパー王国の魔道⼠を集めている。

しかし、それだけでは⼗分ではない。

（ワイバーン騎⼠団と帝国もいる・・・）

ケイルは第５巻の後に何が起こったのか知らないのだ。

しかし、明らかなことが一つだけ。

それは、ワイバーン騎⼠団が空を⽀配するということ。

だからこそ、ケイル自身が平和な⽣活を送るために、ローン王国がより強くなる必要があったのだ。

そのためには、人々を導く強⼒なリーダーが必要。

アルベルはすでに⼩説よりも強力だ。

ステン家もテイラーの⽀配下にあり、皇太⼦の側に立っている。

魔法の塔を追い出された魔導士たちも、アルベルの誘いを受けて、続々とローン王国を訪れている。

「殿下、これから２年以内に何かが起こるはずです」

ケイルはそう言って、１枚の文書を手渡す。

⽂書の内容を読むアルベルの表情が変化する。

読み終えたとき、彼の表情は驚きに満ちていた。

「・・・これは一体？」

「それが殿下の決断を決めるものだと信じています」

「はあ・・・」

アルベルはため息をつくしかなかった。

「この文書に署名した後、私はこれほど不安を感じたことはありません」

「それは私たち⼆⼈にとって有益です。楽しみにしていてください、殿下」

それは間違いなくアルベルにとっての勝利だろう。

ケイルは自分の⾝元を秘密にし、ドラゴンの死んだマナと、数年以内に魔法塔の権利を譲渡されるのだから。

それでも不安を消すことはできない。

それは、ケイルが満面の笑みを浮かべているから。

まるで⼀⼈で花畑にいるような雰囲気を出していた。

「それでは殿下、私はこれで失礼します」

「ええ・・・。急いで出発してください」

アルベルはケイルに立ち去るように⾔ったが、本当は彼を追い出したくなかった。

城に留まらさせて、彼からいくつかの情報を引き出したかったのだ。

しかし、それはできなかった。

（闇の森、北⻄のルート、そして海）

アルベルは、お⾦でも物資でもない何かを求めるというケイルの意図を理解することができなかったから。

ケイルは⾸都に来る理由を達成した後、すぐに⾺⾞に戻る。

これ以上、首都に留まる理由はなかったから。

「ヘニトゥス家の領土に戻りますか？」

「ええ」

ビクロスは馬車のドアを閉めて、すぐに領地に向かう。

「⼈間、俺様たちは家に帰って休むのか？」

「はい。今回は長い期間休むつもりです」

ラオンの質問に答えて、椅⼦にもたれかかった。

ベッドでゴロゴロすることが出来て、少なくとも６か⽉から最⼤１年は何もしなくていいだろう。

そして、無事に戦争を乗り切れば、ケイルを待っているのは、素晴らしくリラックスできる怠け者の⽣活。

しかし、家に帰るとすぐに何かがおかしいことに気づいた。

「何が起きてる？」

「公子様」

副執事のハンスが、ケイルを出迎えるために現れた。

しかし、何かがおかしい。

ハンスの表情は⼼配に満ちていたから。

不吉な気持ちがケイルの⼼を満たす。

（もしかして、休むことが出来ない？）

周りの使⽤⼈と騎⼠もハンスと同じ表情をしていたので、何かが起こったに違いないだろう。

「公子様、ロンさんが戻ってきました」

「ロンが？」

「父さんが？」

ケイルとロンの息⼦であるビクロスは、驚きの表情でハンスに⽬を向けた。

ロンはあと数ヶ⽉は戻ってこないはず。

「ロンさんが負傷して戻ってきました・・・」

「すぐに案内してください」

ケイルの固い表情を⾒たハンスはすぐに振り返り、彼らを部屋に案内した。

彼らの後を、ビクロスも追いかける。

ハンスはできるだけ早くケイルを案内し、一つの部屋の前で⽴ち⽌まる。

そこはロンの部屋ではなく、⾼級客のために予約された豪華な寝室。

「ドアを開けろ」

「かしこまりました」

ドアが開き、酷く腐った匂いがケイルの⿐を満たす。

「公子様」

ケイルはこの世界にやって来て、初めて表情を固くする。

「・・・ロン」

卑劣な⽼⼈である暗殺者ロンはベッドに横たわっていた。

「と、⽗さん！」

ビクロスがケイルの横を通り過ぎて寝室に駆け込んだ。

ロンの⽬を⾒て尋ねた。

「・・・ロン、その腕はどうした？」

ロンは予想より早く戻ってきて、⽚⽅の腕が切断されていた。