伯爵家の暴れん坊になった【９０話】ネタバレ

「油断していました」

ロンの笑顔はいつもと変わらない。

しかし、彼の顔は青白かった。

近づくにつれて、腐った匂いも強くなる。

ロンの左腕は肩の部分から無くなっている。

「ビクロスとチェハンを除いて、みんな出て⾏ってください」

ハンスは⼀瞬躊躇したが、ケイルの表情を⾒た後、すぐに全員を部屋から連れ出した。

オンとホンでさえ、ケイルの視線を受けて、ゆっくりと部屋を出ていく。

二匹は寝室を出る前に、⼼配そうな表情でロンを何度も⾒た。

彼らが去った後、ケイルが尋ねる。

「話す⼒はありますか？」

穏やかな質問に、ロンは平気そうな表情を浮かべる。

「はい、坊っちゃま」

「それでは説明してください。キツネを狩りに⾏ったはずなのに、どうしてこのような状態で戻ってきたのですか？」

ロンはケイルから⽬をそらし、息⼦のビクロスに⽬を向けた。

ビクロスはベッドのそばに跪いて、ロンの左肩を見ている。

「たぶん私は戻ってくるべきではなかったでしょう」

しかし、ここがロンの頭に浮かんだ唯⼀の場所。

もし死ぬのなら、息⼦と他の何⼈かの⼈々にもう⼀度会いたかったのだ。

「私は東部⼤陸から出てきました。ビクロスがまだ幼い頃です」

ロンは自分の話を始めた。

彼は息⼦の世話をする⼈を必要としていたのでしょう。

「ご存知のように、私は暗殺者です。東部⼤陸の裏社会には、５つの有名な暗殺者の家系がいます。そのうちの１⼈は私たちの家族であるモラン家でした」

「父さん」

ビクロスがロンに呼びかける。

「私たちの家族は、「アーム」と呼ばれる組織によって破壊されました。なんとか彼らの攻撃を避けて息⼦と⼀緒に⻄部⼤陸に逃げている間に、他のみんなは死にました。私は⽣き残るために、⾃分の正体を隠していたのです」

ロンの顔はさっきよりも青くなっている。

「「アーム」と呼ばれる組織が裏社会を⽀配しているにもかかわらず、彼らは単なる低ランクの組織だったのです。彼らの活動の中核は他の場所にありました。組織の強さに、私は理解することさえできないほどの恐怖を感じて、私は卑しい僕として生きることを決意したのです」

ロンは眉をひそめた。

「しかし、私は数⼗年ぶりに彼らの⾹りに気づきました」

その言葉にビクロスも怯む。

ロンの視線はチェハンに向かう。

「チェハンが最初に屋敷を訪れたとき、彼から「アーム」の⾹りがしたのです」

それが、ロンとビクロスがチェハンを攻撃した理由。

チェハンの瞳が大きく震える。

「・・・じゃあ、ハリスビレッジの人々を殺した暗殺者は？」

「はい、彼らが「アーム」から来た可能性は⼗分にあります」

ロンが話し続けている間、チェハンはケイルに⽬を向けた。

「私が⾸都に⾏って調査したとき、彼らが⻄部⼤陸に⼿を伸ばしていることがわかりました。キツネ狩りというよりは、⽝がトラの巣窟に⾜を踏み⼊れたようなものです」

ロンは、彼らの行動を知ろうとしていたのだ。

彼は攻撃部隊を破壊した後、少しの情報を得る。

「しかし、その代償に左腕を失い、何とか生き延びました」

ロンは苦笑いを浮かべている。

その瞬間、静かに聞いていたケイルが話し始めた。

「それで、あなたは「アーム」と呼ばれる組織の正体を掴んだのですか？」

「残念ながら・・・」

「ロン」

ロンは、離れている間にオーラが増したケイルに⽬を向ける。

自然とお辞儀をしたくなるようなプレッシャーを感じた。

「誰があなたの腕を切り落としたのですか？」

「・・・彼は若い魔道⼠でした」

チェハンが怯み、ケイルの方を向く。

「クソ野郎・・・」

乱暴な言葉がケイルの口から出る。

アームとはおそらく、秘密結社のことだろう。

それは、ハリスビレッジの襲撃、ラオンを侯爵に引き渡した組織、⾸都の広場テロ事件の加害者、および狼族への攻撃を担当した組織。

さらに、ロンの腕を切った人物に心当たりがあった。

チェハンも同じように感じているだろう。

広場テロ事件を導いた魔道⼠。

⾎に飢えた魔道⼠、レディカだった可能性は⼗分にある。

彼はチェハンのおかげで左腕と左⽬を失っていた。

それにもかかわらず、ロンに致命傷を負わせたのだった。

ただし、ケイルには理解できなかったことがある。

ロンの専門は暗殺と隠密。

彼はレディカよりも強いはずなのだ。

どうしてロンは致命傷を負っているのか理解できないでいた。

「この腐った匂いは何ですか？」

部屋を満たしている腐った匂いの正体を理解する必要があるようだ。

ロンは質問に答える代わりに微笑む。

その笑顔がケイルを苛⽴たせ、彼はすぐにロンを覆っている⽑布を外した。

「これは・・」

チェハンはあえぎを吐き出し、ビクロスは眉をひそめる。

「私は毒に⾒舞われました」

ロンの太ももと胴体は毒のためにゆっくりと⿊くなっている。

チェハンはこれまでに、こんなものを見たことがなかった。

しかし、ケイルには見覚えがある。

「人魚の毒か」

人魚を助けていたのは秘密組織だったのだ。

正直なところ、これまでは半信半疑だった。

クジラが闇の森について話したとき、ケイルは秘密結社が関与しているのではないかと疑っていたのだから。

しかし、それについて深く考えることはしなかった。

それはなぜ？

面倒だったから。

ケイルは秘密結社と関わりたくなかったから。

万が一関われば、その情報をチェハンに話さなければならない。

そうなれば、事態はさらに複雑になるのは確実だ。

ケイルはロンのことが好きではない。

しかし、彼は自分の指揮下にある人物。

ケイル、いいや、キム・ロックスは、自分の指揮下にいる人物に不思議な愛着を抱いている。

ビクロス、ロン、そしてチェハンでさえ、ケイルの怒りの表情を⾒た後、何も⾔うことができなかった。

彼らはこれまで、ケイルのそのような表情を⾒たことがないのだ。

⽑布をロンの体の上に戻す。

「チェハン、ミューラーに連絡を」

「ミューラーさんに何を伝えるのですか？」

「船の設計を急いでくださいと彼に伝えてください」

ケイルの表情に怒りは見えない。

彼はただ無関⼼に命令を出した。

ロンは、ケイルが突然船について話していることに混乱している。

「坊っちゃま？」

「あなたも私と⼀緒に⾏きます。ビクロスも準備をしてください」

「・・・かしこまりました」

ビクロスが無気力にうなずく。

ケイルは彼の肩に手を置いた。

「急いで、バッグに荷物を詰め直してください。少なくとも、人魚の毒を取り除く必要があります」

その⾔葉で、ビクロスはすぐに顔を上げた。

⼈⿂の毒には闇の属性があり、既知の治療法は見つかっていない。

拷問と暗殺を専⾨とするビクロスは、その事実を誰よりもよく知っていた。

それはロンも同様。

だからこそ、彼は息⼦に会いに来たのだ。

亡くなる前に息⼦にもう⼀度会うために、第２の故郷の戻ってきた。

毒が他の場所に広がるのを防いだのは、デルース伯爵からの最⾼級のポーションのおかげ。

「な、治す⽅法があるのですか？」

常に冷静なビクロスが動揺していた。

「早く準備を」

ケイルはすでにパセトンを救っている。

「⼼配しないでください。あなたのお⽗さんはまだ何年も⽣きる必要があるのだから」

冗談めかしてそう話すが、ケイルの表情はかつてないほど固かった。

それは休暇を取ることが出来ないからではない。

事態が思いがけない方向に進んでいたからだ。

ビクロスが部屋を出た後、ロンが口を開く。

「坊っちゃま。アームは、⼈⿂と⼀緒に海路を⽬指しているようです」

ロンは、彼がかろうじて⼊⼿できた重要な情報をケイルに伝えた。

「知っている」

「え？」

「ロン、もう１つ質問してもいいですか？」

「はい、もちろんです」

「他に誰か見ていませんか？」

「・・・その魔導士だけです」

「・・・」

「坊っちゃま」

「何だ？」

「あなたは組織と戦うつもりはありませんよね？」

「戦うと思うか？」

ロンは毒に苦しんでいたが、微笑み始めた。

彼は、ケイルが何をしようとしていたかを知っていたから。

「すべてあなたの利益のためにうまくいくと確信しています」

「あなたは私をよく分かっている」

⼈⽣を複雑にするつもりはない。

⽬標を達成して、すぐに帰ろうと考えているのだから。

もちろん、帰る前に騒ぎを起こすことを計画しているが。

ケイルはラオンの声を頭の中で聞く。

ラオンは怒っていた。

秘密結社のアームと⼈⿂はどちらもおそらく⾮常に強⼒だろう。

彼らと戦うのは難しい。

しかし・・・。

ケイルには偉⼤なラオンが共にいるのだった。

少なくとも、ラオン、チェハン、ロザリンは彼らの力を上回っている。

「出発まで休んでください」

ロンがいた寝室を出て、すぐに通信室に向かう。

ウバールの領⼟に⾏く必要があるからだ。