影の皇妃【２４１話】ネタバレ

「開けて」

ベロニカの一言に侍女がサッとドアを開ける。

ノックまで省略した無礼な行動だったが、今はベロニカの心に逆らわないことが優先だった。

ベロニカを見たアセラスは椅子から立ち上がる。

「特別なこともなく、公女殿下が御用で・・・」

彼の目は速く転がった。

ベロニカの表情から見て、何か尋常でないことが起きたことを直感したのだ。

「こちらにお座りください」

アセラスが用意したソファに座ったベロニカが指を３本広げた。

「３時間」

「落ち着いてください。何があったのか少しずつ・・・」

「ピアノ独奏会に来なかった２５人の令嬢がどこにいるのか、何をしているのか調べてきてください。今すぐ」

「それは・・・」

アセラスは困惑した表情を浮かべる。

大公家は首都内に広範な情報網を維持している。

しかし、３時間以内に２５人の行跡を把握するのは容易なことではなかった。

グズグズしている様子を見せると、ベロニカが口を開く。

「できないと言わないでください」

「公女殿下」

「私の忍耐力が底をついたのです。絶対に調べてこなければなりません。もし遅れたら・・・」

ベロニカの口元が奇怪に歪む。

「私が何をするか分かりませんよ？」

事態の深刻さを認識したアセラスが慌てて立ち上がる。

「す、すぐ調べてきます！」

彼を今の地位に就かせた本能が警告した。

アセラスは大公家の情報収集と工作を専門とする人員を総動員した。

ベロニカが明示した時間は、あっという間に過ぎていく。

「３時間経ちましたね」

「もう少しお待ちいただければ・・・」

「あなたにも妻と子供がいるでしょう？」

「ああ、公女殿下・・・！」

アセラスの顔が青ざめる。

それとなく遠回しに言ったが、彼の家族をただではおかないという言葉に変わりなかった。

ベロニカは虚言する人ではない。

ここでもっと遅れたら、家族が何か恐ろしいことを経験するかは誰にも分からない。

そのような恐怖と不安の高まりがピークに達したとき。

「分かりました！分かりました！」

アセラスの手には、窓からカラスが渡した羊皮紙が。

「運がいいですね」

ベロニカは細くなった目つきでアセラスを見下ろす。

彼は安堵のため息をつき、胸を撫で下ろした。

「話してください。今どこで何をしているのか、一つも欠かさずに」

アセラスの視線が羊皮紙に向かう。

２５人もいる令嬢たちの行跡というには、収集された情報はそれほど多くなかった。

「え、これは？」

羊皮紙を見上げたアセラスの瞳が揺れる。

これを言った瞬間、耐えられない暴風が押し寄せるだろうという恐怖が強くなった。

「みんな同じ場所にいると・・・」

「どこに？」

「サ、サロンで開かれたファッションショーです」

「・・・」

一瞬ベロニカの口が閉ざされ、会話が途絶えた。

内心覚悟をしていたアセラスでさえ、そのような反応に背筋を震わせる。

笑うような捻れたベロニカの表情に乾いた唾を飲み込んだ。

向き合うだけでも忌まわしいほど狂気に濡れた表情に鳥肌が立つ。

「L」

ベロニカが低い声で吐いた一言には憎悪が込められていた。

彼女が開催したピアノ独奏会と意図的に重なるようにサロンでもファッションショーを開いたことは明らかだ。

まるで獲物を追うように露骨に狙ったのだ。

「殺してもスッキリしない女が、テーマも知らずに食ってかかるの？」

大公家の後継者として生まれ、帝国が本人の足元にあることを認知して以来、このような侮辱は初めてだった。

そのため、さらに屈辱的だったのだ。

それも血統すら不明な女に恥をかかされるなんて。

サロンを壊してしまわなければ怒りが解けないようだった。

彼女の追従者たちを絶望のどん底に押し込むだろう。

家族がいるなら大陸中を探してでも訪ねて彼女の前で殺すだろう。

そしてLを引っ張ってきて、血肉一つまで取って苦痛の中で殺してほしいと哀願させるだろう。

「計画を立てましょう。全員殺さなければなりません」

「え？」

「サロンに所属する芸術家だけでなく、サロンの要職にいる側近たちも皆探して殺します。家族がいるなら家族も見つけて皆殺しにします」

「わ、分かりました」

そうでなくても手を出すところだった。

ノブレス通りの早期開場を準備しながら、サロンに所属する巨匠たちは目の敵に他ならない。

彼ら全員を排除し、ノブレス通りに所属する二流芸術家が一流になるようにしなければならなかった。

「それでバシリカと言いましたか？」

「はい、サロン周辺に建築中の大型建築物です」

ベロニカもサロンに行った記憶がある。

あの威圧的な存在感だけでもノブレス通りに打撃を与えるだろう。

「燃やしていまいなさい」

「・・・！」

「サロン一帯を、再建不能にしなさい」

ベロニカの目には狂気が光っていた。