こんにちは、ピッコです。
「影の皇妃」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

フランツェ大公の頼みで熱病で死んだ彼の娘ベロニカの代わりになったエレナ。
皇妃として暮らしていたある日、死んだはずの娘が現れエレナは殺されてしまう。
そうして殺されたエレナはどういうわけか18歳の時の過去に戻っていた!
自分を陥れた大公家への復讐を誓い…
エレナ:主人公。熱病で死んだベロニカ公女の代わりとなった、新たな公女。
リアブリック:大公家の権力者の一人。影からエレナを操る。
フランツェ大公:ベロニカの父親。
クラディオス・シアン:皇太子。過去の世界でエレナと結婚した男性。
イアン:過去の世界でエレナは産んだ息子。
レン・バスタージュ:ベロニカの親戚。危険人物とみなされている。
フューレルバード:氷の騎士と呼ばれる。エレナの護衛。
ローレンツ卿:過去の世界でエレナの護衛騎士だった人物。
アヴェラ:ラインハルト家の長女。過去の世界で、皇太子妃の座を争った女性。

337話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 大切な人⑤
「行きましょう。人目が多いです。」
噴水の近くに位置していた場所は限られていたが、それでもここも中心部に当たる場所だった。
ハッとするようなシアンの格式高い服装は周囲の人々の注目を引く。
正確には、その服装の持つ優雅さに感嘆したというよりも、どこか際立つ彫刻のような雰囲気が周囲を圧倒していたのだ。
「そうだな。」
シアンは儀礼用の手袋を丁寧にバッグに入れ、エレナに向かって手を差し出した。
「少し待って。まさか一緒に乗るんじゃないでしょう?」
「なぜそう思う?」
「そ、それは……」
思いがけない質問に、エレナは戸惑いの表情を浮かべた。
当然、各自それぞれの馬車を利用するだろうと予想していたため、シアンの反応に驚きを隠せなかったのだ。
「驚かせたなら申し訳ない。馬車よりも、この方法のほうが注目を避けられると思ったんだ。」
「え?」
エレナは疑いの目を向けた。
その服装は二重の意味で人目を引くことを避けられないように思えた。
昼間の街で、貴族たちの話題の中心になることは避けられそうになかった。
(一緒に馬に乗って首都を通り抜けたら、それこそ注目を集めるでしょう)
「君が思っているほど変かな?」
「シアン。」
「……分からないふりを通せばいいのでは?」
完璧で失敗をしないシアンが、こうして妙に不器用に見えるのが、どこか面白かった。
どうしていいか分からない姿にエレナは自然と笑みを浮かべた。
それは、彼の人間らしい一面を垣間見ることができた喜びからだった。
「手が落ち着かないんです。」
「ああ、ごめん。」
エレナがシアンの掌に手を置いた。
シアンは彼女が差し出した手を取り、慎重に彼女が履いている靴を馬に乗れるように整えてから、エレナを馬上に軽々と引き上げた。
「大丈夫?」
「ええ、へい・・・。いえ、シアンさん。」
無意識に「陛下」と言いかけたエレナは、慌ててその言葉を訂正した。
『どうしよう。』
つい「シアン」と呼んでしまったが、彼の名を口にするたびに胸が高鳴る自分に気づいた。
ただの「陛下」としての呼び名ではなく、彼を一人の人間として見ている証拠のようで、どこか居心地が悪かった。
何世代にもわたって「陛下」という敬称で呼ばれてきた彼の名前を、こんなに自然に口に出す自分が信じられない。
「バランスを保てるか?」
「ええ、大丈夫です。」
エレナは馬にしっかりと足を固定してバランスを保った。
軽く彼女を押さえたシアンが、馬の背後から彼女を支え、落ちないよう注意を払った。
その後、シアンは手を差し出し、彼女の肩を軽く叩いてからそっと支えた。
「あ……」
エレナは息を飲んだ。
心臓の鼓動が速くなり、頬が赤く染まった。
シアンの吐息が聞こえるほどの至近距離が、彼女の胸をさらに高鳴らせた。
『近い、近すぎる……』
エレナは当然、シアンが前の鞍に座ると思っていた。
だが、意外なことに、シアンは後ろの鞍に乗り、彼女を背後から優しく包み込むような体勢になっていた。
「出発しようと思うんだ。」
エレナは慌てふためきながらも、なんとか動揺を隠し、視線をそらした。
むしろ彼が前に座ってくれたおかげで、自分の赤く染まった顔が見られないことに安堵した。
シアンはゆっくりと手綱を握り、馬を歩かせ始めた。
馬のリズミカルな足音とともに、ゆったりとしたペースで都の通りを進んだ。
周囲の人々の視線を感じたものの、誰も特に深く気に留めている様子はなかった。
「そろそろ教えてください。どこに向かうんですか?」
「都の外郭へ行く予定だ。」
それはあまりにも漠然とした答えだった。
帝国の中心である都の外側には、大きな村や小さな集落がいくつか点在している。
その場所へ行くには、馬を使っても半日はかかることが普通だ。
『行けばわかる。わざわざ問い詰める必要もないわ。』
エレナは目的地について深く考えないことにした。
その曖昧ささえも、彼女にとってはむしろ新鮮で興味をそそるものだった。
その後、初めて感じるゆったりとした自由をエレナは満喫しようとしていた。
城門を通り都を抜けると、広大な平原が広がっていた。
農場と牧畜業が主な地域であることが一目でわかり、その景色にシアンも解放感を覚えた。
「少し速く走らせてみようかと思うけど、大丈夫かい?」
シアンの問いかけに、反射的に彼の顔を見たエレナは、一瞬視線が交わると慌てて目をそらした。
しかし、少しずつ慣れてきたおかげで、動揺を表に出さずに済んだ。
「はい、大丈夫です。」
エレナの承諾を得ると、シアンは手綱を握り締めて速度を上げた。
さっきよりも少し速いペースだったが、体感では明らかに軽快だった。
『気持ちいい。』
城内では感じることのできなかった解放感だった。
吹きつける風に胸が高鳴るような感覚が心地よかった。
そして背中越しに感じるシアンの頼もしさと、安心感をもたらすその存在感がエレナに安堵を与えていた。
自分でも不思議なほど、この瞬間に満たされた気持ちを覚えた。
馬を速く走らせていたエレナの視線の先に何かが映った。
『なんだか見覚えがあると思ったら、教皇庁へ向かう道だったのね。』
帰郷してから一度も訪れたことはないが、皇妃時代だけでも、帝国の国教であるガイア教団の本拠地である教皇庁を訪れ、祈りを捧げたり、公的な儀式や行事を行ったりすることが多かった。
『どうして教皇庁に行くの? 陛下が信心深い方だった記憶はないけれど。』
都の近郊にあるベロナに到着した。
ガイア教団の根拠地である教皇庁を見学しに来た信徒たちで賑わっていた。
帝国内におけるガイア教団の影響力の大きさを実感する光景だった。
「降りるよ。」
教皇庁を過ぎた右手にある比較的目立たない場所に到着すると、シアンは馬から先に降りた。
そして、地面に足をつけたエレナの手を取って、エスコートした。
「ここで?」
「都では人目が多いけれど、ここは違う。また、各地から信者たちが集まる場所でもあるから、見るものも食べ物も多い。」
シアンの言葉どおりだった。
一般人の目から見たベロナは、皇妃時代に馬車から眺めた景色とは全く異なっていた。
当時はただ通り過ぎるだけで、その風景に特別な感情は抱かなかったが、今では歴史を感じさせる建物が増え、街のあちこちに信仰者たちの行いが垣間見える。
そして、彼らが留まる施設が集まり、新しい文化を形成していた。
シアンはここかしこを巡りながら親切に説明をしてくれた。
その知識は驚くほど豊富で、長い歴史を持つフォロ広場から、神に捧げられた古代の神殿跡であるパンテオンの遺跡、さらには貧しい信仰者たちが楽しむ街路の屋台料理まで、幅広く網羅していた。
「ベロナにはよくいらっしゃるんですか?あまりに詳しくて驚きました。」
エレナが感心すると、シアンの唇に微笑みが浮かんだ。
実際のところ、シアンもベロナを訪れるのは今回が初めてだった。
それでもこれほどまでに詳しいのは、『ベロナ見聞録』という書物を読んでいたからだ。
「もうこんな時間になったのか。何か食べようか。」
「食べたいものがあります。」
2人はエレナが向かった屋台にたどり着いた。
そこでは、卵で包まれた細切れの肉をパン生地に包み揚げた料理が販売されていた。
「これ、何だか分かりますか?」
質問されたシアンは困惑した。
読んできた文献にはこの料理についての記録はなかった。
「スカッチエッグですよ。公国でよく食べられるデザートです。これをここで見かけるなんて思いませんでした。」
「そうなんだ。」
「食べていいですか?」
シアンは少し躊躇しつつもお金を払い、スカッチエッグを4つ購入した。
中に入っているソーセージや細切れ肉、バーベキューの具材によって、それぞれの味が異なっていた。
エレナはソーセージ入りのスカッチエッグを一口食べた。
熱さでふうふうしながらも、一気に口を大きく開けてかじりついた。
「美味しい。食べてみてください。」
「ああ。」
シアンは食べることに夢中なエレナの様子を見ながら視線を外せなかった。
品位を失わず、まるで公国の少女に戻ったような彼女の姿がとても愛おしかった。
一度も見たことのない姿だったからこそ、なおさら大切に思えた。
エレナの瞳が潤んでいた。
「私にとっては思い出の味なんです。戦争中には、卵一つさえ十分に食べることができませんでしたから。誕生日ケーキの代わりにスカッチエッグが食べたいと願ったくらいなんです。」
「……。」
「もし機会があれば、公国に行ってみたいです。良い思い出よりも嫌な思い出の方が多かったですが、今振り返ると、それもまた思い出ですね。」








