幼馴染が私を殺そうとしてきます【３７話】ネタバレ

その言葉に、貴族の表情がほんの少し動いた。

騎士の言葉に、レリアはあまりの驚きに目を瞬きすることもできなかった。

騎士は素早いスピードで進み、レリアが属していた行列の順番が徐々に近づいてきた。

貴族はしばし考え込むと、馬車の床の一部をコンと叩いた。

レリアは声も出せず、その様子を見守る。

よく見ると、馬車の床を叩いたのではなく、何かをつかんで引っ張ったのだ。

しっかりと閉じられていた床が瞬く間に扉のように開き、狭い空間が現れる。

「坊や、しばらく隠れている方がいいな。」

「……」

その言葉に、レリアはしばし呆然としたが、素早く狭い空間へと入り込んだ。

体を小さく丸めると、貴族が再び床に通じる扉を閉めた。

レリアは膝を抱えたまま、横になって震えていた。

このまま捕まって首都に連れ戻されたら、本当に死ぬかもしれない。

『見知らぬ人と無理やり結婚させられるどころでは済まない、不幸の連続になるかもしれない……。』

目をぎゅっと閉じ、首飾りを握りしめた。

たとえ捕まったとしても、希望はある。

この首飾りで作ったアイテムがあるからだ。

『でも、私を匿ったことがばれたら、この人たちが危険にさらされるかもしれない。』

問題は、レリアを助けた貴族と騎士たちだった。

自分のせいで命を落とすことになるかもしれない。

その事態だけは防ぎたかった。

レリアはどうすべきか悩みながら、震えていた。

そしてついに、レリアが隠れている馬車の番が回ってきた。

外からしばらくざわめきが聞こえたかと思うと、誰かが馬車の窓の外で言った。

「陛下の命令により、検問を行います。馬車の中を調べてもよろしいでしょうか？」

そのときだった。

カン！

ものすごい音と共に、馬車の扉が壊れそうな勢いで開いた。

外から開けたのではなく、馬車の中にいた貴族が、扉を破るように蹴り開けて出て行ったのだ。

「勝手に私の馬車を捜索するつもりか。」

「はあ、しかしこれは陛下の命令で……。」

レリアは唇をかみしめながら、『お願い、お願い。』と祈る。

馬車の外からどこか怒ったような声がざわめくように聞こえてきた。

詳細までは分からないが、馬車を捜索しようとする兵士と、それを阻止しようとする貴族の間で問題が起きたようだ。

レリアは手に汗をにじませながら、その時を耐えて待つ。

そしてある瞬間、外が静かになった。

ガタン。

誰かが馬車に乗り込む気配がした。

同時に馬車が出発し始めた。

『聞こえなかったのかな…？』

その時、外から貴族の声が聞こえてきた。

「城門を通り抜けて、ここまで来たのだから、もう門を開けてくれ。」

カン！

心を落ち着かせるような優しい声が響くと同時に、秘密の空間の扉が開いた。

「……こんな。」

貴族は、涙でぼんやりしているレリアの顔を見てため息をつく。

そして手を差し伸べ、レリアを抱き上げてくれた。

「……あ、ありがとうございます。」

レリアはローブの袖で涙をゴシゴシと拭った。

軽く挨拶を交わした後、貴族は片手でバタン！と秘密空間の扉を閉めた。

「怯えていたのか。聞こえるかと思ったぞ？」

「……はい。」

「ふふ、勇敢な子どもかと思ったら、けっこう怖がりなんだな。」

その言葉に、レリアは顔をしかめた。

貴族はいたずらっぽく笑いながらレリアに水を差し出す。

レリアは断らずに水を受け取り、がぶがぶと水を飲んだ。

『これからどうしよう。』

レリアは水桶を手に回しながら考え込んだ。

どう説明すればいいか考えなければならないのに、頭がうまく回らない。

嘘をついたことが、気がかりだった。

気づいたら、大きな怒りを買ってしまうかもしれない。

『いや、もしかしたら、騒ぎにならないようにそのまま都へ送り出されるかも……』

しかし、十歳の幼い少女を、理由もなく皇室に送り込む理由を作り出すのはかなり難しいことだった。

『正直に話そう。』

そう思う以外、他に考えは浮かばなかった。

「どこまで話してたかな。そうだ、アウラリアの地図は見たことがないって言ってたな？」

「……はい？」

しかし貴族は、レリアに何も問いただすことはなかった。まるで何事もなかったかのように、先ほどしていた話を続けた。

『どうして私が皇室から追われているのか、気にならないのかな？』

もしかしたら兵士たちが探しているのは自分ではないと思っているのかもしれない。

ただ、偶然十歳くらいの子供が馬車にいたから、面倒事を避けるために隠しただけなのかもしれなかった。

『でも……。』

そう思うには、狭い秘密空間で震えながら泣いていた自分の姿を見られてしまった。

『誰が見ても怪しまれる状況なのに……。』

レリアは疑念を抱きながら貴族を見つめた。

貴族は少し悩んだあと、こう尋ねた。

「それより、シュペリオン公爵家って聞いたことあるかな？今、私たちはそこへ向かっている。」

「……え？」

レリアはあまりにも驚いて口がぽかんと開いてしまった。

貴族は特に気にせず、淡々と話した。

「シュペリオン公爵家の領地は、アウラリアの北西部に位置している。国境付近で、都から最も遠い場所だ。」

「……」

レリアはごくりと唾を飲み込んだ。

つまり、これから向かう場所はシュペリオン家の領地だということ？

シュペリオン家は、レリアの叔母であるエリザベスの血縁にあたる家系。

『もしや……そんな……。』

レリアはあまりの衝撃に、ぼんやりとした表情で目の前の貴族を見つめた。

薄い栗色の髪をした貴族は、普段の冷たい表情とは違い、にっこりと笑っていた。

「それじゃあ……もしかして、もしかして……。」

「そうだ、私がシュペリオン公爵だ。」

貴族はあっさりと答えた。

レリアは心の中で驚愕する。

『そんなはずない。赤い髪どころか、かすりもしなかった……。』

どうやら現代のシュペリオン家では、赤い髪が一族の特徴として受け継がれているらしかった。

『いや、それよりも。じゃあ、今私たちはシュペリオン領へ向かっているってこと？』

緊張のあまり、ぎゅっと握った拳から汗がにじみ出た。

さらに……。

『……この人は、私の母の父親だ。』

レリアはこれまでとは違う視線で貴族を見つめた。

顔立ちを細かく観察しながら、静かに考え込んだ。

貴族の顔のどの部分が母に似ているのか、あるいは自分が母に似ている部分がまったくないのか――そんなことを思った。

貴族は、震えているレリアをしばらく見つめた後、口を開いた。

「……実はな、坊や。君を初めて見たとき、私は死んだ娘が子どもになって戻ってきたのかと思ったのだ。」

「……え？」

「君の目がな……死んだ私の娘の目に、そっくりだったから。」

「……。」

その言葉に、レリアは何も返事ができず、うつむいてしまう。

ちゃんと理解するには難しい言葉だった。

頭で意味を考えるより先に、なぜか涙がこぼれ落ちた。

貴族は、何事もないようにとても優しい声で続けた。

「君が初めて私を見て驚いた目をしたとき、私は自分の娘を思い出した。あの子はいつも私を怖がっていたんだ。私が厳しい父親だったからな。」

「……。」

「もっと優しい父親になっていればよかった。……それが、今でも私の胸を締めつける後悔なんだ。だから、君を無視することはできなかった。」

レリアは唇をぎゅっと結んだ。

声を出すこともできず、ただ涙だけがぽろぽろと流れた。

貴族の目にも、いつの間にか涙がたまっていた。

しわの寄った目元から、静かに涙がこぼれ落ちた。

「私を怖がっていたあの表情が……どうしてあんなに似ていたのか。」

レリアは何も答えられず、ただ大粒の涙をぼろぼろと流した。

何を言えばいいのかも分からなかった。

ただ……似ていると言われたことが、嬉しくて、嬉しくて、苦しくて、泣くことしかできなかった。

貴族は、声を上げて泣くこともできない幼いレリアを見つめながら、そっと尋ねる。

「だから聞きたいんだ。坊や、君は誰なんだ？」

「……。」

レリアは不安そうに目をぱちぱちと瞬かせた。

「私は…私は……。」

本当のことを言わなければならないのに、唇が震えた。

幽閉される前に誰かが自分の存在に気づくなんて想像もしていなかった。

レリアが答えられず、ただぽろぽろと涙を流していると、貴族はそっと手を伸ばしてきた。

しわくちゃだが大きくて分厚い手で、レリアの頬をなで、涙を拭ってくれた。

「無理に話さなくてもいい。」

その言葉に、レリアは優しく微笑む貴族を見る。

その姿を見て、レリアはもう貴族が怖く感じられなかった。

本当のことを言いたかった。

私はお母さんの娘であり、この人が私のお母さんの父親だと。

どういうわけか、本当に何の証拠がなくても信じてくれそうな気がした。

けれど、レリアはそうやってしばらくの間、何も言えず、ただ泣き続けた。

貴族は、そんなレリアの頬や髪をやさしく撫でた。

とても穏やかな手つきだった。

・

・

・

しばらくして――

レリアはいつの間にか泣き疲れて眠ってしまった。

シュペリオン公爵は、子どもをふかふかの椅子にそっと寝かせた。

食事をしっかり取ったおかげで、ふっくらしてきた子どもを見て、公爵の表情は何となく冷たさがよみがえった。

「……。」

最初は、ただ似ている子供だと思っていた。

なぜあの表情まで似ているのか、死んだ娘が自分を思ってこの子を送ってきたのかと考えたりもした。

子供を自分の後継ぎにしようと言ったのも、純粋に娘に対する罪悪感からだった。

だが、だんだんおかしいと思い始めた。

まず、この子は死んだ娘にあまりにも似ていた。

よく見ると、娘が自分を怖がりながら見つめた表情や、薄緑色の瞳だけではなかった。

美味しいものを食べたときに瞬間的に浮かべる表情や、ぱっと頬を赤らめてにっこり笑う顔まで——。

いや、正確には――亡きエリザベスの幼いころにそっくりだった。

エリザベスは幼いころはとてもおてんばだったが、成長してからはまったく違う雰囲気へと変わった。

娘がすっかり大人になったあとも、時折、昔の無邪気な姿を思い出しては切なくなった。

同時に、申し訳なさも感じていた。

シュペリオン公爵は、それが自分のせいだと思っていた。

娘をあまりにも厳しく育てたせいだと。

だが、あの子は――あの子は、かつての娘のような、あどけない笑顔を持っていた。

騎士たちの間で楽しそうに笑う子どもの顔を見るたびに、シュペリオン公爵は心臓が床に落ちるような衝撃を覚えた。

以前はあまりにもやせ細っていた頬に、少しずつ肉が戻ってきたことで、なおさら昔の娘に似ていると感じたのだった。

何だかおかしいと思い始めた頃、皇城で子どもを探しているという話を耳にした。

少し前の検問で大きな衝撃を受けたレリアとは違い、シュペリオン公爵はそのずっと前からその噂を聞き知っていた。

最初は全く関係ない話だと思っていたが、先ほどの検問で「子どもを探している」という言葉を聞き、顔色を失ったレリアの表情を見て、ふと妙な考えが浮かんだ。

『あり得ない。』

しかし、馬車の秘密空間で泣いていた子どもを見つけたとき、その「あり得ない」という考えがだんだん確信に変わっていった。

もしかすると、ただの欲望にまみれた妄想かもしれないが。

だから、話したのだ。 「君は私の娘にとてもよく似ている」と。

レリアが泣き出した瞬間、シュペリオン公爵は確信した。

『この子はエリザベスの血を引いている。』

何かを知っていることは明らかだった。

そうでなければ、あんなにも痛ましい顔で、声も出せずに泣くはずがない。

シュペリオン公爵は、大きな手で拳を握りしめた。

『いったい私の孫娘は、これまでどうやって生きてきたのだ。どうして皇帝に追われるようなことになったのか。』

彼の目は、まるで獅子のように鋭く光った。

ふと、子どもを最初に見つけた日のことを思い出した。

あの日、子どもが言った言葉――。

「実は…あの、父が私を憎んでいたんです。それで逃げていました。」

「…虐待されていたのか？」

「……。」

その言葉を聞きながら、シュペリオン公爵は目をぎゅっと閉じた。

『ペルセウス皇帝。』

再び目を開けたとき、瞳には深い絶望と裏切りの感情が宿っていた。

『娘を守れなかっただけではなく……。』

シュペリオン公爵は、最初からペルセウスと娘の結婚に反対していた。

もしかすると本能的に、危険を察知していたのかもしれない。

もしかすると、娘の死を予見していたのかもしれない。

ペルセウス皇帝の復位を助けたのは、純粋にその孫たちのためだ。

エリザベスが残した最後の血縁――双子の兄弟のために。

しかし、エリザベスが残したのはその子どもたちだけではなかった。

詳しい事情は分からないが、エリザベスが亡くなる少し前に出産しており、その子が生き延びたのは明らかだった。