こんにちは、ピッコです。
「ニセモノ皇女の居場所はない」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
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又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

92話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 昔の思い出③
「にゃあ!」
突然聞こえた鋭い声に、和やかだった会話が止まった。
猫が前足でテーブルを引っ掻いたのだ。
「なんでこうなのよ、もう……!」
フィローメルはピンと立った耳の近くに顔を寄せて、なだめようとしたが――猫は前だけを見ていた。
向かい側に座っている人物だけを。
空中で皇帝と猫の視線が交差した。
人間と動物が互いに見つめ合った。
『二人とも、どうしてこうなんだ?』
妙な空気に、フィローメルは慌てて猫をひょいと持ち上げ、外へ出してしまった。
猫は出たくないのか、もぞもぞと足を動かしたが、彼女がじっと目を細めて睨むと、しぶしぶ動きを止めた。
席に戻ったフィローメルは、残りの人々の視線をうかがった。
ルクオンはまあ、いいとして。
もともと皇帝に特別な情を持っているようには見えなかった。
それもそのはず、二人の性格は本当に対照的だった。
ユースティスは他人に厳しい以上に、自分にも厳しい人だった。
フィローメルの記憶にある彼は、いつも何かの仕事をしていた。
努力を惜しまなければ、後ろ盾のない妃の息子として生まれた皇子が、皇太子の座につくことなど不可能だったはず。
もともと統治に力を注いでいた彼は、妻が亡くなった後には「国家と結婚した」と評されるほど、公務に打ち込んだ。
つまり、一言でいえば、地道な努力家だった。
それに比べてルクオンは、魔塔すらも放り出し、かろうじて出席する程度で責任感が欠けていた。
たまに魔塔にどうしても行かなければならない用事ができた時だけ――レクシオンに引きずられながらも従わずに引っ張られている様子が明らかだった。
本人の話では、幼い頃に突然その天才性が開花し、特に努力もせずに最強の魔法使いになったという。
ひと言で表すなら、彼はまさに天才ということだろう。
猫のときも人間のときも、一日の半分をゴロゴロと過ごしている彼を見ると、自分でも知らないうちに小言が口から出てしまうことがあった。
そんな時、ルグィーンはすねたように口をとがらせた。
「僕があの皇帝みたいなつまらない人間だったらよかった?」
フィローメルは皇帝の「皇」の字さえも口に出さなかった。
理解しがたいほどの敏感さだった。
まるで本当に皇帝が嫌いで仕方ないかのように思えた。
『まあ、ルグィーンはともかくとして、あの子はどうしてあんなに猫に執着してたの?まさか……』
ルグィーンの正体を見抜いたのだろうか?
もしそうなら、非常に厄介なことだ。
帝国と魔塔は基本的には協力関係だったが、目に見えない対立のようなものも存在していた。
フィローメルは魔塔に関する提案があるたびに、なぜか不機嫌そうにしていた皇帝の姿を思い出した。
魔塔主が正体を隠してこっそり皇宮に通り過ぎることが大きな問題になりかねない恐れがあった。
そんな事態によって引き起こされる混乱を想像しただけで、すでに頭が痛くなってきた。
彼女はユースティスの意中を探るために口を開いた。
「陛下、申し訳ありません。私の猫が無礼を働きました。主人である私を罰してください。」
皇帝は何か考えに沈んだような顔で答えた。
「いや、だがその猫は……本当に気づいたのか?」
誰にも知られていないルグィーンの変身術だったが、皇帝であれば何か特別な直感で気づいた可能性もありそうだった。
「私の猫が……どうかしましたか?」
「お前の前で言うのはちょっと……その……」
「私は平気ですから、気にせずおっしゃってください。」
「……お前がそう言うなら、言うが。さっきの猫は……」
なんでそんなにためらうの?
答えを待つフィローメルの唇がピクッと動いた。
彼はゆっくりと口を開いた。
「とても不細工だ。」
「………」
「なんか、嫌な感じの顔だった。」
「………」
「もし君に他の動物を飼うつもりがあるなら、そのときは見ていて不快に感じないものを選んだ方がいいだろう。」
……それが全部なの?
フィローメルは詰まっていた胸をなで下ろした。
無駄に心臓がドキドキしていた。
だが、皇帝の好みも少し違っていた。
親しさからの言葉ではなく、猫だった頃のルグィーンは、客観的にも主観的にもとても可愛いタイプだ。
イサベラ皇后の美貌を眺めるときの人を見る目は平凡だったのに……猫だけ違うの?
フィローメルはその言葉にただ笑うしかなかった。
・
・
・
同じ時刻。皇宮、魔道館。
宮廷魔法使いのレクシオンは、自分の研究室に怒鳴り込んできた父親を相手にしていた。
息子の研究物に引っかかったルグィーンはイライラしていた。
「おい!腹立つな!」
レクシオンは資料を読みながら、無表情に対応した。
「どうなさったんですか?」
「無能な皇帝のくせに、なんで他人の娘にあんなに親しげなんだよ?」
「前にも言いましたが、十数年育ててきた人なんですから――」
「実の娘を見つけたんだから、娘一人で満足しちゃダメ?」
「そんな理屈なら、息子が3人いる方が養子にすべきですね。」
「なんで俺が!どう見てもあいつより俺の方がフィルの父親にふさわしく見えないか?」
「いいえ。そうは見えません。」
「どこが?」
「感情的な面でも、あの子に深く共感するのは難しいですし、年齢も離れているので、フィルが世代差を感じるかもしれません……。」
「知らないのか?フィルは前に俺を見て精神年齢が若いって言ってたぞ。」
「……それ、褒めてないです。なんかがっかりされてる気がします。」
彼の忠告にもかかわらず、他人の言葉を自分の都合の良いように選んで聞くルグィーンは、気にも留めなかった。
「僕とフィルの仲が良くなったって嫉妬してるの?」
「……確かに以前よりも関係が深まったようですね。」
「そうだよ。あいつがやたらちょっかい出してきてさ……。」
「ルグィーン様じゃなくて、あの子と権限のある人の関係が良くなったってことです。」
「それって僕じゃん。」
「違いますよ。正直に感じるでしょ?ルグィーン様の本来の姿と猫の姿を見比べたときと、ご飯を食べてる時のフィルの目つきが違うってこと。」
本人は気づいていないようだったが、フィローメルは人間であるルグィーンにはどこか鋭い視線を向ける一方、猫のルクオンには妙に優しかった。
やはり彼自身もそう感じていたのか、ルグィーンは特に反論もせず、レクシオンを見つめた。
「最初に猫の姿で好感を得ようって提案したのは君じゃないか。」
「最初だけそうするつもりだったけど、今みたいにずっと猫のままでいろって意味じゃなかったよ。」
「……猫の姿の方が気に入ってるんだから、仕方ないでしょ。」
「気にしないで。もしかしたらわからないよ?猫の姿でずっと頑張ってたら、フィルの父親には無理でも、せめてペットにはなれるかもしれないし。」
ルグィーンが立ち上がった。
「もう行く。」
「ちょっとだけ待ってください。行く前に私の人形、ちょっと修理してから行ってください。」
レクシオンは研究室の片隅にあった自分の人形を取り出した。
これは、皇室側からつけられた監視者の目を欺くために、部下に頼んで作ってもらったものだった。
監視の目を逃れる必要があるとき、この人形を代わりに立たせておいたのだ。
単調な作業しかできなかったが、それでも何もないよりはずっと役に立った。
人形の額に手を当てたルグィーンの手には魔法陣が浮かび上がった。
「長く使ったから壊れたんだ。この杖ももう長くは持たないな。」
「仕方ないですね。フィルを魔塔に連れて行くには。」
「フィルも本当にややこしい。ただ魔塔に行けばダメなの?」
「正直、フィルが今ここに留まってくれているのは私たちにとって幸運ですよ。」
「どうして?」
「あの子がやろうとしていることが正確には分かりませんが、それを成し遂げるには私たちの助けが必要なんでしょう。もしそうでなければ、フィルはきっと自分の人生を探すって言って、他の場所に行ってしまっていたはずです。」
「そうなのか?」
「だから、フィルがまだ私たちを必要としている時に、確実に心をつかみましょう。」
「うーん」と少し考えていたルグィーンは、何かを決心したように真剣な表情を浮かべた。
「わかった。これからは別の方向で努力してみるよ。」
そう言い残して、大魔法使いは広がる光の中に消えていった。
一人残されたレクシオンは、ぼんやりと立ち尽くした。
「お願いだから、事故とか起きませんように……」
――ウィイイイイン。
その時、彼の通信石が点滅しながら振動した。
魔塔からの通信だった。
「はい、レクシオンです。」
通信が繋がった瞬間、猫のような叫び声が彼の鼓膜を打った。
「レクシオン!一体魔塔主様はいつお戻りになるの?あの方の認可を受けなければならない仕事が山積みなのに!」
ルグィーンのもう一人の秘書で、現在魔塔主の業務をほぼ全て代わりに処理している人物だった。
「近々魔塔を訪問していただけるよう、お伝えしますね。」
大きなため息の音が通信石越しに響いた。
「それが重要な仕事だというのは分かってるけど、まだ終わる気配は見えないの?」
「はい。ルグィーン様も苦労なさっているので、簡単にはいかないようです。」
「魔塔主様ほどの方が行方不明になるなんて……最上級モンスターの討伐?それとも何かに隠された古代遺跡の調査?いや、大戦前に厳重に保管されていた聖物でも盗みに来たのか?」
娘のご機嫌取りだよ。
レクシオンは魔塔主の威厳を守るために口をつぐんだ。
通信が終わった後、彼は顎に手をやりながらつぶやいた。
「いったい誰の想像なのかな?」
悪名高い魔塔主が、最近は猫の姿をして甘えるなんて話。
いかに魔塔主といえど、娘の心をつかむのは一筋縄ではいかないのだった。









