死んでくれと言われて

死んでくれと言われて【52話】ネタバレ




 

こんにちは、ピッコです。

「死んでくれと言われて」を紹介させていただきます。

ネタバレ満載の紹介となっております。

漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。

又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

【死んでくれと言われて】まとめ こんにちは、ピッコです。 「死んでくれと言われて」を紹介させていただきます。 ネタバレ満載の紹介となって...

 




 

52話 ネタバレ

登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

  • 証人

「……すごい。」

帝国でも有数の人材が集まるという、トゥスレナの学館。

その中でも神学部は、パトロノス本教と並んで神学最高の人材を育成する機関である。

入るのも難しく、卒業して出ていくことはさらに難しいという意味だ。

そんな神学部の出身というだけでも驚きなのに、今は聖ブライト騎士団の一員だというのか?

そんなことがあり得るのか?

「自慢するつもりはありませんが、学館の神学科を卒業してすぐにスカウトされて、ここへ来ました。ははっ!トゥスレナ史上、最年少だったんですよ。もちろん、史上最短で人事異動した記録も持ってますけどね」

……自慢かよ。まぁ、そんな情報を得意げに語るくらいなら、別に悪いことじゃないけどさ。

「ただ祈ってただけの奴が、どうして突然剣を取ったわけ?何か理由でも?」

引き金になりそうな質問だったのに、ユリクの表情はいつも通り、まるで石像みたいに無表情だった。

「レテ侯爵が急に病に倒れたんですよ。それで、補佐官だったメルビン・カシアス男爵も、ちょうど同じ頃に呼ばれまして」

「なるほど……当時のジハード公爵も、後継者の座に未練があったってわけか」

「いえ、ツスレナを潰そうとしてたんです」

――……は?

「当時の私は、神学派の副派閥、そして第二夫人の過去の結託を告発する役割でした。もう、あれからすでに4年も経った話ですね。」

「……なんだって?」

(これ、合ってるのか?私、今なんて何回聞いた?)

ぶつぶつと答えていたユリクは、少し遅れて後頭部をかきながら顔をしかめた。

「えっと、それで一つお伝えしてもよろしいですか?構いませんよね?お嬢様をお守りしている間は、特別な事情を除けば、あなたより優先してお仕えするようにと仰せつかっておりまして……」

あまりに驚くような話を聞いたせいか、ユリクが続ける言葉は耳に入ってこなかった。

(トゥスレナを裏切ったどころか、むしろ守ろうとしていただと……)

いや、もちろん今のジハードはしがない一領主にすぎないのだから、トゥスレナに未練がないのも理解はできる。

だが……それでも、裏切りまで考えるとは思えない。

「じゃあ今は、トゥスレナの滅亡にはもう興味がないってこと?」

「たぶんそうでしょうね。途中で考えを変えたのか、トゥスレナを追い出したあと、レテ侯爵になって戻ってこられましたから。まあ、本心は別にあるのかもしれませんけど」

ユリクの話を聞いているうちに、ジハードという人物の正体がますます気になってきた。

四大名門の一つ、トゥスレナ家の滅亡を企てるだけでなく、のちに神殿へと進み、武神と称されるほどの武勇と才覚を手にした男。

――「そこにいるのが自分だと気づけなかった」って後悔するくらいの、とんでもない逸材。

さらに特徴としては、並外れて荒っぽい性格に、上位貴族すら意に介さない大胆な態度。

……でも、意外にも子どもの前では驚くほど優しくなる、そんな一面を持つ男だった。

(過去の自分の周りに、そんな人物がいただろうか?)

驚いたことに、思い浮かぶ顔があった。

二人である。

(一人は保育院でよく自分についてきた、やんちゃなミハイル。そしてもう一人は……)

師匠。

(まさか、師匠だというのか?)

本能的には否定したが、師匠の顔が脳裏に浮かんだ瞬間から、ジハードのすべての行動や言葉が重なって思い出されてきた。

剣の腕前はもちろんのこと……年下に対する優しさ、大人びた落ち着きと威厳、普段は投げやりな態度を見せながらも、子どもの前では意外に几帳面な一面まで!

「……師匠。」

顔を思い出すだけで、胸が締めつけられるほど懐かしい人――。

『ジハードが……本当に“あの”師匠だって?』

でも、どうしてだろう。

あれほど恋い焦がれた存在なのに、無数の顔の中から師匠の面影を見つけた瞬間、胸の奥はちっとも喜びで満たされなかった。

もし本当に、ジハード=師匠なら……それは――

――師匠が、リンの記憶の中で“死んだ”ということになるからだ。

 



 

翌朝。

オルガがピンと張りつめた表情で、リンに尋ねた。

「そ、それで……私は厨房でおとなしく待機していればいいんでしょうか?」

これでもう、三度目の質問だった。

それほどまでに、彼女の不安は消えずに膨らんでいた。

十分に理解したリンは、今回も親切に三度目の答えをしてくれた。

「うん。待っていると騎士たちが押しかけて騒がしくなるから、その隙にこっそり『証拠』を探せばいいわ。首飾りは、私が言った場所にちゃんと入れておいたんでしょう?」

「もちろんです。では、私がすぐに降りて行ってみましょう。いってらっしゃいませ、お嬢様。」

オルガを厨房に下ろした後、リンは館へ向かった。

理由は単純だった。

今日はニナベルが定期的に館を訪れる日だったからだ。

調べてみた結果、ニナベルが館を訪れる目的は大抵、支援や激励であることが分かった。

特に今のように建国記念式を控えた時期には、神学部に特別な関心を寄せているらしい。

そうした彼女に会うため、リンもまた朝早く館へ向かったのだ。

しかも今日は、トゥスレナの直系の重臣たちまで皇室からの贈り物を買い求めるため、神学派に直接足を運ぶ――。

彼女にとって、それは用意していた計画を進めるにはうってつけの口実だった。

『神学派って……確か、一階の西側全部を使ってるんだっけ?』

館内を見回しながら、ゆっくりと歩を進めていく。

やがて西翼の回廊の入口に差しかかったとき、彼女は思わず足を止めた。

芸術には縁がなかったはずの彼女の目を釘付けにするほど、壁一面に広がる壮麗で華やかな絵が目に飛び込んできたのだ。

――あれ……祖父の執務室にも、似たような絵があったような……。

「……あ、思い出した」

それは〈ハイサン〉神話を描いたものだった。

扉の最上部には、まるで太陽のように輝く瞳を持つ存在〈ハイサン〉。

その下には、空を仰ぎ見る三匹のドラゴン――幻想種〈ドラゴン〉の姿が描かれている。

……彼女は魔法については全くの素人だったが、あのドラゴンたちが何を意味しているのかくらいは、はっきりと理解していた。

ヌオルの〈ホロオル〉。

ジピョンソンの〈アクスロト〉。

ビョルムリの〈ジキリティ〉。

現世に顕現するすべての魔法は、彼らがかつて昇天し残していった未知の精髄を利用して発現する。

ただし、パトロノス教は〈ハイサン〉を唯一神として崇めているため、その精髄から発現する力だけは、神聖力として区別していた。

「ねえ?道を塞がず、ちょっとどいてくれない?」

その時だった。

背後からさわやかな声がして、リンの知的な探究を妨げた。

振り返ると、神官にも劣らぬ白い衣をまとったニナベルが見えた。

今回の会議で供物の聖女が決まると聞いたが――ニヨム兵の中では、彼女がどう見ても最も純真に見えた。

何かを訴えたくて、そわそわと落ち着かない様子だった。

「……ああ、君、ここに来るの初めてなんだね。基本的な礼儀を知らなくても仕方ないか。ごめん、ヤナ。君が何の挨拶もなしに別館へ突っ込んでいったもんだから、ちょっとびっくりしたんだ」

いつも通り、何事もなかったかのようにヤナを軽くたしなめた彼女は、柔らかく微笑んだ。

「ヤナ?ニナベルがあとで教えてくれるから、今のうちにちゃんと覚えておきなさい。……とりあえず、会議室の入口は人の出入りが多いから、そっちの扉を使うといいわ」

「ニナベルお姉さま!」

……で、リンって誰だっけ?

ニナベルと初めて顔を合わせたその瞬間から、彼女は退屈になるたびに“ニナベル処刑法”を考案するのが趣味になっていた――という、ちょっと危ないタイプの子だ。

あ、いや、処刑法じゃなくて「対応策」だったか。

まぁ、どっちでもいい。

「元気だった?ヤナね、お姉さまにすっごく会いたかったの!」

ニヨム兵への対処法その一、にっこり微笑むこと。

ニヨム兵への対処法その二、両腕を大きく広げてニヨム兵に飛びつくこと。

ニヨム兵への対処法その三、しっかりと体重をかけてぶつかること。

そして最後に――

「きゃああっ!」

一緒に派手に倒れ込むのだ。

二人の少女がひっくり返って尻もちをつくと、ニナベルの後ろでまるで絵のように控えていた侍女たちが慌てて駆け寄り声をあげた。

「お嬢様!」

「お嬢様!ご無事ですか?」

「いたた……大丈夫、大丈夫よ。お姉さん、ごめんなさいね。再会が嬉しくて、ちょっと抱きしめようと思っただけなの。でも、ヤナが少し不注意だったみたい。」

予想外の出来事に動揺したリンは、足から力が抜けてしまった。

くしゃっ、と乾いた音がした。

床に広がったニナベルの真っ白な衣装を、リンはぎこちなく、でも一生懸命に拾い上げていた。

「な、なにが起こったの……?」

呆然としたまま立ち上がったニナベルは、ほとんど反射的に衣装のシワを丁寧に整えはじめた。

そのおかげで、すぐに“それ”を見つけることができた。

白い衣装の裾に、まるで花びらがはねたように――くっきりと残った泥の足跡を。

「……あんたっ……!」

怒りに燃える瞳が、リンに突き刺さる。

「これがどういう服かわかってるの……!?」

「だって、お姉さまの服、泥だらけだったんだもん!もうすぐおじいさまが来るんでしょ!?早く拭かないと!」

その瞬間――ニナベルのこめかみがピクリと跳ねた。

神学派か、怒りか、それとも絶望か。

とにかく、今にも噴火しそうなその視線は……なぜか、まったく関係のない使用人の少女でぴたりと止まったのだった。

「突っ立って何してるのよ?この汚れた寝間着、どうにかして!」

「お嬢様、それより急いで服を着替えていらっしゃるほうが……」

「だめ!今朝、ニナベルが何て言ったか忘れたの?夢の中でのニナベルは、今日この服を着ていたのよ。だから絶対に他の服に着替えるなんてできない!」

ニナベルが小さな寝間着を何枚か放り投げている間、リンの感覚は反対側の廊下の端へと集中していた。

(誰かが来ている……)

しかも一人ではなく、複数の気配だった。

小さく微笑んだリンは、新たな運を感じ取った。

「ところでお姉さん……ちょっと聞きたいんだけど。もしかして昨日、使用人たちがあなたの部屋を探ったりしなかった?」

ニナベルは苛立ちを隠さない表情のまま、そう問い返した。

「――探索、ですって?」

「そんな言葉、初めて聞いたわ。まさか、あなたたち……お姉さまの部屋を探索してなかったの?ふうん……じゃあキャレン叔母様、私に嘘をついたってことになるわね?」

ニナベルの顔色が、見る見るうちに強張った。

その露骨な反応に、リンは吹き出しそうになるのを必死にこらえる。

――てっきり、頭の中までお花畑な子だと思ってたけど……ちゃんと状況はわかってるじゃない。

彼女は、いとこたち相手に日常的に繰り広げられる陰湿な駆け引きを、ちゃっかり見抜いていたのだ。

「……何の騒ぎだ」

そのとき、待ちに待った人物の声が響いた。

「おじいさま!」

廊下の向こうから姿を現したのは、当主――彼女の祖父だった。

だが、彼と一緒に現れたのは彼だけではなかった。

どうやら、来る途中で誰かと鉢合わせたらしい。

隣には二番目の小家主夫婦と、もちろんジハードに加えてフレンヒルディまで集まっていた。

(でも……フレンヒルディはなぜ来ているんだ?)

贈り物を選びに来たのかもしれない。

もっとも、宴に関心がなくても、王の間に並べられた品々には好奇心を抱くこともあるだろう。

目端の利くヤナが自分の子どもと一緒にいるのを不安に思ったのか、ロマンの隣にいたキャロリンが慌ててニナベルを抱き寄せた。

「まあ?服はどうしたの?」

救世主に出会ったかのように、ひどく動揺していたニナベルは彼女に駆け寄った。

「お母さま、ニナベルの話を聞いてくださいませ……!」

リンはまるで待っていたかのように、ニナベルの言葉をさえぎった。

「たいしたことじゃありませんよ、お祖父様。ニナベルお姉様と再会の挨拶をしていただけなんです。昨日、使用人たちが私の部屋にどっと押しかけてきて部屋を探し回りまして――それでね、お姉さまの部屋もそうだったのか気になって……」

リンの言葉に、大公の目つきが一気に鋭くなった。

「ほう?本館の使用人たちが……おまえの部屋を好き勝手にひっくり返した、だと?」

「はい。でも、ニナベルお姉さまは知らなかったみたいです。もしかすると、私の部屋だけを調べたのかも……本当は“全部の部屋を調査する”って言ってましたけど」

ニナベルはリンの発言の意図が掴めず、目を白黒させる。

その隣で、従姉は眉をきっちり吊り上げながら、慌てて自分の服を引っ張って整え始めた。

「お母様!ニナベルの服のこと、ちょっと見てください!ヤナがニナベルを庇ってるのは知ってましたけど……まさか、ここまでとは!」

「……あらあら?」

キャレンは、いつも通りの優雅な笑みを浮かべながら、自然な口調でニナベルをやんわりと追い詰めていった。

「今は服なんて重要じゃないでしょう?」

「……あ。」

「今日の訪問を準備するのに少し気を取られていたようだな。昨日、お前の母の許可のもと、メディナと使用人たちが念入りにお前の部屋を調べたそうだ。そうだろう?」

呆然と目を瞬かせていたニナベルは、遅れてこくりとうなずいた。

「そうです、お母さま。そんなことがありましたね?ニナベルの日々があまりに忙しくて、つい忘れてしまっていました。」

(白々しい……。初めてならともかく、まるでご飯を食べるように、あれだけ自然に嘘をつけるものか?)

大家主は真剣な表情でキャロンに尋ねた。

「神学庁から依頼があったという家具のベルーム調査の件を言っているのか?」

「はい、大家主様。ヤナはもちろん、私ども夫婦の寝室を含め、本館のすべての区画を調べました。神学庁の職員や使用人たちができるだけ早く終わらせたつもりだったんだけどね……。もし本当に不快な思いをさせてしまったのなら、ごめんなさい、ヤナ」

少しばつの悪そうな眼差しで、キャレンが穏やかにヤナの許しを求めた。

「神学派にもきちんと警告しておいたわ。二度と昨日のような火災が起こらないようにって。あれはツスレナの安全と保安のための判断だったの。わかってくれるわよね?」

キャレンの落ち着いた物言いは、聞く者に罪悪感を抱かせるほど洗練されていて、ヤナをまるで無邪気で無鉄砲な少女のように見せた。

……だが実際のところ、ヤナは心の中で小さく勝ち誇った笑みを浮かべていた。

「私は大丈夫です、叔母さま。それより……あの、お姉さまたちのことなんですけど」

キャレンが自ら“主導者”であることを認める日を、ずっと待っていたからだ。

「部屋の中で、何かなくなったものはない?昨日から、急に一つだけネックレスが見当たらなくて、ずっと探しているの」

フレンヒルディとニナベルの表情が一瞬たじろいだ。

そうだ、ないはずだ。

当然ないに決まっている。

(でも、反応するはず。必ず反応する。)

リンの熱を帯びた視線はフレンヒルディを射抜いていた。

何かを問いかけられていると感じたのか、フレンヒルディの顔がかすかに引きつった。

(賢いフレンヒルディ。お前は、あのレイが私のせいで傷を負ったと瞬時に見抜いたよな? 今回も同じだ。)

フレンヒルディの「どういう意味だ?」という反応に対し、リンは躊躇なく合図を送り続け、ついに――

「……な、なんだ?まさか、あの時みたいにキャロンの侍女の誰かが、お前の持ち物に手をつけたっていうのか?まさか! そんなことがあれば、すでに宿母も知っているはずだろう?」

(そう、それだ。)

言い返せないほど正論だったが、ロマンはその隙を逃さず、すぐに噛みついてきた。

「フレンヒルディ!今は安全確認の最中だってわかってるのか!?叔母上に対して、そんな軽率な物言いが許されると思ってるのか!」

「え、なに?どうして怒るんですか?私は叔母上じゃなくて、叔母上の侍女が盗んだんじゃないかって言っただけですけど?」

「黙ってなさい!おまえも叔母上への配慮が足りないんだ、ヤナ!そんな些細な家内の話なんて、午後にゆっくり話せばいいだろう!」

ヤナは奥歯をぎゅっと噛みしめた。

そのままロマンの視線を振り切るように一歩前に出て、キャレンの前で深々と頭を下げる。

そして、かすかに震える声で口を開いた。

「……叔母上のおっしゃる通りです。本当に申し訳ありません、叔母上。あとで事実がわかってから、きちんと話すつもりでした。でも……ニナベルお姉さまの物までなくなっていたらと思うと、気が気じゃなくて……ごめんなさい……」

立て続けに二重の失礼。

身体の反応は予想通りだった。

視界が暗くなり、全身から力が抜けていくのを感じ始めた。

(これだ。)

体勢を立て直そうと本能的に手を伸ばしたが、直後に思いがけない衝撃がリンを押し返した。

「何をしているの!」

キャロンがニナベルを守ろうとしてリンを突き飛ばしたのだった。

(ああ……。)

これは少し予想外の行動だった。

以前、城門の前で二度も倒れ込んだ経験のせいだろうか?

キャロンの反応は過剰としか言いようがなかった。

だが、その場にいた誰一人としてキャロンを咎めることはできなかった。

状況を理解した時には、ひやりと光る剣先がキャレンの喉元に突きつけられていた。

「――警告しておこう」

冷たく、そして剣先にも負けないほど鋭い声音だった。

その瞬間、キャレンの瞳に初めて――本物の「恐怖」が浮かんだ。

「俺の従姪に手を出すなら……ツスレナごと、この土地から根こそぎ滅ぼす」

夫人であるキャレンが命の危機にさらされても、ロマンは恐怖に呑まれたまま、一歩も動けなかった。

長い沈黙の末、最初に正気を取り戻したのは大公だった。

彼は鋭い声でジハードを制止した。

「……おい、ジハード!正気か!?すぐに剣を下ろせ!」

しかしジハードは、何事もなかったかのような無表情でその言葉を受け流した。

「正当防衛です。」

とはいえ、家族にまで刃を向けかねない状況は、ただ大家主の怒りをさらに煽るだけだった。

「私の耳には、気に入らなければいつでもお前の家族を害せる、という言葉に聞こえるぞ!」

「はい、相手が望むのなら。」

「この無礼者が……!」

その瞬間。

ユリクの発言が、耳の奥で幻聴のように蘇った。

――「あの時は、ジハード殿も後継者の座に欲があったのだろうな。」

――「いえ、トゥスレナを混乱させるためにそうなさったのです。」

リンは音のない悲鳴をあげた。

(待って!“混乱させる”は禁止!)

ジハードのことだ……いや、むしろ彼なら――一度口にした言葉は、必ず実行に移す男じゃないか?

『私の計画は……そんな方向に進むはずじゃなかったのに!』

リンは思わず後ずさりし、床に手をついて激しくむせこんだ。

「コホッ、コホッ!ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ!」

すかさずフレンヒルディが駆け寄り、まるで発作でも起こしたかのように咳き込むヤナを支える。

「ヤナ!?大丈夫!?」

「ごほっ、ごほっ……お姉さま……」

「ダメよ!死ぬときは死んでも、私に遺言なんて残さないで!」

『……ちょっとくらい、遺言聞かせてもいいんじゃないの?』

……その心意気、ある意味立派ね。

ともあれ、どんな手段であれ――彼女は見事に、場の注目を一身に集めることに成功した。

リンはその瞬間を逃さず、鼻をすすりながら、か細い声を絞り出した。

「申し訳ありません、お祖父様。昨日の明け方、部屋の中で首飾りを探していたせいでよく眠れなくて……。お祖父様からいただいた贈り物だったのに……。」

急に顔色が悪くなるヤナの様子を気にしたのか、大家主が直接彼女を抱き寄せて慰めた。

「いいのだ。気にするな、ヤナ。首飾りくらいなら新しく買えばよいではないか。二つでも三つでも手に入れてやるから、安心しなさい。」

彼は目を合わせ、優しい声でそう言って励ました。

「だが、また倒れてしまうようでは、この祖父の心が落ち着かぬぞ。」

一瞬、リンは喉が詰まって何も言えなかった。

(……まさしく、私が望んでいた反応なのに。どうしてだろう。)

胸の奥が、棘で刺されたようにチクリと痛んだ。

まるで、罪を告白する直前のような――そんな感覚だった。

大公がリンを諭している間、フレンヒルディはまるで水を得た魚のようにキャレンを攻め立て始めた。

「叔母上、ちょっとひどすぎます!あの子、まだ小さいのに……ちょっと寄りかかっただけで突き飛ばすなんて!見ればわかるでしょう!?ヤナの物を盗んだのは、あなたの侍女じゃないですか!罰を与えるなら、あの子じゃなくてその侍女にするべきです!」

まさに痛いところを突かれて、ロマンはまたも反応せずにはいられなかった。

「大公殿下に誤解されるようなことを言うな!!おまえはいつもそうやって、大人の話に割って入っては……!」

「静まりなさい!神の使徒たる者が、殿下の御前でなんという騒ぎだ。恥を知れ!」

鋭い視線がキャロンに向けられると、ロマンが慌てて口を開いた。

「父上のおっしゃる通りです。中では神学庁の者たちが待っております。まずは用事を片づけてから……」

「キャロン。」

柔らかく呼ばれると、キャロンは待っていたように顔を伏せた。

「大家主様。私が行って、ヤナの部屋を調べた侍女メディナや他の使用人たちを連れてまいります。私は本当に知りませんでしたが、もし彼らが本当にヤナに過ちを犯したのなら、必ず処罰いたします。」

大家主の腕から降ろされたリンは、そんなキャロンに感謝の言葉をかけた。

「そうおっしゃってくださり感謝いたします、叔母様。ですが、叔母様ご自身が動かれる必要はありません。私の直属の騎士に頼めば済みます。――そうですよね、ユリク卿?」

今では、リンにも昼夜を問わず影のように付き従う“大人”が一人いる。

「はい、お嬢さま」

「昨日、私の部屋をひっくり返していた使用人たちを、全員ここに連れてきてもらえますか?」

「承知しました」

ユリクの顔を確認したキャレンは、少しだけ声を強めた。

「あら、ヤナ。あなた全部は覚えていないでしょうし、この叔母が直接連れてこさせるわ」

「ご心配なく。そのとき見た顔は全部覚えています。第二夫人、すぐ連れてまいります」

そう言うとユリクは返事を待つこともなく、静かに踵を返して部屋を出ていった。

しばらくして、彼が戻ってきたとき――その横には、昨日リンの部屋を捜索していた使用人のひとりが立っていた。

リンは、その者の背筋の伸びた立ち姿を、じっと観察する。

そうか、とリンは思った。

(主人の権威は、そのまま自分の権威だと思っているんだな。)

ツスレナで驕り高ぶった侍女、レイもそうだった。

「大家主様!」

侍女メディナは、辿り着くなり慌てて大広間の床に倒れ伏した。

そして、抑えきれない必死の声で訴えた。

「騎士様から私の罪について伺いました。ですが、私は決してヤナお嬢様の持ち物を盗んではおりません。ただ、第二夫人様の命により、応接室と寝室だけを確認したにすぎません。その場に同席した侍女たちが、私の潔白を証明してくれるはずです!」

馬鹿げた言い訳を聞いたリンは、ゆっくりと顎を上げて言った。

「メディナ、思い出せないの?あなたが私の部屋を調べている間、侍女たちは応接室の外で待機していたでしょう?……それに、応接室の外からは寝室の中は見えないですよね」

「……あっ」

動揺したメディナは、視線を泳がせた。

――間違いない。

あの使用人たちは、何かあった時のためにあらかじめ用意されていた“証人”だ。

でなければ、あんな位置に立たせておく理由なんてない。

ヤナがわざわざ彼女たちを部屋の外に並ばせたのも、そのためだ。

 



 

 

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