こんにちは、ピッコです。
「メイドになったお姫様」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
108話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 皇太子の侍女
空っぽになったルビー宮を後にして、シアナは皇太后宮へと向かった。
手にはいくつかの針が入った質素な裁縫箱を抱えて。
今日から全く慣れない環境で働くのだと思うと、胸が緊張でいっぱいになった。
『どんな仕事をすることになるのか、ちゃんとこなせるのか心配だけど……一番気になるのは皇太后宮の侍女たちだわ。』
広大な皇太后宮の大きさは、ルビー宮に勝るとも劣らなかった。
比べものにならないほど多くの侍女たちがいて、その中には突然移ってきたシアナを快く思わない者も少なくなかった。
『初日から私の鼻っ柱を折ろうと、あれこれ仕掛けてくるかもしれないわね。』
まともな仕事を与えず存在しないかのように無視したり、同じ作業を何十回も繰り返させたり、できが悪いと難癖をつけて罰を与えたり。
侍女たちの嫌がらせは数知れないものだ。
けれども、シアナにはそんな心配をする必要はなかった。
シアナを迎えた侍女はただ一人だけだったからだ。
その侍女は、シアナが皇太子宮に来るたびにきちんと出迎えてくれた上級侍女だった。
「ようこそおいでくださいました、シアナ様。私は皇太子宮の総括侍女エバと申します。皇太子宮へいらしたことを歓迎いたします。」
彼女の丁寧な態度に、シアナは思わず戸惑った。
かつては皇太子の客人として来ていたとはいえ、今は働くために来た一介の中級侍女にすぎないのに、あの態度はやりすぎだと思った。
「言葉をお控えくださいませ、エバ様。」
しかしシアナの控えめなお願いにも、侍女エバの表情はまったく変わらず、きっぱりと答えた。
「殿下から仰せつかっております。アリス皇女殿下が東部へ行っておられる間、殿下の侍女であるあなたを丁重に扱うように、とのお言葉でございます。」
エバの揺るぎない視線から、シアナは、自分を下の者として気安く扱ってほしいと願っても、この人は決して耳を貸さないだろうと悟った。
エバはさらに言葉を続けた。
「まずは荷物を置かなくてはなりませんので、これからシアナ様のお部屋へご案内いたします。」
「はい。」
エバは部屋へ向かいながら、シアナに皇太后宮の状況を簡潔に説明してくれた。
「皇太后宮には、侍女が十五名、そして下働きの女官が十名おります。」
その言葉に、シアナの目が揺らいだ。
広大な皇太子宮の大きさを考えれば、あまりにも少なすぎる人数だったからだ。
シアナの心中を見透かしたように、エバが言葉を続けた。
「こちらの侍女や従者は皆、一人で百人分の働きをするほどの熟練者ばかりですので、皇太子宮を管理するのに全く支障はございません。」
「ああ……。」
「それに、皇太子殿下は長らく宮殿を空けておられました。戦場からお戻りになった今も、お客様を招かれることはほとんどなく、主にお一人でお部屋におられるので、仕事もそう多くはございません。」
ようやくシアナは、皇太子宮で働く者の数が少ない理由を納得した。
エバはさらに言葉を続けた。
「そして皇太子宮には、必ず守らねばならぬ規則がございます。」
「どのようなものですか?」
「宮殿で起こるいかなる出来事にも、決して好奇心を抱いてはならないということです。……つまり、他のことには関心を持たず、自分に与えられた仕事だけを誠実に果たせばよい、ということです。」
それは他の皇族の宮殿でも同じだった。
皇族は、自分の一挙手一投足が下の者たちの話題になることを極端に嫌うものだ。
しかしシアナは、エバの続けた言葉で、皇太子宮ではその規律がより一層厳格に守られていることを知った。
「もし宮中で起こったことが少しでも外に漏れたり、定められた任務以外のことをしているのが見つかれば、理由を問わず即刻処罰の対象です。」
「……。」
厳しい言葉に、シアナの顔がこわばった。
エバはそんなシアナを安心させるように言葉を添えた。
「もちろん、それは規律を破った場合の話です。与えられた務めだけをきちんと果たしていれば、決して起こり得ないことですから、あまり怯えないでください。」
「……はい。」
シアナはごくりと唾を飲み込んだ。
どんなに厳しい場に置かれても、こうした言葉を聞くと――それは「詮索するな」という意味だった。
どんな雰囲気なのか、どんな出来事があったのか……
しかしシアナは一度たりとも皇太子宮に関する話を耳にしたことがなかった。
『そういうことだったのね。これほどまでに警戒が厳重なら、誰も皇太子宮のことを知れるはずがないわけだわ。』
毎日のようにルビー宮に出入りし、飄々と笑っていたラシードが、実はとてつもない権力者だったのだと改めて実感した。
力を持つ者には、それに比例して敵も多いもの。
だからこそ、これほどまでに厳格に宮を管理しているのだろう。
華やかさばかりだったルビー宮とは、まるで異なる空気が漂っていた。
『私も余計な失敗をしないように気をつけなきゃ。』
シアナは真剣な面持ちで心を引き締めた。
そんなシアナに向かって、エバが言った。
「こちらが、これからシアナ様がお過ごしになる場所でございます。」
部屋に入ったシアナは、思わず目を見張った。
普通、侍女の部屋といえば宮殿の一番奥まった場所にあり、狭い空間に窮屈な寝台と机がひとつ置かれているだけ、というのが常だった。
だが、ここはまるで違っていた。
窓が並ぶ広々とした部屋。
たっぷりと差し込む陽光のおかげで明るく、部屋の中には高級な木材で作られた寝台やテーブルが備えられていた。
まるで貴重な客人が泊まる部屋のようだ。
シアナは信じられないという顔で尋ねた。
「ここが、私の部屋だとおっしゃるのですか?」
「はい、そうです。」
「……。」
「そんなに驚かなくても大丈夫です。皇太子宮は他の宮殿に比べて働く者の数が少ないぶん、予算に余裕があり、住まいの待遇もずっと良いのです。」
「……そうなんですね。」
「ではまず荷を解いて、しばらくお休みくださいませ。」
「はい。」
侍女が出て行った後、ベッドの端に腰を下ろしたシアナは、思わず声を上げた。
「ベッドがどうしてこんなにふかふかしてるの?」
背中に当たるだけで眠ってしまいそうなほどの、驚くほどの快適さだった。
布団も枕も、まるで隙間なく羽毛をぎっしり詰め込んだかのようにふわふわしていた。
さらに服を整理しようとクローゼットを開いたシアナは、またしても声を上げた。
「この服はいったい何?」
そこには、柔らかな寝間着、夕方に羽織るのにちょうどよい軽いカーディガン、シンプルながら高級感のある普段着のドレス、さらにはスリッパまで揃っていた。
それだけではなかった。
丸いテーブルの上には一輪の花が生けられた花瓶が置かれ、その隣の木製の小机には簡単に食べられる果物が置かれていた。
次から次へと何かが出てくる部屋を見て、シアナは呆気にとられ、固まった顔でつぶやいた。
「こんな最高級ホテルみたいな場所が、侍女の部屋ですって?」
待遇が良いにしても、これはさすがに度を超えている。
結局、戻ってきたエバにシアナは尋ねた。
「私だけ特別扱いされているのではないのですか?」
「先ほども申しましたとおり、皇太子宮の侍女への待遇は宮中でも一番です。ただ……あなたにはさらに配慮がなされております。」
曖昧に言葉を濁すエバを見て、シアナは目を伏せた。
「与えていただいたことには感謝します。でも、仕事に関しては特別扱いしないでほしいのです。周りの方が何を言おうと、私はもう皇太后宮の侍女なのですから。」
もちろんシアナも、本当はベッドで思いきり寝転がるのが好きだった。
だが、この場所ではそうはしたくなかった。
シアナは緑色の制服を身にまとった中級侍女なのだから。
その名にふさわしい働きをしたかった。
皇太子からの過度な厚意に甘えて本分を忘れ、浮つくのではなく。
無表情だったエバが、ふと柔らかなまなざしでシアナを見つめ、口元をわずかに上げた。
ほんの一瞬のことですぐに消えてしまったが。
エバは言った。
「そのような心配はなさらなくても結構です。シアナ様がなさるべきお仕事は、きちんと整えてございますので。」
「……!」
侍女の言葉に、シアナは決意を込めた顔で目に力を込めた。
雑務であれ、掃除であれ、洗濯であれ――どんなことでもやり遂げられる自信があった。
エバがシアナを連れて行ったのは、ラシードの部屋だった。
「殿下が直接、任務についてお話になるとのことですので、私はここで失礼いたします。」
エバが出て行き、一人残されたシアナは、不安そうな顔でぱちぱちと瞬きをした。
『いったいどんな仕事を直接言いつけようとしているの?まさか変態じみたことを命じるつもりじゃないでしょうね。』
例えば入浴の世話をさせるとか――。
シアナの父であるアシルロンド王はそういう趣味があった。
年老いた王は、侍女に入浴の世話をさせることを楽しみにしていたのだ。
シアナは顔をしかめた。
『そんなはずない。殿下は堅物だけど、決していやらしい方ではないもの。』
それに、ラシードは少しでもシアナに嫌われないようにと、ひそかに気を遣っている節さえあった。
彼は権力の最上位に立つ皇子、たとえ皇太子であっても、シアナにそんな真似はできないだろう。
『おそらく……。』
そう結論づけて眉をひそめたその時、カチャリという音と共に内側の扉が開いた。
涼やかな石鹸の香りとともに現れたラシードを見て、シアナは思わず目を大きく見開いた。
なぜなら――ラシードは薄いシャワーガウンを一枚羽織っているだけだったからだ。
銀色の髪からはまだ水滴がぽたぽたと落ちていた。
ラシードはシアナを見て、やわらかに目を細めた。
「来たのか、シアナ。」
「な、なぜそんな格好で……。」
「ちょうど入浴していたんだ。君が来たと聞いて、慌てて出てきた。」
「……。」
依然としてこわばったシアナの表情を見て、ラシードは困ったように微笑んだ。
彼は一体、何が問題なのか分かっていないようだった。
シアナは心の中で叫んだ。
『成人した男性が、きちんと服も着ずに他人の前に現れるなんて、とんでもなく無礼なことよ!』
望まぬままその姿を見せられた側は、侮辱されたと感じてもおかしくない行為だった。
だが……。
淡い銀色の髪と、ほんのり血色の宿る唇のせいだろうか。
ラシードの顔立ちは、いつも以上に凛々しくも艶やかに見えた。
さらに、その身体はどうだろう。
はだけたシャワーガウンの隙間からのぞく、しなやかな鎖骨と引き締まった胸の筋肉。
男の体がこれほどまでに外見的に魅力的に映るのだと、シアナは初めて知った。
「……シアナ?」
低い声に、シアナははっとして我に返った。
ラシードが穏やかな顔でこちらを見つめていた。
その姿に、シアナは思わず唇をきゅっと結んだ。
『そうよ、変なことを考えちゃだめ。ここは殿下の寝室で、私は殿下の侍女。』
侍女の務めには、主人が衣服を脱ぎ着するのを手伝うことも含まれている。
ほんの少しの肌の露出で動揺するのは、侍女らしくない。
そこでシアナは、できる限りの落ち着いた表情でお辞儀をした。
「尊き皇太子殿下にご挨拶申し上げます。侍女シアナ、本日より殿下にお仕えいたします。」
シアナの言葉に、ラシードは心から嬉しそうに微笑んだ。
まるでずっと待ち望んでいた言葉を耳にしたかのように。
「信じられないほど嬉しい瞬間だ。」
だからこそ――
『どうしてその言葉を言うタイミングで、髪の水滴が……。顔を背けて、目をそらしてくれればいいのに!』
シアナはぎゅっと目をつぶり、意を決して声を発した。
「エバ様から伺いました。殿下が、私に皇太后宮での務めを直接お伝えくださると……。これから私は、どんな仕事をすればよろしいのでしょうか?」
「――ああ、そのことだな。」
ラシードは顔をわずかに緩め、シアナの耳元で囁いた。
「俺に――してくれ。」
シアナが運んできたカートの上には、熱い湯の入ったティーポットと茶器が置かれていた。
そう、シアナに命じられた最初の務めは――皇太子のためにお茶を淹れることだった。
[私にお茶を淹れてくれ。]
シアナは、自分がなぜあんなに気恥ずかしい声で言わなければならなかったのかと疑問に思いながら口を開いた。
「お茶のご用意をいたしました、殿下。」
幸い(?)、ラシードはすでにガウンを脱ぎ、白いシャツを身に着けていた。
ラシードはシアナをじっと見つめながら言った。
「機嫌が良さそうだな。」
「まあ……顔に出てますか?」
実際、シアナは少し浮き立っていた。
つい先ほどお茶の準備をするために入った貯蔵室の光景のせいだ。
アッサム、ダージリン、ニルギリ、アールグレイ、ヌワラエリヤ、ラベンダー、ローズマリー、アップルティー……。
「これほど多様な茶葉が一堂に並んでいるのは初めて見ました。」
しかも、どれもが最高級品ばかりだった。
さらに、棚には芸術品のように美しいティーポットやカップが数十客も並べられていた。
「本当に贅沢で豪華絢爛な部屋ですね。これから働く場所がこんなところだなんて……とても満足です。」
シアナの率直な言葉に、ラシードは可笑しそうに微笑んだ。
「それで、私の侍女は最初のお茶にどんな茶葉を選んできたのかな?」
普通なら主人が望む茶を持ってくるものだが、ラシードはメニューの選択をシアナに任せたのだった。
シアナがそっと取り出したガラス瓶の中には、黄金色のサフラン茶葉が入っていた。
ラシードは目を細めて言った。
「サフランか。」
「はい。実は私、サフラン茶を飲んだことがなかったんです。」
同じ重さのダイヤモンドよりも高価で、滅多に庶民が口にできない最高級の茶葉。
だからシアナは、迷わずサフランを選んだのだった。
もちろんお茶を飲むのはシアナではなくラシードだが、それは構わなかった。
隣でその様子を見守るだけでも、貴重な経験になると思えたからだ。
『暴君だろうと繊細な王妃だろうと、茶の香りを和らげるものだと言われる……その香りがどんなものか、気になるわ。』
シアナが声を整えて言った。
「では、お茶をお入れいたします。」
その時、ラシードが席を立った。
「……?」
目を丸くしたシアナを見つめながら、ラシードが口を開いた。
「今日はお前が皇太子宮に来た初日だろう。歓迎の意味を込めて、今日は私が淹れてやりたい。」
「えっ……?」
シアナが戸惑う顔を見せても、ラシードは気にせず、両手で彼女の肩をそっと押し椅子に座らせた。
シアナが言葉を挟む間もなく、ラシードは茶筒の蓋を開け、茶葉を茶器に入れ始めた。
茶葉を入れ、シアナはお湯を注いだティーポットを手に取り、湯気の立つ茶を注ぎ始めた。
「……。」
ラシードの体には、まだ入浴後の名残があった。
しっとり濡れた髪、かすかに漂う石鹸の香り。
少し身をかがめたときにシャツの隙間から覗いた、しなやかな鎖骨と胸元。
『ちょ、ちょっと、私今なに見てるのよ?!』
我に返ったシアナは、慌てて顔を背けた。
――けれど、獅子から逃げて飛び込んだ先に竜がいた、という言葉があっただろうか。
息を呑むほど美しい男と視線が交わってしまったのだ。
「もう淹れ終わったか、茶は。」
「……あ。」
シアナはぱちぱちと瞬きをしながら、視線を落とし、注ぎ終えた茶碗を見つめた。
茶碗には黄金色のお茶が注がれていた。
「早く飲んでみろ」と促すラシードの視線を受けて、シアナはゆっくりと茶碗を口に運んだ。
確かに、ダイヤモンドよりも高価だと言われる理由があった。
お茶は比べようもなく芳醇だった。
「……とても美味しいです。香りも素晴らしいです。」
「そうか?」
シアナの言葉に、ラシードはふっと目を細めた。
「……!」
その表情に、シアナは思わず手にした茶碗を落としそうになった。
慌てて茶碗をテーブルに置いたシアナは、困惑した顔で尋ねた。
「殿下……まさか毎日お部屋でこうして過ごされていたのですか?」
「どういう意味だ?」
「ですから……。」
入浴後にきちんと服も着ずに歩き回ったり、こんなふうに無邪気な侍女に向かって笑いかけたり――そんなのは軽率で不用意な行動だ。
シアナが口に出さなくても、ラシードは彼女の目を見てその考えを読み取り、ふっと笑った。
「話を聞いたことがないのか?」
「……何の話でしょうか?」
「正装のとき以外、衣服を着るのも、入浴するのも、茶を飲むのも、すべて一人で行う。余計な手助けは許されない、ということだ。」
「それは……。」
「そうだ。私は側近の侍女を置いていない。この部屋に入れる侍女は……」
ラシードは手を伸ばした。
肩をこわばらせたシアナの髪を、指でそっとすくい取りながら、彼は口を開いた。
「お前だけだ、シアナ。」
「……。」
優しい声とは裏腹に、ラシードの紫の瞳には深い愛情が宿っていた。
シアナは無意識に、手にした茶碗を強く握りしめた。
そのとき、ふとラシードがかつて言った言葉が脳裏をよぎった。
【二人きりのときは、全力でお前を誘惑するつもりだ。】
そのときは分からなかった。
その誘惑が、これほどまでに強烈だとは。
シアナは胸が熱くなるのを感じ、思わず目をぎゅっと閉じた。







