こんにちは、ピッコです。
「死んでくれと言われて」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
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又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
55話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 生贄の聖女②
数日後。
今日は久しぶりに古代語の授業を受ける日だった。
大公のノートに書かれていた内容をすでに予習し終え、堂々とした足取りで歩いていたリンの横に、思いがけない“同行者”が一人くっついてきた。
「……なんでついてくるの?」
いつものように、チェフは「そんなの聞くまでもないでしょ」という顔で答える。
「あなたが受ける授業、私も聴講することにしたの。」
「……え?おじい様の古代語の授業を?」
「そうよ。」
リンの顔がほんの少し引きつった。
結局、今日は祖父の授業を聴講することになった。
もちろん、チェフほどの人物なら大した問題はないだろうが……。
緊張感に包まれた彼女の雰囲気に引きずられるように、同じく緊張を漂わせていたチェフが肩を軽く叩いて尋ねた。
「なんだ、その顔は。そんなに気が重いのか?」
「そうじゃないの。ただ、今日の授業でお祖父さまに色々質問してみようと思ってて。創建節のことについて、前から気になっていたの。」
「なるほど。」
チェフが聞いても納得できる理由だったのか、白い歯を見せておなじみの微笑みを浮かべた。
じゃれ合うように肩を押し合うその様子は、まるで子ども同士のようで、愛らしくもあった。
「それにしても……きみ、本当に他人の授業まで聴きに行くなんて、よほど暇なんだな?」
「……今日までは?」
「じゃあ、明日からは?」
にやりと笑ったチェヒは、すぐに見慣れた表情で続けた。
「たぶん、私の予想が正しければ明日にはみんな到着するはずよ。レテ侯爵の授業に参加する予定の生徒たち。」
──もう、そんな時期か。
『そういえば……ジハードがツスレナに滞在して剣術の授業を受けていたのは少し前だった。もうツスレナに長居する理由はないわけだ。』
ベルガー家とリリア家。
リンはその二つの家名に強い印象を抱いていた。彼女を裏切ったテオンとサブリナが、まさにその両家の出身だったからだ。
──だからだろうか。
新しく到着するであろう二人の生徒とは、できる限り関わらずに過ごしたいと、リンは心の奥で密かに思った。
成人もしていない子どもたちを復讐の道具に使う気にはなれなかった。
『チェフが後継者で、本当に良かった。』
ヤナが再びこの身体に戻ってきたとしても、彼なら心配なく友人でいてくれるだろう。
黙って自分の顔を見つめてくるリンの様子が妙に思えたのか、チェフは肩をすくめながら尋ねた。
「何か言いたいことでもある?」
「……ベルガ家とリル家からも、それぞれ一人ずつ来るって言ってたでしょ。四大家門の後継者が一堂に会するなんて、なかなか珍しいことだと思って。」
「よそ事みたいに言うなよ。お前もトゥスレナじゃないか?まあ、間違ってるわけじゃないけどさ。とはいえ、最低でも一年に一度は必ず顔を合わせることになるんだ。」
「それ、いつ?」
「皇帝陛下の誕辰日。」
誕辰日なんてどうでもいい。
あいつらは──リンを裏切った張本人、もしくはその血を引く連中だった。
「チェヒ、じゃああの二人に会ったことあるの?」
「ベルガーとリル?うん。」
「どうだった?」
意味深な顔で言葉を選んでいたチェヒは、やがて片目を細めて笑い、答えをはぐらかした。
「会えばわかるよ。」
「……なにそれ、どういう答え?」
「明日になれば会えるでしょ。私が余計なこと言って先入観つけるのもどうかと思って。」
──なんとも真っ当な理由だ。文句のつけようもない。
『そうだろうね……きっとヤナとチェヒの取り巻きになるに決まってる。まあ、子どもたちがそこでじっとしてればいいんだけど。』
大領主の執務室に到着した二人は、仲良く並んでコンラッド語の授業を受け始めた。
幸い今日は初級文法の授業だったので、コンラッド語に不慣れなチェフでも特に難しいことはないだろうと思われた。
それでも一応、この分野の先輩として質問が出たら優しく答えてやるつもりで心の準備をしていたのだが……。
リンはチェフの書いた文字を見て、思わず息を呑んだ。
『なにこれ?』
コンラッド語を初めて間もないはずなのに、どうしてこんなに流暢なの?
まだ学び始めてもいないのに、「私の友は無口だが、友の祖父は聡明である」なんて文章が書けるもの?
大領主も驚いたのか、チェフの隣で黙って書き進められる文章をじっと見守っていたが、ついに尋ねてしまった。
「チェヒ、古代語はわかるのか?」
「はい、ヤナほど上手ではありませんが、日常会話くらいなら問題ありません。」
「古代語を学ぶのは珍しいが……もしかして魔法に興味があるのか?」
「興味もありますし、ずっと練習もしています。」
二度驚いたリンとは対照的に、大家主は感心したような目でチェヒの頭を軽く撫でただけだった。
「そうか。アウクス家の若君は魔法にも長けていて、今の時代では滅多に見ない正統派の魔剣士だ。最高の師を傍に置いているようなものだな。」
「ありがたいお言葉です、大公様。母が今の言葉を聞いたら、きっと喜んで身をよじっていたでしょう。」
「ふふ、アウクス家の若君か。面白い冗談だな。」
『チェフが魔法使いだったなんて。』
魔法は誰にでも扱えるものではない。
剣のように腕さえあれば振るえるものとは違い、魔法はそのエネルギー源である「精素」を操れる者にしか許されない。
『……私も魔法が使えるようになるのだろうか?』
前世では魔法に特に関心を持ったことはなかった。
同じ剣士であるテオンやアウレリアンも同じだった。
だから〈悪の呪術〉封印に関する研究は、すべてサブリナに任せるしかなかったのだ。
『もし私が魔法を学んでいたら、あんな無惨に死ぬこともなかったのだろうか?』
「魔法」という言葉に、数か月前に遭遇した狂人たちの姿がふと脳裏をよぎった。
学園に侵入してきた者たちが使っていたあの魔法――。
[具現される ―― は季節]
[――を借りる存在は地平線の――]
[具現される ―― は――]
[――を借りる存在は――の――]
[具現される ―― は子犬]
彼らが空中に描いていた呪文も、明らかに古代語(ゴンレド語)だった。
「もしかして、魔法使いたちは古代語だけで呪文を完成させるんですか?」
答えたのはチェヒだった。
「知らなかったの?古代語はドラゴンの言語なんだ。すべての魔法はドラゴンの文字で構成されているんだよ。だから魔法を使うためには、ドラゴン語を知らなきゃいけないんだ。」
――古代語がドラゴンの言語? なんだそれは、まるで意味がわからない……。
ゴンレド(古代語)。
『……何かおかしいぞ。』
コンラッド、コンラッド。
そしてその「コンラッド」を逆さにすると……ドラゴン。
「……冗談だろ?コンラッドの意味があの“ドラゴン”だったって?」
予想していた反応なのか、チェフは肩を震わせて大笑いした。
「ヤナお嬢様、信じられないかもしれませんが事実なんです。古代コンラッドとは古代都市の名称でした。ドラゴンを信仰していた先住民の言語がその都市で初めて見つかり、その都市の名を取って『コンラッド語』と呼ばれるようになったのです。」
「チェフはよく知っているな。“ドラゴン”という単語がコンラッド語から派生したのかについては、学者の間でも意見が分かれている。だが両者に深い関わりがあるのは間違いない事実だ。」
つまり、呪文と深い関係を持つコンラッド語を学ぶことは、魔法使いと渡り合う上でより有利になる、ということだった。
強い興味を覚えたリンは、大家主に学園の魔法使いたちが使っていた呪文の解読を依頼しようとした。
しかしすぐに思い直した。
『魔法に直面したわけでもないのに、そこまで心配する必要はない。呪文もせいぜい季節や爆発程度だったし……』
リンは興味がないふりをしながら、こっそりと古代語(ゴンレド語)辞典を開き、熱心に調べ始めた。
辞典をもとに整理したところ、当時魔法使いたちが描いた文は次のようなものだった:
【定数を借りる存在は 波動のホロウル】
【具現される魔法は季節】
【定数を借りる存在は地平線のアクセロト】
【具現される魔法は爆発】
【精素を借りる媒介は “大地の咆哮”】
【発動する魔法は “岩槍”】
呪文の構造を見てみると、冒頭に書かれた「地平線のアクスロート」や「大地の咆哮」は魔法の精素を借りるドラゴン媒介を示している。
後半に書かれた「奇絶」や「爆発」は、実際に発動される魔法そのもののようだった。
リンは過去の戦闘記憶を呼び起こし、魔法使いたちが好んで使っていた呪文を整理してみた。
『どれどれ……岩槍もあったし、台風もあったし、時には腕の立つ魔法使いは幻影なんかも生み出していたっけ。……ん?コンラッド語には“幻影”って単語がない?じゃあ代わりに何で表現すればいいんだ?』
そんなことを考えていた頃。
「では、本日の授業はここまでにしよう。」
……うそでしょ。もう授業が終わったって?
「チェフ?次の時間も余裕があるなら、ヤナと一緒にまた来なさい。二人で楽しそうに勉強している姿を見るのはいいものだ。」
「ありがとうございます。ぜひ、また来ます。」
時間が経つのも忘れるほど集中していたのだろう。
リンは立ち上がろうとするチェフを呼び止め、そっと手を挙げた。
「おじいさま!ひとつだけ聞いてもいいですか?近々ある創建祭の記念日について、少し気になることがあって……!」
執務机に戻ろうとしていた大家主は、驚いたように目を見開き、彼女を振り返った。
「創建祭?ああ、そうだな、ヤナ。今年は初めて創建祭の記念日に参列するんだったな。何が気になるんだい?」
「公開の“捧げ物の乙女”の審査って、どういうふうに行われるんですか?」
「ふむ、祭物の聖女に興味があるのだな。」
「はい。」
大族長は、咳払いをして机にもたれかかりながら答えた。
「祭物の聖女は、通常は神学組織でまず一次候補者を選別した後、創建祭の記念会議で最終的に決定される。会議で他の候補が推される場合もあり、その際には公開審査を行い、最終的な聖女が選ばれるのだ。」
「審査は厳しいのですか?」
「困難ではあっても、極端に難しいわけではない。神学組織が課す三つの任務を遂行すればよい。各任務ごとに勝者と敗者が決まり、二勝を先に収めた候補だけが審査を通過できるのだ。」
――つまり、三本勝負で二勝した者が勝ち、というわけだ。
リンは、ニナベルとどの分野で競うことになろうとも、必ず勝利をつかめる自信があった。
『でも、神学部は間違いなくニナベルに有利な任務しか与えないだろうな。』
冷静に考えれば、公開審査で彼女がニナベルに勝つ可能性は極めて低い。
……なら、逆に考えてみよう。
捧げ物の乙女の審査は、リンが堂々と勝ちに行く必要はない。
彼女が勝利のために派手な行動をしなくても、ニナベルが敗北すれば自然と審査を通過できるということだ。
いや、そもそも敗北までいかなくてもいい。
勝利と敗北のほかに、もう一つ別の結果があるじゃないか?
『棄権、あるいは……』
──失格。
口元に思わず笑みが浮かびかけたが、その様子をチェフに見られていたことに気づき、リンはあわてて笑みを引っ込めた。
『あいつはどうしていつも私を見るの?』
気楽に笑うこともできないじゃないか。
授業が終わった後。
リンとチェフはゆったりと大族長の執務室を出た。
本館の中央にある大階段へ向かう途中、チェフがふいに彼女を呼び止めた。
「ヤナ。」
ちょうど階段を下りようとしていた彼女は、足を止めて振り返り、チェフを見た。
「さっき、ヴェルガとリンを会ったことがあるかって聞かれただろ?」
「うん。」
「ひとつだけ教えてやる。二人のうち、一人は男だ。」
「……」
「だから無駄に気を揉まず、心を決めておけ。」
チェフは捨て台詞を残すと、二階の東側回廊へと姿を消した。
あいつの性格上、よほどのことがなければ誰かを攻撃したりはしない。
『男関係で揉めることはない、って意味か?』
──まあ、ニナベルとマリウスの件くらいだろう。







