剣を持った花

剣を持った花【46話】ネタバレ




 

こんにちは、ピッコです。

「剣を持った花」を紹介させていただきます。

ネタバレ満載の紹介となっております。

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又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

【剣を持った花】まとめ こんにちは、ピッコです。 「剣を持った花」を紹介させていただきます。 ネタバレ満載の紹介となっております...

 




 

46話 ネタバレ

登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

  • 聖女

結界の内部へ足を踏み入れた瞬間、むっとするような狂おしい熱気が押し寄せてきた。

エキネは咄嗟に腕で顔を覆いながら、細めた目で周囲を見回した。

「……予想はしていたけれど」

「終わらせる!」

谷から切り離された結界の内部は、地形そのものこそ元の谷と同じだった。だが、そこに広がる光景はまったくの別物と化していた。

かつて谷に生い茂っていた木々は、元の三~四倍もの巨木へと急成長を遂げている。枝先は空を覆い尽くすほど高く伸び、幹はまるで神殿の巨大な柱のように太い。それらが隙間なく立ち並んで道を塞ぎ、視界を遮っているため、内部はさながら複雑怪奇な迷宮のようだった。

だが、異様なのはそれだけではない。

木の幹や枝は炭のように真っ黒に変色し、葉は一枚残らず激しく燃え盛る炎へと変わっていた。頭上を覆うのは、すべて揺らめく火炎の葉。息苦しいほどの熱気は、その空から絶え間なく降り注いでいるのだ。

エキネは、落ち葉のように舞い散る炎の葉を慌てて避けた。

地面に落ちた葉は、まるで油を浴びたかのように「ボッ」と激しい音を立てて噴き上がる。

「油まであるの?」

彼女は顔をしかめながら足元を見下ろした。黒く焦げた地面には、細い水路のように油が流れていた。木の葉から落ちた火は、その油の筋を伝って一瞬で炎の道へと変わっていく。

魔物の姿こそ見当たらないが、この地形そのものがひとつの災厄だった。

(ここには長く留まれないわね……)

エキネは内心で焦燥を募らせた。たとえ魔物に襲われずとも、食料や水がなければ結界が解けるまで生き延びるのは難しい。食べられそうなものを探そうにも、この空間にはすべてが燃え尽きた炭の柱と油の流れしかなく、仮に物があったとしてもすでに焼き尽くされているだろう。

内部での生存が不可能な以上、以前の『白い魔獣の峡谷』のときと同じく、結界の発生源を見つけ出して騎士剣で破壊するしかなかった。

幸い、今回は結界の発生地点に見当がついている。避難所の中でサイガがうずくまっていた、あの建物の裏手にある路地――そこから結界は始まっていたはずだ。

(せめて救いなのは、剣を抜かなくてもユリエンの狼騎士やサイのエル騎士がいることね)

今のところ魔物も奇怪な生物も姿を見せていない。マスターも仮面の悪魔も、どこかに身を潜めているのだろう。

もし自分が中へ入っていなければ、ユリエンやサイは魔物と戦う前に、飢えや渇きで命を落としていたかもしれない。やはり入って正解だった。

周囲は、燃える葉がパチパチと弾ける音以外、ひどく静まり返っていた。エキネは名剣アメジストを抜き放ち、感覚を研ぎ澄ませながら慎重に歩みを進める。

しかし、しばらく彷徨ううちに、彼女はこの結界の本当の恐ろしさを悟った。

(本当に、ただの迷路だわ……)

行く先々はことごとく行き止まりだった。黒々とした巨木が高くそびえ、頭上には一様に炎の空が広がっている。谷の地形は一週間以上見続けてきたはずなのに、今自分がどの方角を向いているのかさえ、まったく見当がつかなかった。

【主よ、どうも同じ場所をぐるぐる回っている気がするのだが? 私の勘違いか?】

脳内で魔剣が呆れたように声を響かせる。

「勘違いではないでしょうね」

どうしたものか、とエキネはその場に立ち止まり、考え込んだ。

――その時だった。

耳をつんざくような悲鳴が響き渡った。

幼い少女の声。この結界の中にいる子供といえば、サイしかいない。

エキネはハッとして顔を上げた。悲鳴は一度きり、短く途切れるようにして聞こえなくなった。

「サイ! サイ! どこにいるの!?」

悲鳴のした方向へ駆け出しながら、大声で少女の名を呼ぶ。感覚を最大限に広げて気配を探ったが、何も捉えられない。いや、まるで目の前に霧がかかったかのように、普段よりも探索できる範囲が極端に狭まっている。

呼びかけに対する返事はなかった。焦りが胸を突き動かす。

突き当たりの壁のように立ちはだかる真っ黒な巨木に、エキネは思わず手を当て、向こうの音を聴こうとした。

「うっ、熱っ……!」

慌てて手を離したが、遅かった。薄手の手袋は一瞬で焼け焦げ、掌は真っ赤に腫れ上がっていた。

見た目はただの黒い幹なのに、触れた瞬間に火傷するほどの高熱を帯びている。これほど熱いなら近づいただけで気づくはずだが、完全に触れるその瞬間まで、熱気を一切感じさせなかったのだ。

ここは、現実とは異なる独自の法則で支配された空間らしかった。

「本当に厄介な結界ね……」

【おい、お前もう左手を使えないんじゃないか?】

「この程度なら、まだ動くわ」

痛みをこらえながら火傷した左手を持ち上げる。幸い利き手ではない。エキネは右手を使ってドレスの内側にあるペチコートの裾を裂き、応急処置として左手に固く巻きつけた。

「サイ! 聞こえる!? サイ!!」

再び叫ぶが、やはり応答はない。ユリエンならともかく、サイは力のない幼い子供だ。何かあればひとたまりもない。

引き返して道を探している時間などなかった。エキネは右手にアメジストを構え、試しに目の前の巨木へ向かって一閃した。だが、彼女の腕力なら金属さえ切り裂けるはずの斬撃も、黒い幹には傷一つ付けられない。

エキネは小さく舌打ちし、マナを剣へと流し込んだ。刃が淡い紫色の光を帯びる。名剣アメジストは、込められた強大なマナを見事に受け止めた。

強化された剣を再び振り下ろす。今度は違った。巨大な木はまるで豆腐のようにすっぱりと切断された。あまりにも鋭利に切れたため、切り離された上部は倒れもせずその場に留まっている。エキネはブーツの先で幹を力任せに蹴り飛ばした。踵の高いブーツのおかげで、足に火傷を負うことはなかった。

切り倒した巨木を越えて向こう側へ回り込む。それを二度、三度と繰り返した先で、彼女はついにサイの姿を捉えた。

「あれは……何?」

思わず声が漏れた。

そこにいたのは、泥で形作られたような不気味な巨人だった。巨人はロープで縛ったサイを、引きずるようにして連れ去ろうとしていた。サイの首にはロープが巻き付いており、手足が力なくもがいている。だから悲鳴の後、声が出せなかったのだ。

(まだ生きてる!)

エキネは一瞬の躊躇もなく地を蹴り、疾風のごとく肉薄すると、そのまま巨人の腕を斬り飛ばした。切断された泥の腕がべちゃりと音を立てて地面に崩れ落ちる。

巨人の反応も決して鈍くはなかったが、エキネの踏み込みがあまりにも速すぎた。巨人は、サイを抱き上げられて一歩退かれた後になって、ようやく自身の腕が失われたことに気づいたようだった。

エキネは素早くサイの首のロープを断ち切った。拘束から解放された少女は、涙を浮かべて激しく咳き込みながら、貪るように空気を吸い込んだ。

「ゴホッ、ゴホッ……!」

「大丈夫? 少し待っていなさい」

サイを背後にかばい、迫りくる泥の巨人へと向き直る。驚くべきことに、先ほど切り落としたはずの右腕は、いつの間にか元通りに再生していた。巨人はエキネの頭上を狙い、風圧だけで髪が大きく激しくなびくほどの猛烈な拳を振り下ろしてくる。

だが、彼女にとっては止まっているも同然だった。

エキネは紙一重で身をかわし、懐へと鋭く踏み込む。

【再生するってことはスライム系か? それともゴーレムか? どちらにせよ核を壊せば終わりだろ?】

魔剣が脳内で呑気に語りかける。エキネも同意見だった。再生能力を持つ魔物には必ず核が存在する。その位置さえ突き止めればいい。

マナの流れを追う方法もあったが、戦闘に特化したエキネのやり方はもっと単純だった。魔剣がもたらす本能的な直感が、敵を屠るための最短かつ最も効率的な手段を彼女に理解させていた。

(あそこだ。胸と腹の間――みぞおち付近)

直感のままに、エキネはアメジストを突き出した。マナを込める必要すらなかった。刃は泥の身体を抵抗なく切り裂き、深く潜り込んでいく。

そして――硬い“核”に触れた。

(……ん?)

剣先から伝わる感触に、エキネはゾッとした。妙に生々しい、肉を裂き、骨を断ち、内臓を貫いた時の確かな手応え。あまりにも慣れ親しんだその感触に、総毛立つ。

同時に、巨人の身体が痙攣するように激しく動き、突き刺さった剣を引き抜いた。傷口から鮮血が激しく噴き出す。泥の巨人はその場に崩れ落ち、エキネは飛び散る血と泥を避けるように後方へ跳び退いた。

前のめりに倒れた巨体から、ボロボロと泥が剥がれ落ちていく。そして、泥が完全に消え去った後に残されたのは――。

「……最悪ね」

【うわっ、何だこれ。死んだか? 死んだな!】

魔剣が動揺した声を上げる。

核だと思っていたものは、人間だった。白髪の老人。エキネが貫いた背中からは、ドクドクと鮮血があふれ出している。

顔面蒼白のまま、エキネはその場に膝をついた。即死ではないが、長くはもたない。医術の心得がなくとも分かった。彼女はこれまで、数え切れないほどの人を殺してきたのだから。

(誰……? なぜ魔物の中に人間が? なぜ私は人を刺してしまったの?)

次々と湧き上がる疑問とともに、胃の奥からひっくり返るような激しい吐き気が込み上げてきた。つい先ほどまで握っていたアメジストには、まだ生暖かい血がべっとりと付着している。エキネは思わず剣を取り落とし、口元を押さえた。

「メ、メリネおじいちゃん……」

背後から震える声が聞こえた。サイだった。少女は涙を浮かべ、ふらつく足取りで老人のもとへ駆け寄ると、血まみれの背中にそっと手を当てた。「だ、大丈夫……?」

エキネは呆然と少女を見つめることしかできなかった。サイは傷口を確認すると、困惑した表情でエキネを振り返った。

「治しても、いいですか……?」

「……え?」

「わ、私、実は傷を治せるんです。病気も治せますし、痛みも消せます。変ですよね? お姉さんから見ても、私って魔女みたいですよね……? やっぱり私、魔女なんでしょうか……?」

エキネは言葉を失った。

(何を言っているの……?)

傷を治す力、病を癒やす力。そんなものがあるなら、それは魔女などではなく――。だが混乱のあまり、言葉が紡げない。

その間にも、サイは不安げに視線を泳がせながらも、意を決したように両手を差し出した。

「き、気味悪いって思うかもしれないです。でも……それでも、誰かが痛いのは嫌なんです。みんなが痛くなかったらいいのにって、ずっと、ずっと思ってて……」

ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。

「お姉さん、ごめんなさい。私、私……治したいです……!」

その瞬間、サイの胸元から眩い光が漏れた。服の裂け目から見える少女の肌に、鮮やかな淡緑色の木の紋様が浮かび上がっている。

その紋様の中から、一本の小さな短剣が飛び出した。

赤い実をつけた淡緑色の蔓に巻かれた、美しい銀色の短剣。大精霊が人間の慈悲で刃を作り、人間の愛でその刃を包んだとされる剣。主の資質を問わず、ただその心で選ぶ精霊剣――『治癒剣エルギオサ』が、その姿を現したのだ。

サイは両手でしっかりと短剣を握りしめ、ためらうことなく老人の傷口へと突き立てた。

エルギオサの存在を知っていたエキネでさえ、その光景には目を見張った。普通の剣ならトドメを刺す行為だが、自然の力で成るその剣は、決して人を傷つけない。

剣が刺さった場所から淡く光る緑色の蔓が急速に広がり、傷口を包み込むようにして白い花を咲かせた。花はまたたく間に赤い実を結び、そして清らかな光となって霧散していく。

「なんと……」

エキネは思わず感嘆の声を漏らした。まさに奇跡だった。

サイがエルギオサを抱きしめたままその場にへたり込むと、老人の背中には傷跡ひとつ残っていなかった。エキネが負わせた致命傷までもが完全に消え去り、すべての命の灯火が繋ぎ止められていた。

[ちぇっ、残念。]

魔剣が不満そうに呟いたが、エキネの耳には入らなかった。彼女は震える手で顔を覆った。また意図せず人を殺してしまったという絶望は、目の前の奇跡によって払拭された。老人は生きている。あの子のおかげで。

安堵が胸いっぱいに広がり、冷え切っていた指先にじわちわと温もりが戻ってくる。

サイは灰色の瞳に涙を溜め、体を震わせてエキネを見上げた。

少女が口を開くより先に、エキネは歩み寄ってその小さな身体を強く抱きしめた。

「ありがとう、サイ。本当にありがとう……」

「え、お姉ちゃん……?」

サイはびくりと肩を震わせた。ふんわりと広がるドレスの裾に包まれ、エキネの胸元に顔をうずめる形になる。そこからは、甘い花のような心地よい香りがした。

サイはおずおずとエキネの服の裾を握りしめた。絹の生地は驚くほどなめらかで、自分を抱きしめる腕はとても優しかった。

今にも泣き出しそうな声で、サイは尋ねた。

「き、気持ち悪くないんですか……? 私なんか。みんな、急に花が咲くなんておかしいって。疫病もお前が広めたんじゃないかって……だから魔女に違いないって……」

「全然気持ち悪くなんてないわ。むしろ感謝しているくらい。それにサイ、あなたは魔女なんかじゃない」

エキネはサイのふわふわとした髪を優しく撫で、顔を上げた少女と視線を合わせてにっこりと微笑んだ。

「あなたは精霊剣の主なのよ、サイ」

「精霊剣の……主?」

「ここを抜け出したら、もう誰もあなたをいじめたりしないわ。魔女なんて呼ばせない。だってあなたは、アジェンカの聖女になるんだから」

「せ、せ、聖女……ですか? 何を言っているんですか?」

サイは呆然と目をぱちぱちさせた。何のことだかさっぱり分かっていない顔だったが、無理もない。結界を抜けてアジェンカへ戻れば、自分よりも詳しい者が大勢説明してくれるはずだ。

「わ、私がそんなすごい人なわけないです! 何か勘違いを……」

「心配しなくていいわ、私が保証する。あなたはもう立派な聖女よ」

「そ、そんなはず……」

ふらふらと困惑する少女の姿が、たまらなく愛らしかった。エキネは衝動のままに、その丸い頬にそっと口づけをした。

サイの顔がたちまち真っ赤に染まる。

「外へ出れば分かるわ。だから、まずはここを出ましょう」

エキネはもう一度サイをぎゅっと抱きしめてから身を離し、その場に立ち上がった。そして、無傷のまま意識を失っている老人へと視線を向ける。

(侵食領域の中に人間がいるなんて……)

注意深く観察したが、老人の身体にこれ以上の異常は見当たらなかった。侵食領域に飲み込まれた人間が魔物化する例は、記録で読んだことがある。この領域は発生した場所の強い思念を映し出す。泥の巨人は、サイを魔女として火あぶりにしようとした村人たちの恐れや悪意の具現化だったのだろう。

「サイ、この人のことを知っているの? 誰なの?」

「ゴート村に住んでいる……メ、メリネおじいちゃんです」

エキネの冷ややかな視線を察したのか、サイは指をもじもじと絡ませながら、小さな声で話し始めた。

「みんな、悲しいことがあったんです。とても辛くて、苦しかったんだと思います……。怖かったけど、私は恨んでいません」

「悲しいことって、何があったの?」

「病気が流行ったんです。たくさんの人が亡くなって……お母さんも……」

サイは俯き、言葉を紡ぐ。

「お母さんが亡くなってから、この不思議な短剣を使えるようになったんです。でも、もっと早く見つけていたら、お母さんは死ななかったかもしれないって……。だから、みんな私を恨んでいるんです。どうして今になって見つけたんだって。私だってそう思います。どうして今更なんだろうって……」

サイは拳を握りしめ、あふれる涙を乱暴に拭った。

「村の人たちだって、悲しかっただけなんです。あまりにも辛くて、誰かを憎まずにはいられなかったんだと思います。もし病気が流行らなかったら、こんなことにはならなかった。だから悪いのは病気なんです。あの人たちじゃありません」

エキネは黙って小さな少女を見下ろした。

自分を殺そうとした人間を理解し、彼らは悪くないと断言する――自分には、とても真似できない考え方だった。

[うわ、何この子。ちょっと怖いんだけど。人間ってそんなふうに生きられるの? 私のことすら扱えない人間ばかりなのに、この子なら私のことも無理かもね。]

魔剣が楽しそうに笑う。

魔剣バルデレギオサの主になるには、少なからず悪意や殺意の経験が必要だ。人は生きていれば一度くらいは邪な考えを抱くものであり、だからこそ大抵の人間は魔剣の資格を持つ。だが、このサイという少女にはそれが一切当てはまりそうになかった。

あまりにも優しすぎる。普通に生きていくことすら危ういほどのお人好しだ。エキネは珍しく、魔剣の感想に同意していた。

彼女が呆気にとられていると、すっかり落ち着きを取り戻したサイがそっと近づいてきて、ドレスの裾に隠れたエキネの左手を指差した。

「あの、お姉ちゃん。その手……怪我してますよね? 私、治せます」

「ああ、これ? 大丈夫よ。そんなにひどい怪我じゃないし」

「でも……治してあげるの、嫌ですか?」

「いや、そんなことは絶対ないわ」

エキネは苦笑しながらため息をついた。サイの細い肩は、疲労からか僅かに震えている。

「その力、無限に使えるわけじゃないでしょう? 今だって疲れてる。何か代償があるはずよ」

「うーん……。ただ、すごく長い距離を走った後みたいな感じになるだけです」

「ほら見なさい。サイ、ちゃんと体力は温存しておくのよ。私の治療は後でいいわ」

命に関わる怪我でもない。疲れているサイに無理をさせる必要はなかった。

エキネはきっぱりと首を横に振り、先ほど投げ捨てていたアメジストを拾い上げてポケットにしまった。サイは名残惜しそうにエキネの左手を見つめていたが、それ以上は何も言わなかった。

エキネは再び気絶した老人へ視線を向けた。サイを追い詰めた村人だと思うと、正直助ける気にはなれない。できることならこのまま置き去りにしたかったが、本当にそうすれば、この優しすぎる少女はきっと泣くだろう。それに、侵食魔が徘徊するここに放置すれば確実に命はない。

現実的な判断のもと、エキネは深くため息をつくと、老人のもとへ歩み寄った。そして無造作に足を振り上げる。

「ふんっ」

サイがその勢いに思わず肩を跳ね上げる中、エキネは容赦なく、老人が目を覚ますまで何度も靴の先で小突き続けた。

「う……? な、なんだ……?」

やがて老人がうめき声を漏らしながら目を覚ましたのを確認し、エキネはようやく足を止めた。

「立って歩いてください」

「な、何が起きた……?」

「生きたければ歩いてついてきてください。サイに感謝しながらね」

状況を理解できず呆然とする老人を置き去りにするように、エキネはサイの手を取った。

「行きましょう、サイ。まずはあの避難所を探さないと」

「は、はい!」

サイはちらりと老人を気にしながらも、エキネの手に引かれて歩き始めた。数歩進んだところで、エキネは冷ややかに振り返る。

「来ないんですか? 来なかったら死ぬかもしれませんよ」

周囲の異様な炎の光景に圧倒されていた老人は、その言葉を聞いた瞬間、弾かれたように立ち上がった。生存本能がようやく状況の深刻さを理解したのだろう。ふらつきながらも、老人は必死に二人の後ろを追い始めた。

 



 

 

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