影の皇妃【１７０話】ネタバレ

（かなり頭を使ったわね）

つまらないことに見えるが、皇太子妃は将来、皇后であり国母になる女性として完全無欠でなければならなかった。

少しの傷も許されないのだ。

そのような脈絡から見て、社交界に姿を現さなかったこの３年間の空白は、良い餌食だった。

噂というのは実態がないほど、さらに膨らませ、曲解されるものだから。

（彼女たちにこんなことを企てる度胸はないだろうし。アヴェラの仕業ね）

最初からおかしかった。

３次競合で競うはずのアヴェラとエレナが１次競合のティータイムで一緒に割り当てられること自体怪しい。

皇室で開催される皇太子妃選出式にこれほどの影響力を行使するためには、４大家門出なければ不可能だろう。

エレナはそっと貴婦人たちの表情を見る。

彼女たちの表情はまちまちだった。

大公家に好意的なキュリー夫人は、困った顔で対話を止めるべきかどうな悩んでいる。

ラインハルト家に近いディロンス夫人は止める意思がないのか、扇子で口を覆って傍観していた。

残りの貴婦人もただ見守るだけで、前に出てこない。

「やめてください。こんなことを言及するのが失礼なのか分からないのですか」

アヴェラが適切なタイミングで介入し、エレナを心配するふりをした。

喧嘩を止める義理の妹のような憎らしい演技に、エレナは失笑しそうになる。

しかし、エレナは何とも感じなかった。

傷がつくのはベロニカであって、自分ではない。

アヴェラが死に物狂いでベロニカを陥れようと関係なかった。

いいや、むしろ嫌がる理由がない。

しかし、その時期が適切ではなかったのだ。

リアブリックを失脚させるまではベロニカの代役として充実する必要があるのだから。

そして、やられてばかりいるのは性分に合わない。

エレナはむしろ微笑んだ。

一時、社交界を牛耳ったあの時代のように。

「ありがとう、アヴェラ」

「止めないでください、お姉様、こういう話は不便でしょう？」

「不便って。言葉通り噂に過ぎないのだから」

エレナは動揺せず微笑を失わなかった。

その平穏な微笑を見ていると、世間に漂う噂が本当に嘘のように感じられる。

「お姉様がそう言うのなら幸いです」

期待していた反応と違い、アヴェラの表情が少し硬くなった。

当時、リアブリックが代役を立てる決心までしたほどベロニカの評判は最悪だった。

使用人が彼女と目が合うだけで夜逃げをしたとか、乱れた生活で私生児を産んだとか、あらゆる噂が飛び交っていたのだ。

過ぎ去った時間を確認したり証明する方法がないだけに、その３年という時間はベロニカにとって唯一の恥部に他ならなかった。

それで間計を組んだのだが、今エレナが見せた反応はアヴェラの期待から遥かに外れている。

エレナの口元がそっと上がる。

今度はこちらの番だ。

「皆さん、深夜の舞踏会について聞いたことはありますか？」

「・・・！」

エレナが話を始めるや否や、令嬢たちの表情が真っ青になる。

深夜の舞踏会は貴族だけが知っている隠密なパーティーだった。

決して水面上に現れてはならない乱高さと、アヘンのような不法行為が蔓延していたパーティー。

そのような話を他でもなく皇太子妃選出式でエレナが言及したので驚愕せざるを得なかった。

「あの、私はよく知りません・・・」

「わ、私も初めて聞きました。深夜の舞踏会ですか？」

困惑していたベラとデイジーが表情を一変させ、知らないふりをする。

しかし、そうでなくてもエレナは気にしなかった。

そもそもエレナの目標は彼女たちではない。

「私も聞いた話ですが、この前まで首都で深夜の舞踏会が開かれていたそうです。そこで仮面をつけた貴族たちが口にするのも憚れる行為をしていると噂がありました」

「と、とんでもない噂ですね」

デイジーの言葉にエレナは再び尋ねる。

「噂ですか？」

「そうです。う、噂は信じられませんから」

ぎこちないテーマで対話が続くと、そばで見守っていたベラが急いで話題を切り替えた。

「この生クリームケーキ食べた事がありますか？口の中でとろけます。皆さんも召し上がってください」

「そ、そうですか。私も食べてみますね」

不便な気配を見せていたデイジーが待っていたかのようにケーキに関心を向けようと努める。

慌てている様子を様子を見ると、好奇心であれ何であれ深夜の舞踏会に出入りしたことは明らかだ。

「私もこんな話を切り出したくないです。口にするだけで不潔な気になりますから」

「同じ考えです」

待っていたかのように言葉を受けるベラの表情が明るくなる。

しかし、エレナは彼女の望み通りに終わらせるつもりはなかった。

「でもただの噂ではないと思います。皇太子妃選出式に参加した候補の中で深夜の舞踏会に出入りしていた令嬢を誰かが見たそうですから」

そう言って、エレナは明らかにアヴェラを見つめる。

その視線にアヴェラの顔色が青白くなった。

エレナは何も知らないふりをして問いかける。

「アヴェラ、聞いたことはないかしら？」