影の皇妃【２４０話】ネタバレ

ベロニカはまもなく開かれるピアノ独奏会にとても気を使った。

前回のティータイム以後、本格的に派閥構成に乗り出しただけに、この機会を生かして彼女が主管する行事は特別だという認識を社交界に植えつけようとしたが、その結果物がそれなりに満足できそうだった。

最後の身支度を終えたベロニカが寝室を出る。

歩き方も普段と違って軽かったし、鼻歌が絶えない。

今日の独奏会に招待されたという事実だけでも喜び、ピアノ演奏を聞きながら恍惚とする令嬢たちが騒ぐ賛辞が早くも耳に残って彼女を楽しませていた。

「ドアを開けなさい」

追従者たちが集まっている別館内の応接室に到着したベロニカが命令する。

「ベロニカ公女殿下がいらっしゃいました」

侍女の言葉が終わるやいなや大理石のドアが開く。

ベロニカは明るい笑顔で応接間に足を踏み入れた。

「いらっしゃいませ、ようこそ・・・」

ベロニカの笑顔が消える。

「・・・」

がらんとした応接室を目で見ても信じられなかった。

２８人の令嬢を招待したにもかかわらず、応接室に座っている令嬢たちは僅か３人に過ぎない。

ソファから立ち上がり、ベロニカを迎える彼女たちでさえ当惑した様子だ。

「これはどういうこと？」

ベロニカの声は真冬の霜よりも冷たく沈んだ。

侍女たちは口をつぐんで顔色を伺うばかりだった。

「応接室を間違えたのかしら？」

「・・・」

「聞こえないの？」

「ここが正しいです、お嬢様」

ベロニカの催促に、一番前に立っていた侍女のケイトが震える声で答える。

下女の口から確認すると、目でも見ても信じられないこの状況が肌に響いた。

「招待状はちゃんと送ったのでしょう？」

「し、執事が気を使って送っているのを私が確認しました」

招待状はきちんと発送されたという意味だ。

つまり、知っていながら来なかったということ。

ベロニカの氷のように冷たい瞳の下に炎が上がる。

体内の深いところで沸き起こった怒りは、噴出直前の溶岩のようにグツグツ沸いた。

「あえて・・・」

少数が来なかったら見過ごすことはできただろう。

百歩譲って急用があると理解できた。

しかし、たった３人だなんて。

招待状を貰って２５人が無視したという意味だ。

まるで結束してベロニカを困らせようとしたのではないかと錯覚するほど屈辱的だった。

ベロニカの顔が赤くなる。

「私を侮辱するなんてね？」

彼女の目つきに抑えきれない狂気が光った。

噛み締めた唇に残る生臭い血の味さえ感じられないほど理性がギリギリだった。

彼女にとって今日ほど恥ずかしい日は初めてだ。

「どうも手違いがあったようですね」

ベロニカの冷たい言葉に、３人の令嬢が目を伏せて視線を避けた。

「独奏会は取り消しです。お帰りください」

「え？このままですか？」

空気の読めない令嬢が瞬きしながら反問する。

内心、他の令嬢たちが誰も来なかっただけに、ベロニカの目に入る良い機会だと期待していたのだ。

しかし、このまま帰れとは、失望せざるを得なかった。

「はぁ」

彼女は最終的にそうでなくても敏感なベロニカの神経を逆撫でしてしまう。

「今、私が許可を求めているように見えますか？」

「あ、私は・・・、残念で・・・」

ようやく失態をしたことに気づいた令嬢の言葉が這い込んだ。

しかし、水はひっくり返った後だった。

「それで？残念だから、私に責任を負えということですか？」

「も、申し訳ありません。私がつい失言をしたようです」

令嬢は白くなった顔を地面につけるかのように深くお辞儀をする。

ベロニカが近づいてくる足音に令嬢の肩が縮こまった。

ベロニカの影が徐々に近づいてきて、彼女の低い声が聞こえてくる。

「きちんと行動してください。口をむやみに開かないように」

「・・・」

ゾッとする警告に令嬢は返事さえできず、何度もうなずいた。

腰を正したベロニカが恐怖に怯えている二人の令嬢を見て冷たく警告する。

「今日の件は墓場まで黙っていてください。私の話がどういう意味か分かりますよね？」

「え？は、はい、分かりました」

「し、死ぬまで黙っています」

令嬢たちの誓いを受けたベロニカが振り向いて応接室を出ていく。

殺伐とした表情で別館を出て本館に入ったベロニカが到着したのは、アセラスの執務室だった。