こんにちは、ピッコです。
「メイドになったお姫様」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

105話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 後継②
暗い夜、シアナは本を一冊手に持ってアリスの部屋へと入ってきた。
ニニやナナとそこそこ親しくなった後も、アリスが眠りにつく時に呼ぶのは決まってシアナだけだったからだ。
「お姫様、今日は昨日読んだ童話の続きの巻を読んで差し上げますね。」
シアナは澄んだ声でそう言いながら、ベッドに近づいた。
だが、アリスの反応はどこかおかしかった。
いつもなら瞳を輝かせてシアナを迎えるはずのアリスが、複雑な表情でじっと彼女を見上げていたのだ。
「どうなさったのですか? もしかして、どこか具合でも悪いのですか?」
シアナの優しい声に、アリスの大きな瞳がわずかに揺れた。
しばらくして、アリスが意を決したように小さな声で口を開いた。
「私は絶対にあなたと離れないわ。東部にも必ず一緒に行くんだから。」
「……なぜ急にそんなことを?」
シアナの問いかけに、アリスは少し言いよどんだ後、正直に答えた。
「だって……あなたがお兄様のことを気にするんじゃないかと思って。あなた、お兄様と仲がいいでしょ。」
「……!」
大きく目を見開いたシアナは、すぐに伏し目になった。
幼いお姫様がそこまで考えるなんて――。
自分がラシードに対して無遠慮に振る舞っていたのかもしれないと、シアナは戸惑った。
けれど、アリスの言葉を否定することはしなかった。
「お姫様の言う通り、私と皇太子殿下はごく普通の兄妹のように親しくしています。ですが……それだけです。」
「……」
「それ以上の関係ではありません。」
侍女に好意を寄せる皇太子と、その関心を煩わしく思いながらも、決して嫌悪しているわけではない侍女。
その程度なら、まあ仕方ないかと受け流せる関係だった。
シアナは目を伏せ、静かに口を開いた。
「正直に言うと、少し心配になるんです。お姫様もご存じのとおり、皇太子殿下は将来、皇帝になられるかもしれないお方なのに……あまりにも人付き合いがないでしょう?」
ラシードが行き来するのは、唯一ルビー宮だけだった。
「ルビー宮がなければ、殿下は少し孤独になってしまうでしょうね。」
がらんとした部屋で、ひとりでお茶を飲むラシードの姿を思い浮かべると、シアナの胸は少し締めつけられた。
一介の侍女が、この世で最も強大な力を持つ男に対して、こんな感情を抱くなんて。
自分の心が切なくて、シアナはかすかな笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「……でも仕方ないですよ。殿下はこの宮殿を守らなければならない皇太子殿下で、私はお姫様にお仕えする侍女ですから。それぞれが自分の立場で果たすべき務めを果たさなければなりません。」
シアナの顔はいつも通り穏やかで、その声も落ち着いていた。
しかしアリスには、シアナが無理をして平気なふりをしているように感じられた。
なぜならアリスも、ニニやナナが語っていた様子を目にしたことがあったからだ。
普段のシアナは、侍女としてラシードにただひたすらに忠誠を尽くしているだけ。
けれどごく稀に、シアナが淹れたお茶を口にして幸せそうにするラシードを、ぼんやりと見つめてしまうことがあったのだ。
頬をほんのり赤らめながら。
その感情が何なのかは分からないが、アリスには見過ごせなかった。
アリスは強く歯を食いしばった。
『……それでも、駄目。』
アリスにとってシアナは、誰よりも特別な存在だった。
孤独だった自分に手を差し伸べ、温かく抱きしめてくれた人。
アリスは、そんなシアナを自分のそばから手放すつもりなどなかった。
アリスはシアナを強く抱きしめて言った。
「これからは、もっと私が上手くやるよ。あなたが望むなら、夜空の星も取ってあげるし、深い海にいるという伝説の鯨だって捕まえてあげる。だから、私のそばにずっといて。」
幼い公女のロマンチックな言葉に、シアナは苦笑しながらもその小さな頭を優しく撫でた。
(そう、皇太后陛下が実の娘よりもニニやナナを優れた侍女だと褒め称えたとしても、公女様はまだ幼い。この方には私が必要なのだ。)
皇太子との未来を誓う恋愛をする時ではなかった。
このタイミングで東部へ向かうのは、むしろ正しい選択だった。
「殿下。」
「……」
「殿下!」
ソルが憂鬱そうに声を張り上げたが、ラシードは全く反応を示さなかった。
焦点のない目で椅子にもたれかかるラシードを見つめ、ソルはため息をついた。
(状態が本当に深刻だな……。)
ラシードがこのように魂の抜けた状態になったのは、シアナが彼にきっぱりと線を引いてからだった。
ラシードはまるで世界の終わりを迎えた人のように沈んでいた。
ソルは長い間ラシードの傍らにいて、その数多くの姿を見てきた。
一見、安楽に生きてきたように思えたラシードの人生にも、思いがけずさまざまな苦難があったのだ。
戦場で敵の罠にはまり全滅の危機に陥ったり、信じていた部下に裏切られて傷を負ったり――それでも、ラシードがこれほどまでに憂鬱な表情を浮かべているのを見たのは初めてだった。
ソルはしきりに心配になった。
「殿下、そうなさらずに、もう一度ルビー宮へ行ってシアナ様にお会いくださいませ。」
ラシードはかすれた声で答えた。
「……シアナはきっと嫌がるだろう。」
「まあ、少しくらい嫌がったとしてもいいじゃないですか。ぐっと押し切ってみてください。シアナ様は殿下をあまりにもお慕いして、どうにかなってしまいそうなんです。どんなに嫌だ嫌だと言っても、殿下のお顔を見れば結局は嬉しくなるはずです。私の言うことを信じてください。」
必死に励ますように言ったが、ラシードにはまったく響かなかった。
ラシードにとって、今の状況はただただ恐ろしかったのだ。
(ここで自分勝手に近づけば、シアナが私を本当に憎むようになってしまうかもしれない。)
だからラシードはどうすることもできず、自分の宮殿に閉じこもっていた。
そんな折、一人の侍女が皇太子宮を訪れた。
無気力なラシードに代わって侍女を迎えたソルが戻って報告した。
「皇太后宮から送られた侍女でございます。」
「皇太后宮」という言葉に、わずかな期待をにじませていたラシードの瞳が鋭く揺れた。
そのラシードに、ソルが一枚の手紙を差し出した。
「皇太后様からのお手紙でございます。侍女の話では急ぎの用件とのことで、早急にご確認いただき、お返事をくださるよう仰せつかっております。」
皇太后はアリスを除いた他の孫たちに徹底的に無関心であった。
その態度は、有力な皇帝候補であるラシードに対しても同じだ。
ゆえに、アリスという共通点があるにもかかわらず、皇太后とラシードの間には一切の交流がなかったのである。
皇太后からの手紙とはいえ、ラシードは少しも興味を持たなかった。
(面倒だ。)
最初は読む気すらなかったが、やがて考えを改めた。
皇太后がわざわざ自分に手紙を送ってくるとすれば、それはアリスに関することである可能性が高い。
そして、アリスのこととなればシアナとも深く関わるに違いない。
ラシードは皇太后の手紙を開いた。内容は単純だった。
皇太后の体調がすぐれず、東部にある実家に戻って療養したい。
一人で行くのは心細いため、皇女アリスを伴いたい。
ゆえに皇帝代理としてその許可を与えてほしい。
ただそれだけの文面であった。
しかし、ラシードの表情は険しく歪んだ。
アリスが宮殿を離れれば、当然、最も近しい侍女であるシアナも同行するのは明らかだ。
「あり得ない。」
ラシードは低い声でうわ言のように呟いたかと思うと、椅子から勢いよく立ち上がった。
その突発的な行動に、ソルは大きく目を見開いた。
「えっ、陛下?」
「……」
「どちらへ行かれるのですか、陛下!」
ソルの制止を無視したまま、ラシードが向かったのはルビ宮だった。
偶然にも、ラシードがルビー宮に到着したとき、シアナも外での用事を終えて戻ってきたところだった。
二人はルビー宮の門前で鉢合わせた。
数日ぶりにラシードを目にしたシアナは、驚きに目を見開き、慌てて礼を取った。
「尊き皇太子殿下にご挨拶申し上げ……」
だが最後まで言い切ることはできなかった。
わずかに苛立ちを帯びた、ラシードの詰問するような声が割り込んだからである。
「アリスと共に行くつもりなのか?」
その言葉を聞いた瞬間、シアナの心臓はドクンと大きく鳴り下りた。
だが、すぐに感情を抑え込んだ。
まだ成年式を終えていないアリスが長く皇宮を離れるには、皇帝の許可が必要であり、必然的に皇帝代理のラシードがその事実を知ることになるだろうと予想していたからだ。
シアナは冷ややかな顔で礼を取った。
「はい、その通りです。」
「……!」
ラシードは一瞬、息を呑んだ。
既に知っていた事実ではあったが、シアナの口から直接告げられると、頭の中が混乱する。
本来なら――「宮を離れると苦労も多いだろう。アリスをよろしく頼む」
そんな儀礼的で格式ばった言葉をかけるべき場面だった。
しかし、ラシードの口から飛び出したのは、そのような言葉とはまるでかけ離れた一言だった。
「宮を離れないって言ったじゃないか。」
「……!」
「ほんの少し前に、自分の口でそう言った。違うか?」
ラシードの声には、シアナに対する怨みの色が滲んでいた。
まるで裏切られたかのように。
ラシードのこんな顔は想像したこともなかったシアナの、いつもの落ち着いた表情が崩れる。
シアナは釈明するように言った。
「その時と今では状況が変わったんです。アリス公主様が東部へ行くと決められ、私は公主様にお仕えする侍女としてお供しなければなりません。」
「なぜだ?」
「……私は、公主様の侍女ですから。」
シアナの答えに、ラシードの顔が一瞬歪んだ。
最初にシアナをアリスの侍女として送り込んだ時、彼はただ面白がっていただけだった。
シアナがアリスの心を開かせ、少しずつ変えていく姿を見るのは愉快なことだったのだ。
しかし、それはいつからだったのだろう。
シアナから無邪気な庇護を受ける幼い妹が羨ましく思えてきたのは。
目を開けて最初に見る顔がシアナだったら、どれほど幸せだろう。
毎日、シアナが淹れてくれたお茶を飲めたら、どれほど楽しいだろう。
彼女が大きくて澄んだ瞳で、自分だけを見つめてくれるなら、それはどんな気持ちだろうか。
誰にも言えないほどに募った感情は次第に深まり、いつしかラシードは抑えきれない想いを抱くようになっていた。
『シアナがもし、私の侍女だったなら……。』
しかし、決してその言葉を口にできなかったのは、アリスとシアナが特別な絆で強く結ばれていることを知っていたからだ。
自分の感情のせいでその関係を壊すことはできない――そう思ったラシードは、心の奥深くに望みを押し込めてきた。
だが、この瞬間だけはどうしても抑えきれなかった。
「……!」
ラシードはシアナの手を取り、彼女の細い指の間に自分の長い指を絡ませた。
大きく目を見開いたシアナを見つめながら、俯いた視線を合わせてラシードが言った。
「俺にもお前が必要だ。」
「……!」
「俺も、お前がいなければ駄目なんだ。」
「……」
「だから、行くな。」
シアナはこの言葉を以前にもラシードから聞いたことがあった。
キルアンが現れてシアナを連れて皇宮を離れると言ったとき、彼もまたシアナを引き止めたのだ。
必死に、そして切実に。
だが、今はあの時とは違っていた。
シアナを見下ろすラシードの紫の瞳には、熱い情熱が宿っていた。
シアナの手をしっかりと握る大きな手には、これまでにない強い力が込められていた。
絶対に自分の傍から離さないという、強烈な所有欲の宣言だった。
初めて見るラシードの姿に、シアナの鼓動は早鐘のように鳴り始めた。
恐怖だろうか?
……いや、胸の高鳴りだ。
息を呑むほど美しい男が、これほどまでに自分を欲していると言うのに、どんな女が心を揺さぶられずにいられるだろう。
シアナも心を動かされないわけではなかった。
しかし……
「申し訳ありません、殿下。」
「……」
すべてを忘れて身を任せるほど、シアナはラシードに溺れてはいなかった。
彼女にはアリスの侍女として果たすべき務めがあった。
シアナは強い眼差しで言葉を続けた。
「どうか手をお放しください。誰かに見られれば困ります。」
「……」
ラシードは呆然とシアナを見つめ、口を開きかけた。
だが、必死に自制した顔で唇を噛みしめる。
いくら今、自分が冷静ではないとしても、胸の奥にある想いをすべて吐き出してはいけないことくらいは分かっていた。
それに、もし口にしたところで、シアナが自分の気持ちを受け入れてくれるはずもなかった。
『彼女にとって、私は何でもない存在だから。』
その瞬間、ラシードはアリスにシアナを仕えさせたことを、狂おしいほどに後悔した。
「最初から、俺のものにしておくべきだったのに……」
「……」
「そうしていれば、今もお前は俺の傍にいただろう?」
それがたとえ、純粋な愛情ではなく、ただの義務感や責任感にすぎなかったとしても。
それでも構わないほどに、ラシードはシアナを欲していた。
けれど、すでに手遅れだった。
シアナはアリスの侍女であり、ラシードにとって決して特別な存在にはなれないのだから。
それに気づいたラシードは、ゆっくりとシアナの手を放した。
絶対に離さないとばかりに強く握りしめていた大きな手が、シアナの小さな手から離れていった。
離れていくその手を見つめながら、ラシードは低く沈んだ声で言った。
「もうこれ以上、お前を困らせまいと思っていたのに……またしても過ちを犯してしまったな。」
「……」
「どうか、あまり憎まないでくれ。」
そして、それで終わりだった。
ラシードはもうシアナに何も言わなかった。
ただ、荒涼とした瞳でシアナを見つめるだけだった。
「……失礼いたします、殿下。姫様がお待ちですので、私はこれで下がらせていただきます。」
その視線をまともに受け止めることができず、シアナは慌ただしくお辞儀をすると、逃げるように去っていった。
ラシードはただ、重々しくその場に立ち尽くし、去っていくシアナを見送るしかなかった。
彼女が視界から消えるその瞬間まで。







