こんにちは、ピッコです。
「メイドになったお姫様」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
115話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 彼女の本音②
シアナは決心した。
「もうこれ以上、馬鹿みたいに一人で空回りするのはやめよう。」
シアナはラシードに、自分の気持ちを正直に伝えるつもりだった。
――殿下を好きだと。
ラシードがどう反応するか、頭の中で想像してみる。
「迷惑に思うかもしれない。」
もしシアナが同じ気持ちだと告白すれば、今まで線を越えそうで越えなかった、曖昧で甘い関係は壊れてしまうかもしれない。
けれど、ラシードは今の冗談のような関係が続くことを望んでいる可能性もある。
「あるいは、突然心変わりした私の言葉に、境界を引いてしまうかもしれない。」
ラシードは――皇太子なのだから。
そんな彼の隣に立ちたいという思いは、権力を狙う野心のように見えるかもしれない。
そのほかにも、ラシードがシアナの言葉に否定的に反応する理由は多かった。
それでも――
「どうしても想像できない。」
はっきりと浮かんだのは、信じられないほど大きく目を開き、明るく笑うラシードの顔だけだった。
世界で一番嬉しい言葉を聞いたかのように、琥珀色の瞳を細めた美しい男の顔を思い浮かべると、シアナの胸はちくりと痛んだ。
頬を真っ赤に染めたシアナは、鏡の前に立った。
「だけど、やっぱり気持ちを伝えるのに、あまりにみすぼらしい姿じゃ嫌だもの。」
もちろん、シアナは侍女にすぎないため、飾り立てには限界があった。
それでもシアナはできる限りの準備をした。
清潔に体を洗い、髪を梳き、糸のほつれ一つない深緑の制服をきちんと着込んだ。
その後は、淡い色の髪を丁寧にとかし、柔らかく整えた。
「髪を下ろしてみようか?」
ふわりと揺れる髪を長く垂らす方が、確かにずっと綺麗に見えた。
だが、シアナはすぐに首を振った。
「いくらなんでも侍女がこんな髪型をするのは行き過ぎだわ。」
結局シアナは、いつも通り髪をきちんとまとめた。
その代わりに、衣装棚を開けて口紅をひとつ取り出した。
かつてアリスから贈られたものだ。
『殆ど使ったことがなかったな。』
シアナは唇に口紅を引いた。
淡い色のものだったので劇的な変化はなかったが、血色が良くなり、顔全体に生気が宿ったように見えた。
『塗った方がいいかな?それとも……。』
その後もシアナは何度も自分の姿を確かめ、深く息をついて部屋を出た。
シアナが向かった先は、ラシードの部屋。
ラシードが彼女を呼んだわけでもなく、主の許可を受けていない侍女が勝手に訪ねるなど、本来ならありえないことだ。
だがシアナは、今日という一日だけはその規律を破ることにした。
ラシードの部屋の前を守っていた近衛騎士ソルに、シアナは毅然とした顔で言った。
「殿下にお目にかかりに参りました。お会いしてもよろしいでしょうか?」
突然の訪問に目を見開いたソルは、ためらいながら答えた。
「少々お待ちください。殿下にお伺いしてまいります。」
幸いにも、ラシードは彼女を避けはしなかった。
「お入りください。」
シアナは胸を高鳴らせながら、部屋の中へと足を踏み入れた。
部屋の奥、長い椅子に腰かけているラシードの姿が見えた。
彼は少し驚いた表情をしていた。
「まさか君の方から会いに来るとは思わなかった。」
「……」
「何かあったのか?」
ラシードの声には、シアナへの親しみがにじんでいた。
それでもシアナは、拗ねたように目をそらす。
「久しぶりに会ったのに、その一言だけですか?」
「……何?」
「殿下は、私に会いたくなかったみたいですね。」
「……!」
大きく目を見開いたラシードに、シアナは小さな声で続けた。
「……私は、殿下にどうしても会いたかったのに。」
「……」
ラシードは瞬きすらできず、呆然と彼女を見つめた。
ラシードは茫然とシアナを見つめた。
『……俺が何か聞き間違えたのか?』
そうに違いない。
あまりにも長い間シアナを見ていなかったせいで、頭の中で勝手に彼女の姿を思い描き、その幻影に囚われているのだろう。
そうでなければ、彼女がこんな言葉を口にするはずがない。
戸惑うラシードに、シアナが静かに言葉を続けた。
「殿下が最近、なぜ私をお呼びくださらなかったのか……わかります。」
「……」
「最近は殿下を見守る人が多いからですよね?殿下に関する根拠のない噂のせいで、私まで巻き込まれるのではと心配なさったのでしょう。」
ラシードは否定せず、ただ視線をそらして黙り込んだ。
「そうだ。たとえ皇太子宮であっても、完全に秘密が守られるわけではない。だから……気をつけたほうがいい。」
「嫌です。」
「……?!」
ラシードの目が先ほどよりさらに大きく見開かれた。
続けてシアナの声が響く。
「私は殿下にもっと会いたいんです。くだらない噂に巻き込まれてもかまいません。……だから来ました。」
「……」
凛とした声、澄んだエメラルド色の瞳。
すべてがあまりに鮮烈で、幻でも幻覚でもないようだった。
『まさか……。』
ラシードは信じられない表情でシアナを見つめ、そっと手を伸ばした。
その大きな掌に、シアナの丸く温かな手のひらがしっかりと感じられた。
――これは現実だ。
ラシードは震える声で問いかける。
「……今、何を言ったんだ?」
「……」
「私は愚かだから、遠回しに言われてもよく分からない。もう一度、はっきり言ってくれ。」
シアナは両手で、自分の頬に触れていたラシードの手をそっと握りしめた。
そして彼と目を合わせる。
「これから私は殿下と……」
特別な関係になりたいです、と言おうとしたその瞬間――
ガンッ!
扉が開き、巨大な体格の男が入ってきた。
ソルだった。
その瞬間まで幻想的な夢の中にいるかのように輝いていたラシードの瞳が、一気に鋭く冷たく変わった。
『……お前、命が惜しくないのか、ソル。』
そう言わんばかりの眼差しだった。
あまりに冷酷な視線に、ソルは思わず息を呑み、声を失ったが、最後の勇気を振り絞って叫んだ。
「そんな目でご覧にならないでください、殿下!本当なら、このタイミングで割り込むつもりはありませんでした。」
「……」
まだ信じられない眼差しで自分を見つめるラシードに向かい、ソルが口を開いた。
「ですが、どうしても避けられない急ぎの事態が起こりまして。」
――いや、たとえ千年眠っていた竜が目を覚まそうとも、隠遁していた魔法使いたちが集い反乱を起こそうとも、明日世界が滅びると告げられようとも!
今この瞬間、ラシードにとって何より大事なのはシアナだった。
そのラシードを我に返らせたのはソルの言葉。
「まずはお話をお聞きください、殿下。」
「だが……」
「急を要することだと言っているではありませんか。」
シアナは、大変な事態が起きたのではないかと心配になった。
ラシードは歪んだ表情のままシアナを見つめ、小さく息を吐き、そしてソルを見やった。
「言え。」
シアナを見据えながら告げるラシードの姿に、ソルはたじろぎながらも必死に感情を抑え込み、答えた。
「アンゲルス公爵様が殿下にお目通りを願っておられます。」
帝国で最も位の高い貴族の名が出たというのに、ラシードの返答は冷淡だった。
「今は忙しい。帰れと伝えろ。」
「それはできません!」
ソルは慌てて言葉を重ねた。
「なぜなら、公爵様が激怒した面持ちで仰いました。ご令嬢のベロニカ様がご懐妊されたと……」
「……!?」
「そして、その子の父親が――皇太子殿下であると……」
「……!」
その瞬間、ラシードの眉間に深い皺が刻まれた。
隣にいたシアナもまた驚きを隠せなかった。
だが次の瞬間、二人の反応は大きく分かれた。
「そんなはずはない。私はまったく知らないことだ、シアナ。」
狼狽した表情で否定するラシードとは対照的に、シアナは冷ややかな顔で言った。
「まずはアンゲルス公爵に会い、状況を正確に把握なさってください、殿下。」
皇太子宮の応接室。
ラシードの前には威厳ある男が立っていた。
アンゲルス公爵である。
帝国でもっとも重んじられる大貴族らしく、公爵は堂々たる威圧感を放ち、若き皇太子の鋭い気配にも微塵も怯むことはなかった。
アンゲルス公爵は長い前置きを省き、すぐに本題に入った。
「殿下、口にするのもはばかられますが……私の末娘ベロニカが子を宿しました。」
「それで?」
なぜそんな報せをわざわざ自分に告げるのか――ラシードの瞳に疑念が浮かぶと同時に、公爵の顔が脳裏に浮かんだ。
「どうしてそんなに平然としていられるのですか。」
「むしろ私が聞きたい、公爵。わざわざ私を訪ね、娘の懐妊を言い募る理由は何だ?私を困らせたいのか?」
苛立ちを隠さぬラシードの目にさらされた公爵の肩が一瞬震えた。
だが彼は退かぬという意思を込めて視線を返した。
「困らせに来たのではありません。事実をお伝えするために参ったのです。ベロニカの胎内にいる子は――殿下のお子ですから。」
「無礼な!私はあなたの娘と何の関係もない!」
その言葉に、アンゲルス公爵の感情はついに爆発した。
「強弁なさいますな!近頃、宮中でも社交界でも殿下とベロニカの噂を知らぬ者などおりません!」
「ただの噂だ。」
ラシードはきっぱり否定したが、公爵はまったく信じる様子を見せなかった。
「私も最初はあり得る話かと考え、黙って見守っておりました。未婚の娘が根拠のない噂に巻き込まれるのは忌まわしいことですが、真実でないならば静かにやり過ごすのが最善だと思ったからです。しかし……」
「……」
「ここ数日、ベロニカは食事もまともに摂れず、眠ることすらできぬ有様でした。ついには倒れてしまい、急ぎ医師を呼ばねばならぬほどに!診察の結果、確かに妊娠していると分かりました。」
その瞬間を思い出したのか、アンゲルス公爵の顔は屈辱に染まっていた。
未婚の末娘が身ごもったという知らせは、あまりに衝撃的だったのだ。
公爵は声を震わせながら続けた。
「腹の子の父親が誰かと問うたところ……ベロニカは涙ながらに申しました。――皇太子殿下と一夜を共にした結果、授かった子であると。」
その刹那、ラシードの胸には、公爵の舌を今すぐ切り捨てたいという凶暴な衝動が走った。
それほどまでに馬鹿げた言葉だった。
だが実際にそうしてしまえば、いかなる彼とて泥沼に足を踏み入れることになる。
ラシードは怒りを必死に抑え込み、冷徹に告げた。
「彼女が何を口にしようと、事実ではない。――私の子ではない。彼女と手を握ったことすらありません。ですから、今後このような馬鹿げた件で私を煩わせないでもらいたい。」
ラシードの冷たい声を聞き、アンゲルス公爵は確信した。
目の前の若き皇太子には、自分の娘に対して一片の責任を負う気持ちすらないのだと。
険しい顔つきのまま、公爵はラシードを見据えて言った。
「承知しました。では、やむを得ませんな。」
「……」
「この件を陛下と皇后陛下にご報告いたしましょう。軽率な殿下とは違い、あのお二人ならば明確で責任あるご判断を下されるはずです。」
その瞬間、ラシードの顔はまるで鬼神のように冷酷に歪んだ。
だがアンゲルス公爵は額に玉のような汗を浮かべながらも、一歩も退かなかった。
――悪しき男に弄ばれ、ついには子を宿すに至った哀れな娘のために。
アンゲルス公爵の言葉は、決して戯言ではなかった。
彼は皇帝と皇后を訪ね、その件を直接伝えたのである。
冷静な皇帝とは異なり、皇后は大きな衝撃を受けた。
「それは本当なのですか、アンゲルス公爵?」
「はい。ベロニカは最近、私の屋敷から出ておりません。妊娠したという知らせを伝えたにもかかわらず、皇太子殿下が一向に訪ねて来られないことを嘆いているのです。」
「なんということ……」
皇后は蒼白な顔で口元を覆った。
アンゲルス公爵は沈痛な面持ちで言葉を続けた。
「誠にどうすればよいか分かりません。皇后陛下もご存じの通り、未だ婚姻もしていない一貴族の娘が子を宿すなど、決して許されることではございません。」
社交界で嘲笑の的になるのは当然であり、「生涯貞淑でなかった女」という烙印を押されて孤独に生きていくしかなかった。
だから望まぬ懐胎をした女たちは、腹の子をなんとか堕ろそうとしたり、密かに辺境へ行って産んだ子を孤児院に捨てたりするのだ。
アンゲルス公爵は震える声で言った。
「しかし、娘の場合はそうはいきません。娘の胎内に宿る子は、尊き皇族の血筋なのです。」
皇族は尊い。
その血筋は絶対に守られねばならない。
だからこそ、アンゲルス公爵はベロニカと家門の名誉が失墜するとわかっていても、この件を黙殺することはできなかった。
「皇帝陛下、皇后陛下。どうか娘の胎内にある尊き命のために、明晰なご判断をお下しくださいませ。」
皇帝は依然として無表情な顔をしており、何の反応も示さなかったが、皇后は違った。
皇后は公爵の思惑を理解しているかのように小さくうなずいた。
そしてすぐにラシードを呼び寄せる。
やがてラシードが姿を現した。
礼を尽くして挨拶するラシードに、皇后は口を開いた。
「アンゲルス公爵が来ていたわ。」
予想していたことだったので、ラシードは落ち着いた表情で答えた。
「公女に関して何を言おうと、事実ではございません。私と公女の間に何も起こったことはありません。」
だが皇后は「本当なの?」とは尋ねなかった。
事実を確認しようとすることもなかった。
ただ失望をにじませた顔で言うだけだった。
「そんな言い逃れで済むことではないのよ。」
それは他でもない、帝国で唯一の公爵家の令嬢に関わることだったからだ。
いかにラシードが莫大な権力を持つ皇太子であっても、この件を静かにやり過ごすことはできない。
皇后は、この問題を解決するもっとも手っ取り早い方法を提示した。
「ベロニカ公女と結婚しなさい、ラシード。」
驚くべき提案ではなかった。
なぜなら皇后はずっと前から、ラシードがベロニカ公女と結ばれることを望んでいたからだ。
そのため皇后は、ラシードとベロニカ公女の噂をわざと広めていた。
――あるいは、公女が貞操を失い、すでに子を宿したのだという虚言まで流したのも、母后の仕業かもしれない。
皇后ならば、それほどのことをする人間だ。
彼女は無限に慈愛に満ちた笑みを浮かべながらも、望むものがあればどんな手段をも用いて奪い取る人物だった。
ラシードは、疲労が一気に押し寄せてくるのを感じた。
以前なら、皇后のそうした点が全く気に障ることはなかった。
なぜならラシードは無条件に皇后に従っていたからだ。
皇后がどんな要求をしても、ラシードはいつも黙ってうなずいた。
だが、今は違う。
ラシードはきっぱりとした声で答えた。
「嫌です、母上。」
その短い言葉に皇后は眉をひそめた。
皇后は感情を抑え、なだめるように言った。
「ラシード、今の状況はただ“嫌だ”と言って済むものではありません。アンゲルス公爵を敵に回すおつもりなの?」
アンゲルス公爵は帝国の数多の貴族たちの中心に立つ人物。
彼を敵に回せば、ラシードにとって有利なことは一つもなかった。
場合によっては、他の皇子たちが背後につき、ラシードの皇太子の座さえ脅かされかねない。
深刻な事態であった。
しかしラシードは無表情のまま答える。
「公爵が敵に回るのなら、それでも構いません。私の首を狙い、私を揺さぶろうとする者であるならば、私にとっては敵にすぎません。」
むしろ敵と断じてしまえば話は単純だ。
ただ排除すればそれで終わるのだから。
他のことはともかく、その点に関してだけはラシードには絶対の自信があった。
皇后は険しい顔でラシードを見つめた。
息子が自分に反旗を翻すことに、怒りを覚えた。
それでも堪えることができたのは、ラシードのこうした反応を予期していたからだ。
――普段は忠実な犬のように言うことを聞いても、嫌だと思うことに対しては絶対に屈しない。
皇后は息子をよく知っていた。
だからこそ、この縁談に関してだけは言葉を尽くしても従わせることは不可能だと悟っていた。
ゆえに皇后は、張り付いた氷のような冷たい怒りを見せた。代わりに一つの提案が出された。
「では、こうしてはどうでしょう。」
「……?」
細めた目でラシードを見つめながら、皇后が言葉を続けた。
「この件をどう解決するのがよいか、ラクタの考えを聞いてみるのです。」
皇后が口にした名に、ラシードの眉がぴくりと動いた。
現者(げんじゃ)ラクタ。
帝国の数多ある神々の一柱オルオを祀る宗教の長であり、帝国で最も尊敬される人物のひとり。
彼女は皇族の血筋に生まれながらも、高貴な身分を捨て神に仕え、数多の人々を見守り祈ってきた。
また、誰に対しても公平で明晰であった。
ゆえに多くの人々が問題に直面すると、ラクタの意見を求めるのだ。
その中には皇族や貴族たちも含まれている。
熾烈な争いの果て、最終的に戦争以外に道がなくなる――そんな場面でも。
しかし、そんな最悪の事態だけは避けたいと思ったとき、人々は現在のラクターを訪ねた。
ラクターはどちらの側にも立たず、中立的な立場から話を聞き、証拠と証人を集め、自分の考えを述べた。
そうすると、ラクターを訪ねた者たちはその判断に従った。
もちろん、ラシードは毅然としていた。
「ベロニカ公女が根拠のない嘘を言っているだけなのに、どうして私がそこまで責任を負わねばならないのですか?」
「それがお前の考えならな。」
ラシードとベロニカが特別な関係かどうかもわからないという噂は、すでにあちこちに広まっていた。
これまでは馬鹿げた虚言として片付けられるものが大半だった。
だが、もしベロニカが不自然に膨らんだ腹を抱えて現れたらどうなるか。
それも涙に濡れた顔で「この子の父親は皇太子様なのです」と訴えたなら……
多くの者は一片の疑いもなく、それを信じてしまうだろう。
ベロニカの父、アンゲルス公爵がそう言ったのだ。
皇后もラシードを説得するように口を開いた。
「時間が経つほど、お前だけが苦しむことになるわ。でもラクタ様が公女の言葉を虚言と断じれば、すべての不安は綺麗に解決するわ。お前にとっても悪い話じゃないでしょう?」
「……」
ラシードは不快感で内心がざわついた。
それでも皇后の言葉を否定できなかった。
彼女の提案こそ、この厄介な事件を収束させられる最も確実な方法だったからだ。
ラクタにはそれだけの力があった。
『それにラクタなら、たとえお母様やアンゲルス公爵が細工をしても揺るがないはずだ。』
ラシードはラクタを特別に敬ってはいなかった。
だが長きにわたり修行を積んだ賢者の公正さに疑いはなかった。
それほどラクタが積み上げてきた信頼は絶大だった。
結局、ラシードは条件を呑んだ。
「……わかりました。ただし、ラクター殿が私とベロニカ公女の間には何の関係もないと判断した場合、二度と私にどんな女人も結びつけないでください。」
「よかろう。だが、お前も約束せよ。もしラクター殿が、お前とベロニカ公女が特別な関係にあると判断したなら、公女と結婚して責任を果たすことを。」
皇后が毅然と条件を突きつけても、ラシードは返答しなかった。
それが癪に障ったが、皇后は強くは言わなかった。
結局、ラシードの意志など大した問題ではないのだ。
――ラクターがベロニカ公女の肩を持てば、世の人々は皆、ラシードは公女と結婚すべきだと叫ぶだろう。そのとき、彼がどう抗うというのか。
どれほど「血統ある皇太子」という冷酷な肩書きを背負っていても、ラシードには抗う術がないのだ。







