こんにちは、ピッコです。
「シンデレラを大切に育てました」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

211話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 恐ろしい人
その時、ラース夫人が口を挟んだ。
「でも、それは良いことじゃありませんか?」
人々の視線がラース夫人に向けられた。
彼女はカップを持ち上げかけたところで、皆の視線を感じ──視線を合わせ、驚いた表情で再び言った。
「今、ビーヌ(絹布)が不足して価格が高騰しているでしょう?バンス夫人が新しいビーヌの加工法を知っていて、それを市場に供給すれば、ビーヌの価格が安定するのではありませんか?」
「まあ、ラース夫人。今まで知られていなかった方法で作られたものを、どうやって信用して使えますの?そう思いません?」
「もう使った人がいるんですって?」
ラース夫人は落ち着いてティーカップを置いた。
彼女の義母であるラース伯爵夫人から、ミルドレッド・バンスについて聞いていたのだ。
ウィルフォード男爵の心を射止めたのは、美しいだけでなく、驚くべき才能を持った女性であることも。
彼女の嫁であるイメルダ・ラースは、この前のムーア家のティーパーティーで、プリシラの味方をしてアイリスを攻撃しようとしたが、ラース夫人の考えは違っていた。
彼女はミルドレッドを面白い人物だと思い、バンス家にも好意を抱いていた。
「私の友人が使ってみたそうです。寛大にもバンス夫人は、試供品を貧しい人々に無料で配っていたそうですよ。」
「まあ、そうなんですの?」
人々の関心がミルドレッドへと向き、ラース夫人はにっこり笑みを浮かべた。
「彼女の話では、従来の石鹸よりも汚れ落ちが良いそうですわ。」
「汚れ落ちが良いだなんて、私たちには全く関係ない話ですね。」
プリシラの言葉に、周囲から笑い声が上がった。
彼女の言う通り、この場にいるのはみな裕福な人々だ。
そんな人々に、庶民向けの商品を宣伝しても意味がないのだ。
しかし、ラース夫人の話を聞いていた別の夫人が肩をすくめながら口を挟んだ。
「私はいいと思いますわ。私たちには関係ないけれど、使用人たちがみすぼらしい服を着て戻ってくるなんて、本当に……」
そこまで言った夫人は、「お分かりになりますでしょう?」という表情で周囲を見回した。
使用人の身なりがきちんとしていれば、それは主人の格を示すものだ。
人々もその意見に同意した。
さらに、ビーヌの価格が上がれば、使用人が賃金の代わりにビーヌを要求することもあるだろうから、誰かが新しいビーヌを供給できるなら歓迎だ。
「でも、それでも工房を運営しているなんて、信用できませんわ。それに、その家の末娘が工房の社長だとか?」
「そうなの?」
ケイシー侯爵夫人の耳がぴくりと動いた。
どうやらその家は二つ目の問題だけではなかったようだ。
彼女もまた、信じられないというように口を挟んだ。
「まあ、あの家の長女が今、王妃候補の試験中だそうですね?」
再び人々の視線がプリシラに向けられた。
プリシラは何も言わなかったが、内心ではバンス家の評判が悪くなっていないことに満足していた。
「それは臨時のことだと聞いています。」
すると、少し離れた場所にいた令嬢が口を挟んだ。
彼女は紅茶を持ち上げながら、落ち着いた様子で知っている事実を口にした。
「アイリス嬢が、石鹸工房の収益で慈善財団を立ち上げたいと話していたそうですよ。今回の王妃候補の試験は、その慈善活動の一環なのでは?」
令嬢の問いに、プリシラは「私にも分かりません」と微笑んだ。
ケイシー侯爵夫人は、それが何の関係があるのかと不思議そうに令嬢を見た。
彼女は視線を向けた。
エレナ・ガス──ガス男爵の娘だった。
「さっき、既存のビーヌ工房が反発しているって話があったでしょう?本来社長になるはずだった人が既存工房の反対で許可を得られず、その席に就けなかったそうです。それで、アシュリー嬢が自分がやると言い出したと聞きましたわ。」
「まあ、いくら仮とはいえ工房経営だなんて……。」
アシュリーの行動を聞いた人々は、信じられないと言わんばかりに息をのんだ。
しかし話を切り出したエレナは、何事もなかったような表情をしていた。
彼女は優雅に紅茶を一口すすり、音を立てずにカップを受け皿に置くと、こう言った。
「許可を得るまでの一時的な代役にすぎませんわ。事業の許可が下りるにはかなり時間がかかりますから。それにしても、アシュリー嬢は本当にお優しい方ですわね。たとえ仮でも、お姉さまのためにそんな犠牲を払うなんて。」
「…だそうよ。」
一瞬、テーブルの上に沈黙が落ちた。
姉のために工房の許可を得られるよう、店主にまでなった少女とは…。
人々の脳裏に、美しい顔立ちのアシュリーが浮かぶと、バンス家への好感はさらに高まった。
大ごとだ。
プリシラはエレナの話を聞いて、胸がどきんと高鳴った。
なぜかアイリスばかりが目につくようになったのだ。
人々の話題が変わると、彼女は静かに席を立った。
「エヴェリン。」
応接室から出て、客を案内してきた使用人たちが控える控室へ向かいながら、プリシラは自分の娘を呼んだ。
彼女はまだ幼いエヴェリンを連れて庭園へ出ると、すぐにこう告げた。
「やってもらいたいことがあるの。」
「何ですか?何か置いてきた物でも?」
「私の代わりに会ってほしい人がいるの。」
プリシラの真剣な言葉と表情に、エヴリンの顔も引き締まった。
プリシラは財布から金貨を一枚取り出し、エヴリンに手渡して言った。
「ギルド通りがどこにあるか知ってる?」
プリシラの問いに、エヴリンの表情が一瞬こわばった。
少し前にビーヌ工房のギルド長がプリシラのもとを訪れ、何らかの契約を結んだことを思い出したのだ。
「まさか、お嬢様……」
「違うわ、今回はそういうことじゃないの。行って、取引はなかったとだけ伝えて。それと、お金はそのまま渡すって。」
金貨を渡すと言っていた、それがこの金だ。
エヴリンはプリシラから預かった金を手にしながら、それをどうすべきか考え始めた。
「心配しないで、エヴェリン。あちらが欲しいのはお金だけよ。取引がなかったことにすると言っても、お金をそのまま渡せば文句はないはず。」
「でもお嬢様、どうせお金を払うのなら、わざわざ取引がなかったことにする必要はないのでは?」
プリシラは口からため息をもらした。
彼女がギルド長と取引をしたとき、ちょうどアシュリーが工房の店主になったという話を聞いたばかりだった。
ビーヌ工房のギルド長はプリシラに会い、今回の試験もアイリス・バンスが勝つだろうと告げた。
「どういう意味よ!」と怒りをあらわにした彼女に、ギルド長は説明した。
今回の王子妃候補の試験課題が慈善活動であることを知っており、どれほどプリシラがあちこち回って慈善活動をしても、慈善財団を設立しようとしているアイリスの方が高い評価を得るだろう、というのだった。
慈善事業なんて考えられなかった。
困っている彼女に、ギルド長はひとつの提案をした。
――バンス夫人が進めている工房だけを妨害すればいいのです。人が傷つくこともありません。傭兵を雇って、ただ脅すだけですから。
その金額は、傭兵を雇うには十分だった。
当時の彼女は、それでいいと思った。
社交界の特性上、もし工房が襲撃されても、その経営者がアシュリー・バンスだと知れれば、人々は「貴族の令嬢が何をしてそんなことになったのか」と彼女を嘲るに違いないからだ。
しかし、つい先ほどのガス令嬢の発言で状況は少し変わった。
工房の経営者が一時的な代理で、しかも姉のために引き受けたと広まれば、工房が襲われた場合、多くの人々はバンス家を助けることになるだろう。
早く取引を取り消さなければならない。
金額がいくらかかっても構わない。
本来、そんな連中とは関わらない方がよかったが、仕方がなかった。
プリシラはため息をつき、エヴェリンに言った。
「バンス夫人の工房が襲撃されたけど、そこに私の名前が関わっていたら面倒よ。すぐに行ってきて。」
「それは無理だと思いますが……」
その時、エヴェリンとプリシラのそばに、大柄な男が近づき、無愛想に口を開いた。
翡翠色の瞳が真紅の髪ほどの強い輝きを放ち、燃え上がるように見えた。
その姿に、エヴェリンはもちろん、プリシラも驚いて息をのんだ。
「どういう話ですか?」
「ケイシー卿。」
慌てたプリシラは話題を変えようと挨拶をしたが、返事はなかった。
ダグラスはプリシラに威圧的に近づき、再び尋ねた。
「バンス夫人の工房というのは、私が考えているあの工房で間違いありませんか?」
落ち着いた声とは裏腹に、その表情は無愛想だった。
プリシラとエヴリンは驚いて一歩後ずさった。
プリシラの脳裏には、ケイシー侯爵家の音楽会でリリー・バンス嬢を殴った男を、ケイシー卿が容赦なく叩きのめしたという噂がよぎった。
「ケイシー卿、何か誤解があったようなのですが……」
プリシラはダグラスをなだめようと手を差し出して言った。
しかし、ダグラスはその手を上げて彼女の接近を制し、言葉を続けた。
「事実をお話しいただければ、通報はしません。」
プリシラの目が大きく見開かれた。
彼女の行動は確かに法に触れるものだ。
だが、公然と伯爵令嬢を犯罪者に仕立て上げると脅せる者など、これまでいなかった。
彼女は背筋を伸ばし、ダグラスをじっと見据えて言った。
「今、私を脅しているんですか?」
かつてのダグラスなら「脅迫」という言葉に動揺しただろう。
だが今の彼には、リリーを守ること以外に目に映るものはなかった。
目の前にいるのがプリシラであろうと、リリアンであろうと、彼は同じように行動しただろう。
ダグラスはプリシラとエヴェリンに向かって体を乗り出し、挑戦的に言った。
「リリー嬢の髪の毛一本でも傷つけたら……」
「傷つけたら?」
まさか国王陛下に訴えると言うつもりなのか——
そうではないか?
プリシラのそんな態度に、ダグラスは歯を食いしばった。
もちろん彼は国王陛下に訴えるつもりだった。
「ムーア伯爵は国王陛下よりも、まず私と会わなければなりません。」
露骨な脅しに、プリシラの目が大きく見開かれた。
ダグラスの言葉は、彼女を罪人に仕立てるだけでなく、自分から先に手を出すこともあり得る、という意味を含んでいた。
彼女を殴ることはないだろうが、ムオ伯爵に圧力をかける可能性はある。
「お、お嬢様……」
ダグラスの脅しに、エヴリンは震えながらプリシラを見た。
プリシラは伯爵令嬢だから、せいぜい軟禁程度で済むかもしれないが、エヴリンは違う。
罪に加担したという理由で、すべての罪を押しつけられ、殺されるか、投獄される使用人は珍しくなかった。
「静かにして、エヴェリン。」
プリシラは、黙っていろという意味でエヴェリンにやや鋭く声をかけた。
そして再びダグラスを見据える。
ここまで踏み込んでくるとは思わなかった。
彼女はダグラスの険しい表情を見て、小さな声で言った。
「人を傷つけないって言ったじゃない。」
「誰も傷つけないと断言できますか?」
それはできなかった。
プリシラの表情が暗くなる。
彼女も誰かを傷つけたいわけではない。
ただ、アイリスが試験に失敗することを願っているだけだ。
試験で勝ちたいという欲望のせいで、心の奥に押しやっていた良心が、存在を主張し始めた。
彼女はかすかに震える息を押し殺しながら言った。
「工房に行きました。どこにあるのかは分かりません。」
工房で従業員を集めてオープニングセレモニーを行うという話を聞き、傭兵たちを連れて工房へ向かったという。
人前で看板を壊せば少しは大目に見てもらえるのではないかという男の言葉を思い出しながら、プリシラは手を上げて召使いを呼んだ。
「子爵夫人には私がご説明しますので、ケイシー卿には一番良い言葉をお伝えして。」
ダグラスは礼を言おうとしてやめた。
どうせプリシラは、自分がしでかしたことを収めようとしているだけだ。
礼を言う必要はない。
召使いが「かしこまりました」と言い終えるやいなや、ダグラスは後ろも振り返らず馬に飛び乗り、走り出した。
その場に残ったのはプリシラを含む三人の女性だけだった。
「ごめんなさい、ワッソンさん。私のせいでパートナーを失ってしまいましたね。」
プリシラは、ひとり残されてしまったメリーを振り返り、謝罪した。
リリーの件に気を取られて、パートナーを置き去りにして去ってしまったダグラスの行動は、無礼極まりないものだった。
しかし、メリーはあまり気分を害した様子ではなかった。
彼女はかすかに笑みを浮かべて、プリシラに言った。
「リリー・バンスのせいでしょう?」
「ええ、私のせいだから、私が謝ります。」
「大丈夫です。どうせケイシー卿がバンスに心を寄せていることは知っていましたから。」
そうなの?
プリシラは、メリーを不思議そうに見つめた。
メリーは、ダグラスと席を共にするために年長者の助けを断らなかった。
彼が他の女性に心を寄せていると知りながらも、後継夫人の指示通りにケイシー卿を案内するのは、彼女が野心を抱いているからなのだろうか。
プリシラは理解できないという様子で尋ねた。
「じゃあ、なぜケイシー卿に庭園案内をすると申し出たんですか?」
「まあ、それはあんなにハンサムな男性は滅多にいませんから。」
ハンサムな男性と二人きりで庭園を散策できる機会など、そうそう巡ってくるものではない。
メリーの答えにプリシラは口をぽかんと開けた。
その反応にメリーはくすっと笑い、冗談めかして言葉を続けた。
「私の好みは王子様のほうに近いんですけどね。」
「じゃあ、王妃候補に応募すればよかったのに?」
「まあ、違いますわ。私は王妃になりたいわけじゃないんです。王子様は好きですけど、王妃になりたいわけじゃないんです。」
プリシラとはまったく逆の考え方だった。
彼女はメリーの言葉に一瞬口をつぐんだ。
プリシラが父に頼んで王太子妃候補となったのは、単に王妃の座が欲しかったからだ。
彼女はリアンのことを好きではなかったし、正直に言えば、確かにハンサムだとは思うが、王子でなければ興味はなかった。
その時、メリーが再び口を開いた。
「謝るつもりですか?」
「何を?」
「バンス嬢にです。」
そこまで言ったメリーは、一瞬ためらった後で謝罪した。
「ごめんなさい。私、出過ぎたことを言いましたね。」
その通りだった。ワトソン嬢は出過ぎていた。
プリシラは何も言わず、体を背けた。
彼女は王妃の座を望み、そのためにアイリスに害を与えようとしていたのだ。
誠心から謝罪できるとしても、それをアイリスが受け入れるとは思えなかった。
「お嬢様。」
険しい表情で引き返すプリシラの後をついてきたエヴェリンが、慎重に口を開いた。
「謝ったらどうでしょう?そうすれば陛下も少しは許してくださるかもしれません。」
――陛下よりも恐ろしい人がいる。
プリシラの脳裏に、ウルフォード公爵の姿がよぎった。







