こんにちは、ピッコです。
「もう一度、光の中へ」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
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又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

125話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 未来
日差しがまぶしくて目を細めて開けた。
草むらでジリジリと鳴く虫の音が、鋭く耳に飛び込んできた。
私は空を見上げた。
熱い風が王宮の庭の花々をやさしく揺らしていた。
『……もう夏なんだ。』
つい先日まで春だった気がするのに、と思った。
ぼんやりと立ち尽くしていると、隣にいた母が私を呼んだ。
「アイシア、どうしたの?」
その声に私はハッと我に返った。
「目が腫れてます。」
私が少し笑うと、隣にいた侍女が軟膏を手に取ってくれた。
「お肌が荒れてます。」
「ありがとう、レナ。」
今年の夏は例年よりずっと暑くなるとのことだ。
まだ初夏の始まりなのにこれほど暑いと、本格的な夏になったらどれだけ暑くなるのか心配になる。
「アイシャはとても寂しがってるだろうな。」
うたた寝していた父が私に話しかけた。
隣ではイシスお兄様が少し居心地悪そうに、自分のよれた制服をなでていた。
「それもそうですね。二人は幼いころからずっと一緒にいましたから。」
母が私の手を取ってきた。
私は淡い空色の制服を着たイシスお兄様の姿をそっと見つめた。
その制服には金の飾り紐と勲章がついていた。
中でも目を引いたのは、最近授与されたばかりのメダルだった。
白金に輝くそのメダルには、イデンベルの紋章が刻まれていた。
イシス兄様がイデンベルの総督として任命された証だった。
今日はまさに、兄様がエルミール帝国を発ち、イデンベルへ向かう日だった。
「少し緊張しますね。」
イシス兄様はほのかに微笑んだ。
皇帝を失い、戦争で敗れたイデンベルは、もはや帝国の名を維持する力が残っていなかった。
莫大な賠償金に苦しめられていたイデンベルは、ついにエルミール帝国の配下となり、その国名も“帝国”から“王国”へと格下げされた。
そして――私のかつての家族たち。
彼らのことを思うと、胸がほんの少し痛む。
イデンベルの皇族たちは男女問わず奴隷として売られ、皇族の城もすべて失い、名ばかりが残された。
「お兄様はきっとうまくやれます。私は分かってます。」
私は確信を込めて言った。お兄様の淡い緑色の瞳は、少し恥ずかしそうに微笑みをたたえて揺れた。
「ありがとう、アイシャ。」
お兄様は私の手を離し、私の頭にそっと手を置いた。
「行ってくるよ。」
私はにっこり笑った。
前回の戦争とは違う。
もうこれ以上、不安な気持ちでお兄様を見送らなくていい。
もちろん、寂しさがまったくないわけではないけれど。
「では、行ってまいります。」
お兄様は母と父に最後の挨拶をした。お二人は涙ぐみながら言った。
「いってらっしゃい、イシス。」
「信じています。」
続いて、兄様の乗った馬車が出発した。
その馬車は王宮の庭を越え、正門を通り過ぎ、やがて遠くへと消えていった。
私はしばらくの間、その姿を見つめていた。
イシス兄様が去ったあとの場所に残る日差しは、いまだに目がくらむほどまぶしかった。
その光を見ながら、私はひとつの存在を思い出した。
『……ルミナス様。』
ルーン様は、私が復讐を果たした後まもなく、霊界へと帰られた。
あの方はずっと私のそばにいてくれたけれど、霊界でなすべき役目があったのだろう。
もちろん、私が望めば、また現れてくれるのだろうけれど――それでも私は、なぜかあの方を呼ぶ勇気がなかった。
すべてが春の日の残り香のように思えた。
短くて、幻想のような春の日の残り香……みんな変わっていってる気がする。
ふと、私はそう思った。
私を除いて、みんなが忙しなく変わっていっているように思えた。
季節までもがそうだ。
私は青空を見上げた。
あまりにも澄んでいて清らかな空だった。
サラサラと草の間で鳴く虫の声が心地よく響いていた。
「……シャ、……アイシャ?」
「………」
「……アイシャ、アイシャ!!!」
「……うん?」
私はぱちっと目を開けた。
目の前には私の友達、ローズがふくれっ面で私をじっと見つめていた。
「私の話、聞いてなかったでしょ?」
「う、うん、それが……」
私は答えの代わりに気まずく笑って見せた。
「アイシア、最近元気がないみたい。」
様子を伺っていたエシュリーが、慎重に私に言った。
「本当に、悩みでもあるの?」
ローズは澄んだ目に心配を浮かべて、私に問いかけてきた。
私は首を横に振った。
「ううん、悩みなんてないよ。」
「本当にないの?」
ローズは私の顔をじっと見つめた。
冷たいお茶を飲んでいたクロエも、視線をこちらに向けて私を見つめた。
私たちは久しぶりに集まり、クロエの家に遊びに来ていたところだった。
クロエが聞いてきた。
「もしかして、イシス皇太子様のこと?数日前にイデンベルへ出発されたんでしょう?」
「そっか、それでそうだったの?そりゃ寂しくもなるよね。」
ローズが頷いた。
私は慌ててその言葉を否定した。
「違うよ、もちろん寂しいけど……お兄様ならきっと上手くやれるから。むしろ応援したいって気持ちなんだ。」
「じゃあ、何が問題なの?」
ローズは再び頷いた。
私は応接室に集まった三人を見つめた。
私の顔を心配そうに見ているローズとアシュリー、そしてクロエまで。
悩みながら私は口を開いた。
「ほら、ちょっときわどい質問かもしれないけど……」
私は話しかけたが、途中で口をつぐんでしまった。
応接室には好奇心に満ちた沈黙が広がった。
私はどうしていいかわからず、自分のティーカップをなでた。
私がしばらく黙っていると、ローズが再び——
「ねえ、どうしてなの?」
「どんな質問でもいいから、何でも聞いてみて。」
友達の言葉に少し勇気をもらった私は、再び口を開いた。
「……みんなは……大人になったら、何になりたい?」
そう言ったあとの私は、顔がほんのり赤くなってしまった。
真夏のティーパーティーにしては、少し唐突な質問だったのかもしれない。
友達も私の質問が意外だったのか、目を丸くして互いの顔を見合わせていた。
「何になりたいかって?うーん、私はね……」
最初に口を開いたのはクロエだった。
彼女はじっくり考えているような顔をしていた。
「わたし、わたし!」
考え込んでいるクロエの代わりに、ローズが元気よく発表した。
彼女の顔には嬉しさが満ちていた。
「私は首都で自分の名前を掲げたサロンを開くつもり!それから私が支援しているデザイナーの服を展示するの。誰もが思わず口をあんぐり開けるほどの場所にするわ!」
ローズの言葉を聞いたアシュリーとクロエは少し考えてから口を開いた。
「うーん、私は……とりあえず精霊術をもっと磨きたいな。精霊術って楽しいから。」
「私は父について領地の管理を学んでるの。もう少し歳を取ったら、商団の経営についても学ぶつもり。」
実際、彼女たちの性格にぴったり合った答えだった。
自分の未来について語る友人たちの姿には、何の迷いも感じられなかった。
私とは違っている。
私は、その姿をじっと見つめていた。
「……アイシアは?」
そうして友達が私に問いかけてきたとき、私は少し驚いた。
「え、私?」
「うん。正直、誰よりもたくさんのことができるのって、アイシアじゃない?だって、霊王様を召喚する奇跡まで起こしたじゃない。」
エシュリが羨ましそうな目で私に言った。
隣ではローズが、目をキラキラ輝かせながら言葉を続けた。
「それに、成人したら皇女様になるんだし。あなたが着てる服や持ち物、全部社交界の女の子たちがお手本にしてるのよ。」
「それに、もしイシス皇太子様を助けて帝国を再建するつもりなら、皇帝や皇后のそばでいろんなことを直接学べるんじゃない?」
クロエの言葉を最後まで聞いて、私はもう何も言えなかった。
「……本当にそうだね。」
よく考えてみれば、私にはたくさんのチャンスがある。
何をしたいと言えば、両親はもちろん、他の人たちも手厚く支援してくれるだろう。
「だけど……」
私は目を伏せ、ティースプーンで紅茶をかき混ぜた。
私にはひとつの悩みがあった。
「……変な考えかもしれないけど……」
友達は怪訝そうに私を見つめていた。
私は一呼吸おいて、決意して口を開いた。
「私、これから何をして生きていけばいいか分からないの。」
一気に言った。
すると、友達たちはさっきよりももっと驚いた表情を見せた。
『……本当に何をすべきか分からないんだ。』
復讐を果たせば、きっと幸せになれると思っていた。
以前よりもずっと幸せになれるはずだと。
もちろん、もう思い出したくもないマリアンヌの呪縛から解放されたこと自体は、本当によかったと思っている。
でも――イデンベル帝国に行って帰ってきたあと、心のどこかにぽっかりと穴が空いてしまったのはどうしてなのだろう。
十数年ものあいだ願い続けていたことが、ついに叶ったからだろうか。
私は、復讐という目標だけを抱えて、がむしゃらに走ってきた。
けれど、その目標を果たしてしまった今、これから先何を目指せばいいのか分からなかった。
「……なんだか最近は、何をしていても虚しい感じがするの。目標も消えてしまったようで。」
私はため息のように、ぽつりと言葉を漏らした。
ドンッ!
「……!!!」
ローズの突然の行動に私は驚いて目を見開いてしまった。
ローズがテーブルをバンと叩き、どんと顔を近づけてきたのだ。
「ろ、ローズ?」
「何が言いたいか分かった!」
ローズの緑の瞳は輝いていた。
「そして、アイシャの悩みもちゃんと分かる!」
私はまばたきをした。
「え、本当に?分かってくれるの?」
「もちろん!」
彼女は自信たっぷりに自分の胸をドンと叩いた。
「アイシャは今、疲れてるんだよ!」
「……!」
私は思わず口をぽかんと開けてしまった。
「そして、目標がなくなったのも当然だよ。霊王使いとしてすでに最高の境地に達したんだもん。それに、前はリオテン公国にも行ったし、最近は戦場やイデンベルにも行ったし……」
「私でもそんな状況だったら、本当に疲れちゃうと思う。」
「そうよ。あらためて考えてみたら、ほんとにすごいことだよ。ひとりの人が全部やったなんて、信じられないくらい。」
「……そうかな?」
友達の言葉にも一理あった。
そのとき、ローズがふっと私の手を握ってきた。
「目標を失ったと思ったとき、そして疲れ切ったときの特効薬があるんだよ。」
「そ、それって何?」
私はローズの勢いに押されて、思わず聞き返してしまった。
ローズはまるで真夏の満開の花のようにぱっと笑って見せた。
「休暇!!」
「……休暇?」
「うん! みんなで一緒に遊びに行くのはどう?!」
ローズは言葉だけで終わらず、クロエに頼み込んだ。
「クロエ、地図ちょっと見せてもらえる?」
「もちろん。執事さん、地図を持ってきて。」
「はい、お嬢様。」
有能なディモント家の執事は、あっという間に地図を持ってきた。
地図は公爵家のものだからか、皇宮の地図にも劣らないほど詳細だった。
ローズは素早く一か所を指さした。
「ここよ!」
彼女が指さしたのは、エルミル帝国の南西に隣接した国だった。
「……ここ、カタンチャ王国じゃない?」
ローズがにやりと笑った。
「うん、正確には……」
彼女の指先が地図の上をスッとなぞり、ある一点を指し示した。
最終的に指が止まったその場所は、海辺に位置する小さな都市だった。
「保養都市レチェ!」
ローズの言葉に、クロエとエシュリが声をそろえた。
「わたし、聞いたことある!」
「私も。」
私は思わず笑みを浮かべた。
「レチェ?」
歴史の授業で聞いたような気もするけど……かすかに残る記憶をたどっていると、クロエが説明してくれた。
「エメラルド色の海と、美しい白い砂浜がある素敵な都市なんだって。一年中気候が穏やかで、世界中から保養に人が集まるんだよ。」
「そう、それに!」
ローズはまるで夢を見るように両手を取り、うっとりした声で言った。
「ロマンチックな出会いのある街とも言えるでしょ……」
私は思わず身震いした。ロマンチックな出会い?
ローズは興奮を抑えきれない様子で、目をきらきらさせていた。
「世界中から来るさまざまな人々に会えるんだって。それに、その海の近くにある島に恋人と一緒に行くと、永遠の愛を誓えるらしいの。そんな特別な力を持つ島なんだって!」
「そうなんだ。」
「一緒に行こうよ!」
ローズは私の両手をぎゅっと握ってきた。彼女の瞳はきらきらと輝いていた。
「今はちょうど休暇シーズン前だから、混んでないし!」
「ねぇ、天気も良いしさ。エシュリ、クロエ、君たちはどう思う?」
「アイシャが行くなら、私も行く!前にみんなで一緒に遊びに行こうって約束したじゃない。」
「私も賛成。」
三人は期待に満ちた顔で私を見つめていた。
私はもう一度、地図に目を落とした。
保養都市レチェ。
「永遠の愛」
本当に力があるかはきっと誇張された噂にすぎないだろう。
でも、有名なリゾート地ということに惹かれた。
ルーン様と一緒に海を見たときの、とても素敵な記憶が残っているから、友達とまた遊びに行きたい気持ちもあった。
「……でも……」
私は迷っていた。
私が遊びに行っても、本当にいいのだろうか?
「うん、それじゃあ、一度聞いてみるね。」
そう言ったけれど、果たして両親が許してくれるかどうかはわからない。
それでも明るく笑ってくれる友達のおかげで、私もつい笑ってしまった。








