こんにちは、ピッコです。
「政略結婚なのにどうして執着するのですか?」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
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又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

106話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 脱出②
御輿に乗った貴婦人が随行すると移動速度が遅くなるとは聞いていたが、まさかこれほどとは。
バラジット公爵令嬢の護衛を任された衛兵たちは、お互いに困惑した視線を交わしていた。
その中の一人が彼女に近づき、尋ねた。
「うぅぅぅ……」
「かなりおつらいのですか?」
公爵令嬢は馬車の窓辺に体を預けたまま、半ば死にかけているような様子だった。
「大丈夫です」と言うふりすらも、周囲の目を気にして無理に言っているような苦しげな様子だった。
ナディアは青白い顔を上げて答えた。
「ちょっと酔ってしまって……」
「道が荒れていて、揺れが激しいからですね。どうかご容赦を……」
「うっ!」
「レ、レディ!」
彼女が突然の動きをすると、周囲の兵士たちはどうしてよいか分からず、慌てふためいて準備を始めた。
後方の騒ぎが前方まで届いたのか、そのときタクミが馬に乗ったまま現れた。
「どうした? 後方がやたらと騒がしいようだが。」
「は、はい…… 公爵令嬢がかなり遅れているようです。」
「公爵令嬢が?」
彼が眉間にしわを寄せながら馬車へと近づいた。
兵士たちの後ろ、窓辺に寄りかかるナディアの姿が見えた。
「大丈夫ですか?」
「……うわべでも“大丈夫”とは言えませんね。」
「こんなにひどいとは思いませんでした。こうなると分かっていたら、少し遠回りでも平坦な道を選んだのに。」
「そこまでしなくていいですよ。でも、少しだけ休んでから行くのは……ダメですか?」
そう話すナディアの目には、涙がうっすらと浮かんでいた。
吐き気をこらえながらも、生理的ににじみ出た涙のようだった。
困ったようにナディアを見つめていた彼の視線が空へ向いた。
太陽の位置を確認するためだ。
たびたび止まっていたせいで、思っていたよりも速度がかなり遅く感じられた。
少し前に休憩を取ったばかりなのに、また止まるのは少し無理があるような……。
「ダメですか?」
「……」
「でも、予定ってものもあるでしょうし……私がもう少し頑張ってみます。」
「……」
ナディアは苦笑いしながらそう言った。
涙ぐんでいる人の前で、これ以上は我慢できないなんて、どうして言えるだろうか?
結局、タクミはため息と共に命令を下した。
「しばらく休んでから行く。」
「はい。」
再び「停止せよ」という命令が伝えられると、あちこちで不満げな声が上がった。
「また?止まってからどれだけも経ってないのに……」
「ご苦労さま。高貴なお方、公爵令嬢がご一緒に移動されているところなのだ。」
「ふう、出発のときからなんだかツイてないと思ったんだよな。」
もちろん、そうした文句の一言一句もナディアの耳には入らなかったが。
馬車から降りたナディアは、兵士たちが用意してくれた簡易椅子に座って風にあたった。
『あまりにも一生懸命演技したから、本当に具合が悪くなったみたい……』
とはいえ、魂を込めた演技の甲斐があった。
1日早く出発したことが無意味に感じるほど、移動速度はゆっくりだったのだ。
その時、日差しの位置を確認していたナディアの前に水の入ったコップがすっと差し出された。
「水です。少し楽になると思います。」
「ありがとう、タクミ卿。」
ナディアは水を一口飲みながら、静かに周囲を見回した。
周囲には兵士たちが取り囲んでおり、簡単に抜け出せる隙はなさそうだった。
さらにはタクミが武装したまま立っていた。
ここで逃げようとしても、十歩も動く前に捕まってしまうだろう。
結局、彼女は彼の服の裾をそっと掴んで口を開いた。
「えっと……すみませんが……」
「どうぞ、お気軽におっしゃってください。」
「冷たいお水……ありませんか?」
自分でそう言っておきながらも図々しく感じたのか、ナディアは少し顔を赤らめた。
「す、すみません。胸がむかむかしていて……冷たい水を飲めば少しはすっきりするかと思って。それが無理なお願いだってことは分かってます。」
「謝る必要はありません。もっと気を配るべきだったのに、かえって私の方が申し訳ないです。でも……」
彼は本当に恐縮した表情で話を続けた。
「本当に冷たい水がなくて申し訳ありません。」
「大丈夫ですよ。ただ、ちょっと言ってみただけですから。」
大丈夫だと伝えたにもかかわらず、彼はまだ気を使っている様子だった。
そのとき、兵士の一人が口を開いた。
「タクミ卿、この近くに小川がありますので、そちらに行ってご覧になりますか?」
「小川があるのか?」
「はい、馬に乗って少し歩けば出てきます。そんなに遠くはありません。」
「うーん……」
タクミは口をつぐんだまま、考え込んだ。
移動中に隊列から離れるのは、それ自体が危険なことだ。
特に今のような戦時中では、なおさらだ。
だが……。
「少し行って戻ってくるだけじゃだめですか?もし本当に心配なら一緒に行きましょう。」
「………」
自分の服の裾を掴んで懇願するような瞳を前にして、彼は従うほかになかった。
「それでは、私が付き添います。」
タクミはまず彼女を馬の上に乗せ、自分も同じ馬に乗った。
自然と彼の懐に抱かれる形になった彼女は、内心で不満を漏らした。
『馬に乗って逃げでもするんじゃないかって思ってるの?』
正解だった。
彼の察しの良さか、あるいは…さすがに用心深く徹底しているというべきか。
いずれにせよ、彼らはすばやく移動して近くの小川にたどり着いた。
それほど大きくはなかったが、しばらく休憩を取るには十分だった。
「わあ、気持ちいいです。」
ナディアは目を輝かせて本当に感嘆して言った。
空気はあんなにも蒸し暑かったのに、小川の水だけはこんなに冷たいなんて、驚くばかりだ。
「あなたも飲んでみてください。」
「私はちょっと……」
「今飲まないと後悔しますよ。」
結局、タクミはナディアの頼みに抗えず、冷たい水をくんできてしまった。
二人が水を飲むと、一緒に来ていた兵士たちもこっそりと様子を伺いながら水を飲み始めた。
タクミが言った。
「ここで少し休んでから行きませんか?このあたりの風は少し涼しく感じますね。」
「許していただけるなら、私は大歓迎です。」
ナディアは靴を脱いで、座っていた岩のそばにきちんと並べた。水に足を浸すためだった。
少し後には、スプーンを上に乗せて紙を水に浸すことまでしていた。
白いふくらはぎがきらきらと輝いていた。
「コホン、コホン。」
すると上の方から咳払いの音が聞こえた。
ナディアはそっと首を回してタクミの位置を確認した。
彼は立っているその場で、視線を別の方向に向けただけで、相変わらず一歩も動いていなかった。
『しまった。』
ナディアは心の中で舌打ちしながら太陽の位置を確認した。
約束の時間が近づいていた。
「もう十分休んだようですし、そろそろ戻りましょうか?酔いの方はもうよくなりましたか?」
「はい、暑さのせいだったようです。熱が下がったので少し楽になりました。」
「よかったです。」
そう言いながらタクミは視線を遠くに向けていた。
彼がナディアの護衛をしている人で、本当によかった。
ナディアは座っていた岩から立ち上がろうとしたが、足を滑らせたようにして川に体を投げ出してしまった。
ドボン!
「きゃあっ!」
「ナディアさん!」
それほど深くない水場だったが、タクミがすぐに駆け寄って手助けしてくれたおかげで、ナディアはすぐに抜け出すことができた。
しかし、頭から足先までびしょ濡れになってしまったことが問題だった。
「ケガはありませんか?」
「ちょっと擦りむいたところはあるようですが、すぐ治ると思います。それより濡れたのがちょっと厄介ですね。」
「馬車に着替えがいくつかあるはずです。急いで戻りましょう……」
その言葉が、ふと止まった。
服がびしょ濡れのまま身体にぴったり貼りついていたのだ。
彼女の体のラインがはっきりと浮かび上がっていた。
「……!」
結局、彼は反射的に視線をそらさなければならなかった。
春だったので、みんな薄着で一枚だけ服を着ている状態だったため、目のやり場に困るということもなかった。
ナディアは自分と目を合わせることもできないタクミに向かって言った。
「水がポタポタ落ちてきて……。ちょっと水を絞ってきてもいいですか? あっちの木の裏に行って絞ってきますね。」
「そうなさるのがよろしいかと存じます。」
彼は依然として視線を別の方向に向けたままだった。
耳まで真っ赤になったその姿は見ようによっては可愛らしかったが、兵士たちに命令する声はその可愛らしさを忘れさせるほど威圧的だった。
「全員、目を逸らせ。」
「はっ、はい!」
なぜこういう時だけ騎士の威厳を発揮するのか分からなかったが、ナディアにとっては好都合なことだった。
彼女は懐に隠していた小さなナイフを取り出した。
そして木の陰に向かって歩き出すふりをしながら、馬たちが休んでいる方へと方向を変えた。
ヒヒヒヒン!
ナディアが一番頑丈そうな馬に乗ると、驚いた馬たちは長く嘶き声を上げた。
「ナディア!」
状況を察したタクミが手綱を引いたときには、すでに馬たちを繋いでいた縄がすべて切れていた。
ナディアは馬たちを誘導して馬車から離れさせたあと、野原の方へと駆け出し始めた。
「タクミ卿、公爵令嬢から……!」
「私も分かってる。」
なぜか妙に素直に従ったな……
彼は目を細めながら舌打ちした。
『なんて甘い奴だ……』
ただ服が濡れただけの女性が逃亡に成功するはずがないだろうに。
彼が口笛を吹いて自分の馬を呼び寄せたそのとき、兵士の一人が離れていくナディアに向かって弓を構えているのが視界に入った。
彼は驚いて思わず声を張り上げた。
「撃つな!」
「し、しかしこのままでは逃げられてしまいます! 馬に乗ります!」
「公爵令嬢の体に少しでもケガでもしたら、お前が責任を取るつもりか? 俺が迎えに行ってくる。」
落馬でもしたら、ケガどころか命を落とすかもしれない。
タクミホは馬に飛び乗り、すぐさま彼女の後を追いかけ始めた。
馬をつかまえるのに少し手間取ったが、ナディアを追うのはそう難しくなかった。
彼女が草原の方向へ駆け出していったおかげだ。
その瞬間、何か不吉な予感が背筋をかすめて通り過ぎた。
『なぜ、障害物ひとつない場所に向かって走ったんだ?』
そんなことも考えられないほど愚かな人ではないはずなのに。
彼は不思議に思いながらも馬を走らせ続けた。
その距離は次第に縮まっていった。
「レディ・ナディア!そこでお止まりください!」
「……っ!」
すぐ近くから聞こえてきた声に、ナディアは反射的に後ろを振り返った。
自分の方が先に出発したにもかかわらず、彼はすぐそこまで追いついていた。
恐怖に震えた彼女は、ほとんど叫ぶように叫んだ。
「来ないで!私のことが好きだって言ったじゃない!だったら私を放っておいてください!」
「今日の件について責任は問いません!ですから止まってください!」
「私を連れて行って何をしたいんですか!別にこれといって目的もないでしょう!」
「ちっ!」
その後はもう「止まって」という声は聞こえなかった。
良い兆しではなかった。
言葉で警告していたのに、それでも手に負えないからスパートをかけたという証拠だったのだから。
遠くから聞こえていた蹄の音が次第に近づいてくる。
耳元で響くその音が、どちら側からのものなのかすら判別できなかった。
「……っ!」
そっと後ろを振り返ったとき、ナディアは思わず息を呑んだ。
彼がすぐ近くまで追いついていたのだ。
木々に完全に隠れていなくても、その姿がはっきりと見えるほどの距離だった。
タクミが彼女に向かって手を伸ばす様子を最後に、彼女は再び前方を見つめなおさなければならなかった。
『捕まる……!』
――いや、それより早くも誰かが肩を掴む感触があった。
その瞬間、ナディアはぎゅっと目をつぶった。
一瞬にして体が宙に浮かんだ。
到底抗えない強力な力が彼女を空中へと引き上げた。
『……空中に?』
なんだかおかしい。
疑念を抱いて再び目を開けたとき、彼女の視界に映ったのは、自分の足元に広がる草原だった。
「……!」
荒々しい風が頬を打った。服の裾と髪の毛が狂ったように舞い上がる。
そのときになってようやく、ナディアは自分が空中に浮かんでいることを悟った。
正確に言えば、ナディアは今、何かに抱えられて空中を飛んでいる状態だった。
視線を上に向けると、大きな翼を広げた鳥のようなものが見えた。
かつて見たこともないほど巨大なその姿を見て、彼女はすぐにそれが何なのかを理解した。
「ノア……!」
するとノアが、応えるように「キーッ」と鳴き声を上げた。
ナディアの口からは安堵の吐息が漏れた。
『う、うまくいった……』
実のところ、これは賭けだった。
グレンが私の送った手紙に記されている暗号を解読できたかは分からないし、私が約束した時間に約束の場所にたどり着いたかも分からなかった。
とにかく重要なのは、彼女の計画が成功したということだ。
ナディアは自分の体をつかんでいるノアの足に、さらにしっかりとしがみついた。
下から叫ぶ声が聞こえてきたのは、その時だった。
「カラドボルグ——!」
視線を下に向けると、馬に乗ったまま自分を追ってきているタクミの姿が見えた。
そう時間が経たないうちに、それが無駄だったと気づいたかのように、彼は動きを止めた——ように見えただけだった。
ノアの羽ばたきが荒くなるにつれて、彼の姿が遠ざかっていくスピードも速くなった。
間もなくして、黒い点のようにしか見えないほどに距離が開いた。
彼の手の中から完全に逃れたのだ。
だがナディアの表情は明るくなかった。
タクミが残した最後のひと言が疑問を残していたからだ。
『……カラドブルグ?』
彼女の眉間にしわが寄った。いったいそれは何?
『まるで誰かを呼んでいるようだった。』
そう言われてみれば少し特異ではあるが、誰かの名前のようにも感じられた。
『まさか……』
ナディアの視線が再び上へと向いた。
足にしがみついているため、ノアの表情は見えなかった。
『故郷の言葉の可能性もあるけど、もしノアを指したものだったら……』
ノアがウィンターフェル領地で変貌したのを、ナディアは自分の目で直接目撃していた。
だとすれば、二人の間に何らかの縁があるとしたら、それは以前からの可能性が高いということだ。
彼女の表情は複雑になった。







