こんにちは、ピッコです。
「政略結婚なのにどうして執着するのですか?」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
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79話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 狩猟大会③
「キャアア!」
ナディアは悲鳴を上げながら、乾いた地面の上を転がった。
空と地面がひっくり返るような錯覚に陥り、目の前が回り続ける。誰かが頭の中で脳を揺らしているかのようだった。
「……!」
逃げなければならないという危機感に駆られ、本能的に体を起こそうとしたが、すでに彼女の頭上には黒い影が覆いかぶさっていた。
「あ……」
巨大な爪を振り上げ、彼女の方に向かって足を踏み出す猛獣の姿が見えた。
彼女は目を閉じる暇もなく、その光景を見つめたままだった。
それを目撃した瞬間だった。
誰かが自分の腰を引っ張るような感覚がして、ナディアは自分の体ではないかのように再び乾いた地面の上を転がる羽目になった。
ぐるぐると回る頭を押さえながら目を開けたとき、彼女の視界に飛び込んできたのは、熊と対峙しているグレンの姿だった。
「グ、グレン!」
「早く逃げろ!」
彼は腰の鞘から短剣を引き抜き、大声で叫んだ。
『俺が近くにいるうちに、何とか防ぐしかない。』
その判断を下したナディアは、頭痛も忘れたまま急いで立ち上がった。
助けにならないかもしれないが、何もしないよりはマシだ。
しかし、反対方向へ数歩進んだその時だった。
「グォオォオ!」
猛獣のうなり声に、彼女は反射的に振り返った。
ほんの短い間に一体何が起きたのか、大きな熊の巨体がゆっくりと崩れ落ちていくのが見えた。
ドサンッ!
とうとう猛獣が地面に倒れると、地面が震えるほどの衝撃が広がった。
『倒したの?こんなに早く?グレンはどうしたの?』
視線を向ける間に何が起こったのか分からなかった。
ナディアは茫然としたまま近づいていった。
熊の死骸のそばで血にまみれているグレンの姿が見える。
彼女の顔からさらに血の気が引いていったことに、言葉で説明する必要はなかった。
「ま、まさか怪我をしたんですか?」
「え?」
「なんてこと……。こんなに血が多いなんて……。」
彼の服は、もともとの色が分からなくなるほど真っ赤に染まっていた。
グレンが言った。
「ちょっとした擦り傷だ。」
「ちょっとした擦り傷って!こんなに血が出てるのに……。」
近づいたナディアは彼の腕を両手で掴み、叫んだ。
その瞬間、彼の黄金色の瞳が一瞬ぼんやりとした。
彼女は考えた。
血を流しすぎて、意識が混濁しているに違いないと。
「起き上がれますか? いいえ、人を呼んできますね。少しだけ待っていてください。」
「ちょっと――」
背後からグレンが自分を呼ぶ声が聞こえたが、振り返る暇はなかった。
一刻も早く治療をしなければならないと思ったからだ。
たまたま叫び声を聞いた人々が集まってきており、彼女は急いでグレンの怪我の状況を説明できた。
「ジスカール卿! グレンが怪我をしました!」
「え? 彼が一体どうして……。ああ、こんな時に……。私たちが対応します。一旦奥様はお下がりください。顔色がかなり悪いですね。」
「ええ、わかりました……」
自分が役に立てることがないと分かっているため、ナディアは他の人々の邪魔にならないように静かに身を引いていた。
狩猟地の出発地点へ戻った後も、彼女はその場を離れず落ち着かない様子だった。
天幕の中では、医師や使用人たちが慌ただしく動き回っていた。
彼女はその様子を見つめながら、焦りながらも冷静に息を飲むしかなかった。
「奥様!」
「わっ!驚いたわ。」
気が散っていたため、誰かが自分のすぐ近くまで近づいてきたことに全く気づかなかったナディアは、思わず驚いた声を上げた。
驚いた胸を撫で下ろしながら、彼女は声の主の方を振り返った。
「ファビアン卿? 戻って来られたんですか?」
「はい、銀鹿を仕留めましたよ。ところで何があったんですか? どうしてこんなに慌てているんですか?」
「グレンがひどく怪我をしたみたいなんです。」
「ええ?」
ファビアンの目が驚愕で大きく見開かれた。
「なんと、狩猟地で突然何かが現れたのですか? まさかオオカミか何かが出たんですか?」
「オオカミではありませんが、それくらい大きな熊が現れました。すべて私のせいです。無駄に狩猟地をうろついてしまったせいで……」
すると、ファビアンの表情が非常に微妙なものになった。
「熊ですって? 動物の熊?」
「はい、その熊です。」
「いや……。たとえ熊と対峙したとしても、そう簡単にやられるとは思えないんですが……。」
「血がかなり出たみたいです。服の色がわからないくらい真っ赤に染まっていました……。」
「……。」
その言葉に一瞬沈黙した彼は、再び口を開いた。
「あの、奥様……。もしかして、それはご自身の血ではないのでは?」
「そうなんですか?」
「うん?」
そう言いながらも患部を直接見ることはできなかった。
全身が血まみれで、どこが傷なのか判別がつかなかったからだ。
『それにしても、あの血はどこから出たものなんだ……?』
ナディアは曖昧な記憶を手繰り寄せようとしていた。
「奥様、もう中に入られても大丈夫です!」
天幕の入口が開き、ジスカールが馬を押さえながらそう言った。
ナディアは考えるのをやめて、しぶしぶその場を立ち上がるしかなかった。
「すみません、ファビアン卿。中に入らせていただきます。」
「ええ、どうぞ。ご確認を。」
ナディアが恐る恐る中に入ると、簡易ベッドに横たわるグレンの姿が目に飛び込んできた。
すでに頭に巻かれた長い包帯が、真っ先に目に入る。
「……!」
普段から外傷の患者を見る機会が少なかった彼女には、その光景は驚愕以外の何物でもなかった。
ナディアの目には、それがまるでグレンがひどい負傷を負っている象徴のように映った。
「頭をケガしたんですか?」
「いや、頭は少し切れただけだよ。」
グレンは落ち着いた声で答えた。
彼がナディアをかばいながら転んだ際に、飛び出した石にぶつかってできた傷のようだった。
「本当に大したことない。すぐ治るよ。」
「大したことないですって!?」
「いや、本当に大したことないんだ──」
その時、感極まったナディアが彼の首に抱きついた。
温かい体温が伝わり、グレンは一瞬頭が真っ白になった。
妙に落ち着かない気分が足元から這い上がってくるのを感じる。
彼は慌てて言葉を続けた。
「……大した傷ではないけれど、少し時間があれば治るよ。」
「お願いですから、次からは他人を助けるために自分を犠牲にしないでください。あなたはウィンターフェルの領主でしょう。それに、以前も似たようなことがありましたよね?あの時だって、ちゃんと注意して行動していたら、こんなふうに体を傷つけずに済んだはずです。」
「以前もって、いつのこと?」
「モンスタートーナメントの時です。メデューサが私を攻撃しようとしたのを、あなたが体を張って防いでくれたじゃないですか。危険にさらされた人を見たら、とっさに体が動いてしまうとか?」
「そんなわけないだろう。」
グレンはため息交じりに笑いながら言った。
「俺がどんなに騎士道を重んじていたとしても、誰にでも命を懸けるわけじゃない。助けたのはお前だからだ。」
ナディアの喉が軽く動いた。
どうやら、どこか居心地が悪いようだ。
「他の誰でもなく、ナディア・ウィンターフェルだからこそ、俺は自分の身を惜しまずに行動した。」
「だから……」
「お前じゃなければ、他の人に命を懸けたりはしないから、俺の体のことなんか心配する必要はないってことだ。」
「……」
彼女の顔がほんのり赤らむ瞬間だった。
まるで、自分が彼にとってとても特別な存在だと告げられたように感じられるのではないだろうか?
二人は単なる契約上の夫婦にすぎないはずなのに、まるで本当の家族のようであってもいいような感覚が……。
ナディアが恥ずかしさに唇を閉ざすと、部屋には静寂が訪れた。
その静けさを破ったのは、外から聞こえた声だった。
「侯爵様が狩猟場で怪我をされたとか?一体、何が起きたんだ?獣にでも襲われたのか?」
声の調子からすると、会合に参加していた領主であるかのように聞こえた。
従者の返答が続いた。
「熊と対峙して負傷されたと聞いています。」
「何?熊?」
「はい、熊の巣を確認していたとき、その熊です。」
「何を馬鹿げたことを言っているんだ?侯爵様があの猛獣を相手にして負傷するなんてありえないだろう!いや、まさか毒のある獣に襲われたということか?それで不意に現れたのか?だから槍を構えたというのか……。」
何か誤解しているのか、その声がやや険しさを帯びていた。
「……。」
しばらくすると、ナディアも何かがおかしいと感じざるを得なかった。
皆の反応が同じだったからだ。
熊のせいで怪我をしたと言ったとき、ファビアンも似たような反応を見せたのではないだろうか?
彼女はゆっくりと口を開いて尋ねた。
「グレン。」
「ん?」
「それで、どこをどうやってどれだけ怪我したの?」
「ああ、それは……」
グレンは少し目を動かしてから話し始めた。
「急いで避けた時に、内臓を少し痛めただけだよ。」
「えっ、内臓って外傷よりも大変じゃないですか?」
「一般的にはそうだね。」
「だからこそ、もっと気を付けて早く回復させないといけないですよね?」
「そうだ。」
どうやってあの大きな熊を一瞬で処理したのかと思ったら、オーラを使ったのか。
この分野について無知なナディアには、それ以上追及することはできなかった。
それに……
(まさか、一国の領主がこの歳でへたばるなんてことがある?)
そう確信していたからだ。
「では、本拠地に戻ったら、しばらくは休養してください。体に良いものを食べながら休むと良いでしょう。」
元気回復に良い食べ物とは何があるだろうか……。
真剣に考え込む彼女の表情は、次第に険しくなっていった。
そんな彼女の顔を赤らめて見つめる視線が一つあった。
それはグレンのものだった。
彼はナディアの横顔を眺めながら考えた。
「十歳の頃もやらなかったことを、この歳になってするとはな。」
まさか成人して数年経った今になって、こんな弱音を吐くとは思わなかった。
少し戸惑いを感じたが、やがて彼はその思いを抑え、微笑んだ。
愛を得るために努力するのは恥ずかしいことではない。
そうして、会話の幕が静かに閉じられた。
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