こんにちは、ピッコです。
「影の皇妃」を紹介させていただきます。
今回は323話をまとめました。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
フランツェ大公の頼みで熱病で死んだ彼の娘ベロニカの代わりになったエレナ。
皇妃として暮らしていたある日、死んだはずの娘が現れエレナは殺されてしまう。
そうして殺されたエレナはどういうわけか18歳の時の過去に戻っていた!
自分を陥れた大公家への復讐を誓い…
エレナ:主人公。熱病で死んだベロニカ公女の代わりとなった、新たな公女。
リアブリック:大公家の権力者の一人。影からエレナを操る。
フランツェ大公:ベロニカの父親。
クラディオス・シアン:皇太子。過去の世界でエレナと結婚した男性。
イアン:過去の世界でエレナは産んだ息子。
レン・バスタージュ:ベロニカの親戚。危険人物とみなされている。
フューレルバード:氷の騎士と呼ばれる。エレナの護衛。
ローレンツ卿:過去の世界でエレナの護衛騎士だった人物。
アヴェラ:ラインハルト家の長女。過去の世界で、皇太子妃の座を争った女性。
323話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 後愛⑧
シアンは執務室を出たり入ったりしながら不安を隠せなかった。
怒りに震えながらも、彼女と胎児を心配する気持ちで胸が張り裂けそうだった。
早産は胎児だけでなく、母親の命も危険にさらす可能性があると医師の言葉が脳裏を駆け巡っていく。
「皇妃のもとに行かねばならない。」
忍耐の限界に達したシアンは、ついに執務室を飛び出す。
偽のベロニカが皇宮に入ったとき以来、初めて皇妃の寝室を訪れた。
「お待ちしておりました、陛下。」
緊張感が漂う寝室で待機していた侍女たちは、突然のシアンの訪問に驚きつつも丁寧に挨拶した。
シアンは興味がないように装いながら冷たく問いかけた。
「子どもは?」
「まだ陣痛中でございます。医師の話では、今夜遅くには生まれるかと・・・」
侍女の言葉が終わる前に、壁越しに新しい命の誕生を告げる泣き声が響き渡る。
侍女たちと医師が一斉に頭を下げ、シアンに祝辞を述べた。
「陛下、おめでとうございます。」
「おめでとうございます。」
緊張していたシアンの表情が少しだけ和らいだ。
彼は妙な気持ちになった。
新生児の泣き声が何を意味しているのかを考え、心が震える。
(彼女は無事だろうか?)
父親になった喜びと彼女への心配が交錯する瞬間、閉ざされていた寝室の扉が開く。
出産の報告を伝えようとしていた侍女は、予期せぬ訪問に驚き、慌てて頭を下げた。
「すぐに戻って医師に尋ねなさい。母子が無事かどうか確認するようにと。」
シアンは、彼女と赤ん坊の無事を自分の目で確かめたいという強い思いを抑えきれず、侍女に指示を出した。
「陛下、どうぞ中にお入りください、と医師から言われております。」
シアンはその言葉を聞き、自分を抑え込むようにして慎重に寝室に足を踏み入れる。
まだ回復しきっていない後遺症のためか、彼女の顔色は青ざめ、疲労が見えた。
出産でどれほど苦しんだのか想像もつかない彼の心は重くなった。
「ようこそ、陛下。」
彼女の顔には疲労の色が浮かんでいたが、その目には毅然とした光が宿っていた。
その姿にシアンは安堵しながらも、同時に彼女の気丈さを痛感した。
「ご覧になりますか?陛下にそっくりな皇子様ですよ。」
彼女が腕に抱いていた赤ん坊を、助産師が慎重に抱えシアンの前に差し出す。
「・・・」
シアンは、ぐっすり眠る赤ん坊をただじっと見つめた。
もし天使がいるとしたら、こんな姿ではないだろうか。
皇室の血筋を証明するかのように、黒髪と彼女の澄んだ目を受け継いだ赤ん坊。
見るだけで胸が熱くなり、涙が溢れそうになった。
「抱いてみてください。」
彼女の言葉に促され、助産師が抱いていた赤ん坊を彼の腕の中にそっと渡した。
見るだけでも愛おしさに満ちた赤ん坊の姿に、シアンは思わず腕を伸ばしかけたが、躊躇し手を止めた。
自分を抑えるその冷静で透明な意思が、彼の行動を制止させた。
(今この子を抱いたら、二度と手放せなくなる・・・)
シアンは部屋の中を一歩引いて見渡した。
助産師と数人の侍女、そして非常事態に備え待機している幕の向こうの医師たち。
皆が彼の一挙手一投足に注目しているのを感じた。
シアンの発言や行動が、大公と貴族たちの耳に届く可能性は十分にあった。
(私は・・・)
シアンは葛藤していた。
この瞬間だけでも、出産にすべてを捧げた彼女を慰めたいと思った。
「大変だったね」と暖かい言葉をかけたい。
だが冷たく割り切った理性が、それではいけないと線を引いてしまった。
皇位を継承する資格を持つ皇子の誕生は、大公派の主張をより強固にしてしまうだろう。
そんな状況で、偽物のベロニカを擁護したり、皇子の誕生を祝うような素振りを見せることは、かろうじて保っていた皇室派貴族たちの反発を招く恐れがあった。
それにより、大公から彼女と息子を守るための基盤が揺らぐ危険すらある。
「陛下?」
彼女は不安げに立ち尽くすシアンを見つめた。
その目線に心が揺らぎそうになるのを、シアンは強く自分に言い聞かせた。
どうしても彼女を傷つけなければならなかった。
その傷が後に跡を残すかもしれない。
それでも、彼女を失うことは、もう決して取り返せないことだった。
シアンは無表情で赤ん坊から目を逸らし、体を背けた。
傷ついた彼女の顔が目に焼き付いてしまった。
彼女にとって致命的ともいえる傷を与えなければならないという事実に、シアンの唇はわずかに震えていた。
「私の一瞬の過ちが、千年続いた帝国を崩壊させることになるのか。」
「陛下・・・どうして・・・」
衝撃を受けた彼女の声を聞いても、シアンは振り返ることなく、冷酷な態度で妻と息子を置き去りにし、その場を後にする。
まるで悪魔のように冷たい表情を浮かべたシアンを見た侍女たちは、息を呑みながら頭を深く下げた。
彼らを背に、本宮へと戻る道中、シアンは拳を強く握りしめた。
愛する妻と息子を守れない自分自身への苛立ちと、彼女を傷つけるしかない現実に、無力感が募り、堪えきれない感情が胸中を支配した。
「陛下、これ以上の猶予は許されないようです。」
「国母としての地位は、一瞬たりとも空席にできません。」
「皇妃殿下を一日も早く皇后殿下に昇格させるよう求めます。」
偽のベロニカが皇子を出産した後から、大公家の謝礼を受けた貴族たちの要求が相次いだ。
皇子を産んだ皇妃の功績を認め、正式に皇后に昇格させるべきだという話だった。
「この話は後で議論することにしよう。」
「しかし、陛下、いつまで見送りだけでは済まされません。」
シアンは貴族たちの強硬な要求を退け、大広間を出る。
確かに彼らの主張には理があった。
皇位を継ぐ皇子を産んだ以上、偽ベロニカを皇后に昇格させる理由は十分だった。
だが、そう簡単にはいかない。
皇室の外戚という立場に過ぎない大公家が、皇帝の肩に刃を突きつけるような状況になってしまうからだ。
さらに言えば、親皇派の貴族たちはシアンの改革の意思に疑念を抱き始めているのが実情だ。
大公家を牽制する必要があったが、偽ベロニカとの結びつきを持ちながら、さらに皇子まで産んだのならば、なおさらそれを阻止するのは難しい。
彼らの主張が続いている中、執務室に戻ったシアンはデンを呼び出した。
「準備は?」
「すべて終わりました。」
「油断するな。絶対にミスは許されない。」
シアンは彼女の脱出計画を念入りに確認する。
皇子という安全装置がなくなった以上、大公家はすべてを元通りに戻そうと必死になるだろう。
「陛下、主君が言葉を発したとしても、皇妃殿下が本当に宮殿を離れることなどできるでしょうか?」
「行かなければならない。行かないなら・・・無理にでも連れて行くことになる。」
それが彼女と息子が生き延びるための唯一の道だから。
シアンは外套を羽織り、宮殿内にあるガイア教団の聖堂を訪れた。
今日は皇室の後継者が生まれてからちょうど11日目となる日だ。
国教であるガイア教団では、皇室の後継者が誕生した場合、本部の教皇が直接名前を付け、祝賀の儀式を通じてその名を伝える習慣がある。
シアンが聖堂に入ると、正面にガイアの女神像の下に侍祭と神官たちが見えた。
近づくと揺り籠の中で眠っている皇子と、そのそばに彼女が立っていた。
(ずいぶん痩せてしまったな。食事はちゃんと取っているのか?)
シアンは疲れ切った彼女の姿があまりにも痛ましかった。
そのやつれた顔を撫でて慰めたい衝動に駆られた。
そんな中、鈴の音が聞こえ、彼女と視線が交わる。
「・・・!」
冷たい彼女の眼差しに、シアンの心が凍りついた。
いつもぎこちなく浮かべていた微笑みはどこかへ消え、凛とした空気を纏ったその姿に息を飲んだ。
神官は祝詞を唱えながら金の器に聖水を注ぎ、手でそれを取り、皇子の額に垂らした
その後、侍祭が持参した台座の上に置かれた金色の羊皮紙を差し出した。
「ガイア女神様が皇室を祝福し、神聖なる御名を授けてくださいました。皇帝陛下と皇妃殿下には、謙虚な心を持って女神の加護が込められた皇子殿下の御名を受け取っていただきたいと思います。」
「これを心で記憶し、口で唱え、耳で覚えてください。」
「クラディオス・デ・イアン。」
「高貴なる皇子クラディオス・デ・イアンに、ガイア女神の恩寵がともにありますように。」
シアンと偽ベロニカが皇子イアンの名前を胸に刻む中、神官がその名前を祝詞として伝えた。
イアン。イアン。イアン。
シアンはその名前を口にするだけで胸がいっぱいになった。
彼女もまた眠っている子供を見つめる目に、抑えきれない愛情を込めていた。
神官と侍祭たちは静かに聖堂を去った。
今からしばらくの間、ガイア女神の聖なる言葉が響くと言われているオルガン演奏が続くだろう。
その間、イアンのために二人は真摯な祈りを捧げることとなった。
彼女は目を閉じ、両手をしっかりと合わせた。
その姿は切実に見え、わが子への深い愛が表れていた。
「皇妃、あなたに話したいことがあります。」
シアンは慎重に口を開いた。
祈りよりも大切なのは、彼女とイアンの未来だった。
今でなければ和解を求め、説得する時間はなかった。
しかし、彼女は何の答えもなかった。
焦ったシアンが再び彼女を呼んだ。
「皇妃。」
「もう、やめてください。」
「・・・。」
「また私にどんな傷を与えようとしているのですか?」
彼女はぎゅっと閉じていた目を開けた。
冷たく感じるその眼差しの奥には、癒えない傷の痛みが秘められていた。
その感情の爆発を必死に抑えながら彼女は言った。
「最初から分かっていました。陛下が望んでいなかった結婚だということを。私の存在や背景だけでも陛下にとって足かせになることも。」
「皇妃。」
「それでも、陛下にしがみつきました。陛下が好きでしたから。プライドなんてどうでもよかったんです。その陛下が私を抱きしめてくれて、イアンが生まれたとき、本当に嬉しくて涙まで流したんです。」
彼女の声が震えていた。
シアンは何も言葉を返せなかった。
傷を負った彼女の姿に、どんな慰めも口にできなかったからだ。
彼女がどれほど苦しかったかを考えると、慰めの言葉すら言えなかった。
「でも、もう終わりにしたいんです。私に与えられる傷なら、全部受け止められます。でも、イアンは違いますよね?望んでいなくても、一瞬の過ちでも、陛下の息子じゃないですか。」
「・・・。」
シアンは喉元まで詰まるような気持ちになった。
誤解だと言いたかった。
二人を守るためには仕方のない選択だったと言いたかった。
そして、自分もまた彼らを深く・・・。
「これ以上、陛下に縛られることはありません。これ以上、イアンが傷つく姿を、私は絶対に見たくありません。」
「皇妃、少しだけ私の話を・・・。」
シアンが急いで弁解しようとしたとき、彼女が言葉を遮った。
「愛していました。」
「・・・!」
「どうしてもこの言葉だけは伝えたかったんです。」
彼女が微笑んだ。
微笑む彼女の目元から涙がこぼれ落ちた。
シアンはその瞬間、胸が張り裂けそうだった。
彼女に与えた取り返しのつかない傷が、自分の中に罪悪感として刻まれ、何も言えなかった。
シアンは手を伸ばす。
その涙を拭い、今こそ彼女に正直になろうとした。
しかし、自分もまた彼女のように壊れてしまうかもしれないという不安が拭えなかった。
そうしたシアンの願いは叶えられることはなかった。
鈴の音が止み、オルガンの演奏が終わると、神官と侍祭たちが最後の儀式を執り行おうと戻ってきた。
「陛下と皇妃殿下には、皇子殿下の手をしっかりとお取りいただければと思います。」
健康を祈る祝詞をもって、すべての儀式が終了した。
彼女はシアンと視線を交わすことなく、揺り籠の中のイアンを抱き上げた。
「イアン、これがあなたの名前よ。」
まるでそれを刻み込むように語った彼女は、シアンに向かい形式的な挨拶だけを残し、背を向けた。
シアンは遠ざかる彼女を黙って見つめることしかできなかった。
傷を与えた自分を責めながらも、これまで準備してきた計画を台無しにしないため、耐えるしかなかった。
「皇妃。」
その時は知らなかった。
それが彼女との最後の会話になるとは。
もしそうだと分かっていたなら、決してあのように彼女を送り出すことはなかったのに。