こんにちは、ピッコです。
「ニセモノ皇女の居場所はない」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

116話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 別離
最も重要なフィローメルの気持ちは複雑だった。
魔塔に行きたい気持ちはあったが、今去ることには心に引っかかりがあった。
『エレンシアを見つけるまでは、ここにいなきゃいけないんじゃない?』
侵入者と最も密接に関わっているのはまさにフィローメルだった。
彼女はなぜか責任感を感じていた。
……そして皇帝とも、確実に関係を整理しなければならないような気もして。
「なにさ。他人の娘をそんな目で見てるの?」
不満そうな声にフィローメルは夢から覚めた。
魔塔主が皇帝を見つめていた。
「私が何をしたっていうんだろうな。」
「とてもあんな目つきで見つめてきた。」
「間違ってるのはそっちの目つきじゃないかと思うんだが。」
フィローメルはルグィーンの肩をつかんで彼に囁いた。
「やめてください。何もしていない人に悪意を向けるなんて。」
「悪意じゃなくて……。」
皇帝がルグィーンの言葉を遮り、口を開いた。
「フィローメル、せっかくだからお茶を一杯どうだ?ポルランが時々休憩時に飲むと良いと言っていたお茶を持ってきたんだ……。」
今回はルグィーンが彼の言葉を遮った。
「フィルは僕とお茶を飲むってもう約束してたんだ!」
「私たち、そんなこと言いましたっけ……?」
フィローメルは初めて聞く話だった。
皇帝はふっと笑った。
「どうやら一人で勝手にした約束らしいな。そっちはその約束通り一人で飲んで、フィローメルは私と飲めばいい。」
「ふざけるな。俺が自分の娘を置いていくと思ってるのか?」
フィローメルは二人をなだめた。
「お二人とも落ち着いてください。お茶は皆で一緒に飲めばいいでしょう。」
ここでの茶なんてどうでもいい。
皇帝と魔塔主はその提案をしなかったが、なぜか素直に従った。
そして三人は仲良くティータイムを過ごすことに。
皇帝宮の庭園はいつも通り手入れが行き届き、茶の香りも素晴らしかった。
ただ、そこで交わされる会話は決して和やかなものではなかった。
ルグィーンはティーテーブルに置かれたケーキを見て眉をひそめた。
「何だ、チョコレートケーキ?フィルは生クリームの方が好きなのに。そんなことも知らないのか?」
皇帝は平然と答えた。
「私の知る限り、フィローメルはチョコレートの方が好きだ。」
「私とお茶を飲むときは、いつもフルーツがたっぷり乗った生クリームケーキだけでしたね。」
フィローメルはケーキにフォークも刺さないまま口を開いた。
「えっと……チョコレートでも生クリームでも、それってそんなに重要なんですか?」
返事は同時に返ってきた。
「重要だ。」
「大事だ。」
ルグィーンが彼女に尋ねた。
「それで、どっちなんだ?」
「どっちって?」
「生クリームとチョコレート、どっちの方が好きなんだ?」
「うーん……。」
「やっぱり生クリームだよな?」
ルグィーンはしつこく探るように尋ね、皇帝もまたフィローメルの答えが気になる様子でこちらに視線を向けた。
フィローメルは仕方なく、正直に答えた。
「どっちも好きですが、あえて選ぶなら……チョコレートです。」
ルグィーンの表情が歪んだ。
「嘘だろ。それならなんで生クリームばっかり食べてたんだ?」
「いや、あの……あの時はなんとなく生クリームに惹かれたんです。」
実は、別の理由があった。
ルグィーンとお茶を飲むときはいつもジェレミアも一緒で、彼は生クリームの方を好んだからだ。
どうせどちらでもフィローメルにとっては大した問題ではなかったので、ジェレミアの好みに合わせていたのだ。
ルグィーンは憤慨したようにカチャカチャと音を立ててフォークを動かし、皇帝は特に表情を変えなかった。
「やはり俺の言った通りだ。」
しかしルグィーンに向かって一言返す様子はかなり冷たかった。
ルグィーンのフォークの下で、皇帝が用意した形の良いチョコレートケーキが潰れてしまった。
「お茶を飲むときは静かにお茶だけ飲め。話が多いな。」
「今回もフィローメルに聞いてみろ。どっちが好きか。」
「聞かなくても分かってるさ。フィルと俺は血が繋がっているんだから。」
「……。」
「そうだ。好きなケーキくらい変わってもいいだろ?何と言ってもフィルは俺の娘なんだから。」
「やめろ。さっきは自分の口でお茶だけ飲むって言ってたじゃないか?」
「話を逸らすな。言い訳はもういいだろ? ああ?」
「恥ずかしくて聞いていられないな。」
フィローメルは気まずい雰囲気の中で残ったお茶をすする。
『二人とも本当に何なのよ!』
どう考えても自分のせいだとは思うが、二人がこんなふうに争う理由は理解できなかった。
魔塔主が皮肉っぽく言った。
「驚くようなことじゃないさ、最近の子たちが何を好むか知ってるからだよ。無駄に重さだけあるあなたには理解できないだろうけど。」
「私のほうが年下だぞ。」
「年齢の話じゃないじゃない!」
フィローメルは額に手を当てた。
『幼稚だわ、あまりに幼稚すぎる。』
これが本当に大人たちが交わす会話なのか、皇帝と魔塔主の会話なのか。
彼女はフォークを置いて、皇帝のほうをちらりと見つめた。
死にかけていた顔がほんの少しだけ色づいた。
内心、安心した。
娘が消えた庭で、皇帝にまで何か問題が起きたらどうしようかと不安だったのだ。
ティータイムを終えた後、フィローメルはルグィーンと一緒に皇帝の宮殿を出た。
ところが南宮に戻る途中、思いがけない人物に出会った。
「フィローメル様!」
頭の先からつま先まできちんと身なりを整えたナサールが、大きな花束を胸に抱いていた。
フィローメルににっこり笑いかけていた彼は、彼女の隣にいる人物を見て顔を強張らせた。
そわそわした足取りで近づいてきたナサールが、二人に挨拶した。
「良い午後ですね、フィローメル様。そして……お父様。」
ルグィーンの表情が一瞬で冷たくなった。
「誰が君のお父様だ?」
目を伏せる魔塔主の前でも、ナサールは態度を崩さなかった。
「以前は事情があって、ちゃんとご挨拶できませんでした。よろしくお願いします、お父様。」
ちなみに、彼はまだ猫がルグィーンの正体を知らないことを知らない。
「私はナサール・エイブリトンと申します。そして今、お嬢様と交際中です。もしよろしければお父様の許しを得たいと……」
ルグィーンは歯ぎしりした。
「本当に、いつ私が一度でも……」
彼はフィローメルの目を見て、ナサールの腕を掴んだ。
「ちょっと、俺とどこか静かな場所で、ゆっくり話をしようか。」
「どこに行くんですか?」
「ちょっと用があるんだ。フィル、お前は先に入って。」
ナサールはルグィーンに引っ張られながらも、フィローメルを安心させるように微笑んだ。
「大丈夫です。お父様と男性陣の会話をしてきます。それから、これを受け取ってください。」
彼が抱えていた大きな花束を差し出した。
「来る途中であなたのことを思い出して、つい買ってしまいました。もちろんフィローメル様には及びませんが……」
「こいつ、最後まで!」
「すぐ行ってきます!」
ルグィーンに捕まったナサールは、素早くあちらへと消えていった。
フィローメルはなぜか心配になった。
「こっそり後を追わなきゃいけない?」
ルグィーンが本当にナサールに害を与えるとは思えないが。
『……うーん、違うかな?やっぱり後を追った方がいい?』
フィローメルが考え込んでいたそのとき、近くの木の後ろから一人の人物が飛び出してきた。
その男はフィローメルに礼をしながら、慎重に丁寧な態度を見せた。
「こんにちは、フィローメル様。」
「ハンフリーさん。」
ハンフリー。
最高位の光属性魔法使い。
フィローメルにとっては幼い頃の預言書について尋ねたとき、長々と説明してくれた魔法使いとして印象深い人物だ。
フィローメルは目を大きく見開き、彼に尋ねた。
「なぜそんなところにいらっしゃったんですか?」
誰が見ても、何か理由があって隠れていた様子だった。
「遠くからマスター様がいらっしゃるのを見て、条件反射的に……」
魔法使いの顔はすっかり青ざめた。
フィローメルは似たような現象を過去にも見たことがあった。
幼いフィローメルがマスターについて質問したとき、彼は顔が真っ青になり、お腹を抱えて外へ飛び出していった。
『あのときはどうしてそうなるのか分からなかったけど……』
以前、彼女が兄たちと雑談していたとき、最高位の宮廷魔法使いに関する話題が出たことがあった。
「ルグィーン様がここにいらっしゃると知ったらハンフリーさんは叱られることもあります。昔、ルグィーンの下で働いていたのですが、しつこく叱られてしまい、最終的には魔塔を出て行ってしまいました。」
そのとき、レクシオンが一言言った。
よくよく聞いてみると、誠実で頑固なハンフリーは、その正反対の上司とよく衝突していたのだという。
レクシオンは笑いながら言った。
「ルグィーン様のような方には、慎重に気を使うよりも、あっさり冗談を交わした方がいいんですよ。」
どれほど叱られたのだろうか。
ルグィーンの姿を見て、フィローメルは目の前の男性が気の毒になった。
「お腹はとても痛いですか?」
「このくらいなら大丈夫な方です。魔塔を離れてから結構経って、症状が緩和された感じですね。」
「……それが緩和された状態なんですか。」
「ええ。でもとても不思議なのは、数か月前から何もしていないのに急にお腹が痛くなったことです。多分もうすぐ魔塔主様が現れるという事実を、私の体が先に察知したんじゃないかと思います。はは。」
ハンフリーは苦笑いを浮かべた。
『その頃から腹痛の原因は皇宮にあったんじゃないか?』
フィローメルはあえて明かせない真実を心の中で飲み込んだ。
彼は尊敬と驚きが入り混じった目でフィローメルを見つめた。
「それにしてもフィローメル様もすごいです。あの方とそんなに親しくできるなんて。」
フィローメルは曖昧に答えた。
「性格がいいとは言えないけど、それでも知れば悪くはない人です。たまに人間らしいところもあって……。」
「……魔塔主様がですか?」
ハンフリーは疑わしそうな表情をしていたが、やがて笑みを浮かべた。
「いいえ。まあ、フィローメル様がそうおっしゃるならそうなのでしょう。その方もまた、フィローメル様をとても可愛がっているようです。」
彼は懐から二枚の紙片を取り出し、フィローメルに差し出した。
侵入者が使っていた魔法スクロールの一部だった。
「これを魔塔主様にお伝えください。ここでは何も発見できませんでしたが、魔塔の装置を使えば何か見つかるかもしれません。」
ハンフリーとの会話を終え、フィローメルは南宮へ戻ってきた。
彼女がナサールからもらった花束の花を花瓶に生けていると、ルグィーンが一人で戻ってきた。
「ナサールはどうでした?」
「何もしてないから心配するな。あの子にちゃんと言っておいた。」
「どうおっしゃったんですか?」
「俺に認められたいなら、力で俺をねじ伏せろって。」
あまりに過酷な課題だ。
フィローメルはナサールが心配で、彼に連絡を取ろうとした。
通信石を使って彼に連絡を試みた。
ナサールは彼女の予想とは違い、元気そうに答えた。
「申し訳ありません。フィローメル様のお顔を見に行こうとしたのですが、お父様が許可をくださらず、行けませんでした。」
「お二人で何を話していたのですか?」
「実は、お父様が我々の交際を許可してくださいました!」
「……本当ですか?」
「はい!条件はつきましたが。でも心配しないでください。私がしっかり努力して、その条件をすぐに満たしてみせます!」
ナサールは魔塔主の予想よりもずっと前向きな様子だ。
彼が本当に条件を満たす日が来るかは分からないが、フィローメルには確信があった。
彼女が好むナサールは絶対に諦めないはずだ。
フィローメルはほのかな微笑を浮かべ、ルグィーンがいた部屋に戻った。
横目でちらりと見た魔塔主が彼女の様子をうかがった。
「またあいつと連絡したのか?」
「……そんなことまでいちいち報告しなきゃいけません?私にもプライベートはありますよ。」
「ふむ。」
フィローメルは彼の注意をそらすためにスクロールの破片を差し出した。
「ヘンプリーさんが渡してくれました。魔塔に持って行って調べてみたほうがいいかもしれないそうです。」
「そうか。今回は行くついでに一度調べてみよう。そういえば、話が出たのでついでに言うと……」
「何ですか?」
彼は静かに娘のことをほのめかした。
「フィル、お前はいつまでここにいるつもりなんだ?」
我慢が限界に近づいたのか、彼はずっと前から魔塔に行きたいという気持ちを隠しきれずにいた。
フィローメルはため息をついた。
「うん、少なくとも逃げた侵入者を見つけるまでは……」
「なんでそうする必要があるの?そこまで気を使う必要ないじゃない。」
「……え?」
「君がここに残った目的、その本に関する真実を知りたかったんでしょ?」
「そうです。」
「じゃあ分かったんだから、目的は達成されたじゃない。」
確かにその通りだ。
以前、侵入者の記憶を垣間見ることで、彼女は『皇女エレンシア』の誕生過程を詳細に知ることができた。
その本がどうやって自分の手に渡ったのかは依然として疑問だったが、侵入者もそこまでは知らなかったようだ。
ルグィーンは明確な結論を出した。
「もう全部終わった。もう魔塔へ行こう。」
「でも、エレンシアが……。」
「お前が心配する必要はないんだよ。それに、お前がここにいても、あの女を早く見つけられるとは限らないだろう?」
「でも、侵入者はいつかは商店に現れる可能性が高いですよ。」
逃げた侵入者が頼る場所は、商店の商品のみだ。
「商店に入れる人は私しかいないんだから、私が必要でしょ。」
「おそらく商品が再び補充されるまでには時間がかかるはず。しかも補充まであと二ヶ月以上残ってるんだし。」
「そ、そうですが。」
「この間ずっとここでくすぶっているのは時間の無駄だよ。別に皇宮にいなきゃ商会に入れるわけでもないし。」
それもそうだ。
もし後でフィローメルが商会で侵入者を生け捕りにしたとしても、皇帝に送ればそれで済む。
わざわざ皇宮に残っている必要はない。
「侵入者を捕まえた後にどう処理するかは皇帝が決めることだろう?」
ルグィーンは首をかしげた。
「正直、どうしてお前がそこまで皇女に執着するのかもよく分からない。」
「………」
「理由はそれなりにあるけど、結局は他人のことじゃないか?」
なぜだかわからないけれど、否定したい気持ちがあったのに反論できる言葉が出てこなかった。
フィローメルは本当のエレンシアには一度も会ったことがなかった。
友達でもなく、家族でもない。
人々はこういった関係を普通「他人」と呼ぶものだ。
ルグィーンは王宮で初めて再会した時のように手を差し出した。
「だから、僕たちは気を引き締めて魔塔に行こう。」
フィローメルはしばらく呆然とし、考え込む時間をくださいと答えた。
心が揺れているのが分かったのか、彼はおおらかにうなずいた。
その夜。
フィローメルはベッドに寝転んで独り言をつぶやいた。
「確かにそうだよね。」
エレンシアのことが気になるけれど、それがフィローメルが皇宮に残る理由にはならない。
逆に残ってはいけない理由ははっきりしていた。
いずれ皇帝は皇女の失踪を公表するだろう。
そうなれば当然、宮中の空気は混乱するに違いない。
客人の身分である魔塔主とその娘が特別な理由もなくずっと皇宮にとどまっているのはどう考えてもおかしい。
『魔塔か…。』
フィローメルはただぼんやりと、想像したことのある魔塔での生活を思い浮かべていた。
魔塔にはルグィーンがいて、レクシオン、カーディン、そしてジェレミアがいる。
「ナサールも私が行くと言ったら、きっとついてくると言ってたっけ。」
見知らぬ場所、見知らぬ生活が待っているだろうが、彼らと一緒なら悪くはないだろう。
きっと楽しいだろう。
フィローメルはそんな未来を思い描こうとしながら、眠りに落ちた。








