こんにちは、ピッコです。
「ニセモノ皇女の居場所はない」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

119話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 二度目の別れ②
皇帝の執務室。
皇帝は内臣用の肘掛け椅子に寄りかかっていた。
服に染み込んだ水気が布を濡らしていたが、彼はぴくりとも動かなかった。
臨時秘書官や侍従たちは彼に歓呼して賛辞を送ったが、彼は特に気に留める様子はなかった。
そのとき、臨時秘書官が慎重にドアをノックした。
「陛下、ドゥドゥジから連絡がありました。」
「入れ。」
ユースティスはただ横たわったまま、その報告を聞いた。
「何を言ってきた?」
「それが…『塞がれた地下室』という言葉だけ残してきました。」
「……そうか。もう一度掘り返してみろ。」
「……了解いたしました。」
臨時秘書官は泣きそうな顔で答えた。
自分でも分かっている、これがむなしい命令であることを。
すでに何度も同じ命令を下したが、答えは決まっていた。
方法がない。
「ドゥドゥジ」というのは皇帝が大臣側に潜ませたスパイだ。
正体は大臣側の側近である高位の神官。
「他人の体に憑依した異邦の存在を探し出す方法を見つけてこい。」
それが皇帝がドゥドゥジに任せた任務だった。
神の書には勇者が侵入者を打ち砕くことができるとだけ書かれており、その体の主人がどうやって──
神の言葉が記されたものは神の書だけである。
神殿でも昔から神託は記録されてきた。
一部の神官だけが接近できる秘密資料だ。
『かすかな希望をそこにかけたが……』
何の手段もない。
ユースティスは顔をしかめた。
「陛下……」
去ろうとしなかった秘書官が彼を呼んだ。
「何だ?」
「フラン伯爵から休暇の延長を申請してきました。休んで医院で診察を受けた結果、腹部に腫瘍が発見され、当分の間治療に専念する必要があるようです。」
「そうか。」
しばらく前から妙に顔色が良くなかった男が思い浮かんだ。
「この際、休みたいだけ休ませて家族と時間を過ごさせてやれ。」
彼も苦労が多かった、十数年前に主人を間違って選んだせいで。
臨時秘書官が下がった後、皇帝はゆっくりと席を立った。
「これで本当に一人ぼっちか。」
無意識に吐き出した独り言には寂しさがにじんでいた。
彼は本棚に近づき、扉を開いた。
扉の中には、肖像画が入った小さな額があった。
額の中では金色の髪を垂らした女性が笑っている。
「イサベラ、結局、私は君が産んだ子を守れなかった。私が抱いていた子も、同じように。」
彼は額を棚に戻し、その上に赤い宝石の指輪を置いた。
そして隣にあった物体を手に取り、リボルバーだった。
ユースティスはリボルバーのシリンダーを開き、弾を込めた。
銃口は観客席を向いていた。
驚きはしたが、恐れはなかった。
ただ、少し哀しかった。
「このまま行っても君には会えないだろう。君は天国にいるのだから。」
彼は目を閉じた。
肘掛けにかけた指先にわずかに力が入った。
エレンシアは足をばたつかせた。
「これ見て!お前たち誰だ!」
しかし彼女を強く抱きしめる腕は緩まなかった。
「放して!」
怪しげなローブを着て仮面をかぶった者たちは、彼女をどこか分からない場所へと引っ張っていく。
ここに来てから何時間が過ぎたのかも分からなかった。
彼女はずっと窓のない独房に閉じ込められていたため、外の様子は全く分からなかった。
体に力も入らない。
1日に3回出される食事は、わずかばかりで、物足りないものだった。
「なんでこんなことになっちゃったの?」
フィローメルと口論したあの日、魔法のスクロールはエレンシアをまったく知らない場所へと移動させた。
誰かが明らかに意図的に介入したのだ。
自分が移された場所は、これまで知っている暗く閉ざされた洞窟のような場所ではなかった。
ここにいた奇妙な群衆は、エレンシアを見つけると、無言のまま口に猿ぐつわを噛ませ、腕を縛り上げ、足には枷をはめた。
「今すぐ解放しないの?私が誰だか知ってるの?私は帝国の皇女よ!」
食事をしている彼女を監視しに来た人間にいくら叫んでみても、何の反応もなかった。
彼はエレンシアが不審な行動を見せるとすぐさま再拘束し、食事も回収していった。
エレンシアは恐怖で震え、無力に時間を過ごすしかなかった。
ショートカットで逃げようとしても、インベントリを開こうとしても、この場所ではすべてが不可能だった。
「きゃっ!」
広い場所に出ると、人々はエレンシアを床に投げつけた。
「痛いじゃないの!」
「歓迎しますわ。他の世界から来た異邦人よ。」
そのとき、一人の人物が歩いてきた。
正体不明の群衆の中で、エレンシアに声をかけたのは彼が初めてだった。
「誰、あなたは?」
その人物がローブの帽子の部分を持ち上げると、顔が現れた。
年齢を特定するのが難しい中年の女性だった。
女性が自己紹介をした。
「私の名前はマリカ。神に仕える者です。」
「……目的は何?なんで私を閉じ込めたの?」
「閉じ込めただけです。一時的に別の場所にお連れしただけですよ。あなたの中に残っていたベレロン神の力が完全に消えるのを待っていました。何も不快なことではありません。」
神聖力のことを言っているようだった。
「神を崇める人が神聖力を嫌うって?そんなことある?」
その言葉に彼女はにっこり笑った。
「ふふ、私が崇める神はベレロン様なんかじゃないの。」
どこかで微かに聞こえるような笑みだった。
「じゃあ、ベレロン神じゃなければ?」
マリカは周囲の壁へ視線を移した。
牢の壁には細かく絵が描かれており彼女は輝く目で絵の一部を見つめた。
暗い色調に包まれた黒い絵のような存在だった。
「この世界に終末と安息をもたらす方。破滅の神、イエリス様です。」
「そんな名前、聞いたことがない。」
エレンシアが皇女として教育を受けた時、神学の授業も受けていた。
そんな偉大な名を持つ神について学んでいたら、覚えていないはずがない。
「外の人間たちがその方の存在自体を知るはずがありません!」
女性は突然声を荒げた。
怒りで目が血走り、目がぎらぎらと光った。
エレンシアが恐る恐る息を呑んだ瞬間、マリカは表情を変え、にっこりと笑った。
「驚かせた?ごめんなさい。」
エレンシアは悟った。
『正気じゃない!この人、狂ってる!』
彼女は狂信者か、もしくは集団に取り込まれたのだ。
マリカは震えるエレンシアに近づき、肩に手を置いた。
「怖がらないでください。これから私の体をお借りして、イエリス様の声をお聞かせします。」
マリカは目を閉じると、ある瞬間ふっとまぶたを開いた。
「直接会話をするのは初めてだな。異邦人よ。」
女の口から先ほどまでとは全く違う、少し響きのある落ち着いた声が流れ出た。
まるで体に別の存在が入り込んだかのような様子だった。
「私がイエリスだ。あなたをこの世界に招いた存在だ。」
「え、なに……?」
エレンシアは自分の耳を疑った。
あの人が今なんて言ったのか。
「あなたが私をエレンシアの体に憑依させたって?」
「そうだ。私は門を開いただけで、その体を選んだのはあなた自身だ。」
「な、何のこと?私がいつ!」
「忘れたのか?強く願わなかったか?その体の主人として生きたいと。」
エレンシアは息を呑んだ。
「私もエレンシアのように……」
死ぬ前に無心で願った。
みんなに愛されるゲームの中の姫のように生きさせてほしいと。
マリカが視線を下げた。
「やはり、ベルレオンの子孫を選んだのは大変だった。他の体だったらもう少し簡単に接触できただろうに。」
「……なんで私をこの世界に落としたの?」
エレンシアのぎゅっと握った拳が震えた。
「ちゃんと面倒を見てくれるわけでもないのに、なんでこの世界に連れてきたのよ! なんで!」
目の前の存在が、自分が願い求めた神だったと気づいた瞬間、怒りが込み上げてきた。
怒りは恐怖すらも忘れさせた。
これまで積み重ねてきた疑念が一つずつ浮かび上がった。
データを隠した者たちにとっては笑い話でしかない。
冷たくあしらわれ、合点がいった。
「私が望んでいたゲームの中の公女様の人生は、こんなのじゃなかった!」
興奮するエレンシアを見つめながら、マリカは目を細めた。
「クッ。」
「クッ。」
そして笑い出した。
「クハハハハ!」
「な、なぜ笑うんだ!」
「クッ、クフフ……。」
彼女は涙まで流しながら、大声で笑ったかと思えば、やがて笑いを収めた。
「まだここが単なるゲームの中だと思っているのか。」
「……え?」
「これはそう信じたいのか、それとも鈍感なのか。」
「誰を馬鹿にして急かしてるのよ!」
「違う。落ち着け。」
マリカがエレンシアの肩にそっと手を置いた。
「君はそのくらいがちょうどいい。私は人を見る目があるんだ。」
自分を睨みつけるエレンシアを無視して、彼女は歩いて行った。
部屋の一番奥にある祭壇の方へ。
「君がどんな夢を抱いてここに来たのかは知らないが、私たちの元に来た以上、飯代は払ってもらうわ。」
「飯代だって?」
祭壇に縛られたままの女性は片方の口角を上げて笑った。
「お嬢様待遇はこれで終わりって意味よ。」
ははははは。
マリカが笑うと、他の信徒たちも後に続いた。
地下の洞窟の中に、薄気味悪い笑い声が響き渡った。
エレンシアの胸の奥に、再び恐怖がこみ上げてきた。
彼女は無意識に周囲を見渡した。
『誰か……助けて……!』
しかし、彼女を守ってくれる存在はどこにもいなかった。
皇帝の執務室。
鋭い音を立ててリボルバーが床に落ちた。
ユースティスはびくっとして落ちたリボルバーを見下ろした。
また失敗した。
彼は結局引き金を引けなかった。
理由はイサベラが去ったあのときと変わらなかった。
好きでも嫌いでも、彼の肩にのしかかる重みは依然として変わらなかった。
皇帝が後継者を残さずに死んでしまったら、帝国は大混乱に陥るだろう。
さらに悪いことに、エレンシアの体に入り込んだ侵入者が次の皇帝になった場合、最悪の事態だ。
『何よりも……』
死が目前に迫っていることを悟り、二人の顔が曇った。
フィローメル。
あの優しい子はユースティスを憎んではいなかったが、不幸になってほしいとは思わなかった。
もし自分が死ねば、その心に痛みを残すだろう。
そして、エレンシア。
死んだ妻の命と引き換えに残された子ども。
一度も会ったことのないその子の顔が、死を前にして次第に鮮明になっていった。
『フィローメルには、私がこの世から永遠に消えてしまったほうが楽かもしれないけれど、この子は違う……。』
もし万が一、神殿側が真実を知ることになったら?
侵入者を警戒せよという神託まで下された存在だ。
『当然、排除しようとするだろう。』
また、エレンシアに目を光らせる存在は神殿だけではない。
魔塔主。
フィローメルがエレンシアを探して商店のような場所に入ったとき、彼と同じ場所にとどまる機会があった。
遅れて娘を追いかける彼は、不快な気配を隠さなかった。
「理解できない。どうしてフィルは無駄な苦労を買って出るのだろう。」
ただそんな人間のために。
口では何も言わなかったが、冷たい目線でそう言った。
以前ここで会話をしたときも、娘のエレンシアへの心配を口にするたび、彼は面倒だというような顔をしていた。
フィローメルはそれを見なかったが、隣に座っている自分はしっかり見ていた。
『もしフィローメルのために反発することがあれば……。』
もし敵として戻ってきたなら、それは信じられないほど奇妙な相手だ。
ユースティスは臨時の秘書官を呼んで尋ねた。
「エレンシアの消息はどうなっている?」
「皇女殿下の幻覚と似たものを目撃したという報告は引き続き入ってきています。」
秘書官は手にしていた書類をめくった。
「現在、皇女様を直接見たことがある者たちを派遣して報告の真偽を確認していますが……。」
「私が行く。」
「えっ?陛下ご自身がですか?」
「親よりも子をよく知る者がいるだろうか。」
「報告が全国から集まっているのに、距離が……。」
「魔法で移動すればいい。」
「しかし国政もご覧にならなければなりませんのに、わざわざご自身で……。」
「分かった。早く入ってきた情報は整理して、報告しなさい。」
皇帝が強い口調で命令すると、彼はやむを得ず従った。
自分が直接行くしかなかった。
皇宮に仕える者だからといって全て信用できるわけではない。
彼が神殿側と繋がりを持っていたように、皇宮の中にも大きな存在を匿う者たちがいるだろう。
『やはり、命を狙うなら今が絶好の機会だろう。』
あの子が私の手から離れたのは、まさにこの時だった。
彼は、娘の体を取り戻すまでは絶対に死ぬわけにはいかなかった。
エレンシアを守れる存在は、この世で自分しかいないのだから。
たとえその体に潜む侵入者を追い出す方法がなくても、それは関係なかった。
エレンシアは必ず自分のそばにいなければならない。
一生涯、惨めな思いをしても、それが今や彼の人生に残された唯一の目的だから。
空っぽの執務室で皇帝は低く呟いた。
「どんな手を使っても取り戻す。どんな犠牲を払ってでも。」








