こんにちは、ピッコです。
「死んでくれと言われて」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

47話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 兄妹
ぱちっ。
正気を失いそうなほど恐ろしく、生々しい空気が肺いっぱいに満ちていた。
荒く息を吐いていたリンは、ゆっくりと頭をもたげた。
「初めて見る部屋だ。」
現実と夢の区別がはっきりしてきて、気絶する直前の状況が目の前に浮かんだ。
明らかにテオンを止めるためにオーラを使って、記憶がすべて使い果たされた……
いや、それよりも。
「……とても昔の夢を見た。」
ヤナの体を乗っ取った初期には、気絶するたびにヤナの過去が夢に浮かび上がった。
リンには、その夢がヤナの救助要請のように感じられた。
ある瞬間からぼんやりとし始めたものの、それだけヤナが満足しているのかとも思った。
「でも突然、ヤナの過去でもなくて、私の過去を見せるなんて。」
これではまるで、この体の主人が……
「ヤナ?」
ゆっくりと呼吸を整えていたある時、不意に聞こえた呼び声とともに、温かい気配がリンの両肩を引っ張った。
最初に目に入ったのは、深い緑色の目だった。
次に目に留まったのは印象的なほくろ。
白い顔、そしてどこか見覚えのある……
――ちょっと待って。
背がすごく高くて一瞬わからなかったけれど、この顔は、確かにリンにも見覚えがあった。
「ビルヘルム?」
彼はしばらくの間リンの様子を見守っていたが、低く沈んだ声で彼女に尋ねた。
「一日中眠っていたって知ってる?」
「え?」
窓の外に太陽が昇ってるから、てっきり数時間ぐらいしか経ってないと思ったのに。
「もう一日経ったってこと?」
「目は?」
反射的に自分の目をこすったリンが、戸惑いながら答えた。
「えっ、目?よく見えてる……」
「耳は?」
「よく聞こえる……」
「頭は?気分が悪いとか、ふらついたりする?」
「悪くないと思う……」
「心臓やお腹のあたりが痛んだりはしていないか? まさか、ヤナ。今日みたいにぐったりしていたのは初めてじゃないだろう?まさか、これまでずっと食事もろくに取れなかったのか?検査もせずに、ここまで来たのはなぜだ……」
途切れることなく続いていたビルヘルムの心配と小言が、ふと止んだ。
彼はリンに抱きしめられたことに驚いたようだった。
「はあ、しっかりしなきゃ。」
手が痛むほどだった。
ようやく発言の機会を得たリンは、彼の問いに落ち着いて答えた。
「真剣に聞いて、あの……あ、兄さん。とにかく、私は元気だから。」
「……」
「最近何度か倒れたのは、ちょっとした理由があったからよ。今はもう大丈夫。食事もしっかり摂っているから、心配しないで。」
相手のぱっちりと開いた目を見てみると、冷静なリンの説明に安心しながらも、以前とは明らかに違う様子に驚いたようだった。
「はあ……。起きてすぐに会いに来た理由があの子がかわいいからだって?」
しかしなぜかビルヘルムだけは安心させなければならないという責任感を感じた。
ただの思い込みではなく、以前兄の存在を認識しただけでヤナの体が最大の安らぎを感じていたからだ。
「この歯、見て。わかる?ちゃんと食べて、運動も続けてたから、顔にも肉がついたの。元気にしてたから心配いらないよ…… うっ」
そのとき、ビルヘルムがリンの体をぎゅっと抱きしめた。
大人の男性に似つかわしい力強い腕と胸に、リンは身動きもできず、固まったままだった。
……家族だからかな。
少し驚いたものの、不快な気分ではなかった。
「よかった……本当によかったよ、ヤナ。手紙を受け取って、君に本当に何かあったんじゃないかと……」
肩の筋肉がほんの少し、ほんのわずかに緩んだ。
特に180cmはありそうな大きな体が、そんなに弱々しく見えるなんて。
リンの心は少し重くなった。
ビルヘルムは本当にヤナのことを心配してるんだな。
心から心配し、愛しているからこそ、この4年間ずっと忘れずに手紙を送り続けたのだろう。
そうであるなら、なおさらヤナの真実を伝えなければならない。
「実は、こんなふうに元気にしていられるようになったのは、つい最近のことなんです」
彼女が離れた時点から、何か違う不安感を感じていたのか、ビルヘルムは自分の胸に抱いていたリンの目をじっと見つめた。
リンはわずかに潤んだ緑の瞳を見返しながら、また一言一言はっきりと話し始めた。
「それまでは別館に閉じこもって、リナベルが起こした事件の後始末をしたり、ハニャに説教されるのが日常だったの。」
予想通り、ビルヘルムは大きな衝撃を受けた表情をしていた。
「え?」
「少し前にキャレン叔母さんから手紙が一通届いたでしょ?」
「……」
届いたんだな。
「どんな内容だったか、当ててみようか?きっと、私の体調が悪すぎて、ちょっとしたことで倒れてしまうんじゃないかって心配してるって書いてあったはず。あるいは、金魚でも死にそうな状態だから、お祖父さまの事情を知ってても一日くらいは戻ってくるべきだって言ってたんでしょ。」
「……ヤナ、君はそれをどうして知ってるの?」
「でもね、知ってる?最近私が倒れたのはキャレンおばさんのせいなんだよ。私があの人の影から抜け出そうとしてうまくいかなかったから、毒入りクッキーを送ってきたの」
ぼんやりしていた目が、初めて明確な怒りを帯びた。
「毒?今、“毒”って言ったの?」
「うん」
ビルヘルムはその言葉のまま石のように固まってしまった。
しばらくして、リンの両手をぎゅっと握ると、小さく悪態をつきながらそのまま……部屋を出ていった。
え?
なに?急にどこ行くの?
あっけにとられたが、何か理由があるのだろうと思い、リンは黙って見守ることにした。
幸いにも、リンの推測は正しかった。
ビルヘルムがすぐに戻ってきた理由がわかった。その理由というのが……
「ふむ。もともと体が弱かったって?それが原因で毒まで回ったのか?」
「はい。」
「そんなに心配しなくていいよ。そういうのはとてもよくあることさ。体が少し冷たくて、気分が優れないのは、気絶してから目覚めたときにありがちなことだよ。このまましっかり食べてよく休めば大丈夫さ。」
「はい、先生。急なお願いにもかかわらず、すぐに来てくださって本当にありがとうございます。」
「はは、気にしないで。ビルヘルムくんにはこれまでたくさん助けられたから、このくらいは当然さ。」
まさか「医者を連れて来た」とは思わなかった。
医者は簡単な診察を終えて部屋を出た。
窓の外にはちょうど日が沈もうとしていたので、遅い午後だったようだ。
ちょうど仕事が終わる頃合いだ。
訪問記録を見た瞬間に察したが、ビルヘルムの周りには本当に多くの人がいるようだった。
ため息をついた彼がリンに尋ねた。
「一つだけ聞くよ、ヤナ。君が言ったこと、全部本当なのか?」
「うん。」
「………」
「全部本当だよ。だから時々、お兄ちゃんが送ってくれた手紙を読んで怒ってたの。“まるで親のように面倒を見てくれるキャレンおばさん”とか、“厳しくしてくれる”とかさ…… お兄ちゃん?」
「ヤナ。」
リンは突然ひざまずいたビルヘルムを驚いた目で見つめた。
『なにしてるの?』
「僕を殴ってくれ。」
「……なんですって?」
ビルヘルムは真剣な顔でリンを見上げた。
「全部、僕のせいだよ。だから、君の気が済むまで、思い切り叩いていい。いや、必ず叩くんだ……」
リンは拳を握りしめて、ビルヘルムの口をふさごうとした。
まあ、罰を与えたいって言うなら、与えてあげなきゃね。
でも今回はけっこう本気で叩いた。
『一度は叩いてみたかったんだけど、ちょうどよかったわ。ふん、こんな生意気な子があんな地獄をさまよっていたら、当然罰を受けなきゃ……』
そのときだった。
「ぷっ。」
床にうずくまっていたビルヘルムが、突然大きな声で笑い出したのだ。
「はは、あはは!」
それにリンはひどく慌ててしまった。
『殴りすぎてバカになっちゃったの!?』
ヤナにとって唯一の家族を台無しにしてしまったなんて!
あわてた彼女はふらつくようにビルヘルムのもとへ駆け寄った。
「ご、ごめんなさい、お兄ちゃん。すごく痛かった?頭は?頭は大丈夫?」
しばらく笑っていたビルヘルムは、今回はリンをしっかり抱きしめたまま床に転がった。
バカが真剣になった瞬間から、30秒ほどが流れた。
「びっくりした?そんなふうに思わせちゃったんだね、はは……うん、ごめんよ、妹よ。一発殴られてから、君が本当にたくましくなったって、実感したからさ……」
安心したのだろう。
ひとりごとのように呟いたその彼は、リンをしっかり抱き上げて体を起こした。
「まずは何か食べよう。詳しい話は君から聞こう。」
リンはビルヘルムを抱いたまま部屋を出た。
廊下は静かだった。
トゥスレナよりもずっと質素だが清潔な内装が続いていた。
最初は寄宿舎かと思ったが、今静かに鳴る控えめなチャイムの音や、外部の人間向けの宿泊施設のような雰囲気からして、むしろそれに近いようだった。
『それでもビルヘルムが会話の通じる相手で本当によかった。』
内心では、彼が自分より幼いヤナの言葉を軽く扱って無視するのではと心配していたが──けれど、少しの間ビルヘルムと話してみて感じた。
トゥスレナで予想された「ビルヘルム・トゥスレナ」と、ここ、学術院で主犯の証言や本人と接して見えてきた「ビルヘルム・トゥスレナ」は、まるで別人のようだということを。
予想よりもずっと冷静で、理性的で、ときおり過保護な雰囲気さえ感じられたが……総合的に見て、ヤナにとってより良い人物であることに違いはなかった。
建物を出たビルヘルムは近くの食堂へと向かった。
「先輩、どこに行くんですか?」
「夕飯を食べに。食事、楽しんでね。」
「こんにちは、生徒会長。」
「やあ、リジェ。」
その道中で、リンは今まで知らなかった新たな事実を知ることになる。
生徒会長という役職が想像していたよりも、はるかに面倒な立場であるということを。
信じがたいことだが、ビルヘルムはさほど長くない距離を歩いているあいだに、すでに何人もの学生たちと挨拶を交わしていた。
「会長!会議にはどうして出席されなかったんですか? もしかして、あの腕の中の子猫のせいで……」
「悪い、用事があったんだ。こちらは私の客人だ。明日会おう、クロウェル。」
一斉に好奇心に満ちた目でリンを観察したが、その中には紹介されたいと思っている学生もいた。
しかしそこまでだ。
ビルヘルムは自然に、そして相手の気を悪くしないようにさりげなく興味をかわしていった。
それでも、ビルヘルムとリンが食堂の席に着いて数品の料理を並べた直後には、すべてが好奇の対象へと変わっていた。
あちこちからハイエナたちが集まってきたのだ。
「おい、話は聞いててまさかとは思ってたが……ほんとに妹なのか?あのオレンジカスタード?」
疲れたビルヘルムは微笑みを保ちつつ、低く答えた。
「……消えろ。」
リンには聞かせたくなかったのかもしれないが、申し訳ないが全部聞こえる。
「フフン。こんにちは、お嬢さん? 私はこの野郎の友人の……」
「失せろ。」
「なあ、ビルヘルム!お前が辞めるって噂、知ってる? 嘘だろ?」
「失せろって。」
「ところで、そちらの美しいお嬢さんはどなた? 初めて見るけど。紹介してくれよ。」
リンも気になってきた。
一体なぜこんなに関心を持たれているのか?
彼女が外部の人間だからという理由だけか?
それとも、トゥスレナ家の一員だから?
ビルヘルムのあのレモンカスタードの主人公だから?
ああ、オレンジだったっけ?
『これ、追い払うのにもっと力が要りそうね』
どうしようもない。
リンは覚悟を決め、短く咳払いをして出た。
「こんにちは。私はお兄様の妹、トゥスレナです。未熟な兄ですが、今後ともよろしくお願いします。」
「……あ。」
彼女の前でささやくように話す主題に、皆がしばらく黙り込む中、若い少女が先に挨拶をしたという事実に、一同は少なからず驚いた様子だった。
「まあまあ、私たちこそよろしくお願い……」
「ゴホッ! ゴホッ!」
「お願いし……」
「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ!」
「……」
「こ、ゴホッ……はあ。あの……お兄様と私、ほんの数年ぶりに会うんです。席を少しだけ譲っていただけませんか? 他の方の話も……」
「わっ! い、もちろんです。あまりにも嬉しくて失礼しました。それではお二人で楽しい時間をお過ごしください。」
「そうだ、ちょっと消えてろ。」
一息ついて水を口に含むと、ビルヘルムが不思議そうな目で顔を見つめてくるのが感じられた。
「なに?」
「うちの妹が、いつこんなにしっかり育ったのかと思ってさ。……いや、しっかりせざるを得ない環境だったのかな。」
かすかに笑ったビルヘルムは、ゆっくりと背筋を伸ばして彼女を見つめた。
「……ヤナ、俺はこの4年間、カレン叔母さんと定期的に連絡を取っていた。でも今日お前の話を聞いて、叔母さんが俺に話してくれたことと、お前が実際に経験したことがずいぶん違う気がする。お前がよければ、その部分についてもう少し詳しく話してもいいかな?」
ようやく本題に入るようだ。
顎に手を当てていた彼が、思考をまとめるようにして慎重に口を開いた。
「君の側近のひとりがキャレンの寮母から直々にベテランだと聞いたけど、それは本当かい?」
「いいえ、私の側近は別館で働いている若い子ですよ。以前は勝手に私の食べ物を盗み食いするほどの悪童でしたが、今では私がしっかり教育して、人並みになっています。」
「去年の春、新しい制服を6着も手に入れたというのは?」
「私の服で新品は一つもありません。ある服はすべて合わせても15着に満たないんです。しかもその半分以上はおさがりで着ているものですよ。あ、最近父と寮母が買ってくれた物は別ですけど。」
「では、フィンディアス大使館事件は?」
「仲間外れにされるのが嫌で行きたくなかったの。だけど、ローマの叔母さんが罰を与えるって言って、また送り返そうとしたんだけど、幸いにも取りやめになったの。」
話が続くにつれて、ビルヘルムの表情は急に暗くなった。
彼は怒りをなんとか抑えるように静かに拳を握りしめ、目が合うと何もなかったかのように微笑んだ。
「カレン叔母さんが、兄さんの手紙を私に内緒で盗み読んでいたの、知ってる?」
もはや表情を保つこともできなくなったのか、ビルヘルムの目はかすかに伏し、哀しげな目で彼女を見つめた。
「いや、もちろんある程度は予想していたけど……やっぱり万が一に備えて、カレン叔母のことをそれとなく話題に出しておいてよかった。」
その発言に、リンは内心驚いた。
心から大切に思っていたのではなく、ただの伏線だったの?
「気づかなかったかもしれないけど、2ヶ月おきに友人たちを送ったのは、すべて君が無事に過ごしているか確認するためだったんだ。あいつらの気配くらい察知して、もう少し気を使ってくれるかと思ったのに……馬鹿みたいな期待だったな。」
試験のときも何の前触れもなく来て、訪問記録まで残していったという友人たちの話には、今回はさすがに本気で驚いた。
『何通りもの方法でヤナを守ろうとしていたんだな。』
しかもそのやり方がなかなかに賢かった。
何よりも、ビルヘルムが性格破綻者のマンナニにされた理由が、寮の使用人たちの策略だったかもしれないという考えが頭をよぎった。
もしかすると……
『生き延びるために自ら演じていたのか。』
食事は適度に口にした。
ビルヘルムはきれいに空になった器を軽く眺めた後、再びリンを抱きかかえたまま食堂を出た。
もちろん、形式的にでも山道へ向かうわずかな時間の間にも、にわか雨のように降り注ぐ挨拶と愛想笑いを交わすのに忙しかった。
その後、散策路で薄ら寒い会話を交わした後、長くため息をついた。
「つらかったか?」
突然そう尋ねたビルヘルムは、リンの手の甲に自分の手を重ねながら静かに語りかけた。
「愛する妹よ……あんな場所に一人で置いて本当にすまなかった。でも、それも今日で最後だ。明日にはお前を連れてトゥスレナに戻るつもりだよ。やっぱりあれは間違っていた。もう二度とお前を一人にはしない……」
「だめ。」
きっぱりと否定するリンの言葉に、ビルヘルムは顔を上げて彼女を見た。
かなり驚いた目だった。
『今まで私の言葉をただ聞き流してたの?』
「え?明日私と一緒にトゥスレナに戻るって?」
リンはビルヘルムの手を取り、再び震える声で言った。
「お兄ちゃん、家長職を放棄しないで。」
「……なに?」
ビルヘルムは、妹の口から「家長職」という言葉が出たことにかなり驚いた表情だった。
「それは……いや、違う。リン、そんなの重要じゃない。僕は名誉や権力のために妹を犠牲にしたいなんて少しも思っていない。」
「じゃあ今まで私たち兄妹を守ってきたロマン寮の寮母に、すべてを任せるつもりなの?」
「……」
「それとも、マンナニのようなずる賢い寮母に?どちらに転んでも、トゥスレナの未来が明るいとは思えない。」
複雑な表情でため息をついたビルヘルムは、無言でリンの目を見つめたまま答えた。
「俺は今までそうしてきたし、これからもずっとそうするつもりだ。君が一番大切なんだ。たとえ約束を破ってしまっても、それですべてが無駄になるわけじゃない。大神様の信頼は失ったかもしれないけど、逆に考えればそれだけのことさ。学院でたくさんの技術を習得した。君ひとりくらいなら、一生食べさせていけるよ。」
「そうなの?わかったわ。お兄ちゃんの気持ちはよくわかった。」
「そう言ってもらえてよかった……」
「じゃあお兄ちゃんは諦めて。大神様は私が引き受けるから。」
トン。
ビルヘルムの手がそっと外れた。
「……え?今なんて言った?」
「ここで2年間、しっかり過ごしてから帰るってことよ。きっと多くのことが変わっているはずよ。私はお兄ちゃんを十分に…愛していて、尊敬してる。私のことを心配してくれる気持ちは分かるけど、おじいさまとジハードが私を守ってくれているから、自分の将来のことだけ考えて。」
「……ちょっと待って、ヤナ。情報が一度に入りすぎて整理できない。つまり君は今……ほかの寮母たちと手を組んだってこと?」
「もう組んだのよ?今はロマンが死ぬか、私が死ぬかの二択よ。今まで私の話を何だと思って聞いてたの?」
「……」
「お兄ちゃんは逃げてもいいの。」
「……」
「思いっきり逃げて。トゥスレナを出ても、どこか遠くに旅立っても。」
「……」
「……って言うと思った?絶対ダメ! 私たち兄妹には親がいないんだから、死ぬまで支え合って生きていくしかないの! だからお兄ちゃんがツスレナの大神主になるのを私が邪魔するわけにはいかないし、少なくとも足を引っ張っちゃダメなのよ! 私のことを思うなら、絶対に卒業して。堂々と卒業して帰ってきてよ。それくらいはしてくれるでしょ?」
誰かが見れば無茶な決断だとビルヘルムを責めるかもしれないが、リンはまさにそれを願っていた。
「気の毒なやつ……」
ビルヘルムは幼い頃の傷が深く、唯一残った家族であるヤナまでもが、いとこたちから侮辱されていた。
自分たちを養ってくれていた義母の腹の中の子まで奪われ、惨めな寄食生活を送ってきた家庭には、情けをかける余裕などなかった。
「でも、俺はもうこの家にヤナを花嫁として迎える覚悟を決めていたんだ。」
したがってビルヘルムも一緒に行かざるを得なかった。
彼はヤナの唯一の心の支えだったから。
ビルヘルムはしばらく言葉を失ったまま口を閉じていたが、やがて静かに口を開いた。
「……わかった、卒業するよ。」
予想外に早い同意だった。
「本当に?」
「……正直、まだ頭の中は混乱してるけど……ジハード叔父さんとお前が親しくしてるのを見て、俺がいない間に何かが変わった気もするし……いや、ちょっと待て。」
くるぶしの間をじっと見つめていたビルヘルムが、やや攻撃的な口調でヤナに尋ねた。
「ヤナ、あの金髪で不気味な奴って一体誰なんだ?」
金髪で不気味な奴?
……ああ。
「私の唯一の友達だよ。」
「男女の間に友達なんていないんだよ、ヤナ。」
冗談のように言っているが、表情はあまりにも真剣で冗談には見えなかった。
「16歳相手に複雑な発言は控えてくれ。」
「16歳ならもう大人よ。もうすぐ婚約式もあるんだから、ちゃんと聞いてよ。男ってのはみんなオオカミなの。さっき見たでしょ? 私の妹の美貌に魅せられて、食事中なのに涎垂らして群がってくる様はまるでハイエナみたいだったじゃない……」
その後ヤナは、なんと15分間も「なぜ男がオオカミになるのか」について、延々とした説教を聞かされる羽目になった。
「はあ。」
それでも重苦しい話題が過ぎたからか、二人の会話は少しは自由で軽やかになった。
ビルヘルムはその中でも特に、間近に迫った創建祭記念日についてかなり心配している様子だった。
「創建祭記念日は国教と王室に関わる、トゥスレナ最大の行事の一つなんだ。ロマン寮母とキャレン寮母は、ニナベルを目立たせるために、何があってもお前を放っておかないだろう。気をつけて備えておけ、ヤナ。俺の助けが必要なら必ず連絡しろよ。いいな?」
それ以外はほとんどが小言と過保護な発言だった。
でも、どうしてだろう?
『明らかに話はうまくまとまったようなのに、…なんだか、何かが足りない気がする。」
さっきから頭の片隅が変にチクチクして、息苦しい感じがしていた。
何か大事なことを忘れているような気がする。
でもそれが何かはっきりしない……。
あ。
「テレギ!」
「えっ?」
「お兄ちゃん、テレギ、いや、テオン・ベルクは今どこにいるの……?」
そのときだった。
ウウウウウウウン。
【警報警報。警報警報。これは実際の状況です。】
【全ての学生は、今すぐ現場の教職員の指示に従い、地下のシェルターへ移動してください。繰り返します。全ての学生は、今すぐ現場の教職員の指示に従ってください。】
警報が鳴り響いた。
生まれて初めての状況に、ヤナは息を止めたまま周囲を見回した。
しかしいくら周囲を確認しても、ただサイレンが鳴り響くだけで、特別な自然災害や爆発、火災による黒煙などは見当たらなかった。
「……ごめん、ヤナ。ちょっと走るよ。」
急にヤナを抱きかかえたビルヘルムは、しばらく歩いていた散策路を引き返し始めた。
彼はその言葉通り必死に走った。ドスンドスンと音を立てる足音も、ビルヘルムとまるで同じ方向へと走っていた。










