こんにちは、ピッコです。
「死んでくれと言われて」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
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又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

51話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- トカゲの尻尾
二日後の朝。
リンがヤコスバート教授に送る返事に、ちょうど最後の句点を打とうとしたそのときだった。
「ヤナ!」
貴族の大公がヤナの部屋を訪ねてきた。
「おじいさま!」
目が合うなり、笑顔で駆け寄ったリンを、今では慣れた様子で抱きしめた大公は、心配そうな顔で彼女に尋ねた。
「大丈夫か?学術院での話を聞いてどれだけ驚いたことか。しかも貴族のお屋敷で火事まで起きたと……どこかケガしたところや、不便なところはない?いや、これは……顔の横にもまた傷ができてるじゃないか!」
領主は、まるで孫娘の腕でも折れたのかというような心配そうな様子で、オルガを医務官のもとへと急かして送った。
まあ、少し腫れて傷跡ができただけだが。
「ちょっと疲れただけです。お気遣いありがとうございます。衛兵たちはどうなりましたか?誰かケガしたんじゃないかと心配で。」
「大きな被害を受けた兵士はいない。修復作業もすぐに始まるだろう。」
心配しなくてもいい。
『クッキーと研究資料はすっかり焼けてしまったけど、火事を口実にキャレンが私の部屋まで探ろうとしてたとは……。』
とはいえ、彼女は昨日のことをむやみに表沙汰にはしなかった。
キャレンの自白は、今後より効果的に利用できるからだ。
密かに肩を抱かれていた領主は、なんとも落ち着かない様子だった。
「そういえば、来る途中でチェフと会ったが、最近あの子とずっと遊んでいるのか?」
『……うん。まぁ、チェフがあれほど望んでいた小さな集まりの遊びなら遊びってことで。』
とりあえずリンは曖昧に頷いた。
「はい。」
「そうか、あの子は今この城にひとりで残っているんだから、君がしっかり気を配ってやらないといけないぞ。見る限りチェフも君のことを一番気安く感じているようだしな。」
「もちろんです。チェフは私の友人ですから。お任せください。」
領主アウクスは彼らが学園へ向かった日にフェンテム騎士団と共にネガ城へ戻ったとのこと。
ツスレナに一人残されたチェフは、ジハードの剣術授業を受けたあとで追いかけたそうで、その日の別れの挨拶は短いものであった。
通路から慌ただしい足音が聞こえてきた。
予告もなく訪れたのは他でもないジハードだった。
彼は領主の顔を見ると大きく目を見開いた。
「帰ってすぐにここに来られたのですか?ヤナ嬢の傷は大したことないと申し上げましたよね。」
そんなジハードの後ろから、背中の曲がった老医師がにこにこと笑いながら入ってきた。
「ふふっ、領主様。今日は……」
「大したことないって! お前らはこのか弱い顔がどうなったのか分からないのか!」
「ヤナお嬢様の傷は……」
「ちょっとした擦り傷です。それに、傷が少しできたからといって死にはしません。」
「見てくだされば分かることでしょう……」
「ふん。ヤナがお前のように図太くて家族思いなら、そう言えるかもしれんがな。」
「………」
「おっ!ちょうど来たな。こっちへ、早く来て私の手を見てくれ。傷を見てやってくれよ。いつもきれいな顔を怪我して大変なことだ。」
「ふふ、はい……」
「さあ、ここだよ。まさにこの部分が問題だな。」
淡々と自然治癒が進む雰囲気を装いながらも、内心少し気まずさを感じていた。
「そういえば、おじいさま。昨日はどこに行っておられたんですか?」
「昨日?ああ、最近帝国の各地で危険な連中が騒ぎを起こしていて、この近辺をちょっと見回ってきたところだ。」
大公の返答で自然と頭に浮かぶ存在たちがあった。
『まさか、あの蝶の仮面の連中……?』
一方で、治療を終えた医師は部屋を出て行った。
頬の片側を包帯で覆ったまま、少しぎこちない手つきで服のしわを直していると、領主が廊下の方から抑えた声で口を開いた。
「ヤナ、よければ学院での事件について聞いてもいいか?」
「もちろんです。」
「他でもなく……学院に侵入した黒いローブの男たちのことだ。正確にどんな連中だったか、証言してもらえればと思ってな。」
やはりナビが言っていた通りだった。
後ろ姿を見て、あの怪しい男たちはトゥスレナと学院でしか姿を見せなかったわけではなさそうだ。
リンは何も知らないふりをしながら、無垢な顔で嘘をついた。
「証言とは、どんなことをすればいいのでしょうか?」
「声や動き、瞳の色、何でも構わない。きっと怖くて大変だっただろうに、こんな質問をして申し訳ない。」
大公は奴らの背後を探ろうとする深い思案に沈んだ。
『確かに……奴らの正体については私の側でも知っておく必要があるな。』
いくつかの状況を考え合わせたとき、リンがヤナの身体に取り憑かれた原因は〈悪の救済術〉である可能性が高かった。
しかし、非常に限られたヤナの身体では奴らの情報を集めるのは大変な制約があった。
もしその役目をトゥスレナか大公が担ってくれれば……リンの立場では時間も節約でき、情報も得られるという計算だった。
「うーん……よくは覚えていませんが、彼らはどうやら『救済術の破片』を探しているようでした。」
大公はもちろん、その言葉にジハードの表情さえ引き締まった。
「救済術の破片だと?」
「はい、それを急いで見つけて持ってこなければならないと……でも、それ以上のことは私にもよく分かりません。」
リンは自分を連れて行こうとしたという部分については、意図的に明かさなかった。
証言を一通り聞き終えた領主は、乾いたため息をついた。
「まったく……思ったより事態が大きくなったな。ありがとう、ヤナ。本当に大きな助けになった。」
「いえ。」
領主は忙しそうな足取りで執務室へ戻っていった。
ナビが出かけると、あの男たちのせいで屋敷の中にまで気を配る余裕がなくなるのか?
『だからキャロンがより無茶なことをしでかしたのか。』
――でも、なぜジハードは行かないのだろう?
どういうこと?もう1分も過ぎたのに出ていかないの?
このままではいけない。
動揺したリンは、わずかに様子をうかがいながらジハードを見つめた。
「……出ていかないんですか?」
無言が続いて気まずかったため、彼女はそう声をかけた。
彼女を無視していたジハードが一言投げかけた。
「時間は無駄にできない。単刀直入に聞こう。正確にいつからヤナ、トゥスレナの体に入り込んだんだ?」
その瞬間、リンは思った。
来たか。
『はあ、もう少し準備してから話そうと思ってたのに……。』
現在リンは「ジハード」という人物についてほとんど知らなかった。
このような状況で下手に話してしまえば、彼女だけ一方的に情報を抜かれてしまう可能性が高い。
いずれにしてもリンの判断では、ジハードはこの方面の「先輩」らしいということだった。
『とりあえず言い逃れておいて、あとで思い出すふりでもするか?』
そのとき、リンの視線はジハードの冷たい金色の瞳とぶつかった。
同時に、頭の中で否定していた数多くの仮説たちが煙のように揺らぎ始めた。
『この男は、ただ私を見送っているわけじゃない。』
ジハードは、ヤナの身体と魂が違うことを確信しているのだ。
そして恐らく、ジハード自身も……。
「……あまり経っていません。正確には“天香熱梅”を食べて倒れた直後です。」
「死ぬ前に〈悪の呪術〉の宿主になったってことか?」
大したことのない質問ではあったが、リンはその瞬間、喉がぎゅっと詰まるような錯覚を覚えた。
背中に冷たい汗が流れるのを感じながら、彼女は両手をぎゅっと握りしめた。
『この男はいったい何者なんだ?』
まさかヤナの魂が入れ替わった事実だけを知らないと思っていたのに、まさか〈悪の呪術〉にかかっていることまで知っているなんて?
まるで彼女が〈悪の呪術〉に巻き込まれた被害者だとわかっているような口ぶりだった。
「まだそこまでは私を信用していないようだな。じゃあこの話は後でまた聞こう。」
ジハードの足取りが再び廊下へと向かう。
余裕たっぷりな態度に、リンはそっと息を整えた。
『私の勘違いかもしれないから、断定はやめよう。もしかしたらジハード自身も〈悪の呪術〉と何らかの関係があって、それを突き止めるために私を観察しているだけかもしれない。』
その瞬間、ジハードの足取りがピタリと止まった。
ゆっくりと背を向けた彼は、まるで見逃すまいとする表情でリンに近づいてきた。
「でもさ、お前、本当に俺が誰か分からないのか?」
「……」
「本当に俺が誰か分からないって?」
なんだ、その表情は?
「いくらなんでも、こいつバカすぎじゃないか?」とか「やっぱりそれだけ記憶が飛んだのか?」って顔だけど?
「あなたは……まさか、私があなたを知っているとでも?」
短い疑問を口にした瞬間、「ジハード」という名前の上に靄のように広がっていた疑問が一気に晴れてしまった。
本当に私のこと分かってるの?だから守るって言ったの?ヤナじゃなくて、私、リンを?
『でも、今の私は外見がすっかり変わってるのに、どうして……』
コン!
頭の上に、こんこんと指が当たった。
「いたっ!」
軽い痛みの原因は、ジハードの指先だった。
つまり、リンは思いっきりデコピンされたのだ。
「な、なに、このおじさん?」
コン!
2回目のデコピン。
コン!
これで3回目……。
コン!
「ちょっと、なんで何度も叩くんですか!暴力反対!」
「はぁ。」
返事もせず、深いため息をついたジハードが、あきれたような目でリンを見下ろした。
「ここまで空気読めないくせに、何が可愛いんだ……。そんな目に遭うのも無理はないな。」
真心が滲み出るような視線に、リンは衝撃で体を震わせ、震えが止まらなかった。
今まで士官候補生にさえ、こんな目つきで見られたことはなかったのに!
「あなた誰よ?私の正体をどうして……!」
コン!
今度は頭にカエルじゃなくて、石が落ちてきた。
「まぬけなやつめ。スブって呼べ。」
ああ、今回は本当に涙が出るほど痛い!
ズキズキする頭を両手でしっかり押さえていると、ジハードがかすかに笑うような声で尋ねてきた。
「テオン・ベルガが残したメモには何て書いてあった?いや、その前にそのバルジ(紙片)はどうしてお前のところにある?」
明らかに、テオン・ベルガのものなのは間違いない。
間違いなく、バルジはテオン・ベルガのものだった。
しかし、その事実を知っている者は、世界でリンただ一人だった。
彼女が裏切られて死んだという事実は、世間に明かされていなかったからだ。
ところが、この男はその事実さえ知っているというのか?
思わず「どうして?」と尋ねたくなり、唇がぴくぴくと震えた。
唇だけではない。
胸の奥も不思議とざわつくような感覚だった。
リンはその感情を理解した。
これは、期待感だ。
もしかすると、本当に彼女を知る人に出会ったのかもしれないという期待。
「気になるなら、あなたが誰なのか教えてください。」
彼女の問いかけに微笑みながら、ジハードの手がふわりと空中に上がった。
『この人、また叩こうとしてる!』
予想に反して、リンの頭には炎のような拳が落ちてきた――。
信じられなかった。
疑いの中で、片目をゆっくりと開いた瞬間だった。
ふんわりとした、温かくて、深くて、何よりも平和で柔らかい気配がリンを包んだ。
「これだけは約束できる。私は絶対に君を裏切らない、リン。君は僕の人であり、僕は君の人だ。」
リン。
短く呼ばれた名に、反応した心臓がドンと床に落ちた。
本当に私を知ってる。
「この人は本当に、私を、ヤナじゃないリンを……。」
リンは込み上げて熱くなりそうな両目に力を込めた。
そしてジハードの体を強く押しのけながら叫んだ。
「そんなに情けないことを言うくらいなら、誰よあんた!」
ジハードは無表情のまま、きっぱりと断った。
「ダメだ。」
「どうして?」
「めんどくさい。」
……え?
「そ、そんなのどこにありますか?私が知らないわけでもないのに!」
リンがうろたえて言い返すと、ジハードの口元がふと緩んだ。
まるで絵に描いたような、その口元の動きは、まるで初めて見る線のようだったが──どう見ても、あれは微笑だった。
ジハードが笑った。
死んでも一度も笑わないと思っていた男があんなふうに笑うなんて、不思議と気分がふわっと軽くなった。
『あれ?』
この感情……昔にも一度、感じたことがあるような──。
そうだったかも。いつのことだったっけ?
『はぁ、瞬間記憶能力があっても意味ないじゃん?自分の感情に関しては完璧に覚えられないなんてさ。』
再び立ち上がったジハードは、寝室を出る前にポケットから何かを取り出してベッドの上に投げた。
「時間があったらこの手引書でも読んでおいて。」
えっ、急にどうしたの?
あなたって本当に変わり者、ジハード・トゥスレナ。
前から「エンハドラ」って呼ばれてたんじゃない?
そう思いながらも、ジハードが出て行くや否やすぐに手引書を手に取った。
一見して薄いこと以外は特に特徴もなかった。
大事なのは、その中に書かれていた内容で……。
『……創建節記念式について?』
創建節。
パトロノス教の神〈ハイサン〉の誕生日であり、供物を捧げる日でもある。
この日、教皇は自ら〈ハイサン〉に最も甘いチェリーパイ、最も忠実な聖騎士、そして最後に最も純粋で幼い聖女を捧げることで、人類の安寧と繁栄、そして神の力の持続を祈願する。
古語では「供物」と表現されているが、創供節に捧げられる聖騎士と聖女は、その年パトロノス教で最高の祝福を受ける存在だった。
したがって供物は毎年厳格かつ伝統的な儀式に従って選定され、神の使徒トゥスレナはその代表として供物となる聖女を選んできた。
この年の供物聖女は………
「ニナベルお嬢様がお越しになりました。」
オルガの明快な返事に、リンは読んでいた手引書を閉じてため息をついた。
今日もこの家は予想通りだ。
「フレンヒルディお姉さんの方が年上なのに、ニナベルがずっと生け贄の巫女を務めてきたってこと?」
「はい、フレンヒルディお嬢様は12歳になった年に一度だけ生け贄の巫女の祝福を受けられましたが、その後はずっとニナベルお嬢様のままでした。」
「じゃあフレンヒルディお姉さんが12歳になる前は?」
「直系に未成年の女性がいない場合は、神学者の推薦によって修練巫女が候補になります。お嬢様が三人もいらして幸いです……息子しかいなかった前の世代は、創建節のたびに戦争があったそうです。……どうしてそんな目で見るんですか?」
「どうしてそんなによく知ってるの? あなたそんなに賢い子じゃないでしょ。」
オルガは険しい顔で両手をぶるぶる震わせた。
「わ、私のこと何だと思ってるんですか?私が最近お嬢様のためにどれだけ頑張ってるかご存じですか? 今回、学術院に行ったときもそうです。今年は生涯初めて創供節に出席なさるのは確実ですから、あちこち駆け回って情報を……!」
「うわ、うるさい。」
リンはオルガの声がさらに大きくなる前に、テーブルのケーキをフォークで一口すくった。
「わかった、わかったよ。ごめんね。悪かったから、口を開けて。ケーキ。」
ぽかんと口を開けてケーキを味わっていたオルガは、華麗な表情のまま固まってしまった。
「……ううん。やった、努力……したんですね!」
「いい子だ、いい子。」
ジハードが残した手引書によると、創建節記念式典の大会では、創建節に関する重要な案件が公開されたり決定されたりするという。
もちろん、王室からの支援金、本庁への移動スケジュール、その他の協議事項など……。
「今年は絶対にお嬢様が生け贄の巫女に選ばれなければなりません。」
創建節の“花”であり“光”とされる生け贄の巫女。
「選出ではなく、“選別”なの。」
今年、彼女のものとなるであろうその席のことだ。
リンは第二夫妻とトゥスレナを区別するつもりなど全くなかった。
学術院でテオンと再会してからは、そんな考えがさらに強くなった。
この世に類を見ないゴミが、なんと「大公」と呼ばれ、世間の人々の尊敬を一身に受ける姿を目撃した瞬間、リンは自分の欲望にもう少し正直になろうと決意した。
この体で。
この立場を利用して。
今まで押し込めてきた罪の代価を、テオンに返してやろうと。
その目標を達成するためには、自分の中のロマンや感傷をまずは捨て去らなければならなかった。
たとえ幼いヤナが原因であっても、見逃す気持ちはなかった。
一緒に書簡を整理していたオルガは、テーブルの上に広げられた数枚の紙(書簡の内側に添付されていた)を確認しながら、くすっと笑った。
「これ、なぜ渡されたのでしょうか?支援金の一部が分配された保育院のリスト……のようです。」
「いや、正確には分配されるべきだったところよ。支援リストには含まれていたけど、実際には支援を受けられなかったの。」
リンは一番下に添えられた書類の一枚を手に取った。
<該当保育院は創建節の支援金を名目として、いかなる支援も受けていないことを確認。>
手引書にはこれと似た書類が五枚ほど綴じられていた。
「なぜ支援されなかったの?途中で事故でもあったの?」
「粛清。」
「え?」
目を大きく見開いたオルガが、リンの推測を身で否定した。
「ま、まさか! 大公様が定めたことなのに、どうして栄光ある神学助成金を勝手に使えると思うんですか?」
もっともな反論だった。だがリンは、応答代わりに手元の書簡の一部を指で隠した。
<創功節支援金は『パトロノス教の発展と帝国民を導くため』に使われねばならず、私的に利用してはならない。また、創功節支援金(王室および本教、家門内に公式に支給された全支援金)はすべて行政手続きの対象外であり、税務調査の強制も受けない。>
どこの誰が始めた伝統なのかリン自身も知らない。
ただ一つ言えるのは、目的は一つということだった。
寄付金を抜き取るのに都合のいい体制だということ。
「お金やそのあたりのことはよく分かりませんが、税金や王室の監査から自由でいられるなら、トゥスレナにとってはむしろ好都合では?」
効率的とは言えないオルガの疑問に、リンはにっこりと笑った。
『トゥスレナに“効率的”って言葉が通じると思ってるの?』
ニナベルが数年間、供物の巫女の座を独占していたということからも、第二の小領主夫婦と神学者の間には明らかに不正な癒着があったと見られた。
粛清とも密接に関係しているに違いない癒着。
『それにしても、ジハードはなぜこんな資料を集めていたのだろう?』
そのとき、廊下にいたユリクが検査を終えて応接室に戻ってきた。
どうせ書類の中身は役に立ちそうもない紙ばかりだったので、ただ半分に折って積んでおいたのだが。
「おや。それらの資料はどうやって手に入れたんですか?」
ユリクはあたかも内容を読んだかのような態度で質問した。
「……ジハードの執務室から。どうかしましたか?」
「いえ、そういう意味ではなくて。久しぶりに会ったので嬉しかっただけです。これは私が直接整理した書類です。」
「えっ?」
唐突な告白に、リンは信じられないという目で確認証明書を持つ手を震わせた。
「直接整理したってことは、この確認書類も自分で受け取ってきたってこと?」
「はあ……はい、そうです。ああ、ごめんなさい。」
口をすぼめて溜息をついたユリクが、ゆっくりと歩いてきてソファに腰を下ろした。
「少し失礼しますね。さて……うーん、一番際どい部分だけ切り取られてますね。実のところ、こういうのは第二夫人がやった規模に比べたら、笑いが出るレベルなんですよ。」
笑いが出るレベルだなんて。ユリクの告白に驚いていた胸の内は、今やあきれ果てた気持ちに変わっていた。
「でも、今まで誰も告発してないって本当?」
「黙っていればお金も土地も転がり込むのに、どの神学研究員が告発しますか? それに神学会と第二夫人との関係は非常に親密です。一方が裏切ればすぐにバレるくらいのレベルで、秘密を守るのは難しいですよ。報復が怖くて動けない可能性もあります。」
やはり、キャレンと神学会は金銭で結ばれた関係なのだ。
つまり、そういうことか。
『線を越えさえしなければ、裏切るのも簡単だという意味か。』
越えてみろ、ということか。
「……ユリク卿はどうやってこの情報を整理したのですか? 創功節支援金に関する事案は極秘事項だと聞きましたけど。」
「それは、私が神学組織出身だからです。」
えっ。










