こんにちは、ピッコです。
今回は41話をまとめました。
ネタバレありの紹介となっております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
41話
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 自分にできること⑦
こんなに多くの負傷者を見るのは初めてなので、こっそりと恐怖が押し寄せてきた。
マックはそのまま体を回して外に出てしまいたい衝動をぐっとこらえながら、一番近い寝床に横になった衛兵の上に身をかがめる。
男はほとんど意識がなかった。
マックはためらった後、体の上に覆われた毛布をちらりと見た。
魔物に足を噛まれたのか、右太ももが血に濡れて黒く焦げ付いている。
彼女は吐き気を催しながら、汚れたボロボロのズボンにはさみを入れた。
かなり年を取ったように見える衛兵の口から、細いうめき声が流れる。
ひょっとして自分が間違ったのではないかと思い、びっくりして手を離したが、なんとか心を引き締めて衛兵の右側のズボン端を切り取った。
明らかになった傷は実にぞっとした。
肉が剥がれてへこんでいて、その周りには真っ黒な血の塊が泥のようにねっとりと絡み合っている。
彼女は叫び声を堪えながら、ルースの指示に従ってきれいなリネンの布を水で濡らして傷口を拭いた。
布が触れるたびに胃病が塩水をかぶったミミズのようにうごめくため、血を拭くだけでも
多くの時間がかかってしまう。
彼女は血まみれになったリネンを投げ、震える手で傷口に粉をまき、不器用に布を巻く。
たった一人に応急処置をしてあげただけなのに、緊張で肩がずきずきし、背中は冷や汗で湿っていた。
「本当にこれでいいのかな・・・」
マックは衛兵を不安そうな目で見下ろし、席から立ち上がる。
ルースの指示どおりにしたから、少なくとも大丈夫だろう。
そう心の中で繰り返し、震える足取りで次の負傷者に向かって歩いた。
一様に凄惨な姿をしている。
一人は腕を骨折し、皮膚から骨が突き出ていて、もう一人は頭をぶつけたのか、顔全体が血で真っ黒に染まっていた。
マックはまず頭に怪我をした人を調べる。
じめじめしてつるつるした感触に胸がむかむかして頭がくらくらしたが、やっと、なんとか気絶せずに耐えた。
助けになるために来たのであって、妨害をするために追いかけてきたのではないのだから。
彼女は震える手で傷口を洗い、ルースが渡した粉を振りかけ布を巻く。
幸いなことに、これ以上は血が滲み出てこなかった。
マックは安堵のため息をつきながら使用人たちをちらりと見た。
みんな自分と同じように負傷者の傷の世話をしている。
少しでも緊張をほぐして次の負傷者のそばに近づくと、後ろに突然乾いた手が挟まった。
「その人には触らないでください。まず骨を合わせなければなりません」
マックは近づいてきたルースの顔を見て目を丸くする。
相次ぐ癒しの魔法で疲れたのか、彼の顔は目に見えるように疲弊していた。
ルースは疲れたため息をつきながら衛兵のそばにしゃがみこみ、骨が突き出た腕を注意深く持ち上げる。
「こちらの肩を掴んでいただけますか?」
マックは意識を失った衛兵の顔をしばらく見て、肩の上に両手を置く。
すると、ルースが折れた腕を引っ張って骨を正しく合わせた。
その瞬間、衛兵がぱっと目を覚まし、大声を出して体をひねる。
そのものすごい力で、マックは危うく床に倒れそうになった。
「しっかり掴んでいてください!」
彼女はかろうじてバランスを取り、衛兵の体を強く押さえつける。
ルースは腕をまっすぐに固定した後、血がだらだら流れ落ちる傷口に手を当てた。
すると、白い光が衛兵の傷を覆う。
マックはその光景をぼんやりと見つめた。
彼女が覚えている癒しの魔法は、なんとなく冷たく感じるものだった。
父親にボロボロになるまで鞭を打たれた後、神官に治療を受ける時には、彼女はいつも肌に氷の欠片をこすられるような気分を感じたのだ。
しかし、今の衛兵を取り巻く光は、まるで春の日差しのように柔らかくて暖かそうに見えた。
マックはその光にそっと触れてみる。
まるで東屋の隣の木を触った時のように指先がとけて熱っぽい熱気が感じられた。
優しく指先に染み込む暖かさに酔っていると、ルースが完璧に治った傷を確認して腕を下げた。
「ウェアウルフの歯と爪には毒があります。意識を戻したら、この解毒剤を飲み込ませてください。・・・いいえ、最初から沸騰したお湯で煎じて、少しずつ飲ませた方がいいですね」
マックは気まずさを振り払い、急いで席を立つ。
「い、今すぐ釜に入れて沸かしてきます」
「はい、お願いします」
彼は疲れた顔で藁を積んで作った寝床に腰掛ける。
癒しの魔法はかなりの体力を消耗するようだった。
マックは彼がしばらく休息を取る間に兵舎の外に出て、下女に薬草茶を一杯沸かしてほしいと頼んだ。
そうしては火鉢に入れる薪を持って再び兵舎に向かって体を回すと、突然衛兵と騎士たちが空き地一ヶ所に集まってウェアウルフの死体を燃やしているのが目に入った。
マックはその恐ろしい光景に凍りつく。
肉が焼けるようなにおいが鼻をつくと、かろうじて押さえておいた吐き気がこみ上げてきた。
マックは薪を放り投げながら、あわてて森に飛び込んだ。
胃腸がぐちゃぐちゃになった。
彼女は木の根元にしゃがんで胃液を吐き出す。
涙がぽろぽろと流れ出た。
「おい、大丈夫か?」
息を整えていると、すぐに低い声が間こえてきた。
マックは驚いて顔を上げる。
薄い茶色の髪の若い騎士が数歩離れた場所に立っていた。
彼はマックの顔を見て目を大きく開ける。
「奥様がどうしてこんなところに・・・」
領主の妻が一緒に来たという事実を知らなかったのか、彼が驚いた顔でつぶやいた。
マックは醜態がばれたのが恥ずかくて、ローブの袖で急いで口元を拭う。
「ま、薪を持って、持って行く途中で・・・」
魔物の死体を燃やすのを見て吐き気を催したとは言えなくて、もぐもぐと語尾を濁すが、騎士はうまく状況を理解する。
「貴婦人がこんな所にいらっしゃる必要はありません。今すぐお城に行きましょう。護衛をつけてあげます」
そして、返事も間かずにさっと身を回して衛兵たちを呼び止めようとした。
マックは当惑した顔で彼を追いかける。
「わ、私は大丈夫です。お、お気になさらなくても・・・」
「団長の奥様がうろついているのに、どうして気にせずにいられるのですか?余計なことしないで帰ってください。おい!馬車をこっちに引いて来い。カリプス夫人を城に連れて行け!」
騎士は彼女の言葉をすっかり無視しては衛兵に命令を下した。
その姿に瞬間的に怒りがこみ上げてきる。
マックはつかつかと彼を追い抜いて正面に立ちはだかった。
騎士はその行動に驚いたように立ち止まる。
内心では肝臓が縮んで体がぶるぶる震えたが、マックはわざと彼を睨みつけ、しっぽほどの威厳を振り絞った。
「りょ、領内に何か問題が起きた時・・・、りょ、領主の妻がきゅ、救援に出るのはと、当然のことです!わ、私が・・・、私の義務をつ、つくすと言っているのに・・・、け、卿が、な、何の資格が、あ・・・、あって・・・、し、しているのですか!?」
謹厳に言いたかったが、普段よりさらに舌がもつれ、声は後ろに行くほど這っていく。
マックは唇をかんだ。
自分でが我慢できないほと恥ずかしい思いをした。
彼女は耳を赤く染めて目を丸くし、ついに頭を下げる。
「あの、私のことは気にしないで・・・、じ、自分の仕事をしてください」
そうして彼が何かを言う前に、薪を拾って逃げるように兵舎の中に飛び込んだ。
心臓がドキドキした。
彼女は火鉢の中に薪を投げ込み、兵舎の入り口を不安そうにちらりと見る。
あの騎士は、今頃私のことを傲慢などもりだと思っているだろうか?
どうでもいいよ。
いずれにせよ、騎士たちは自分を嫌っている。
もう少し嫌いになったからといって、何が変わるわけでもないじゃない。
マックは肩をすくめ、残りの薪を火鉢のそばに積み重ね、ルースに近づいた。
「ル、ルース・・・、ちょ、調子はよ、よくなりましたか?」
彼女の慎重な口調に、ルースは頭を上げてため息をつく。
ばっと見ただけでも彼は疲れて見えた。
「魔力がほとんど枯渇して、これから半日は魔法が使えないと思います。一応重篤な状態に置かれた人は皆治療したのですが、あとも魔力が回復するまで放っておける状態ではありませんでしたね。直接的な治療でも受けるようにしなければなりません」
「ま、町でち、治療術師を連れてきましょうか?」
「アナトールには使えそうな治療術師が一人だけです。その人に診療所を空けろというわけにはいかないので、こちらから人々を馬車に乗せて送ります」
彼が席を立って移さなけれはならない人員を計るようにあごを撫でた。
「診療所でこの多くの負傷者をすべて収容することは難しいでしょう。ウェアウルフの毒中毒者を中心に馬車に乗せ、その他の負傷者は私たちが直接手を使ってみるようにします」
マックは乾いた唾をごくりと飲み込んだ。
「私たち」には自分も含まれるのだろうか。
「な、何を、何を、すればいいですか?」
「難しいことではありません。腫れ上がった傷に湿布をして、骨が折れた人には添え木を当て、破れた傷は糸と針で縫わなけれはなりません」
マックは青白い顔で彼を見た。
「ぬ、縫いますか・・・?」
気絶しそうな表情にルースはため息をつきながら言った。
「傷を縫うのは私がやりますから、夫人はそばで手伝ってください」
マックは安堵のため息をついてうなずいた。
「わ、わかりました」
「まずは熱が酷い人から診療所に行かせましょう」
彼は早足で兵舎を出た。
マックは心を引き締めて魔法使いの後を追う。