こんにちは、ピッコです。
今回は76話をまとめました。
ネタバレありの紹介となっております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
76話
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 出征命令
リプタンはいつもより遅い時間まで部屋に戻らなかった。
随行騎士が持ってきた便りのために、一晩中議論をしているようだ。
マックは彼が帰ってくるまで待つつもりだったが、久しぶりに魔力消耗で疲れたせいで眠気をこらえることができなかった。
ベッドに座ってうとうとしていたマックは、ある瞬に間気絶するように眠ってしまう。
彼女が再び目を覚ました時は、日が中天に昇っていた。
マックはがらんとした隣の席を見て肩を落とす。
領地運営と道路建設、さらには魔物まで。
世の中は一体どうして私の夫をしばらくも放っておかないのだろうか。
彼女は両手で雲のように膨らんだ髪の毛をつかんでため息をついた。
「奥様、お目覚めですか?」
「ルディス・・・」
いつものように髪の毛一本乱れることのない完璧な姿の下女が、食べ物が入った盆を持って部屋の中に入ってきた。
マックは白昼まで寝坊したのが恥ずかしくてぎこちない笑みを浮かべる。
「お、おはよう・・・というにはあまりにも・・・遅い時間ですよね?」
「領主様ができるだけ長く寝られるように配慮するようにと命令されました。疲れてるだろうって仰っていましたので・・・」
ルディスは柔らかな笑みを浮かべながら、ベッドサイドの棚にトレーを置いた。
ふと、リプタンが自分が昨日魔法で騎士を治療したことについてどう思うか心配だった。
今までそうだったように不満に思うだろうか。
それとも彼女の魔法が役に立ったという事実をしぶしぶ認めるだろうか。
よく考え込んでいると、ルディスが彼女の前に独特の香りのするお茶を差し出す。
「魔法使いが魔力補充に役立つと言って、茶葉を渡してくれました」
マックはティーカップを手に取り、目を丸くする。
「ルースが来て、来てたんですか?」
「昨日の夜、奥様がお目覚めになったら、お作りになるようにと、この袋をくださいました」
ルディスは皮のポケットを開けて、乾いた葉と手入れの行き届いた根を見せた。
薬草についても時々勉強しておいたので、何なのかすぐに理解する。
マンドラゴの根と乾燥した回復草、そして若干のハーブを混ぜて作ったお茶だった。
マックは目を転がした。
ルースは自分が魔法を使ったことを知っているので、昨日のことを聞いたに違いない。
おそらくあの人なら、騎士の間でどんな話が交わされたのか詳しく教えてくれるだろう。
「お礼を言わなければなりませんね。もしかして・・・まだお城にいるのでしょうか?」
「魔法使い様ですか?」
ルディスは記憶をたどるように片面頬に手を当てて首をかしげた。
「午前に食事をしに厨房に降りてこられたのは見ましたが、その後は私もよく・・・私が図書館に上がって確認してみましょうか?」
「いいえ、大丈夫。私が直接・・・行ってみます。聞きたいこともあるし・・・」
彼女はあいまいに言葉を濁し、ちょうどよい温度で冷えたお茶をすすった。
少し苦いお茶を全部空にした後、マックはルディスが持ってきた食事で簡単にお腹を満たし、素早く顔を洗う。
そして最近、裁縫師夫婦が新しく作ってくれた紺青のシルクドレスを着て、髪をきれいにとかした後、すぐに図書館に向かった。
しばらくルースと会わなかったので、ぎごちない気持ちになった。
うやむやに中断された魔法授業に対して、彼が何と皮肉るのではないかと緊張した顔でドアを開けて中を見ているが、どこにもルースの姿は見えなかった。
マックは本がきちんと整理された本棚の後ろまで隅々まで見て回りながらため息をつく。
どうやら道路工事現場に出たようだ。
険しい山脈を横切るものすごい大工事なので、魔法使いが手を打つことが一つや二つではなかった。
彼女は元気のない顔で窓の外を見て、再び気を引き締める。
ルースがいなくても一人で調べることはできる。
彼女は随行員が言った言葉を思い出し、本棚を探して重い地図の冊子を取り出した。
「パメラ高原・・・」
机の上に厚い本を載せると、西北部地域でその名前を見つけることができた。
マックは指先でさらさらした地図の上を辿る。
パメラはリバドンの最先端、北のバルトに隣接する地域に位置していた。
目を細めて分かりにくいほどつぶれた文字を何度も確認したマックは、地図の横に書かれた説明を目で読み上げる。
厳しい気候と索漠とした環境のために人が住まない荒れ地という短い叙述が全て。
彼女は眉間にしわを寄せながら次のページまで注意深く目を通したが、すぐに本を閉じた。
そもそも、随行騎士も別に知られていない場所だと言っていた。
こんなに古い書籍に詳しい記述があるはずがない。
マックは失望感を振り払い、再びページをめくり始める。
すぐに隅で魔物に関する書籍を数冊発見することができた。
それらを引き抜いて中を見渡した後、絵が詳細に描かれた図鑑を2、3冊選び、再び机の前に座る。
革のカバーが精巧に施された重たい書籍を広げると、くすくすしたにおいが鼻をついた。
マックは鼻筋に折り目をつけ、黄色く色あせた紙切れをさっとめくる。
2番目のチャプターで昨日聞いた魔物たちの名前を見つけることができた。
「トロール・・・」
吟遊詩人の英雄談の中によく登場する人食い怪物の名前。
マックは細目で細密に描かれた挿絵をじっと見下ろす。
悪名に相応しい凄まじい姿だった。
巨大な鷲鼻とヒキガエルを連想させるでこぼこした肌、尖った耳、筋肉質のどっしりとした手足と膨らんだお腹・・・。
怪物は膨らんだまぶたの下で、くぼんだ目をぎょろぎょろさせて、何かをにらんでいた。
その生き生きとした絵を見ていたマックは、すぐ下に書かれた説明を読む。
平均サイズは7クベット(約210センチ)から8クベット(約240センチ)。
ずっしりした体で似合う強い腕力を持っており、非常に性質が凶暴で残忍だ。
再生力に優れ、深い傷もあっという間に癒されてしまう。
30匹から50匹程度が小さな部落を成して暮らし、ゴブリンより知能が高く、自主的に武器と鎧を製作して使用することもある。
殴り書きしたような筆跡を読み上げていたマックは、無意識のうちに肩をすくめた。
道具を作り出すことができるほどの知能と莫大な力を持った人食い怪物たちが巨大な軍隊を成して入ってくる光景が頭の中に浮び上がると背筋がゾッとする。
「いや、パメラ高原とアナトールは大陸の端から端までだから・・・」
だが、怪物たちが乱暴を働く場所と遠く離れているという事実も特別な慰めにはならなかった。
自分の夫が遠くまで遠征に行くことになるかもしれない状況ではないか。
いらいらして唇をかんでいたマックは、すぐ次のページを開いた。
ゴブリンとオーガの絵が次々と現れた。
その下に書かれた説明を集中して読んでいくが、いきなり肩の上に何かがばっと上がる。
マックはびっくりして椅子から飛び上がった。
「な、何ですか?どうしてそんなに驚くんですか?」
マックはルースが肩をすくめたことに気づき、顔をしかめた。
「ひ、人の気配も見せずに・・・そのように忍び寄るように、近づいてどうするんですか!」
「まったく、だれが忍び寄ってきたというのですか。極めて正常に歩いて入ってきましたが?」
「声を出してください」
「大魔法使いのルースが来たと大声で叫ばなければなりませんか?」
彼は負けずに彼女の反対側に椅子を引き抜いた。
マックはその無礼な態度に怒るべきか笑うべきかわからなかった。
久しぶりに会ったにもかかわらず、彼女に対するルースの態度は変わっていない。
彼はいつものように無邪気な顔で口を大きく開けてあくびをし、彼女の手から本を奪ってざっと目を通した。
「いくつか間違った描写がありますね。リザードマンは厳密には、亜人種の魔物というより、ドラゴンの亜種の魔物に近いです。体の中には魔石を持っていて、固有の魔法も使えます。この本よりは、カリプス卿が持っていらっしゃる記録にもっと詳しい説明が出ているはずです」
「ド、ドラゴンの亜種の魔物とか・・・亜人種の魔物とか・・・大きな違いがありますか?」
「もちろん大きな違いがあります。ドラゴンの亜種魔物は強力な魔力を持っています。ブレスのような固有魔法を使ったり、抗魔力が優れているため、普通の魔法はあまり効きません。このために討伐することが非常に難しいのです」
彼は本を机の上に置き、頭を悩ませた。
「そのため、トロールよりもリザードマンの方ガはるかに上位の魔物に分類されます。知能も高く、魔法も使える上、身体能力まで優れているので、剣でも魔法でも殺しにくいです。トロール10匹を合わせたものより相手にしにくいやつらです」
マックはトカゲと人間を合わせたような魔物の絵を今更ながら見下ろした。
爬虫類に似た顔に、うろこで覆われた筋肉質の胴体、長い尻尾を持つその奇妙な魔物は、見た目にはルースの言葉のように賢く見えなかった。
この魔物がそんなに危険な怪物なのかと思い、目を細めてその下に書かれた説明を読み上げていくと、ルースが彼女の注意を引こうとするように机を指先で叩く。
「ところで、魔物図鑑は何のためにご覧になるのですか?」
「昨日・・・随行員が持ってきた知らせを聞きました。ど、どんな魔物なのか気になって・・・」
彼は物思いにふけった顔であごの先を触りながら言った。
「昨日、解毒魔法でウェアウルフの毒を治療してくださったという話は聞きました。その時に話をお聞きになったようですね」
彼女はこわばった顔でうなずく。
「リバドン部、北部で・・・魔物軍隊が略奪を日常的に行っていると聞きました。レムドラゴン騎士団も・・・遠征に出ることになるのでしょうか?」
「まだ確かではありません。しかし、呼ばれることになる可能性が高いです」
マックは全身から血の気が引くのを感じた。
半分くらいは予想していたことだったにもかかわらず、リプタンと別れることを考えると、心臓がぎゅっと締め付けられる。
彼女はパメラ高原との距離を思い出し、唇をかんだ。
今度遠征に出るとなると、どのくらいかかるのだろうか。
何ヶ月?まさか何年?
ルースは青白い顔色を見て、注意深く付け加えた。
「アナトールには領主が直接監督すべきことがたくさん残っています。昨日の明け方まで議論した末、私たちは支援命令が下されれば、ニルタ卿かリカイド卿のどちらかが軍の一部を分離していくことで結論を出しました」
「ほ、本当ですか?」
安堵感を隠せず熱烈に問い返すと、ルースが苦笑いを浮かべながらうなずいた。
「やむを得ない状況でなければ、カリプス卿がアナトールを長期間空けることはないでしょう。道路工事はそれだけとてつもない事業です。ドラゴン討伐が終わって1年も経っていないのに、また何ヶ月も領土を空けておくこともできないのではないですか」
「ど、どうしようもない状況には・・・リフタンも遠征に出なければならないということですか?」
ルースはためらいがちに彼女の質問に率直に答える。
「リバドンの状況が深刻になれば、カリプス卿が直接乗り出すべきでしょう。そして、ルーベン王がカリプス卿を指名して遠征命令を下す場合も、抜け出すのは容易ではないでしょうね」
彼が指を差しながら色々な可能性を問い詰め、気が抜けたようにため息をついた。
「騎士たちには非常に厄介な戒律があるのではないですか。「弱者を保護し、君主に服従し、剣を握った者としての義務を果たす」カリプス卿は騎士道の熱烈な信奉者はないですが・・・この戒律を対外的に無視する行動はできません。そうしていたら、これまで苦労して積み上げた名声にひびが入ってしまうでしょう」
「そ、そうなんですね・・・」
マックは王がリプタンの忠情に疑問を抱いているというアグネス王女の言葉を思い出し、顔色を曇らせる。
リプタンを試すためにもルーベン王は彼を指名して命令を下すかもしれない。
七国協定は、大陸のすべての民衆の安全と平和を名分に結ばれた条約だった。
その条約による出征命令だ。
リプタンといっても簡単には逆らえないだろう。
彼女は本の上に描かれた醜い魔物をじっと見つめ、痛みが感じられるように唇を噛んだ。
とてつもない魔物軍隊とリプタンが立ち向かって戦う光景が頭の中に浮び上がると、胃がもたれるように痛くなってきた。
いくら優れた騎士だとしても、どんな戦闘であれ無条件に安全が保障されるわけではない。
リプタンの無謀さについては耳をつんざくほど聞いていたので,彼女は彼が少しも骨身を惜しまないことを確信することができた。
リプタンはきっと最前線で思いっきり戦うだろう。
急にかっとなってきた。
彼女の安全に関しては強迫的なほど過敏に振舞いながら、自分の安全なんて目やにほども気にしないなんて。
こんな不条理がまたどこにあるだろうか。
一人だけ気を揉まないといけないのが悔しい
ルースの淡々とした声が彼女の考えを打ち砕いた。
「私も遠征についていくことになるでしょう」
マックはさっと顔を上げる。
物思いにふけったように腕を組んで天井を見上げていたルースが落ち着いて話を続けた。
「リバドンまで行く遠い旅程には、必ず魔法使いが必要です。カリプス卿が指揮を執ることになるのか、他の騎士が執ることになるのかはまだ分かりま辻んが、私が一緒に行かなければならないという事実だけは確かです。そうなるとアナトールには今まで以上に奥様の魔法が必要になるでしょう」
「私の・・・魔法ですか?」
気力を失っていたマックですが、騎士を救ったことで再びやる気を取り戻しました。
魔物軍隊が不穏ですが、リフタンも出征することになるかも・・・。
マックも回復魔法を更に強化してほしいですね!