こんにちは、ピッコです。
「ちびっ子リスは頑張り屋さん」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
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6話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- プロローグ⑥
『えっ?』
ベアティは困惑した表情を浮かべた。
『逃げ出した……って?』
平穏な家の中で愛される子供が使うような言葉が、どうしてこんな場所で聞こえてくるのだろう?
少年が軽い挨拶をする間に、ベアティが返事をする余裕もなく手に持ったコゲをぎゅっと握りしめた。
少年の背後では、公爵城に到着したばかりのベアティが最初に見た騎士が、危なっかしく膝を震わせてその場で急ぎ声をかけた。
「ぼ、坊ちゃま! お嬢様は今繊細な年齢でございます。そのような失礼な態度は、反感をさらに招く恐れがあります!」
「何だって?」
「アスラン家の方々ならば、誰もが注意するはずの危険な時期にございます。8歳のこのお嬢様はとても繊細なお年頃なのです。」
「そうか?」
「そうなんです! お嬢様が監禁されたと知ったら……!」
憤慨した騎士は拳を握り締めながら訴えた。
「だからこそ、絶対に大人らしく見せて、お嬢様に失礼がないよう慎重に対応しなければ……」
「ふむ。」
少年に向けて、「この時期の我が子の扱いには注意を!」という念押しをしながら、騎士は用心深くお菓子を差し出した。
『坊ちゃまもその年頃のときに、どれだけ叱られたか……うん!』
隣で熱心に囁く声を聞きながら、それに応じた少年は大きなクッキーを手に取り、そっとベアティの前へ差し出した。
「ぼ、坊ちゃま!」
目の前に現れた少年の姿に気を取られた騎士は、慌てふためきながら少年をベアティの視界からそっと遠ざけようと走り去った。
「手に血が!」
まだ少年の手には乾いていない血がポタリと落ち、カーペットを汚していた。
もちろんその血は少年自身のものではなかった。
「血も全部拭いてからじゃないと……!」
小声でお嬢様に聞こえないように囁くように急かす騎士の姿に、少年は疑わしげな表情でお菓子を握りしめたままだった。
「なぜだ?」
「……! とにかく、このままでは中に入れません!」
この無神経な坊ちゃまを説得する時間を惜しみ、問題を解決せねばならないと決意した騎士は、素早くハンカチを取り出し、カーペットの血を拭き取るように雑巾がけを始めた。
少年の顔や手、血を拭いた手で慎重に血痕を全て拭き取り、最後の一部まで磨き上げた騎士が、ようやく落ち着きを取り戻し、やや満足げに振り返った。
「これで大丈夫です。」
「……はぁ。」
面倒くさそうにため息をついた少年が、疲れた表情でベアティに近づいてきた。
ごくりと息を飲み、ベアティは彼を見上げた。
明らかに現在は人間の姿であるにもかかわらず、彼がライオンだった頃の大きな体が蘇るように感じた。
十四、五歳に見える少年の顔立ちに比べて、その体はまるで成人のように大きかった。
顔はまるで名画から出てきたかのように美しく、それと同時にどこか場違いな威圧感を漂わせていた。
その外見から、少年の正体がすぐに思い浮かんだ。
『カリトス・エル・アスラン』
その名前は王国のみならず、全大陸にも知られているものだった。
幼い頃から抜きんでた剣術の腕を持ち、十歳の頃から戦場を制圧するようになった天才剣士。
整えられていない服装と疲労で乱れた髪にも関わらず、その輝く存在感は隠しきれなかった。
髪が本来の色を失うほど赤く染まっており、彼を象徴する異名はまさに……「赤死者」。
彼が剣を抜けば必ず赤い道ができると噂され、広く知られた人物だった。
『回帰前の話だが……。』
今はまだその異名がつく前なのだろうか?
ベアティは、一瞬の間に少年が「赤死者」として名を轟かせるに至った経緯が気になった。
今の彼が何と呼ばれているかは分からないが、一つだけ確かなことがあった。
『頭に血が上っているわけでもないのに、雰囲気が殺人鬼じみてる!』
少年は手に剣を持っていないにも関わらず、鋭い気迫を発していた。
ざわざわと。
本能的な恐れが一瞬、背中をぞくっとさせた。炎の近くにいるときのようなひりひりとした感覚が、知らぬ間に背筋に染み渡っていった。
『この人が……私の憧れの。』
これまで未知の存在として新聞記事でしか見たことのない存在が、目の前に立っているのだ。
ベアティは初めて対面する彼女の家族の顔を緊張した面持ちで見上げた。
ぱちくり。
少年の黄金の瞳が、おもちゃのように小さな動物を撫でるように傾けられている様子を、呆然と見上げるベアティ。
「妹……。」
少年の突然の言葉が何を意味しているのか、ベアティにはわからなかった。
『……私が妹というのが気に入らないってこと?』
熱心にベアティを観察していた少年は、やがて顔をしかめた。
「なんで。」
ぎくり。
不機嫌そうな少年の混じり気のない声に、ベアティは知らず知らずのうちに肩をすくめた。
「お前、バンビの匂いがするな?」
『バンビ……の匂い?』
それはどういう意味だろう?
意味のわからない言葉を口にした少年が、彼女に向けて顎をしゃくった。
「ふん!」
突然すぐ近くに迫った少年の顔に、ベアティは思わず後ずさった。
少年の金色の瞳孔が視界をいっぱいに埋め尽くす。
『……これがアスランの黄金の瞳。』
明らかに自分を圧倒するような視線だった。
だが、その金色の瞳孔には不思議と暖かさを感じた。
ベアティはなぜか興味深い気持ちになった。
『噂でしか聞いたことのなかった猛獣の瞳を実際に目にするなんて。』
しかし、見ているだけで人々を威圧するという猛獣主の瞳、『猛獣眼』は、噂ほど恐ろしい感じはしなかった。
『恐ろしいというより、むしろ……。』
向き合っているほど、どこか懐かしい気持ちが湧き上がった。
『まるで空いていた穴が埋まるような……。』
どういうわけか鼓動が伝わってくる手首のあたりがむずがゆく感じられ、ベアティは持っていたフォークを握り直した。
「ふん?」
そんな彼女を見下ろしていた少年が興味深そうな顔つきで口を開いた。
「君。」
『あっ。』
考えに没頭しすぎて、つい長く見つめてしまったらしい。
『やっぱり私が妹というのは気に入らないのかも。』
そう察するに十分な、嫌々そうな視線だった。
何か言い訳をしようと焦っているベアティの耳に、突然の質問が飛び込んできた。
「僕が怖くないの?」
「え?」
幼いベアティの表情を読んだ少年は、にっこりと笑った。
「キャッ!」
すっと、小さな動物を掴むようにベアティの背中をつかみ、軽々と持ち上げた。
『な、なに?』
慌てた彼女がじたばたする。
「ふん。」
少年は慌てることなく、じたばたする彼女を軽々と上に放り上げてから、
ポン。
「!!」
受け止めた。
まるで大人が赤ん坊を扱うように、少年は8歳のベアティを軽々と抱きかかえた。
彼女の全体重がかかっている腕が少しも揺るがないところから、少年の完全な力を想像することができた。
少年は片腕で彼女を抱えたまま、もう片方の手で安心させるように彼女の背を軽く叩いた。
完璧な抱擁だった。
『抱きしめられた! 私、抱きしめられた?』
これまでこのような親しいスキンシップを経験したことがないベアティは、そのまま硬直してしまった。
「じっとしていな。」
少年は片腕だけで彼女をしっかりと抱えながら、もう片方の手でベアティの首元を軽く叩いてきれいにした。
『ん?』
何だろう?
『さっきご飯を食べた時に何かこぼしたのかな?』
ベアティは困惑した。
『でも、食べたものが首元に付くなんてことある?』
不思議そうな表情で少年を見上げるベアティだったが、少年が気にしている場所はまさに彼女がリテルに噛まれた部分だ。
「よし。」
不格好に散らばったリンネル(布のようなもの?)をすべて自分の体勢で片付け終えた少年は、満足げに笑いながら言った。
鋭くも柔らかな口元に浮かぶ笑みは、爽やかだった。
「?」
自分をまっすぐ見つめて笑顔を見せる少年の表情に、ベアティは視線を外せなかった。
『私…嫌われてたわけじゃなかったの?』
そう思った瞬間、胸の奥で何かが詰まっていたようなものが、ふわりと解けていきそうになる。
「!?」
しかし、次に少年が取った行動に驚いたベアティは、口をぽかんと開けたまま硬直してしまった。
少年はまるで人形を扱うようにベアティをぴったりと抱きしめ、彼女の首元に顔を近づけた。
そして深く息を吸い込んで、静かに言った。
「これで、ちゃんとした匂いが分かる。」
「……」
まるで人形のように固まってしまったベアティを見た少年は、再び優しく笑顔を浮かべた。
「死んだのか?」
「若いお嬢様の前で何を言っているんですか、殿下!」
隣にいた気難しい騎士が、驚いて声を上げた。
ドキン!
先ほどからベアティの心臓は、その小さな体の中で不規則に大きく鳴り続けていた。
少年はしっかりと硬直したベアティの首をそっと支え、慎重に耳を当てて脈を確認した。
そして、早鐘のように跳ねる脈拍を確かめると、不思議そうな顔をした。
「生きているけど。」
『当然、生きてるに決まってるでしょ!』
不思議なほど淡々とした声で話す少年だった。
『もう距離を置くべきだわ。』
降ろしてほしいと肩を押し返すと、少年は素直に手を緩めてくれ、ベアティは彼の腕からさっと抜け出した。
ドキドキ。
彼女は小さな体をぎゅっと丸め、騒がしい心臓をなんとか落ち着けようとしていた。
「お嬢様……!ああ、殿下。お嬢様はまだ幼いのですから、傷つけないよう慎重に接してください。」
「傷つける?」
「そうです!」
「剣も抜いていないのに傷つけたら、長く生きられないんじゃない?」
「……!」
淡々とした少年の言葉に、ベアティは口をぽかんと開けて固まった。
『剣?剣も抜いていないのに?初対面なのに剣を抜くかどうか考えるものなの?』
『なるほど、敵将か!幼い頃から勝負の世界で生きてきたのね!』
「とにかく、これだ。」
「『これ』とは……殿下、妹にそんな呼び方をしてはいけません!」
「じゃあ、何て呼べばいい?」
そっけない会話を聞いていたベアティは、突然自分が話題になったことに驚いて目を見開いた。
「この子は……ふむ、面倒だな。」
ああ、少年が彼女を振り返った瞬間、次に出る言葉が予測できた。
「名前がないじゃないか。」
・
・
・
幼い頃から周りの人々は彼女をこう呼んでいた。
「片方だけのお嬢様、余計なことは考えずに、しっかりしていてくださいね。わかりました?」
「今月はお前がその片方担当なのか?じゃあ、あの宝石のリボンは俺が先に目をつけてたんだから触るなよ!」
片方だけ。
それが彼女を象徴する言葉だった。
『私は「片方だけ」なんだ。』
物心ついた頃から耳にしてきた言葉が、彼女の周囲を取り巻いていた。
そうだったから、彼女は当然のように自分の名前が「片方だけ」だと思っていた。
「それにしても、どうしてお嬢様を『片方だけ』なんて呼ぶんですか?」
新しく邸宅にやってきた侍女の一人が、別の侍女に尋ねる声を聞くまでは。
「貴族相手にそんな……大問題になるんじゃないですか?」
「大問題って、領主様があの『片方だけ』に接する態度を見たら分かるでしょ? これくらいじゃ怒られるわけないわ。」
「そうね。だって、本当に『片方だけ』だからそう呼ぶのよ。結局、あの子がスイン(主従関係の従)だと認めればいいだけよ。それに、あの黒い目、見た?」
黒い目。
彼女の目は、まるで墨絵のように濃く深い黒だった。
朝焼けのような輝きを放っていた。
他の家族たちの目とは異なる。
「黄金獅子の一族の方々は、元々みんな金色の目を持っているって聞いたことない?」
「真の主人の目だよ。」
「その方々の前に立つと、自然とひざまずきたくなるらしい。」
獅子の主人の黄金の目。
蛇の主人の冷たい目。
龍の主人の鋭い目。
王国に知られる主人たちの目はすべて金色に輝いていた。その血が濃ければ濃いほど、さらに深い黄金の輝きを放つ黄金の目。
特にアスランの黄金の目は、一般の人々にとって、まるで猛獣が首元を掴んだかのような圧倒的な威圧感を与える獅子主人の象徴だった。
恐怖と畏敬を同時に抱かせる家族たちの黄金の目とは異なり、彼女の黒い目は他人にとって何の感情も湧き上がらなかった。
「それに比べて『片方だけ』のお嬢様の前では、何も感じたことがないんだろう?」
「そうだ。確かに。」
「それは『片方だけ』だからさ。」
だから彼女は「片方だけ」。
ただ鏡の前で「それは私の名前じゃない」と呟いたところで、誰にも認められない「片方だけ」の従者だった。
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