こんにちは、ピッコです。
「影の皇妃」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

フランツェ大公の頼みで熱病で死んだ彼の娘ベロニカの代わりになったエレナ。
皇妃として暮らしていたある日、死んだはずの娘が現れエレナは殺されてしまう。
そうして殺されたエレナはどういうわけか18歳の時の過去に戻っていた!
自分を陥れた大公家への復讐を誓い…
エレナ:主人公。熱病で死んだベロニカ公女の代わりとなった、新たな公女。
リアブリック:大公家の権力者の一人。影からエレナを操る。
フランツェ大公:ベロニカの父親。
クラディオス・シアン:皇太子。過去の世界でエレナと結婚した男性。
イアン:過去の世界でエレナは産んだ息子。
レン・バスタージュ:ベロニカの親戚。危険人物とみなされている。
フューレルバード:氷の騎士と呼ばれる。エレナの護衛。
ローレンツ卿:過去の世界でエレナの護衛騎士だった人物。
アヴェラ:ラインハルト家の長女。過去の世界で、皇太子妃の座を争った女性。

338話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 大切な人⑥
買ったスカッチエッグをすべて食べ終えたあと、二人は街を歩いた。
特に目的もなく、足が向くままに。
ガイア教団の歴史が染み込んだ街並みを、あちらこちら眺めながら。
「エレナ。」
シアンが足を止めると、手綱を引き、エレナを見つめた。
「僕が何か不快な思いをさせたのか?」
「いいえ。」
「では、どうしてずっと私の後ろを歩いているの?」
エレナは目を丸くして見つめた。
そういえば、いつもそうだった。
皇妃時代からエレナはシアンの後ろ姿だけを見ながら歩いていた。
それが自然に身についてしまったのだ。
しかし、そんな彼女にシアンが手を差し伸べた。
さらに優しく。
「一緒に歩きたい。」
「……。」
「隣に来てくれないか?」
エレナの瞳に、過去のシアンと現在のシアンが重なって見えた。
どれだけ距離を縮めようとしても縮まらなかったその距離を、彼が自ら言葉にして縮めようとしていた。
エレナはその手を取る。
そして手を握り返しながらシアンをじっと見上げた。
彼の隣に並んで歩くその感覚は、思ったよりも新鮮だった。
こんな簡単なことをどうしてあの時はできなかったのか、不思議に思った。
「ママ、パパ、あれが食べたい!」
「いいよ、買ってあげる。」
並んで歩く途中、エレナの視界に映ったのは、手をつなぎながらお菓子を持つ小さな家族だった。
軍事関連の商品をせがむ子どもと、その欲求を愛らしい笑顔で見守る親の姿に、エレナの口元には微笑みが絶えなかった。
「イアン…」
ふと、エレナは立ち止まり、その子どもの姿にイアンを重ねてしまった。
もしイアンが生きていたら、ちょうどそのくらいの年齢だっただろう。
今を懸命に生きるシアンとエレナにとって、イアンを見ることはもう叶わない現実が、胸を締め付けた。
「エレナ。」
「はい?」
「何をそんなに考え込んでいるんだ?」
エレナは慌てて顔を上げ、苦笑いを浮かべた。
「あ、いえ。ただ少し考え事をしていただけです。それが何か?」
彼女の態度に、シアンは何かを察したようだったが、あえて深くは追及しなかった。
「一緒に行きたい場所がある。ベロナに来た本当の目的でもあるんだ。」
「そうなんですか?それなら、行きましょう。」
エレナは素直に頷き、シアンと共に歩き出した。
教皇庁の右手側の壁沿いを進むと、周囲の視線から隠れるようにして、少数の信徒だけが出入りする控えめな入口にたどり着いた。
「お待ちしておりました。」
二人の前に現れた年配の聖職者が、礼儀正しい態度で挨拶をする。
その視線は一目でシアンを知っていることを物語っていた。
「お目にかかれて光栄です。」
「どうか過剰な礼儀は不要です。この方は特別な方ですから。」
「承知しました。」
年配の聖職者の視線が一瞬、エレナに向けられた。
『この人はベネディクト枢機卿じゃない?』
エレナは驚きで心臓が跳ね上がるのを感じた。
穏やかな性格と献身的な信仰心、高潔な精神を持つ彼は、つい最近の教皇選挙で第51代教皇に選ばれたことで有名だ。
彼の名は教団の中でも広く知られ、特にその選挙が全会一致で行われたことは、さらに敬意を集めている。
「こちらには多くの聖職者が集っています。どうぞ内部へお進みください。」
その言葉とともに、ベネディクト枢機卿は二人を丁寧に案内した。
教皇庁の中庭を抜け、大聖堂を通り過ぎた。
そこは、かつての王侯貴族すらも容易には足を踏み入れられなかった神聖な場所だった。
「関心を持たないようにしているのに、どうしても興味が湧いてしまうんだ。」
シアンの質問に対し、突然の答えが返ってきた。
「失礼ですが、同行されているお嬢様は非常に神秘的な方に見えます。」
「私がですか?」
驚いたエレナは、前を歩くベネディクト枢機卿の背中を見つめた。
枢機卿は、彼女の視線を感じ取ったのか、足を止めてエレナを振り返った。
その鋭い眼差しは、まるで全てを見通すかのようで、彼女を畏怖させるほどだった。
「なぜかは分かりませんが、お嬢様にはガイア教団の神の恵みと加護を感じます。」
「……!」
エレナはガイア教団の信者ではあったが、深い信仰心を持っていたわけではなかった。
そんな彼女に、ベネディクト枢機卿が「神の恵みと加護を感じる」と言ったのだから、その言葉は軽く受け流せるものではなかった。
『まさか、私がここに戻ってきた理由が……?』
過去の人生、悲惨な死を迎えたエレナは奇跡的に生還した。
『まさか、私が生還した理由が……?』
ガイア女神の加護によるものではないかとふと考えがよぎった。
『でも、私は熱心な信徒ではないのに?』
エレナは幼い頃からガイア教を信じていた。
しかし、叔父の事業の失敗で辺境に追いやられ、生活が困窮すると共に信仰も薄れていった。
皇妃となった後も、その状況は大きく変わらなかった。
形式的には宗教行事に参加していたが、信仰心は深まることはなかった。
ただ、イアンが生まれてから少し変化は見られたが、それでも熱心な信徒たちと比べるとその距離は明白だ。
エレナのわずかな表情の変化を読み取ったベネディクト枢機卿は、豊かな微笑みを浮かべた。
「何かお考えのようですね。」
「いいえ。」
エレナは曖昧な答えをしながら微かに笑った。
「本当に私がガイア女神の恩寵と加護を受けているのでしょうか。」
『降りてこられたのなら、むしろお尋ねしたいですね。なぜ私にこんなに残酷な仕打ちをされたのかと。薬を与え、希望を与えたかと思えば、それが何を意味するのかと。私の心はすでにボロボロなのに。』
生還してから、彼女の人生は一変した。
広い空間を切り開き、歴史の1ページに名前を刻むような功績を成し遂げた。
今やそれが彼女の現在進行形の人生だった。
一時は絶望の淵に沈んだ過去の人生と比べれば、今の生活は明らかに良いものだった。
それでも、どうしても埋められない喪失感が彼女の胸に残っていた。
それが完全な幸福を妨げる要因となっていた。
失った子ども——どんなに手を伸ばしても届かない存在——が、彼女の胸に大きな穴を空けたままだった。
「深い悲しみを抱えていらっしゃるようですね。」
ベネディクト枢機卿が柔らかな声でエレナに語りかけた。
「ガイア女神は慈悲深い方です。どんな過ちを犯した者にも、深い愛情をもって接してくださいます。あなたが感じる恩寵や加護、それらが奇跡だと感じるのなら、それはすべてガイア女神の御心によるものなのです。」
「それで……?」
「奇跡とは言っても、それは切なる思いが生み出した産物です。恩寵だけでなく、誰かの切なる思いによって成り立つものです。」
エレナは目を見開いた。
彼女はかつての苦しみを思い返し、涙を流した。
大公家に利用され、子どもを亡くし、自らも命を落とした――その苦難の末に得た「奇跡」は、一体誰の切なる願いによるものだったのか。
「彼(子ども)は、あなたが考える以上に、あなたに大きな愛を注いでいました。」
「私に?」
「切なる願いとはそういうものです。愛していなければ、悲しむこともなく、痛むこともなく、惜しむこともありません。神はそうおっしゃっています。」
エレナは言葉を失った。
これまで聞いたどの言葉よりも重みのある言葉だったが、それが自分の心に響くかと言えば、そうではなかった。
むしろ、その言葉を口にしたベネディクト枢機卿に疑問を抱かざるを得なかった。
『私がそれほどまでに愛されていたというの? 一体誰から……?』
彼女の人生は、失ったものばかりを追い求めてきた。
誰かから与えられた愛が本当にそこに存在していたのか、彼女にはまだ理解できなかった。







