こんにちは、ピッコです。
「邪魔者に転生してしまいました」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

39話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 曖昧な駆け引き
原作に簡単に言及されていた内容が浮かんできた。
<第2皇子を牽制するため、皇太子は密かに皇宮の外に秘密の協力者を作った。彼らは秘密裏に私兵を育成したり、資金を洗浄したり、または情勢に応じて噂を流布するなどの裏工作を行った。>
『まぁ、男主人公になるにはそのくらいの裏工作は必要か。』
カリオス公爵家にも似たような組織がある。
まさに〈暗影団〉だ。
それにしても、そんな繊細で重要なポジションに私を置くなんて、驚きと不思議でしかなかった。
そして、どこか少し切なくなった。
皇宮の中に慣れてきたとはいえ——もし信頼できる人がいなければ、私をそばに置いておくつもりだろうか。
ありがたい話ではあるけれど……私の答えは「ノー」だ。
なぜなら、原作でのあの共犯者は当然私ではないし、男主人公と関わるのももうごめんだからだ。
「い、いますよ。私は……」
そうやって迷いなく断ろうとしたその瞬間だった。
『……でもなんでこんなに胸騒ぎがするんだ?』
言いようのない違和感が私を戸惑わせた。
ちょうど口を開こうとしたその時、ふいにキラリと光る瞳の使用人が鼻先まで近づいてきた。
「まだ悩んでるの、ベルジェ?」
「うわあっ!」
私はびっくりして反射的に後ろへ飛びのいた。
ふかふかのソファのクッションに背中を打ちつけ、正気を取り戻した。
そんな私を見てセジャールは楽しそうに笑っていた。
「いや、私が言い方を難しくしすぎたかな?わからないことがあったら聞いてもいいよ。」
「そ、それがありまして。」
「うん、私はここにいるからね。」
彼がそっと目を細めた。
『こ、この人またそんな目で笑って……!』
これくらいならもう天然のキツネだ!
私は揺れる目で彼を見つめたまま、大声で言った。
「わ、私には無理です!」
「どうして?」
セジャールはちょっと驚いたようだった。
『なにか企んでる?』とは最初から感じていたけど、彼にはどこか執着深い一面がある。
こういう時は本当に赤ちゃんみたいに分からないふりをするタイプ!
「うぅ……ひ、秘密資金を貯めるなんて?ベルチェには難しすぎます。」
「そっか。」
でも彼は思ったよりも素直だった。
「知らないかもしれないしね。秘密資金っていうのは、他人に知られずにお金を蓄えておくことなんだ。」
親切に説明してくれるセジャールの様子に、私は戸惑った。
お金を人に任せるなんてありえないと思っていたのに。
「わからない」と言えば当然不安に思われると思っていたからだ。
『こうなったら、プランBだ!』
「……あ、でもですね!」
「うん?」
「命の恩人だからって、タダでくださるわけじゃないんですか?」
なぜあんなに当然のように頼んでくるのか不思議だった。
「ほとんどタダであげてるようなもんじゃない?」
セジャールは私の疑問に肩をすくめて答えた。
「商売できるように建物もあげるし、資金を作れる材料も渡すよ。」
「……」
「君がやることなんて、情報を数件集めるだけだよ、ベルジェ。これくらいなら本当にタダ同然だよ。」
「……」
「それと、最初からそんなにタダに執着しちゃダメだよ。そんなことしてたらタダ働き要員になっちゃうぞ?」
「そ、そんなひどいことを……!」
そんな悪どいことをサラリと言うなんて、さすが王宮育ち。
私はちょっとした脅しかと思っていたのに、
ぎょっとして見たら、セジャールは串を持ったままにっこりと笑っていた。
「だからさ、ひとつでもやることがあるって良いことだよ。タダ働き要員になることもないし。ね?」
「う、うん……」
「ジョードン、それ持ってきて。」
「はい!」
セジャールの言葉に補佐官がさっと動き、テーブルに紙を一枚置いた。
「では、私は少し席を外します。ご自由にお話しください。」
そして、さっと外へ出て行った。
その理由はすぐにわかった。
「はい、これは秘密保持誓約書だよ。ここにサインしてね。」
セジャールがどこかにサッと署名した。
秘密保持の誓約書か何かを管理人に提出したようだった。
「せ、誓約書……?」
まるで水が流れるように進んでいく状況に、私は固まったままセジャールと書類を見つめた。
誓約書って……また何なのよ、大事にならないといいけど……。
『笑っちゃダメ、この良心のないやつ!』
私は喉まで出かかった言葉をぐっと飲み込んだ。
そんなに簡単なことなら、どうしてわざわざ会議を開いて人を選ぶ必要があるの?!
『やっぱり、宮廷で育った人間の言い回しはレベルが違うわ。』
気を抜いたら、うっかり指名されるところだった。
あの男の腹黒い本音を見抜いた私は、もう一度はっきりと断った。
「私は、自分のお金で建物を探します!」
「なんで?手に入れられなかったじゃないか。」
「こっそりお金を貯めるなんて、そんな怖いことしたくないんです!ベルチェは正々堂々とお金を稼ぐつもりなんです!それに、公爵様が助けてくださったんです!」
もちろん、そんなことは一言も言われてない。
でも、公爵様はときどき最高の言い訳だった。
「ああ……それがあったな。」
セジャールの表情にわずかな変化が現れた。
「公爵が君に建物まで支援を……あ、いや。ここまでずっと一緒に来たのを見れば、当然渡すだろうと思った?」
ひとりごとのようにぶつぶつ言っていたセジャールは、急に真顔になり、私に押しつけていた書類を取り戻した。
「まあ、わかった。じゃあ仕方ないか。」
「申し訳ありません!」
「じゃあこれは、別の1位に渡さないとな。」
予想外のお詫びを口にしようとしていた私は、その言葉に動きを止めた。
「別の、1位……?」
「うん。」
セジャールが意味ありげな笑みを浮かべて、顎をクイッと上げた。
「元は2位だったけど、1位に昇格させようと思って。」
「そ、そんなのありですか!」
「なんで?主催者は俺だし。」
「なっ……!」
「心配するなよ。君の1位を奪うって意味じゃなくて、共同受賞にするってだけだ。」
聞いた中ではまだマシな言い分だ。
それでも不満がないわけではなかった。
唯一の1位が共同受賞になるなんて、何かを奪われたような気分じゃないか?
『チッ!』
私はぷくっと頬をふくらませた。
もちろん、私をなだめるためのことだとわかっていたから、そこまで腹は立たなかった。
セジャールは少し不満げな私に、低くささやくような声で言った。
「一人で1位になりたいなら、俺と手を組めよ。」
「もういいですから!」
「かわいいな。」
頑なに目をそらしていた私は、熱っぽい顔を向けて彼を見た。
『な……ほんと何なのこの人!』
ナンパが日常なの?!
『ヒロインにしなさいっての!』
そのときだった。ノック、トントン。
「陛下。」
ノックと共に一度外に出ていた補佐官が、硬い表情で戻ってきた。
「何事だ?」
「さきほど別の受賞者から急報が入りました。」
「報告?」
「はい。ガラゴス商団の船が帰港中にクラーケンに襲われ、なんとかしのいでいるものの、今日の入港は難しいとのことです。」
「……クラーケン?久しぶりに出たな。しばらく静かだったのに。」
共同受賞することになったもう一人の受賞者についての話のようだ。
セジャールは一瞬目を大きく見開いたが、すぐに無表情に戻った。
「どこか大きくケガをしたり、被害が甚大だったわけではないんだろ?」
「はい。幸いにも大きな被害はなかったそうです。」
「それはよかった。特に支援を求めてきたわけでもないんだろ?」
わざと隠そうとしていない様子だったので、私は二人の会話をはっきりと聞くことができた。
どうやら魔獣のせいで事故があったものの、大事には至らなかったようだ。
ところが、不意に妙な予感がぞわりと走った。
『ガラコス……?どこかでよく聞いた名前……。』
公爵家の人々を除けば、この崩壊寸前の小説の中で私の記憶に残っている名前なら、悪い関係に決まっている。
『ガラコス。ガラコス……。』
思い出さなくてもよかったかもしれないが、なぜか言いようのない不快感が私を苦しめた。
その瞬間。
「はっ。」
脳裏をかすめた名前があった。
「ア、アドルフ・ガラゴス?!」
思わず叫んでしまい、会話していた皇太子と補佐官が一斉に私を振り返った。
「君……他の入賞者の名前、どうして知ってるの?」
皇太子が疑うように尋ねてきた。
『私がどうして、あの最低なヤツの名前を覚えてたんだっけ?』
忘れるはずがない。
アドルフ・ガラゴス。
前世でディアナに致死の毒薬を与えた、皇太子の親友だった。
『あのクソ野郎!』
私は反射的に歯ぎしりした。
もちろん、彼の言葉を信じて従っていた私も悪かったことはわかっている。
たとえディアナが信じていた相手が、人を殺そうとまで考えていたなんて。
今思い返しても、呆れるほど信じられないことだった。
しかし、アドルフ・ガラコスは最終的にセジャールを裏切って第二皇子側についた。
しかも、セジャールを混乱状態に陥れたのもあいつだった。
『……じゃあ、セジャールはあのXXとこんな前から親しい関係だったってこと?』
10年以上親しくしてきた友人にして部下に裏切られ、一瞬ですべてを失った悲運のセジャール。
それを思うと、心が妙に重くなった。
そのときだった。
不意に片側の頬にあたたかな温もりを感じた。
「……え?」
驚いてぱっと視線を上げると、片手で私の目元をそっと覆っているセジャールが見えた。
「なんでそんな顔してるの?」
「え?」
「アドルフ・ガラゴスと仲が悪いの? まるでそう言いたげな顔だったけど。」
私は疑うように見つめてくる皇太子の目を正面から見返した。
彼と出会って以来、こんなふうに真正面からまっすぐに向き合ったのは初めてだった。
冗談っぽい態度は見えるけど、
一点の曇りもない澄んだ海を思わせる、鮮やかな青緑色の瞳。
『……ただ。』
私も同じだ。あなたがつらそうだから。
アドルフの裏切りのことはわからない。
けれど、皇太子が傷つく展開は原作にはなかった。
『もしかして、あなたも私のせいで傷ついた人なんだね。』
私がいなければ起きなかったことに巻き込まれた、もう一人の被害者を前にして、押し込めていた罪悪感がまた湧き上がってきた。
「はあ……」
泣くつもりなんてなかったのに、気づけば重たい吐息が漏れていた。
「わかった。あいつはただの2位にしておくよ。1位は君にだけ任せたいから……」
セジャールは泣きそうになっている私を見て、どうすればいいのかわからない様子だった。
「だから、泣かないで。ベルジェ。」
「ひっ……」
優しくなだめる声に、さらに込み上げる感情が胸を打った。
鼻の奥がツンとして、思わず鼻をすすろうとしたその時だった。
「し、小公爵様!そんなことをされては困ります。さあ、ちょっと、小公爵様……!」
外がやけに騒がしいと思ったら、バンッと扉が開いて、見覚えのある人影が中に飛び込んできた。
「ベルジェ。」
「えっ、エドウィン……?!」
私は突然現れたエドウィンに驚いて目を丸くした。
「えっ、どうしてここに……」
「なんで泣いてるの?」
まるで隠された資格でも探し当てたかのように、応接室の中でエドウィンの視線がそっと揺れ、続いて皇太子の手に向かった。
頬が熱くなって赤らんだ私の顔にもかかわらず、その瞬間、金色の瞳がわずかに鋭く光った。
「その手、離してください。」
「ふっ。今、俺に命令してるのか?」
皇太子がおどけたように笑いながら言った。
しかし、それも一瞬だった。
「嫌だと言ったら?」
「ベルチェ、殿下が泣かせたのか?」
「それがどうした?」
皇太子は飄々とした表情でエドウィンに突っかかった。
手は依然として私の手を離そうとしなかった。
「……」
エドウィンはしばらく無言で、片手で私の腰の鞘に手を添えた。
まるで剣を探すかのように。
もちろん、皇宮内では武器の所持は禁止されているため、彼の鞘は空だった。
それでも無意識に絶えず触れていた。
金色の目をした従者が、なぜか剣呑な雰囲気を漂わせた。
『く、狂ってる!何してるのよ!そんなことしたら大変なことになるってば!』
前世でも何度か見たことがある。
魔獣を相手にしていたエドウィンが、込み上げた怒りを抑えきれないとき。
でも、相手は魔獣じゃなくて、今はセジャールだ。
「なに。殴る気か?」
私のようにエドウィンの行動を察したセジャールが短くつぶやいた。
戸惑っていたエドウィンの視線が再びセジャールへ向かう。
一瞬、彼の拳がぴくりと動いた。
緊迫した状況。
「そ、それやめて――!」
そっと事の成り行きを見守っていた私は、すぐにソファから飛び起きた。
そしてすぐにエドウィンのもとへ駆け寄った。
「私、大丈夫だから!そんなことじゃないの!」
私はエドウィンの腰をぎゅっと抱きしめながら叫んだ。
『お願いだから落ち着いて、エドウィン! 相手は皇太子だよ!』
必死の気持ちが通じたのだろうか。
ぴったりと皇太子を見据えていたエドウィンが、私に視線を落とした。
「どうして泣いてるの? 皇……殿下に何かされたの?」
彼がじっと詰め寄ってくる。
私は気まずくなって目をそらした。
「ち、違う!」
「じゃあ、なんで殿下が君を……」
「目にゴミが入ったの!だから殿下が吹き飛ばしてくれようとしただけ!」
私はエドウィンが「皇族侮辱罪」とかで捕まるんじゃないかと焦って、一気に言い訳をまくしたてた。
大声で泣いたわけではなかったが、目の縁が少し赤くなった程度でもこの場の雰囲気では十分な騒ぎになる。
私の言い訳が通じたのか、味が抜けたようだったエドウィンの瞳に、徐々に正気が戻ってきた。
「……見せて。」
彼がすっと私の顔に手を伸ばした。
「もう痛くないよ!セジャール様が助けてくれて、平気になったから。」
私はそんなエドウィンから一歩下がって、すぐにセジャールを見つめた。
『だから、早く謝って!』
ここでセジャールがエドウィンを罰したら大変なことになる。
幸い、私の視線に気づいたのか、エドウィンは無表情のまま私から体を離した。
そして、ぎこちない動きでセジャールに頭を下げて謝った。
「申し訳ありません、殿下。無礼を働きました。」
「はあ。」
瞬間的な態度の変化に、セジャールはまたもやあきれたようにため息をついた。
「まったく。皇子が客と会っている場所に、無断で侵入してきた外部の人間を、無礼者だからって一方的に殴るのはちょっとやりすぎじゃないか?」
「外部の者ではありません。ベルチェの保護者としてお連れしたのです。」
そう言って堂々とした態度のエドウィンが、懐から静かに一枚の書類を取り出して差し出した。
それを受け取った皇太子は、眉をひそめて書類を広げた。
「保護者……任命状?」
<保護者任命状>
ベルチェ(女、5歳)の保護者であるリアム・カリオスは、本日、個人的な事情により保護者としての職務が果たせなくなったため、エドウィン・カリオスにすべての権限を委任する……。
「なんて……めちゃくちゃな内容だな。」
紙に書かれた文面を読んだ皇太子が苦笑しながら顔をしかめた。
なぜか読まなくても中身が想像できた私は、顔が一気に火照って真っ赤になった。
恥ずかしさでいっぱいだったが、エドウィンはまったく動じず、目一つ動かさずに静かに微笑んでいた。
「外で待っている間にこの子の泣き声が聞こえてきたのに、保護者としてどうして黙っていられるでしょうか。どうか広い心でご理解ください。」
「受賞しに来た子を、俺が食いでもするっていうのか?」
「ボランティア活動の時にもご覧になったでしょうけど、理由もわからずベルジェを食べようとする奴らが多すぎてですね。」
「……」
言葉を失ったのか、セジャールは口をつぐんだ。
しかし、エドウィンの言葉にどこか納得したような様子を見せた。
しばし沈黙していたセジャールは、仕方がないといった表情で口を開いた。
「……受賞の感想と感謝の言葉を述べるのは、そろそろやめにしよう。」
あまりにも自然なその表情に、私もつい彼と受賞の感想を交わしていたのかと錯覚してしまった。
「それと、帰り道に賞金とトロフィーを持っていけよ。」
「はい、承知しました。」
「それと……」
補佐官に指示していた皇太子がこちらを振り返った。
「約束どおり、1位は君だよ、ベルチェ。」
私が泣いた理由は二人だけの秘密というように、彼が片目をウィンクした。
『それで泣いたんじゃないのに……。』
でも、1位になったこと自体は悪くない報せ。
今後のことを考えたら、アドルフのクソ野郎が受賞もできないままで終わればそれでいいのに。
私は未練を抑えつつ、皇太子にお辞儀をした。
「ありがとうございます。ごきげんよう、殿下!」
「元気で。また会おう。」
皇太子はあっさりと手を振ってくれた。
続いてエドウィンが黙って一礼したが、彼はまったく気にする素振りもなかった。
『この二人、もともと仲良かったんだよね……。』
カルリオスはセジャールを支持していたため、二人は幼い頃から親しくしていた。
そんな二人の関係が、私のせいでぎくしゃくしたように思えて、心が重くなった。
先に背を向けたエドウィンの後を追い、ちょうど扉の前に着いたときだった。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
私はとうとう我慢できず、ぱっと体を反転させた。
「殿下! い、いらっしゃいますか。その、その提案!」
「……?」
「私、一度前向きに考えてみます!」
私の言葉にセジャールの目が見開かれた。
自分でもなぜこんなことを言っているのかわからなかった。
原作を思い返せば、男主人公とはなるべく関わらないようにするべきなのに。
でも――
『……アドルフ・ガラコスをこのままセジャールの心の隙間に入り込ませるわけにはいかない。』
あの男がまた第二皇子に取り入って裏切ったら、それこそ大変なことになる。
すでに起こったことで悔やむのは前世だけで十分だった。
防がなければ。
その場で関係をきっぱり断つのが、今のところ最善策だった。
それが原作の流れに反することになったとしても。
「……ほんと?」
「はい!」
「振り返りもせずに、きっぱり拒絶したのかと思ってたのに……」
私の思いがけない言葉に、硬かった皇太子の表情がふっと緩み、花のように明るく笑った。
「じゃあ、次に会うときは“殿下”じゃなくて“セジャ”って呼んでくれる?」
「セ、セジャ……?」
「うん、セジャール・エスタロド。気軽に呼んでくれていいよ。呼ぶなら“セジャお兄さん”でも“ラド”でもいいし。」
思いがけないフルネームに一瞬面食らっていると、「僕たち、友達になろうって言ったじゃないか。」
皇太子は手慣れた様子で、二人の間にあった曖昧な駆け引きを巧みに締めくくった。
前から思っていたが、彼はまだ幼い年齢にもかかわらず、かなり手際よく振る舞う。
「ん?ベルジェ?」
うまく答えられずにもじもじしている私を、彼が優しく慰めた。
だけどその視線は私ではなく、私の後ろを向いていた。
どこか寂しさを感じさせるまなざし。
私は仕方なく、ぎこちなくエドウィンを振り返った。
彼は、まるで以前私がイスマイルと一緒にいたのを見たときのように、ぴたりと動かず立っていた。
エドウィンの機嫌があまりよくないことはすぐに分かった。
でも今回は、本当に仕方がなかった。
「……はい。そうします。」
セジャールには申し訳ないけど、私が未来を止めようとしているのはすべて、エドウィンと公爵家のためだから。










