こんにちは、ピッコです。
「ニセモノ皇女の居場所はない」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

117話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 別離②
皇女の失踪の事実が万人に公開された。
乳母の訃報と共に。
長年彼女を世話してきた乳母が亡くなり、深い精神的ショックを受けた皇女は呆気なく亡くなった。
それが皇室が示した失踪の理由だった。
人々は突然の発表に当惑を隠せなかった。
こうして帝国は再び皇女の失踪という大事件に直面することになった。
乳母の葬儀は静かに執り行われた。彼
女は不慮の事故で亡くなったと世間には伝えられた。
侵入者の存在は世間に知られてはならなかった。
しかしだからといって、無垢な本物のエレンシアを殺人者に仕立て上げるわけにもいかなかった。
「それでもエレンシアの体に宿ったあの者は、きっと罪を償うことになるでしょう。」
フィローメルは墓石の前に白い花を一輪捧げた。
首都郊外にひっそりと佇む幽霊の墓地は静まり返っていた。
隣に立つナサールが、彼女の手をぎゅっと握った。
「悲しいですか?」
「うん……。」
フィローメルは自分の感情をどう表現すべきか、少し考え込んだ。
「好きだった人ではなかったけれど、こうして墓を見ると、少し寂しい気がします。」
視線は自然と前へ向かった。
フィローメルが置いた花のそばには、慎ましい花かごが置かれていた。
彼らより先に来た客が置いていったものだ。
少し会話を交わしたところ、彼女は自分が学校で平民の子供たちを教えている教師だと紹介した。
彼女は乳母を前にして語った。
「あの方は私たちの学校に毎年寄付をしてくださっていました。幼い頃から家事手伝いをして働いてこられたそうですが、子供たちはそうならないようにと願っておられたそうです。」
7年前に職を失った後も、乳母は決してめげることなく、寄付を続けたと言われている。
フィローメルは小さくため息をついた。
「皇室の金を湯水のごとく使い、贅沢を尽くしても、その一部を寄付するなんて。まったく、人を悪いと言うべきか、良いと言うべきか……。」
正直、死んだ乳母に会えるなら、思い切り怒鳴りつけたかった。
あの子どもたちには天使のような支援者だったのに、なぜ自分には何もしてくれなかったのか。
『乳母と一番長い時間を過ごした子どもは自分だったのに。』
だが、乳母はもう死んでいる。
あの問いに対する答えを聞ける日は永遠に来ない。
ナサールが言った。
「たぶん、両方ともだと思います。良い面も、悪い面も、すべて彼女の一部だったのでしょう。」
「両方……。」
「少しお話ししたいことがあるのですが、よろしいですか?」
ナサールは草の上にそっと座り、ハンカチを取り出して私の隣に広げた。
フィローメルは笑顔を見せ、彼が用意してくれたハンカチの上に座った。
「はい。いくらでも。」
「私の父は決して良い父ではありませんでした。でも、私を大切にしてくれていたのも事実です。」
ナサールは落ち着いた様子で自分の話を語り始めた。
彼の内面の事情を聞くのは初めてのことだ。
フィローメルは遅れて気づいた。
ナサールはいつも彼女の話を静かに耳を傾けて聞いてくれる側だった。
公爵が息子にとても厳しいということは知っていたけれど……
現実は想像以上だった。
鼻の奥がつんとした。
目の前のこの人が、切ない一面を持っているとは思わなかった。
フィローメルは握った手に力を込めた。
硬い感触があった。
それは剣を何千、何万回と振り下ろしてきた手の感触だ。
「今は大丈夫なんですか?お父様が私とあなたの婚約のことを、黙っていられるはずがありませんのに。」
塔主の娘だという事実が明らかになった以上、公爵は決してフィローメルを軽んじていないようだった。
それでも女性を追って魔塔に行くようなことはしないだろうと思った。
「大丈夫です。うまく解決しました。」
「どうやって解決したんですか?ごまかさずに教えてください。」
前回は聞き流したが、今回は違った。
詳しい内情を知りたかった。
「大したことじゃないんですが……。」
ナサールは気恥ずかしそうに両頬を少し赤らめた。
「一度お父様の書斎をひっくり返したら、その後は特に何もおっしゃいませんでした。」
「……あ、そうですか?」
「とにかく、私の言いたいことは誰に対しても長所と短所があるという意味でした。」
彼の言葉には妙に説得力があった。
前にエスカル伯爵家でテーブルを壊してキリオンを捕まえたときから感じていたが……。
『ナサール、意外と気性があるんだな。』
顔は世界で一番優しそうだったが、必ずしもそうとは限らなかった。
フィローメルにだけはいつも優しかった。
皇帝の執務室。
フィローメルは席に座り、水で喉を潤した。
頭の中では、魔塔に向かうルグィーンの言葉が繰り返されていた。
当然だと理解した。
だが、気持ちはついてこなかった。
乳母の無表情を見て、なぜか分からないが責任感が湧いてきたりもした。
フィローメルは皇帝に、自分がここに居続けてもいいのかと問いかけるつもりだった。
もしそれが大丈夫だという答えなら、それは皇宮にこれ以上とどまる言い訳にするつもりだった。
『陛下がそんなに私を求めるなら仕方ないけれど。』
直接、はっきりとした言葉で聞きたかった。
まだすべてが曖昧だった。
これまで彼との関係をしっかり結びつけることができていなかった。
二人とも意識的にそういう話題は避けてきた。
それまで続いてきたかすかな縁が、そこで途切れてしまうのが怖かったのだ。
フィローメルは本に隠された真実を明らかにするまではここを離れることができず、彼もまたフィローメルに慎重に接していた。
しかし、今はもう逃げずに向き合わなければならない時だった。
「長い間待っていたんだな。」
そのとき、机の前で書類を見ていた皇帝が立ち上がり近づいてきた。
「違います、陛下。」
「特別な用件でもあるのか?」
「そういうわけではなく、陛下のご安寧が心配で……。」
フィローメルはそう言いながら、机の上に山積みになった書類を手で軽くなぞった。
「大したことはないから心配しなくてもいい。ところで、フィローメル……。」
皇帝はすぐには答えず、少しためらいながら口を開いた。
「お話しください。」
「……私は、お前の実の父が誰であろうと関係ない。」
「えっ?」
「以前、私がお前を引き取りたいと言った言葉は、今でも有効だ。いや、必ずしも書類上で繋がっていなくても、ずっと……。」
「陛下、そのお言葉は……。」
海のように揺れ動く青い瞳が彼女に向けられた。
「これからもここにいてくれないか?私に、お前ときちんとした関係を築く機会をくれ。」
やはりそうだったのか。
フィローメルはなぜか胸が高鳴るのを感じた。
そうだろうと答えようとしたその時。
コン!
すると外から鈍い音が聞こえた。
何か重いものが床に落ちたようだった。
皇帝は驚いて固まったフィローメルを安心させるようにした。
「大丈夫だ。秘書官がミスをしたようだ。」
「……ポラン伯爵ですか?」
「ポランの代わりに一時的に仕事を任されていた者だ。ポランは体調を崩していてな。」
「まあ、どんな病気ですか……?」
「単なる過労だ。最近の業務が多忙で無理をしていたようだ。」
「そうだったんですね。」
そうだろう。
消えたエレンシアを探せ、皇女の失踪について他人に説明しろ、と言われたら、体が十個あっても足りないだろう。
フィローメルはやせ細った腕で真っ白な伯爵のマントをぎゅっと抱きしめた。
決して体力がありそうには見えないのに、なんとか皇帝の下で耐えていた。
どうにかフィローメルは驚いた胸をなで下ろし、口を開いた。
「それにしても不思議ですね。陛下はあそこにいる人が誰か、見なくても分かるんですね。」
「難しくない。人間はそれぞれ足音や呼吸の仕方が違うからな。」
十分に難しいことですよ。
そう言い返そうとした瞬間、強烈な違和感が胸に湧き上がった。
「ん?」
何か重要な事実を見落としているような、妙な感覚がした。
フィローメルは違和感の正体を探るため、周囲を見渡した。
皇帝の執務室。
そうだ、ここは皇帝の執務室だ。
瞬間的に、昔の記憶の断片が脳裏をよぎった。
『死んだフリをして生きるのよ。気にかける必要もなく、そこにいることすら気づかれないように。』
7年前の記憶。
あの言葉を聞いた時も、フィローメルは皇帝の執務室にいた。
正確には、あの扉の裏に。
気づきは突然やってきた。
「陛下は知っておられたのですね。」
驚くほど静かな声が口からこぼれた。
「……フィローメル?」
「そのとき私があの扉の後ろにいたこと、知っていたんですね……いや、知っていたからこそ。」
フィローメルを見つめる皇帝の瞳が揺れた。
フィローメルが話し出すと、いつも何かを悟ったように表情が変わるのだ。
「その言葉をおっしゃったんですね。」
ユースティスは皇帝だが、卓越した武人でもあった。
骨の髄まで文官の純粋な白爵ならともかく、彼はきっと感じ取っていたはずだ。
扉の向こうに隠れていたことを。
隠れていた幼い子供の記憶。
フィローメルは黙って過去を振り返ってみた。
『なぜ今まで一度も疑おうとしなかったのだろう。』
自分で考えても、ようやく真実にたどり着いたことが不思議だった。
無意識に驚いて忘れようとしていたのかもしれない。
あの日の記憶をできるだけ思い出さないようにしていたのだ。
「これまで私にしようとしていた“告白”がこれだったんですね。」
答えは聞かずとも、その表情でわかった。
皇帝が何度も言おうとして、結局は口にできなかった告白。
一体どんな内容だったのか、偉大なベルレフ皇帝がいつもごまかすように気をそらすのが不思議だった。
でも、そうだったんだ。
たったこれだけ。
実はあの日、わざと聞かせるために話していたのだと。
フィローメルは席から立ち上がった。
「フィローメル、ちょっと待って!」
慌てて立ち上がった皇帝が急いで彼女の腕をつかんだ。
「わ、私が全部悪かった。言い訳はしない。ただ、私の話だけでも聞いて……」
「聞きたくないです!」
フィローメルは力いっぱい彼の手を振り払った。
「私がここに戻ってきたときだって、そのときも私に許しを求めたでしょう。」
逃げ出したが捕まえられたフィローメルにユースティスは謝罪した。
今になって過去を振り返ってみるとどう思うのか。
彼はそう問いかけた。
「そのとき確かに言えなかった答えを、今お伝えします。」
フィローメルはゆっくりと口を開いた。
「やはり私は陛下を許すことはできません。」
突然、はっと気づいた。
その日の記憶が蘇った瞬間、すべてがまるで昨日の出来事のように鮮明に思い出された。
衝撃、恐怖、無力感、悲しみ。
ドアの向こうで震えていた、か弱い子供だった頃の自分に戻ったかのようだった。
『過去に執着していると思っていたけど、そうじゃなかった。』
癒えきれない傷の上に、歳月というほこりが積もっただけだ。
表に出ないからといって克服できたわけではなかった。
今ならわかる、皇帝が自分を娘のように惜しんでくれていたことを。
また、素直に認めた。
彼と一緒に過ごした時間の中には、確かに幸せな瞬間もあった。
だが、だからといって7年前のあの日、彼の記憶にないことがなかったことになるわけではなかった。
傷は独立して存在していた。
それほど明確に。
フィローメルは一字一句、はっきりと告げた。
「私は陛下が嫌いです。」
その言葉が彼に刃となり突き刺さることを、彼女はよく分かっていた。
でも、いいのよ。
あなたも私が傷つくと知りながら、その言葉を口にしたのだから。
「二度と陛下の顔など見たくありません。これからはお互い顔を合わせずに生きていきましょう。」
彼女は冷たく男を見て、ドアへと向かった。
「少ししたら、私の父と一緒に魔塔へ行きます。今日はそのことを伝えに来ました。」
「……待って、フィローメル!」
フィローメルは彼を無視して執務室を出ようとした。
だが。
ガクッ!
「私が悪かった。」
ユースティスがひざまずいた。
ベレロフ帝国の皇帝が自らひざを床につけたのだ。
「お前の気が晴れるなら何でもする。」
「やめてください。」
「フィローメル、お願いだ……」
フィローメルの表情がゆがんだ。
「こんなことをされたら、陛下を許せない私が悪い人みたいじゃないですか。」
男の顔がゆがんだ。
「私を悪い人にしないでください。」
フィローメルは後ずさりし、まるで逃げるように執務室を飛び出した。
「フィローメル!行かないで!」
後ろから声が聞こえたが、皇帝はその場に立ち尽くしたまま動かず、動けないようにも見えた。
フィロメールは走り去った。
「フィローメル!」
北のほうで、獣のような鳴き声のような叫びが長く響き渡った。
フィローメルの足取りは次第に遅くなった。
皇帝の宮殿を出るころには、ゆっくりと足を運んだ。
彼女は感情を抑え、平然とした表情を作った。
こんなことで揺らぐことはない。
きっとこれは些細なこと。
ところが南宮では予想外の客が彼女を待っていた。
「お久しぶりです、フィローメル様!」
「デレス伯爵夫人。」
フィローメルの侍女として働いていたが数か月前に領地に戻ったデレス伯爵夫人だった。
デレス伯爵夫人の隣には、彼女によく似た若い女性がいた。
「レディ・フィローメル、お初にお目にかかります。私はエマ・デレスです。」
「伯爵夫人のお嬢様なのですね。」
「はい、そうです。母からレディのことはよく伺っております。母のお話通り、とても気品あふれる方ですね。」
「お褒めいただき光栄です。」
フィローメルは嬉しいふりをしながらも、冷たい虚しさを感じていた。
『今はただ、何もせずにゆっくりしたいだけなのに。』
しかし、久しぶりに会うデレス伯爵夫人とその娘に、無愛想な態度を取るわけにはいかなかった。
フィローメルは応接室で二人にお茶を出した。
二人はしばらくの間、都に滞在する予定だという。
デレス伯爵夫人は遠慮がちな表情を浮かべながら言った。
「突然訪ねてきて申し訳ありません。本来は娘を連れて軽く都を見て回るだけの予定だったのですが、どうしてもフィローメル様にお会いしたいと娘が言いまして……。」
フィローメルは笑いながら応じた。
「大丈夫ですよ。私と伯爵夫人の間に礼儀なんて必要ありますか。」
「そうですよね! 過ぎた礼儀なんて堅苦しいだけですもの。なのに母はいつも小言ばかりで……」
「こらっ!」
「きゃっ!痛い、叩かないでください!」
エリタで留学していたというエマは、機知に富んだ人だった。
彼女は興味深い話題を選んで、会話をうまく柔らかく進める能力があった。
フィローメルはエマのおかげで、適度に会話に加わることができた。
彼らが彼女の魔塔の父について尋ねようとする時も、適当にうまくかわしてくれた。
会話の話題はいつのまにか幼い頃のフィローメルに移っていた。
母親が気になっていたのだろう。
デレース伯爵夫人は穏やかな微笑みを浮かべ、昔話を語り始めた。
「どんなに可愛かったかしら。そういえば、ある日、皇帝陛下の咳を和らげて差し上げようと、山野草のお茶を煎じてお持ちしたこともあったのよ。」
『ああ……』
それは今、フィローメルが一番聞きたくない話題だった。
フィローメルは表情を崩さないように必死でこらえ、彼女の言葉に耳を傾けた。
感情を内に秘め、表に出さないのはフィローメルの得意技だった。
過去7年間、そうして生きてきた。
だが、そのとき、伯爵夫人の話が途中で止まった。
彼女の顔をじっと見つめた。
「えっと、フィローメル様。」
「はい、夫人。」
「もしかして、最近なにかお気を悪くされるようなことがありましたか?」
「……え?」
「気のせいかもしれませんが、なんだか表情が良くないように見えて……。」
フィローメルには一つ、はっと気づいた事実があった。
デレス伯爵夫人はこの7年間、最も近くで彼女を見守ってくれていたのだ。
フィローメルは自分でも気づかぬうちに、かすれた声で本音をもらした。
「そうかもしれません。私が思っていた以上に、ものすごい衝撃だったのかもしれません。」
両目から涙がこぼれ落ちた。
「まあ!フィローメル様!」
「一体どうされたのですか……」
フィローメルはどうすればいいかわからず、戸惑う二人を落ち着かせた。
「大丈夫です。何でもありません。」
デレース伯爵夫人が語る思い出話を聞きながら、ただ、はっと気づいただけだった。
自分がずっと間違った思い込みをしていたことに。
幼いフィローメルはなぜ皇帝に山野草のお茶を差し出したのか。
ただ生き延びるために権力者の歓心を買おうとしたのか?
違う、愛されたかったのだ。
自分で違うと否定してきたが、実際にはそうだった。
『7年前にあんな言葉を聞いたのに、それでも愛されたかった。』
父の愛情を求める幼い子どもが、彼女の中にずっと生きて息づいていた。
逃げ出したのに再び皇宮に戻ってきたとき、自分を実の娘だと見なすという皇帝の言葉を必死に否定してきたのも、結局は同じような心理だった。
心の中に残った希望を、すでに捨てたと信じてきた願望を、完全に認めたくなかったのだ。
『それでも皇宮に残ったじゃない。』
主な目的は〈皇女エレンシア〉の真実を突き止めることだった。
だが本当に他の気持ちは一切なかったと言えるのだろうか?
フィローメルはようやく認めた。
自分がすべての未練を断ち切ったと思っていた幼い頃の自分に過ぎなかったことを。
フィローメルとユースティスの関係は、今や事実上、破綻したも同然だった。








