こんにちは、ピッコです。
「ニセモノ皇女の居場所はない」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
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又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

123話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 神の存在②
フィロメルはナサールを連れて魔塔のあちこちを案内した。
ほとんど見尽くしたアンヘリウムとは異なり、魔塔は新しさに満ちていた。
二人は未知の世界を探検するかのように魔塔を歩き回った。
白日の下にさらされた真実の労働者に関する問題も無事解決した。
数日前にルグィーンの助けを借りて、世界樹と連絡が取れたのだ。
「なんだって?壊したって?」
トッキは最初は激怒したが、すぐにため息をつきながら言った。
「まあ、勇者が異邦人と対峙する過程で壊したなら仕方ないさ。もともとそういう時に使うものなんだから。」
「理解してくださってありがとうございます。」
幸いにも、ひと息つけた。
だけど……。
フィロメルは慎重に尋ねた。
「世界樹様は、私のことを本当に勇者だと思っているんですか?」
「えぇ?何の話?」
声だけ聞いても、耳がぴょこんと立ったウサギの目が目に浮かぶようだった。
「ついでに自分の枝と側近まで巻き込んじゃったのに!」
「でも、勇者って称号は、私がルグィーンを説得したからもらっただけで……。」
「まあまあ!この勇者、言うことがちょっと…!」
「実際、客観的に見れば、私って勇者っぽくないじゃないですか。」
「どこが違うって?」
「力が強いわけでもなく、かといって使命感がずば抜けてるわけでもなく……」
「俺だってそうだ。そんなものは大したことじゃない。」
「え?」
「いつからか、命を懸けて上級モンスターを倒すのが勇者の務めみたいになったけどさ、本来、勇者ってそういう存在じゃなかったんだよ!」
「じゃあ?」
「始まりの勇者、バルバドの伝説を知ってるだろ?」
「この地で暮らしていて、それを知らない人はほとんどいません。」
太初の勇者バルバド。
遥か昔、邪悪な悪魔を打ち払い、世界を救ったとされる伝説の人物。
神殿で十年に一度、勇士を選ぶのも、バルバドの偉業を称えるための儀式であった。
「バルバドも最初から世界を救うという大それた目的を持って故郷を飛び出したわけではない。」
そうだ。
伝説の始まりは、小さな善意から生まれた。
隣家に住む子どもが重い病にかかり、治療薬を買うために悪徳商人に金を借りに行った青年。
『その過程で、たまたま商人と領主の裏の繋がりを知っちゃって、結局それをぶっ壊すことになったんだ。』
村の領主に食い物にされてた冴えない田舎者が、まさか後に一時代の英雄になるなんて――誰が想像できただろう。
セゲスは胸を張って大声で叫ぶ。
「大事なのはな!苦しんでる人を助けたいっていう気持ちだ!それこそが一番大切なんだよ!」
「おっしゃることは分かりますけど……私、そこまで善人でもないんですけどね……」
「なんでそんなに自己評価低いんだ? お前、前に妖精族やドワーフ族からも認められただろ!」
「それは……まあ、流れで……」
「伝染病の治療薬が完成するよう手助けしたじゃないか!」
「……その話、どうして知ってるんですか?」
世間にはほとんど知られていないはずなのに。
「エルリタの王が、この前、俺の前で祈ってるのを見たんだよ。」
「なるほど……。」
世界樹に向かって祈りを捧げれば、その願いは木の枝を伝って天へ届く――。
そんな信仰から、身分の高い者たちも望みがあればこぞって世界樹を訪れた。
「おまえは二つの種族を救い、さらに伝染病の治療薬まで作ったじゃないか。おまえ以外に“勇者”の称号が似合うやつがいるか?」
「……そう言われると……。」
なんだかくすぐったくて、気恥ずかしい気分になる。
フィロメルはこれまで、自分の行動を「大それたこと」だと思ったことなんてなかった。
『ただ、無理のない範囲で、できる限り人を助けただけ……。』
だから、セゲスから勇者の称号をもらったときも、正直ピンと来なかった。
……でも。
胸がドキドキする。
そんなふうに言われると、自分が本当に偉大な人間になった気がしてしまう。
そんなフィロメルの気持ちを見透かしたように、セゲスが口を開いた。
「分かっただろ?ケロベロスを倒したとかいう人間より、よっぽどお前のほうが勇者にふさわしいんだ!」
それは、キリオンの物語だった。
「勇者になるために、ただモンスターを倒す――そんな行為が、本当に“勇者”の意味だと思うか?」
「……ご利益ってやつかな。」
兎は楽しげに跳ねながら、ふっと声を潜めた。
「それとね、これ、勇者さまにだけ特別に教えてあげるんだけど……」
「なんです?」
「昨日、大神官が私のところに来て言ってたんだ。今回の代の勇者には“バルバドの剣”を授けるってさ。」
「えっ!?あのバルバドが使ってたっていう本物の剣ですか!?」
「そう!そう言って祈ってたんだよ!」
「でもあの剣って、昔の火災で灰になって消えたって聞きましたけど……?」
「私もそう思ってた!でも実は焼け落ちたふりをして、ずっと神殿の奥で隠されてたみたいなんだ。」
勇者バルバドが悪魔を討つときに使ったという剣。
伝説によれば、その刃には「邪悪を滅ぼす力」が宿っているらしい。
セゲスは話を続けた。
「大神官もずいぶん悩んでるみたいでな。夢の中で何か啓示を受けたらしいんだ。バルバドの剣が目覚めたってことは、よっぽど重大なことなんだろう。」
その言葉に、フィロメルも思わず真剣な顔になる。
――もしかして侵入者に関する啓示?それとも、イエリスと関係が……?
だが、セゲスはそれとは別のことを口にした。
「……でも、そんな大事な話を、俺なんかに漏らして大丈夫なんですか?」
セゲスはホホホと笑った。
「もうすぐ勇者の選抜式だろ?俺が選んだ勇者候補になら、それくらい教えても構わんさ。要するに、勇者選抜の舞台を盛り上げてくれるってわけさ!」
勇者選抜式――それは十年に一度、神殿で行われる大イベント。
(ああ、そういえばもうすぐ開催だったな……。)
もっとも「選抜」とは言っても、今回有力視されているのはキリオンただ一人。
他に候補らしい候補はなく、彼が本命と目されていた。
(そういえば、前の代も前々代も、勇者ってやつは結局モンスター討伐の途中で命を落としてたっけな……。)
最近では“勇者”という言葉が、ほとんど“キリオン”を指す代名詞のように使われるほどだった。
「ま、とにかく選抜式のときは気合い入れろよ! 俺も応援してやるから、そこでくたばるんじゃないぞ!」
そう言い残して、世界樹は一方的に通信を切った。
フィロメルは呆けたように、自分の手に残された通信石をただ見つめるしかなかった。
「まさか……私に勇者の選抜式に出ろって言ってるのか?」
確かにセゲスに勇者と認められはしたけど、それとこれとは話が別だ。
もし本当にそうなったら――大勢の前で、キリオンと正面からぶつかることになる。
「冗談じゃない。」
フィロメルは苦笑しながら、自分の頬を軽く叩いてみせた。
「……っていうか、私、そんなに覇気がないように見える?」
そういえば、似たようなことをナサールにも言われたっけ。
「悩みがあるなら、いつでも私に話してください。」って。
そう言われても、正直いって悩みなんてなかった。
最近のフィロメルの生活は、驚くほど穏やかだったのだ。
魔塔での暮らしは意外と快適で、魔法使いたちともまだぎこちないながらも、少しずつ距離が縮まっている最中だった。
なにより、この場所には大切な人たちがいる。
ナサール、ルグィーン、レクシオン、カーディン、ジェレミア……。
彼女が心から好きだと思える人たちが。
「――私は大丈夫だから。だから、私の大切な人たちを守って。お願い。」
その瞬間、ふとよみがえった記憶に、フィロメルは思わず息を呑んだ。
――エレンシア。
『君はそう言っていたね。』
自分の体が奪われ、暗闇の中で震えていながらも、最後には他人を優先した少女。
正直に言えば、心に引っかかっている。
体は自由になったけど、心の方はそうじゃなかった。
普通に過ごしていても、不意にエレンシアの顔が脳裏に浮かぶ。
皇帝の前で書きかけて破り捨てた、あの数十枚の手紙のように。
フィロメルは、ハッと気づいた。
『……今の安穏さなんて、俺は全然好きじゃない。』
正直になろう。
自分はエレンシアを助けたい。
彼女を父親に会わせてやりたい。
理由なんて分からない。
ただ、あの子があまりに不憫でならないから――。
なぜだろう。
どうしてか、あの人の姿が頭から離れない。
(どうして……?)
ルグィーンの言う通り、フィロメルにとってエレンシアはただの通りすがりの人だ。
夢だったのか、現実だったのかすら曖昧な、一度きりの邂逅。
「……違う。そんなはずない。」
気づけば、否定の言葉が口をついて出ていた。
エレンシアは、ただの他人なんかじゃない。
決してそう呼べる存在じゃない。
フィロメルはずっと昔からエレンシアを知っていた。
――そう、本の中で。
『皇女エレンシア』。
その書物のおかげで。
たとえその本が歪められていたとしても、そこには確かに、本物のエレンシアの欠片が刻まれていたのだ。
建国祭の日、遊びに行ったのに雨で台無しになって落ち込んだこと。
誕生日プレゼントをもらって大喜びしたこと。
カトリンにひどく叱られて泣いたこと。
――そして、親友にすら秘密にしていたことまで。
フィロメルは全部知っていた。
幼いころからエレンシアの物語を何度も何度も読み返してきたのだ。
本がボロボロになるまで。
だから、自分はあの物語と一緒に育ってきた――そう言っても過言じゃない。
正直に言えば、エレンシアを強く慕っていたわけじゃなかった。
むしろ、彼女が偽物であることがバレないように、どうか姿を現さないでくれと、神に祈ったことのほうが多いくらいだ。
――それでも。
いつの間にか、心を奪われてしまっていた。
カトリンにいくら邪険にされても、笑顔を失わなかったあの少女に。
忘れかけていたその想いは、夢の中でエレンシアと再会したことで再び蘇った。
エレンシアは昔から強い子だった。
父親がいないと近所の子どもたちにからかわれても、決して屈しなかった少女。
フィロメルは苦しいとき、そんなエレンシアを思い出して「自分も負けられない」と心を奮い立たせてきた。
そして今もまた、そうしなければならないときだった。
彼女は決意を込めて立ち上がる。
「……何かをしなきゃ。」
エレンシアが必死に耐えているというのに、自分だけが萎れているわけにはいかなかった。
まずは情報が必要だ。









