こんにちは、ピッコです。
「ニセモノ皇女の居場所はない」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

124話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 微笑みの裏側
あの日以来、ルグィーンはフィローメルにエレンシアに関する情報を一切与えてこなかった。
フィローメルは、彼をそれとなく話題に出しても、ルグィーンはただ料理に夢中になるばかりで、はぐらかされてしまった。
『忙しそうにしてるけど……明らかに何か隠してるよね。』
フィローメルは小さくため息をつく。
「ルグィーンから情報を引き出すのは無理そうだな。だとしたら、次の手は……」
そんなことを考えながら歩いていたその日、フィローメルは道を行くレクシオンの姿を見つけた。
フィローメルは彼を呼び止めた。
「これ、私がさっき作ったんです。ちょっと味見してみてください。」
差し出された包みを開いたレクシオンは、驚いたように目を瞬かせた。
「……クッキー?」
「はい。王宮にいたとき、ヘリスさんに教えてもらったレシピで作ったんです。」
「ヘリスって……《虹色菓子店》の店主の?」
そう、あの店。
フィローメルがジェレミアを連れて行って、二人でアップルパイを食べた、忘れられない店だ。
その後、ヘリスは王宮に特別に呼ばれて、御用達の菓子職人になったほどの腕前。
「そうなんです。アップルパイの作り方も教えてもらいました。とりあえず、クッキーを焼いてみたんです。」
「なるほど、香りもいいし美味しそうですね。」
「さあ、食べてみてください。」
「それじゃ、一ついただこうかな。」
レクシオンはハート型のクッキーをひとつつまみ、口に入れた。
フィローメルはその様子をじっと見つめる。
昨日から必死に作ってきたクッキーが、ようやく報われる気がして。
『ルグィーン以外で信用できる人間なら、やっぱりレクシオンしかいないな。』
ジェレミアは横で子どもと遊んでいて、カーディンは特に興味を示していないようだった。
「うん、甘くて美味しいですよ。」
「本当ですか?」
「はい。ありがたくいただきます。」
「また作ってあげますね。」
「楽しみにしています。」
「ちなみに……レクシオンさんに手作りをあげるの、これが初めてなんですよ。」
「…………」
その一言に、レクシオンは動きを止めた。
鋭い眼差しが一瞬揺らぎ、胸の奥で何かが波立つ。
(ちょっと待て……。論理的に考えろ。最初に彼女の手作りを受け取ったのが俺……?)
ルグィーンでもなく、小細工好きなカーディンでもなく、甘いものに目がないジェレミアでもなく――よりによって自分だなんて。
「…………」
レクシオンは微妙に複雑な表情を浮かべ、末っ子の妹をじっと見つめた。
「やっぱり、何か望んでるんですね。」
「正解!」
「じゃあ、まずは話を聞いてみましょうか。」
「侵入者の件が今どう進んでいるのか、教えてください。」
「申し訳ありませんが……それは無理です。」
答えは驚くほどきっぱりしていた。
「クッキーまで食べておいて、それはひどくないですか!」
「ダメなものはダメです。」
「そこをなんとか、少しだけでも!」
「ダメだと言ってるでしょう。」
「……レクシオンが教えてくれたって、誰にも言いませんから!」
「ルグィーン様に聞いてみてください。」
押し問答の末に、フィローメルはとうとう強引にそう言ってしまった。
だが、レクシオンは眉一つ動かさず、まるで壁のように揺るがなかった。
「ちっ……。」
思わず視線を落としたフィローメルに、彼はようやく口を開いた。
「時が来れば、ルグィーン様ご自身から教えてくださるはずです。それまでは堪えてください。」
「……。」
心配してくれているのは分かっていた。
その思いやりが胸に刺さり、これ以上食い下がることはできなかった。
(でも……それにしたって。どうしてここまで隠す必要があるの……?)
疑問が喉元まで込み上げたが、フィローメルは結局飲み込むしかなかった。
「わかりました。仕方ないですね。」
「ご理解いただけて幸いです。」
伏せられた睫毛。
真昼の光の下で浮かんだ微笑み。
けれど、その横顔にはどうしようもない疲れがにじんで見えた。
『……まあ、レクシオンだって抱えてることは山ほどあるよな。』
王宮にいた頃に積み重なった案件に加え、次々舞い込む新しい仕事。
しかも、侵入者の件まで抱えているのだから。
「レクシオン、無理して笑う必要なんてないですよ。」
「……え?」
一瞬、その笑顔が消えた。
「いや、その……だから、その……。時々レクシオンを見てると……ときどき、無理して笑ってるように見えるんです。」
思わず口にしてしまった一言に、(余計なことを……!)と後悔の念がじわりと込み上げる。
「もし気分を害したなら、ごめんなさい。ただの私の思い込みです。」
フィローメルが慌てて取り繕うと、レクシオンはゆっくりと首を振った。
「……いいえ。そんなふうに言われたのは初めてで、少し驚いただけです。」
そう言うと、彼はしばし無言でクッキーをかじり、やがて静かに問いかけてきた。
「ですが――どうして、そう思ったんですか?」
「えっと……なんでだろう。自分でもはっきりとは……。」
自分でも理由を言葉にできなくて、フィローメルは困惑した。
ただ胸の奥で、確かな直感がそう告げている気がした。
「正直に言うと……共感、ですかね。私も笑いたくないのに笑ったこと、何度もありましたから。」
本心は仮面の奥に隠したまま、いつも穏やかに微笑んでいた。
――まあ、貴族なら誰でもそうだろうけど。
けれど、フィローメルは自分でも驚くくらい、その傾向が強かった。
「だから、レクシオンを見てると、昔の自分と重なる気がして……つい。」
顔を合わせるうちに気づいたことがある。
彼の笑みの裏には、どうしようもない虚しさが潜んでいるのだ。
フィローメルも、それを突っ込むことはできなかった。
あまりにも個人的で、踏み込めない領域だから。
「…………」
レクシオンはフィローメルの言葉に、あれこれ返すこともなく、ただ菓子の袋を軽く揺らして見せた。
「とにかく……お菓子、ありがとう。」
そう言って去っていく背中を見送りながら、フィローメルは小さく息をついた。
(やっぱり……レクシオンには通じないんだ。)
彼の前では強がって見せても、本当の気持ちを打ち明けることはできなかった。
フィローメルは部屋に戻ると、衣装棚からひとつのヴェールを取り出した。
淡く青い光を帯びた、半透明のヴェール。
「……ここまでやるつもりじゃなかったのに。」
ヴェールを身にまとい、彼女は静かに部屋を後にする。
――そのとき、廊下を通りかかった人影があった。
フィローメルは、ルグィーンの執務室へと向かう魔法使いの後ろ姿を追って中へ入った。
「…………」
しかし、その男の視線はフィローメルを素通りし、別の方向へと向かったまま通り過ぎていく。
いつもなら交わすはずの挨拶すらなく。
『……効いてる!』
もちろん、彼がフィローメルを無視したわけじゃない。
これはベールの効果だ。
ジェレミアの好感度が上がったことで新しく手に入れたアイテム――。
その名も《無知のベール》。
身につければ他人の目に映らなくなるだけでなく、存在感そのものを消してしまう強力な効果を持っていた。
『……名前が“透明”じゃなくて“無知”なのはなんでだろうな。どういう意味があるのかは分からないけど……まあ、いいわ。』
フィローメルは静かに彼の後ろ姿を追った。
そして、彼が扉を開けて部屋へ入るタイミングで、するりと一緒に入り込んだ。
ルグィーンの前に立つと少し緊張したが、幸い彼は特に怪しむ様子も見せなかった。
やはり《星明かり商会》の商品は優秀だ――気配を隠すにはもってこいだった。
「こちら、今日中に処理していただきたい書類です。モンスター観測所からの報告で……」
「面倒だな。ケネディにやらせろ。」
「駄目です!これは魔塔主様が目を通さなければ!」
そんなやり取りが交わされ、日常の風景が流れていく。
そして、用件を終えた魔法使いが退室し、部屋にはルグィーンだけが残った。
「はぁ~、めんどくさい。めんどくさくて死にそうだ。」
魔法使いはぶつぶつ言いながら仕事を片付けていた。
どうやら侵入者関連の案件ではなさそうだ。
フィローメルは応接用の椅子に腰を下ろし、暇つぶしに周囲を観察する。
近くにいた助手の少女の手元に目を向けた。
『あれ……なんだ?時間旅行装置?』
彼女は巨大な時計のような装置に取り付けられたダイヤルを、真剣な顔で読み取っていた。
そのとき、報告の声が響く。
「パイラン峡谷に派遣した者たちから報告が入りました!」
レクシオンが部屋に入ってきた。
「……で、何だ?」
「監獄の隅々まで探したが、イエリスの手下らしき怪しい影は見つかりませんでした。」
その報告に、魔塔主は舌打ちをした。
「ちっ……どこに潜んでやがる。影も形も見えやしねえ。」
「神殿の監視を逃れて、千年以上も身を隠して生き延びた連中ですから。」
「……神殿側の動きはどうだ?」
「どうやら今回の件を嗅ぎつけたようで、内部はかなりざわついております。雰囲気も不穏で。」
「ふん……案外、間抜けってわけでもなさそうだな。」
「皇帝陛下は?」
「行方不明になった娘を探して、国中を奔走しておられる最中です。ですが、逃げられてしまい、捕縛には失敗したとのことです。」
「そいつがイエリスのことに気づく前に始末しろ。わかってるな?」
二人の会話に耳をそばだてていたフィローメルは思わず息をのむ。
『……始末って、何を!?』
しかも、さっきからただならぬ雰囲気を漂わせているし……。
レクシオンがためらいがちに口を開いた。
「でも……本当にそんなことしていいんですか?」
「何の話だ?」
「……フィローメルの言うことが正しいとしたら、陛下は……」
ルクインは鼻で笑った。
「お前までどうした? 俺のやり方に口を挟むつもりか?」
彼が机を軽く叩き、低く言い放つ。
「当然、殺すべきだろう。」
フィローメルは思わず息を呑んだ。
「ですが……フィローメルの話では、その体の中にはまだ“本物の皇女”の意識が残っているようなのです。」
「そんなこと知るか。俺は自分の娘を守るだけで手一杯だ。他人の娘なんて興味はない。」
「……フィローメルが知ったら、きっと深く傷つきます。」
レクシオンがフィローメルの名を出すと、ルグィーンの険しい態度がわずかに和らぐ。
「……なら、せめて俺たちが楽しませてやればいい。それで十分だろう。だからこそ、あの皇女は必ず消さなければならない。」
冷徹にそう言い放つ魔塔主。
「考えてみろ。たとえ捕らえたとしても、侵入者の魂だけを取り出せる保証なんてどこにもない。」
「……それは、確かに。」
「しかも、背後には悪神が絡んでいる。あちらに情けをかければ、逆にこちらが破滅するぞ。」
「合理的な判断です。」
「なら、なぜ迷う?まさか情でも移ったのか?」
「そんなはずありません。ただ……未来の危険が気になるだけです。もし皇女が死ねば、皇帝が黙って見過ごすとは思えません。表向きは大人しくしていても、いずれ報復は避けられないでしょう。可能性があるとすれば……」
「そんなの簡単に片付く。」
「どうやって?」
「皇帝を先に殺せばいい。」
レクシオンは苛立たしげに吐き捨てるように言った。
「またその話ですか?前にも言いましたよね。帝国の皇帝は太陽神の力を扱えるって。」
「だから正面から挑む必要はない。暗殺すればいいんだ。」
「……皇帝を、裏庭の犬みたいに簡単に殺せると思ってるんですか?」
「普段なら無理だろう。だが、今は状況が違う。」
魔塔主の声には、どこか冷笑めいた響きが混じっていた。
「皇帝があちこち駆け回れば、当然警護の手も緩む。しかも最近は、どうやら正気を失っているらしいじゃないか?」
「……まあ、確かに。あちらに潜ませた者たちの報告によると、理性を欠いたような奇行が目立つそうです。」
「絶好の機会だな。」
「もし皇女と皇帝、二人とも消えるようなことになれば――フィローメルは……」
「ははっ、まったく都合がいい。これは“必要な仕事”でもあるのだよ。」
「……ですが、なぜフィローメルが関係してくるのです?」
「とぼけるな。あの子が宮殿を去るとき、やけに動揺していたじゃないか。理由は一つだろう?」
「……やっぱり、皇帝と十字派の間で何かがあったんでしょうね。」
「そうだろうな。まあ当人は傷つくかもしれんが、結果的には悪くない話だ。」
その後もしばらく言葉を交わしたが、結局は平行線。
レクシオンがしびれを切らして口をつぐんだ。
「……もう知りません。責任はルグィーン様が一人で負ってください。」
「構わん。ただ――暗殺の方法を探っておけ。いざという時に役に立つかもしれん。」
「はあ?なんですって?」
「俺が皇帝に誕生日祝いとして贈った“カーフス団の短剣”のことだ。」
――あの晩餐会で、彼が皇帝に渡した小箱。
中身はやはり、カーフス団の秘蔵の短剣だった。
「……ああ、その件ですか。」
「宮廷の魔法師たちですら見抜けないほどの追跡魔法を仕込んだって聞いていたが?」
「残念ながら、あっさり破壊されました。」
「なに!?いつだ!」
「皇帝が受け取った直後に、その場で粉々にされましたよ。……ああ、ルグィーン様はすぐにフィローメルのもとへ行かれていたので、ご覧になれなかったでしょうけど。」
「……あの野郎、やはり気に食わん。始末しろ。」
そう吐き捨てると、レクシオンは執務室を退出した。
ルグィーンも一度は机に腰を下ろしたが、すぐに席を立ち去っていった。
フィローメルは呆然としたまま、魔塔主の執務室をあとにした。
(……二人を殺す、ですって?)
はっきり耳に届いた言葉なのに、信じられなかった。
「……話し合わなきゃ。絶対に、止めないと。」
フィローメルはルグィーンの計画をどう止めればいいか考え込んだまま、その夜はとうとう眠れなかった。








