ニセモノ皇女の居場所はない

ニセモノ皇女の居場所はない【138話】ネタバレ




 

こんにちは、ピッコです。

「ニセモノ皇女の居場所はない」を紹介させていただきます。

ネタバレ満載の紹介となっております。

漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。

又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

【ニセモノ皇女の居場所はない】まとめ こんにちは、ピッコです。 「ニセモノ皇女の居場所はない」を紹介させていただきます。 ネタバレ満載の紹介と...

 




 

138話 ネタバレ

登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

  • バルバドの剣

イエリスは、はっと目を覚ました。

ちょうど、フィロメルの意識から押し出されるような形で、眠りから覚めたのだ。

悪心は、自分を追い詰めてきた少女の顔を思い浮かべた。

「手強い子だったわ」

――それでも、実に魅力的。

「次の依代は、あの子にしようかしら?」

だが、そろそろこの身体も限界だった。

肉体の主であるマリカは、器としては及第点だったものの、神を長く宿し続けた代償として、ゆっくりと枯れていきつつあった。

そのとき、轟音が彼女の鼓膜を打った。

周囲が、やけに騒がしい。

「……何が起きたの?」

精神への介入というのは、どうにも厄介だ。

他人の内奥へ踏み込む代わりに、自分自身もまた、無防備になってしまうのだから。

ガン!

突如として、彼女がいた寝室の扉が砕け散った。

軋む音とともに、一つの人影が姿を現す。

「見つけた」

黄金色の瞳を持つ男は、愉快そうに口角を上げた。

ドドドドン!

男が言葉を言い終えるより早く、凄まじい魔力の弾丸が放たれる。

室内の調度品は、無残に破壊された。

「挨拶もなしに攻撃とは、ずいぶん無作法だな」

だが、激しい攻撃にもかかわらず、イエリスの身体には傷一つない。

彼女の周囲に広がる闇が、すべての弾丸を呑み込んでいた。

「俺が裏稼業上がりだから、礼儀作法なんて厄介なことは忘れた」

全身を血に染めた男が、そこに立っていた。

イエリスは、すでにその正体に思い当たっていた。

「――魔塔主」

だが、それでも腑に落ちない点が残る存在だった。

「どうして、ここにいるの?」

フィロメルの精神を覗いた時、あの男は間違いなく大神殿にいたはずだ。

転移魔法を使えば一瞬で移動することも不可能ではないが……。

イエリスは神経を研ぎ澄まし、外部の気配を探った。

「攻撃魔法陣を、起動して!」

「マリカ様の寝室を守れ!」

「すでに防衛線が突破された!」

「きゃあああっ!」

信徒たちの悲鳴が次々と上がる。

鼻をつく、生々しい血の匂い。

教団の本拠地は、いままさに襲撃を受けていた。

敵は、深紅のローブをまとう魔法使いの集団。

おかしい。

時間的に辻褄が合わない。

「これほど大規模な攻撃を、囮もなしに仕掛けるはずがない。それに、娘の勇者試験を見届けてから抜け出したというのも不自然だ……」

理解は早かった。

「ああ、分身か」

「そう、分身だよ。わざわざ教えてあげたんだから、もう十分だろ?」

再び、無数の攻撃魔法が雨のように降り注ぐ。

ガガガガガァン――!

今度の威力は凄まじく、寝室の天井が丸ごと吹き飛びかねないほどだった。

闇をまとったイエリスは、上方へと身を躍らせる。

魔塔主もまた、彼女を追って転移した先へと姿を現した。

「ネズミみたいに、よく逃げ回ること」

悪心は、嘲るような笑みを浮かべる。

「調子に乗るな。せいぜい憎悪と恨みを糧に、かろうじて力を保っているだけの存在だろう?」

「俺が糧にしてるって?何をだよ」

男は鼻で笑った。

「今朝だって、娘がくれた猫用の餌を食べてきたばかりなんだがな」

分身側の話である。

ルグィーンは、まだ皇宮に滞在していた頃の記憶を思い出した。

「人間って本当に変だよな。猫に、人間が食べるものを食べさせるんだから」

フィロメルはそう言いながら、人の味覚に合わせた餌を手作りして与えていた。

「正直、味はあまり良くなかったけど」

それでも娘の熱心さに打たれ、彼は毎回きれいに平らげていた。

そのせいか、フィロメルは自分の手作り餌をとても気に入っていた。

極端な話、それを袋に詰めて大殿堂にまで持って行ったほどだ。

「……フィル……」

置いてきたフィロメルのことが、ふと胸に引っかかった。

だが――大丈夫だ。

娘のそばには、息子たちがいる。

(鬱陶しい連中だけど……ああいう人間も、確かにいる)

次いで思い浮かんだ二つの顔に、ルグィーンは舌打ちした。

中年女性の身体を器にした悪心が、低く告げる。

「娘、ね。大神殿にいるから、せいぜい“勇者になる娘”を応援している程度だと思っていたわ」

「俺はな」

ルグィーンの視線は、揺るがない。

「子どもが進む道くらい、あらかじめ掃除しておく――そういう性分の父親なんだ」

ルグィーンは、フィロメルが勇者になること自体に異を唱えるつもりはなかった。

だが、それと“悪心”を放置するかどうかは、まったくの別問題だ。

「ずいぶんと長生きしてきたようだな。まさか、正面から神を殺せるとでも思っているのか?」

「できるかどうかは、やってみなければ分からないさ」

「持てる力のすべてを使って、ぶつかってみろ」

「言われなくても、そのつもりだ。よくも俺の娘の夢に土足で踏み込んでくれたな?」

「ふふ、分身からの報告も実に早い」

「お前の手際も、なかなかのものだ」

余裕の笑みを浮かべる邪神を前に、ルグィーンは自らの魔力を解き放った。

長い一日になりそうだった。

 



 

「分かってる。分かってはいるけど……」

それでも、やはり無謀だ。

人の身で、悪心に真っ向から挑むなど。

いくらルグィーンが規格外に強かろうと、悪心がまだ完全に封印を解かれていないとはいえ、あまりにも危険な賭けだった。

フィロメルは、奥歯をぎゅっと噛みしめる。

「……戻ってきたら覚悟しなさいよ。今度こそ、本気で殴るから」

レキシオンが、苦笑しながら肩をすくめた。

「悪心よりも、よほど過酷な試練がルグィーン様を待っていそうですね」

そのとき、皇帝が静かに口を開いた。

「――それで。魔塔で洗い出した連中の“本命”は、どこにいる?」

その声には、決して引き下がらぬという、鋼のような決意が滲んでいた。

「そこにはエレンシアの身体もある。私が直接行かなければならない」

ナサールも前へと歩み出る。

「非力ではありますが、私も力になります。父上をお一人で戦わせるわけにはいきません」

ジェレミアは皇帝の問いに答えた。

「場所は分かりません。私たちにも、徹底して伏せられていました」

カーディンが自分の胸をどん、と叩く。

「俺も戦いたい!でもルグィーンは、俺たちは深入りせず、フィルのそばにいろって言ったんだ!」

「私は情報を盗み見て、どこか知っています」

その言葉に、全員の視線がレクシオンへと集まった。

「ただし、この件についてはルグィーン様から“深入りするな”と、きつく釘を刺されています。今回ばかりは、口先だけの説教で済むとは思えませんね」

「レクシオン!」

フィロメルが名を呼ぶと、彼は肩をすくめて苦笑した。

「とはいえ、親の言葉を聞き流すのも、子どもの特権でしょう?」

場所を告げられた瞬間、皇帝は思わず舌を打った。

「距離があるな……。俺なら問題ないが、腕の立たない魔法使いは何度か分けて転移する必要がある」

皇族に伝わる神聖魔法は、一般の魔法とは根本から性質が異なる。

「私が先に行く」

皇帝が自らの眷属を呼び、状況を伝えようとした、その時。

「お待ちください」

フィロメルが彼を呼び止めた。

「何か言いたいことがあるのか?」

「私も……」

言いかけて、彼女は言葉を飲み込んだ。

皇帝は彼女を、いたわるような眼差しで見つめた。

「フィロメル……お前を連れて行きたいのは山々だが、連れてはいけない。その場所は、今まさに戦場に……行くか」

「分かりました」

フィロメルが勇者になったとはいえ、純粋な戦力面では、彼女よりも他に適任者がいるのは否定できない。

だからといって、ルグィーンが前線で戦っている間、彼女だけが黙って待っていられるはずもなかった。

「この中で、最も早く現地に到達できるのは誰だ?」

レクシオンは兄弟たちと一瞬だけ視線を交わし、慎重に口を開いた。

「我々が回復薬を飲みつつ、交代で転移魔法を使ったとしても……人数が増えれば増えるほど、追加で消費される魔力が大きくなります。結果的に、途中で休息を挟まざるを得なくなるでしょう」

言外に含まれたのは――“少人数、もしくは単独行動が最適解”という結論だった。

皇帝は、次の言葉を受け取った。

「それなら、私が行きます」

「陛下、少しだけ出発を遅らせていただけませんか?」

「理由は?」

「バルバドの剣を、お持ちください」

二人はすでに、予言に語られていた悪神のことと、バルバドの剣がその存在を討つ鍵であることを推測していた。

『今の私は騎士になった。だから、バルバドの剣を受け取る資格がある』

ユースティスは眉をひそめた。

「意図は理解した。しかし、今は一刻を争う状況だ」

「…………」

もしかすると、皇帝の判断は正しいのかもしれない。

今は、聖剣の所在などを気にしている余裕はない状況だ。

――だが。

「私は、神を相手にするのなら、ありふれた手段では足りないと思っています」

フィロメルはユースティスの視線から逃げず、はっきりと言い切った。

それは、他でもない――自分自身の判断を信じての言葉だった。

「単純な武力であれば、ルグィーンや魔法師団だけでも十分に対処できます。けれど、私たちに必要なのは……それとは“別種”の力です」

ユースティスは目を閉じ、静かに思案に沈んだ。

そして、しばしの沈黙の後――ゆっくりと瞼を開いた。

「お前の言い分にも一理ある」

「陛下……!」

「お前の手にバルバドの剣が渡るまで、どれほど時間がかかる?」

「おそらく、正式に騎士として任命された後に、剣を授かることになるかと」

「遅すぎる。任命は選抜儀式の中でも最も格式が高く、時間のかかる手続きだ」

「はい。ですから、今から大神官にお会いしようと考えています」

「大神官に?」

「現状を正確に説明し、バルバドの剣をお借りしようと思います」

神殿にとっても、悪神の復活を阻止することが最優先事項であるはずだ。

「長く待ってはいられない」

「はい。二十分……いえ、十分だけ時間をいただければ、必ず神殿側を説得してみせます」

「分かった。こちらからも、神殿には話を通しておこう」

ユースティスは側近に向け、その件についての指示を静かに下した。

「ただし。皇室と神殿の関係は、決して良好とは言えない。私が直接出向けば、向こうは圧力だと受け取るだろう」

「……ですから、私一人で行きます」

勇者であるのは、他の誰でもない――フィロメル自身なのだから。

 



 

しばらくして。

フィロメルはすぐに大神官の居所へ向かい、面会することができた。

大神官――すべての神官の頂点に立ち、教団の中枢に位置する存在。

その大神官の前で、フィロメルは自らの考えを述べた。

「……つきましては、私は勇者バルバドの剣を、一時的にお借りしたく存じます」

返答は厳しかった。

「それは慣例に反します!」

「バルバドの剣が勇者に授けられるものであることは、ご存じのはずでしょう?」

「これは、我々の極秘情報が漏洩したことを意味する重大事案です!」

「魔塔、あるいは帝国皇室が神殿を探った――その事実を、受け入れろとおっしゃるのですか?」

大神官の座を取り囲む長老たちが、声を荒らげた。

フィロメルは一人ひとりと視線を交わし、怯むことなく言い切る。

「情報であれば、世界樹様より伺いました。そして、悪神イエリスの復活が目前に迫っている――それに関する案件が大半ではありませんか?」

「それは……」

「今この瞬間にも、命を懸けて戦い、倒れていく者たちがいます。バルバドの剣を一刻も早くお貸しいただければ、たった一人でも多く救えるかもしれません」

心を尽くしての訴えだった。

そのとき、大神官が手を上げると、他の神官たちは一斉に静まり返った。

「皆、下がりなさい」

「しかし、大神官様……」

「下がれ」

その断固とした口調に、彼らは逆らえず、部屋を後にした。

大神官は、しわだらけの手で杖を強く握りしめ、口を開いた。

「君が今回の代の勇者か。長く生きてきたが、これほどはっきり物を言う勇者を見るのは初めてだ。操り人形ではなく、支配者たちに対しても言うべきことを言える勇者とはな」

「大神官様、そのお言葉はありがたいのですが、今は時間が……」

「分かってる、分かってる。要は――バルバドの剣を貸してほしい、そういう話だろう?」

「……はい」

「いいだろう。今すぐ渡そう」

「え?本当ですか?」

「どうした、気に入らないのか?」

「い、いえ!違います!」

あまりにもあっさりと了承されたことに、フィロメルはただ驚いただけだった。

その心情を見抜いたのか、大神官は呵々と笑う。

「どうせ渡すつもりだった代物だ。早かろうが遅かろうが、結果は同じだろう?」

「……ありがとうございます!」

フィロメルは深く頭を下げた。

「世界樹様が、そのような情報まで託すほどに君を信頼しておられるのだ。ならば、私も信じよう」

大神官は杖を手に取り、席から立ち上がった。

「さあ、急いでバルバドの剣が安置されている場所へ向かおう」

「それはどこですか?」

「すぐ隣の建物だ」

フィロメルは大神官とともに部屋を出た。

そして、外で待っていたナサールに視線を送った。

話がうまくまとまったという合図だ。

これで彼は皇帝のもとへ戻り、この知らせを伝えることができる。

大神官は慣例を重んじつつも、周囲の反対を一度でまとめ上げ、そのまま歩き出した。

隣接する建物――大神殿の聖遺物保管庫へと入り、三階に差しかかったところで、大神官が口を開いた。

「ここから先は、大神官と勇者のみが立ち入れる」

二人は、大神官にしては珍しいほどの速足で回廊を進む。

息を切らしながらも、彼は人の良い老爺のような口調で語りかけてきた。

「少しの時間だ。昔話でもしてやろうか?」

特別そんな気分ではなかったが、フィロメルは黙って頷いた。

「これから君が相対する悪神についての話だ。聞いておいて損はあるまい」

そう前置きして、彼は語り始めた。

創造神ミオが世界の終焉をもたらそうとした悪神を封印する。

その役目を果たすまで、フィロメルが知っている限りでは、あの人は「生きて」いた。

「封印が解けることを恐れた創造神は、先に旅立たれたのだ」

「え?眠りについたわけではないんですか?」

封印にほとんどすべての力を注ぎ込んだミオは、深い眠りに落ちた。

フィロメルの知る限りでは、そうだった。

大神官は静かにうなずいた。

「世間にはそのように伝えられているが、大神官にのみ代々伝わる神話は異なる」

「では、ミオ神はどこへ行かれたのですか?」

「この世界ではない、別の世界へ渡られた」

「別の世界、ですか?」

「いや、神界でもない別の場所だ。神託によれば――そこで“夢”を見ておられるそうだ」

別の世界と、夢。

なぜだか胸に引っかかる言葉だった。

「どんな夢なんですか?」

「この世界の夢だよ。あのお方は――この世界を、心から愛しておられた」

「それほど愛していたのに……なぜ、この世界を去ったんですか?」

「そうしなければ、悪神を完全に封じることができなかったからだ」

大神官は、悪神イエリスの封印について、静かに、しかし詳細に語っていく。

始まりがあるものには、必ず終わりがある――その理を、諭すように。

いかなるものも、一度創造された以上、終焉もまた必然である。

ミオとイエリスは、まるで一枚の硬貨の表と裏のような存在だ。

ミオがこの世界に留まる限り、イエリスはいずれ必ず目覚め、復活する。

「だからこそ、ミオ神は力の一部だけをこの世界に残し、別の世界へ旅立たれたのだ」

「でも、それでもイエリスは復活しようとしているじゃないですか」

大神官はしばし沈黙し、やがて重々しい声で答えた。

「実のところ、ミオ神の力は今も戻りつつある」

「力、というと……?」

「大陸各地で、この世界へ介入する力が観測されている」

大神官の、年輪を重ねた鋭い眼差しが、フィロメルを射抜いた。

「そうしているうちに、君の父上もまた私のもとを訪ねてきた。その力の正体を知りたい、とね」

父――ルグィーン。

「美と神がこの世界を去ったという真実は、公にされてはならなかった。だから当時の私は、口を閉ざすしかなかったのだ」

ルグィーンが長年追い求めてきた、正体不明の現象。

彼の魔力、そしてエステリオンと酷似した――人為的に作られた力。

フィロメルと、その父は早くから、その正体を“ゲームシステム”だと結論づけていた。

「だがそのシステムというもの――実のところ、美と神の力、そのものなのだ」

フィロメルは直感した。

これは聞き流していい話ではない。

彼女の表情をどう読み取ったのか、大神官ははっきりと告げた。

「そう緊張せんでいい。君ひとりで悪神を相手にせねばならんわけではない。我ら神殿もいる」

そう言って、彼は指で窓の外を示した。

「ほら、あの塔が見えるか?」

大神殿の庭の中央に、精巧な装飾が施された石の塔がそびえ立っていた。

「救済の塔ですね」

神官たちが、はるか昔から自らの神聖力を少しずつ蓄えてきた塔だ。

「今や、膨大な神性が集まりつつある。たとえ悪神が再び姿を現したとしても、正面から抗えるほどにな」

――ならば。ならば、あの塔で戦うルグィーンを救う術はないのか。

フィロメルが、まさにそう問いかけようとした、その瞬間だった。

ぶるり、と。

懐に忍ばせていた通信石が震え、淡い光を放った。

状況が状況だ。後回しにするつもりだった。

だが、相手の名を認識した瞬間、彼女は即座に手を取っていた。

「……ルグィーン!」

返答は、ない。

悪神の本拠へ踏み込んで以降、彼との通信は完全に途絶えていたのだ。

嫌な予感が胸を締めつける。

「どうなっているの……?無事なの?悪神は――」

呼びかけは、虚空へと溶けていった。

通信石は、ただ静かに沈黙を守るばかりだった。

問いを畳みかけるフィロメルの耳元で、切迫した声が響いた。

――フィル、今どこにいるんだ?

「だ、大神殿だけど……」

――逃げろ!そこじゃない!奴は今、大神殿にいる!

フィロメルがその意味をきちんと理解するより早く、事態は動いた。

ガンッ!

その瞬間、耳が潰れるのではないかと思うほどの轟音とともに、衝撃がフィロメルを飲み込んだ。

彼女は次の衝撃に備えて身をかがめ、しばらくしてから、ゆっくりと体を起こした。

「いったい……何が……」

粉々に砕け散った窓ガラスの向こうに、外の光景が映り込んだ。

救世の塔が――爆発したのだ。

「救世の塔が……!」

大司官の顔が、動揺と絶望に歪む。

かつて大神殿の誇りであったその塔は、原形すら留めず完全に崩壊していた。

爆発の衝撃で四方へ飛び散った瓦礫により、周辺一帯は壊滅的な被害を受けている。

「誰か、助けてくれ!」

瓦礫の下敷きになった人を引きずり出そうと、必死に叫ぶ者の声が響いた。

だが、災厄はそれだけでは終わらない。

空から――剣が、降り注いでいた。

それは何かが、かつて塔があった場所へと落下したことを意味していた。

そして、それが地面に触れた瞬間、巨大な“茎”が一瞬にして天を衝くほどの高さまで伸び上がった。

――茎。

正確には落下したとは言い切れないが、あの異様な物体を表す言葉は、それ以外に見当たらなかった。

大神官は言葉を失った。

「……あれは、一体……?」

我に返る暇などない。

呆然と見ている場合ではなかった。

「悪神です!」

ルグィーンが叫ぶ。

「あれは間違いなくイエリスの触手です!早く、バルバドの剣を手にしてください!」

なぜ、疑いもしなかったのだろう。

悪神は、フィロメルの精神へと深く侵入していた。

『物理的にも、私はあなたのすぐ傍にいたのよ』

混乱の最中にあっても、ひとつだけはっきりしていることがあった。

大神殿は――危機に瀕している。

フィロメルは、足を引きずる大神官を支えながら、バルバドの剣が安置された宝物庫へと辿り着いた。

「うああああっ!」

大神官が神聖力を解き放つと、金庫の扉が軋みを上げて開く。

「……これが、バルバドの剣ね」

フィロメルは手渡された剣を、注意深く観察した。

――鈍く、飾り気がない。

全体的に柄は使い込まれており、鍔もなく、柄頭に至るまで装飾は一切なく、ただ革だけで作られている。

すっと、鞘から剣を抜くと、刃先もまたすっかり欠けていた。

――見れば見るほど、当然だ。

バルバドは伝説に名を残す人物であり、彼が使っていた武器であるなら、この剣が途方もなく古いのも無理はない。

聖剣であるがゆえに、ここまでの状態で保たれていたのだろう。

不幸中の幸いと言えるのは、これが短剣であり、フィロメルでも無理なく扱える重さだったことだ。

「……え?」

よく見ると、剣身がほのかに光を帯びている。

それに気づいた大神官が、静かに口を開いた。

「君を、主として認めたのだろう。この剣には、持ち主の善き心根を見抜く加護があると伝えられている」

そう言われると、少し照れくさい。

フィロメルは剣を手に取った。

「さあ、外へ行きましょう!」

一階へと向かう途中、大神官は、彼が少し前に授かったという予言の詳細を語ってくれた。

「その剣で悪神の心臓を貫けば、世界に平和が訪れる――そういう予言だった」

剣で心臓を。

神の言葉と違い、直接的で分かりやすい。

一階に近づいたとき、彼らは別の一団と鉢合わせた。

「大司祭様!こちらにいらっしゃいましたか!」

「今、大変なことになっています!」

大司祭を探していた神官たちだった。

大司祭が答える。

「私も見た。救世の塔が破壊され、奇妙な物体が現れたな。」

「それだけではありません!」

フィロメルは、彼らの顔に浮かぶ感情を読み取った。

「――モンスターです!」

「その、植物みたいな場所から……無数のモンスターが出現しています!」

それは、極限の恐怖そのものだった。

 



 

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