こんにちは、ピッコです。
「メイドになったお姫様」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
131話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 破滅へと向かう足音
貴族たちは、顔を歪めて叫んだ。
「姫君は正気を失われたのです!」
「その通りだ! まともな判断力があれば、こんな愚かな真似はしない!」
怒号が飛び交い、謁見の間の空気は一気に険悪なものへと変わる。
「私は決して、そのような考えに同調などいたしません!」
「私も同意見です。姫君の背後に帝国軍がいようと、反乱軍がいようと関係ない。我らはアシルンド王国の名を守り抜く!」
貴族たちの中央に立つアクテール侯爵も、重々しく頷いた。
「その通りだ。確かに姫君は帝国を後ろ盾に好き放題仰っているが、だからといって我らを無視して事を進められると思わないことだ」
もし貴族を敵に回したまま新国家を樹立すれば、国内はたちまち二分される。そうなれば、新たな国が安定するはずもない。
――シアナも、その程度のことは分かっているはずだ。
貴族たちは互いに視線を交わし、小さく頷き合った。そこには、特権を守るための揺るぎない結束の意志が宿っていた。
「アレクシア伯爵から書簡が届きました。新国家への支持を表明する内容です」
「サロン男爵からも同意書が来てるよ。見てみなよ、この熱量。『必要とあらば何でも命じてほしい』だってさ」
グレイスとチュチュの報告に、シアナは軽く目を細めて微笑んだ。
「ありがたいことですね」
グレイスはその穏やかな表情を見て、ぱちりと瞬きをした。
――誰が思うだろう。つい先日、あの場で“悪女”のような顔で貴族たちを震え上がらせた人物と、同一人物だなんて。
あの日、シアナが貴族たちと対峙した際、グレイスとチュチュは自ら彼女の侍女役を買って出た。正式な侍女がいなかった彼女を支えるためだ。
そして――二人は目の当たりにした。
まず一つ目は、濃い化粧で別人のように変貌したシアナの姿。
二つ目は、誰一人として軽んじることができないほどの、圧倒的な威圧感と傲然とした振る舞い。
そして三つ目は……。
「貴族たちがあそこまで私の言葉に反応した理由、どうしてだと思う? 会議が終わった後の顔、見たでしょう。だから私は、彼らが簡単にあなたの言うことを聞くとは思わなかったのよ」
チュチュもグレイスの言葉に頷きながら、シアナを見つめた。シアナは淡々と答える。
「別に特別なことを見抜いたわけじゃないわ。この国の貴族がどういう人間か、ちゃんと理解していただけよ」
アシルンド王国の伝統を背負っていた彼女とは対照的に、貴族たちには愛国心など欠片もなかった。彼らの関心はただ一つ、どうすれば少しでも自分たちの利益になるか――それだけだった。
「最近、革命軍の勢いは無視できないほど強まっていますし……決定的なのは、私の背後には帝国があるということです」
もちろんシアナは、それをわざわざ誇示したりはしなかった。しかし、シアナは二人に視線をやりながら続けた。
「私の侍女として立っている二人が、帝国風のドレスを着ているうえに、帝国の紋章まで身につけていますから」
さらにグレイスからは、皇族特有の威厳と気品があふれていた。貴族たちが気づかないはずがない。彼女が帝国の高位貴族の女性であることに。
「表には出さなくても、内心では驚いていたでしょうね。ただの一人の女性を、これほどの侍女として従えているのだから……。シアナ公主が帝国で持つ影響力は、彼らの想像をはるかに超えている。そう思わざるを得なかったはずよ」
シアナの言葉に、グレイスが肩をすくめた。
「まあ、私も少しは楽しんでたけどね……」
チュチュは満足げに笑った。
「公主様の狙いどおり、ちゃんと怖がってくれてよかったですぅ」
会議が終わった直後、二人は「もう少し強く圧をかけてもよかったかも」と物足りなさを感じていた。だが、次々と届く書簡を見て、その考えはすぐに変わった。
グレイスは机に積まれた封書を眺めながら言う。
「帝国の顔色を見て、素直にこっちについたのは分かる。でも、それを差し引いても……ちょっと違和感があるわね」
違和感の正体は明白だった。貴族たちからの書簡が、やけに“必死”だったことだ。
「ほんとですよぉ。これ見たら、シアナ様に逆らったら即処刑されるって脅されたみたいに見えますよねぇ」
チュチュは冗談めかして言った。しかしシアナは、すべてお見通しだと言わんばかりの表情で口を開いた。
「まあ、実際は少し“脅し”も入ってるけどね」
「え?」
グレイスとチュチュが同時に目を丸くする。そんな二人を見て、シアナは淡々と続けた。
「会議が終わってすぐ、貴族の一人ひとりに手紙を送ったの」
その手紙は、単に“新国家への賛同”を求めるものではなかった。内容は、もっと踏み込んだ――彼女たちの過去の罪を暴くものだった。
<サロン男爵夫人へ。覚えていらっしゃるかしら?
ずいぶん前のティーパーティーで、あなたはこうおっしゃっていましたよね。私が母の目の届かないところで、貴族たちに無礼な挨拶をし、下品な言葉を吐いていた、と。
……あの発言、どういうおつもりでなさったのですか?>
シアナの脳裏に、当時の光景が蘇る。
体裁を整えるために、自分を利用した男爵夫人。ティーパーティーから戻った母は、シアナを呼びつけて激しく叱責した。シアナは弁明も許されず、ただ唇を噛み締めて耐えるしかなかった。あまりにも屈辱的で、苦しい時間。
――それは一生忘れられない記憶。そして、母に取り入っていたサロン男爵夫人の名前も。
<アレクシア伯爵へ。
あなたの愛しい次女であり、いつも“誠実”に私を苦しめてくださったロジェ嬢は、お元気かしら?
彼女にされたことは数え切れませんが、中でも一番印象に残っているのは――私のデビュタント舞踏会の日のこと。ロジェ嬢は、わざと足を引っかけて私を転ばせましたよね。>
床に倒れたシアナを見下ろしながら、ロジェは嘲るように囁いたのだ。
『その顔で背だけ伸びても、結局はみっともない小娘じゃない。どうしてそれで公主なの? 悔しかったら、国王陛下と王妃陛下にでも言いつければ?』
誰も自分の味方をしてくれないことを知っていて、愉悦に浸っていた卑しい少女。
<ロジェ、聞かせてほしいの。あなたとあなたの家が生き残るためには、これからどうすればいいと思う?>
そして、もう一通。
<アクテール侯爵へ。
あなたと私の縁は、ずいぶん深いものでしたね。奥方と死別されたあと、王宮へ婚姻の申し入れを送られたでしょう? まだ十八だった私に――です。祖父ほど年の離れた方との結婚だなんて、さすがにどうかと思いましたが……。
正直、気は進みませんでしたが、驚いたことに父上も母上も乗り気でした。だってあなたが提示した持参金、桁違いでしたもの。もし帝国軍が来なかったら、あの冗談みたいな縁談、本当に成立していたかもしれませんね>
シアナは淡々と、しかし容赦なく続ける。
「まあ、過ぎたことを責めるつもりはありません。ただ――一つだけ忠告して差し上げます」
一拍置いて、冷たく言い放った。
「見苦しくあがくのはやめて、静かに終わりを待ちなさい。――この、卑しい一族め」
「…………」
言葉を失った空気の中で、グレイスとチュチュは思わずシアナを見つめた。二人とも、彼女がこれまで貴族たちにまともに扱われてこなかったことは知っていたが、ここまで凄惨な扱いを受けていたとは思いもしなかったのだ。
次の瞬間、二人の表情が一変する。まるで封じられていたものが解き放たれたかのように、怒りが溢れ出した。腕の筋が浮き上がり、今にも何かを叩き壊しそうな勢いだった。
「怒ってくれてありがとう。でも大丈夫です」
シアナは静かにそう言った。
「何が大丈夫なのよ。まさかあんな連中を許すつもりじゃないでしょうね?」
グレイスが目を吊り上げる。シアナはわずかに目を細め、冷ややかに答えた。
「許す?――まさか」
その一言に、場の空気が凍りついた。
「ただ、順番があるだけです。今は、あの人たちをどうこうするより先に――やるべきことがあります。ここで感情のまま動けば、全部台無しになります」
「へぇ、ちゃんと考えてるじゃないの」
チュチュが腕を組み、ふんと鼻を鳴らす。シアナは小さく頷いた。
「……あの人たちは、もう逃げ場がありませんから。相応の罰を与えるつもりなので、大丈夫という意味です」
実は、貴族たちが知らない事実が一つあった。彼らは今からでもシアナに従い、新しい国づくりに協力すれば、自分たちのすべてを守れると勘違いしていた。確かに、シアナは約束を守る。だが――。
「私が約束したのは“貴族という身分”を残すことだけです。家門の名誉や財産まで守るとは言っていませんよ」
その言葉は、静かに、そして深く突き刺さった。
新しい国が始まる瞬間、貴族たちは賛成・反対に関係なく、その財産の大半を没収される。それだけでは終わらない。
「これまでは、貴族の罪を軽々しく裁けない法律がありました。そのせいで、どれだけ罪を犯しても見逃されてきたのです。でも――新しい国では一切の特権は認められず、過去の罪を一つ残らず洗い直します。そうなれば、牢に入らずに済む貴族などいないでしょう」
ほとんどの貴族が金で罪をもみ消し、平民を道具のように扱い、時には命すら奪い、国の財を私物のように浪費してきたのだ。彼らは皆、紛れもない犯罪者だった。
「彼らを守ってきた特権も財も消え、残るのは裁きと貧しさだけ。それでようやく、彼らのしてきたことの代償になるでしょう」
シアナは視線を落とし、静かに呟いた。グレイスとチュチュは言葉を失い、ただシアナを見つめる。
やがてグレイスが小さく息を吐いた。
「……会議のときに見たあなた、あれが本当のあなたなのね」
「それが本当の顔、なんじゃない?」
チュチュがぽつりと呟き、額に浮かんだ汗を拭いながら頷いた。
一週間も経たないうちに、アシルンド王国の全貴族から新国家建設への同意書が届いた。街には革命軍を中心とした新しい時代の到来を告げる声が広がり、どこもかしこも熱気にざわめいていた。
そんな熱気とは対照的な静寂の中、二人の人物が向き合っていた。アシルンド王国の公主シアナと、帝国軍の将軍ダルタン。新国家に関する協議のための会談だった。
本来なら少しでも有利な条件を引き出そうと激しく駆け引きが行われる場面だが、この日の交渉は驚くほどスムーズに進んでいた。
ダルタンはシアナから受け取った書類に目を通しながら口を開く。
「帝国軍としては、公主様が提示された条件を――すべて受け入れましょう」
新国家の成立を認め、帝国軍は全面撤退する――そういう内容だった。ダルタンは続けて条件を口にする。
「その代わり、帝国へは四半期ごとに“神秘の花”を三十輪ずつお送りください。すべて、わずかな傷も能力の損失もない完璧な状態で」
シアナは背筋を伸ばしたまま、ふっと微笑む。
「構いません」
驚くほどあっさりと、交渉は幕を閉じた。
報告を聞いた革命軍の隊長ベラは、目を丸くした。
「ここまで持ってくるために、どれだけ準備したと思ってるのよ……なのに帝国が、本当に花を数十本受け取るだけで引き下がるなんて……」
思わずため息が漏れる。その“花”がただの花ではないことを、ベラはまだ実感しきれていないようだった。
「“血の皇太子”の力、相当なものってわけね」
シアナは否定しなかった。帝都にいるラシドが裏で手を回し、交渉を円滑に進めたのは事実だったからだ。だが、それだけではない。
「予想どおり、帝国の皇族や貴族たちの“花”への執着はかなり強いみたいですね」
小国一つの支配権程度なら、帝国にとっては奪っても奪わなくても大差ない。だが――あの花は違う。ベラは眉をひそめた。
「ほんと、上の連中の考えは理解できないわ。どれだけ不思議な力があったって、ただの花でしょ? 結局は草の塊じゃない」
「“一つの宝”しか持たない者より、“九十九の宝”を持つ者のほうが、残りの一つにも強く執着するものですよ。特にそれが、他では手に入らない唯一無二のものなら――なおさら、手放せなくなる。つまり、より深く縛りつける方法、ということです」
多くを持つ者ほど、さらに多くを欲しがる。それが人間の欲だ。ベラは理解できないという顔でシアナを見つめた。
「……で、これからどうするの?」
「三十輪すべてが咲くには時間がかかります。ですからまず十輪咲いた段階で帝国へ渡します。そうすれば、王国に駐留している帝国軍の半分は撤退します。残りは、すべて揃った後に引き上げる――その約束です」
指先で机を軽く叩きながら、シアナは迷いなく答える。ベラは腕を組み、難しい顔をした。
「……全部揃うまで待つには、時間がかかりすぎるわね」
「ええ。だからこそ“その日”を決めました」
シアナの視線がわずかに鋭くなる。
「帝国軍が第一次撤退を行う日――その日に合わせて、アシルンド王国の終焉と新国家の成立を宣言します。この地に生きるすべての人の前で」
ベラは息を呑み、無意識に背筋を伸ばした。
新しく始まる国は、以前のアシルンド王国とはまったく異なっていた。最大の違いは、民衆が選んだ者たちで構成された議会が国を運営するという点だ。
もちろん、それで王族や貴族が完全に消えるわけではなかった。民衆の中には、まだ古い王国への未練や懐かしさを抱く者もいたため、急激な変化は拒否感につながる恐れがあった。そのため、シアナは王族と貴族の名前だけは形式的に残すことにしたのだ。
「でも、それは言葉どおり形だけが残るという意味です。王族と貴族が持っていたすべての特権と権力は消えるでしょう」
はっきりとした声でそう語るシアナを、ベラは複雑なまなざしで見つめた。
(時々、目の前にいるこの小さな姫君が、まだたった十八歳だということを忘れてしまう……)
普段はただ素直で優しい少女のように見える。だが、姫として物事を進めるときは、誰よりも冷静で冷酷だった。そして、いつからかシアナがそんな行動を取るたびに、ベラの胸の奥はどくどくと高鳴るようになっていた。
(私より十歳も年下の子に、どうしてこんなに心が揺れるんだ。革命軍の活動を始めてから長い間、恋愛から遠ざかっていたせいだろうか。それとも、彼女に出会ってから物事がうまくいきすぎて、体がおかしくなったのだろうか……)
なぜこんな感情が芽生えたのかと悩みに沈んでいるベラに、シアナが分厚い書類の束を差し出した。
「これは何だ?」
「これまで整理してきた権限委任書です」
目を細めたベラは、紙を一枚ずつ読み進めた。そこに書かれていた内容の大半は、次のようなものだった。
-
王族が所有していたすべての財産と土地は、国家の所有へと移行する。
-
王宮は国家の行政業務を行う施設へと転用し、宮内の書籍や美術品はすべての人が閲覧・鑑賞できるよう公開する。
予想もしていなかった内容に、ページをめくっていたベラの手がぴたりと止まった。顔から血の気が引き、震える声でつぶやく。
「“神秘の花”に関するすべての権利も、国家に――委任するって?」
「はい」
シアナはこくりとうなずいた。
新国家にとって、“神秘の花”は自国を守る盾であり、荒れ果てた土地に資源と食糧をもたらす希望そのものだ。しかし、その花には一つ問題があった。アシルンド王家の血を引く直系の者の声で呪文を唱えなければ、花は咲かない。つまり、この世界で花を咲かせられるのは、シアナただ一人なのだ。
「新しい国が成長していく上で最も重要な資源なのに、私一人がそれを管理しているとなれば、不安に思う人も多いはずです。だから、権利委任書を用意しました。この書類がある限り、私を含めて誰であっても個人的な感情で花を勝手に使ったり、売ったりすることはできません。その花は国の財産ですから」
「……」
ベラは思わず口をぽかんと開けた。
シアナはすでに革命軍に対して、これ以上ないほど多くのものを与えていた。民衆の支持を取り付け、貴族たちの同意も得て、帝国軍との交渉まで成功させたのだ。それなのに、ここでさらに何かを差し出すというのか。
ベラはしかめた顔で、ぶっきらぼうに言った。
「なあ、姫さん。あんた、どこかの田舎にいる俺のばあちゃんか? それとも行きつけの食堂の女将か?」
「……違いますけど?」
首をかしげるシアナに、ベラは声を荒げた。
「じゃあなんで、自分のもんをこれ以上手放そうとするんだよ! まるで施しでもするみたいに渡してくるじゃないか!」
ベラの言葉に、シアナは目を丸くした。そしてすぐに、ふっと眉を下げて愛おしそうに微笑んだ。
「その前提からして間違っています。もともとあれは全部、私のものではありませんでした。元の持ち主に返しているだけです。ですから、感謝する必要も、気を遣う必要もありません。どうか遠慮なく受け取って、この地に新しい国を築くために使ってください」
肩ほどの背丈しかない小さな姫の言葉に、ベラはなぜか涙がこぼれそうになるのを感じた。
(くそ……また心臓が鳴ってる)
さっきのような細かな高鳴りではない。
「ドン、ドン」と、胸の奥を強く、深く打ち付けるような確かな音が、静かな部屋に響いていた。ベラは気まずそうな顔を隠すように、シアナから渡された書類の束をぎゅっと握りしめた。