育児もの小説の悪役に転生しました

育児もの小説の悪役に転生しました【22話】ネタバレ




 

こんにちは、ピッコです。

「育児もの小説の悪役に転生しました」を紹介させていただきます。

ネタバレ満載の紹介となっております。

漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。

又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

【育児もの小説の悪役に転生しました】まとめ こんにちは、ピッコです。 「育児もの小説の悪役に転生しました」を紹介させていただきます。 ネタバレ満載の...

 




 

22話 ネタバレ

登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

  • 薔薇宮の悪夢

ビビとレイモンに「もう口を挟まないでください」と告げた翌日。カストライン家の者が誰も入宮しなかった日。そして、私が目を覚ましているにもかかわらず、まだ目覚めていないふりを続けて四日目の朝だった。

早朝から、エイドリアン皇太子がどうしようもない曖昧な表情を浮かべてやって来た。

「薔薇宮に幽霊が出るんだって?」

私は朝食に出された半熟卵を噛んでいた口をぴたりと止めた。つるりと黄身が口の中から流れ出た。

「……え?」
「昨日、薔薇宮に入った侍女が一人、泣き叫びながら飛び出してきたんだ。幽霊の持っていた剣が自分を殺そうとしたって叫びながらね。みんなが見ている前で衛兵に捕まって、連れていかれたらしい」
「連れていかれた?」
「クレオ皇妃殿下がその侍女を拘束して、この件は深刻だから薔薇宮を正式に調査しなければならないと仰ったそうだ」

一瞬、背中に冷たい汗が流れた。

あ、そうだ。あのイモティコンの剣……あいつがいたんだ!

カストライン公爵家にうっかりその剣の存在を話したり、回収してほしいと頼んだりするのも気が引けて、心の片隅に思い出しつつも、そのまま忘れていた。

よりによって、その剣を私に贈った張本人であるクレオ皇妃が、薔薇宮を調査すると言い出したって? 怪しすぎる。どう考えても怪しかった。私は下りていた階段でぴたりと足を止め、尋ねた。

「……それで?」
「皇帝陛下が昨日、正式にその調査を許可なさったそうです」
「……なさった?」
「近日中に、ティタニア皇女に私的な呪いをかけ、今回の事件を引き起こした黒幕を突き止め、処断すると公言なさいました」
「……捜査は昨日始まったばかりなのでしょう? もう呪いが既成事実になったのですか?」
「魔獣と戦って負った外傷は、すでに大神官の治療で治っているはずだし、一緒に襲撃を受けたカストライン公爵家の養女は、指一本傷つくことなく無事なのだから」

エイドリアンは私の口元にハンカチを当てながら話を続けた。

「以前、薔薇宮でティタニア皇女が混乱状態に陥っていたこともある。それに薔薇宮で騒動が続いている以上、もしかするとティタニア皇女が呪われたのは間違いで……何か別の原因があるのかもしれないってさ」
「わあ、めちゃくちゃだ!」

完全にめちゃくちゃだ! 頭がおかしくなりそうだった。

私は乾いた笑いを漏らしながら髪をかきむしった。エイドリアンは、私の口元を拭ったハンカチを畳んで片づけながら、そんな私を見て苦笑した。

すべてボナマナ皇妃の策略だ。

わあ、薔薇宮の侍女たちを連れて行って司祭に尋問させることで、せめて一矢報いたつもりだったのに。まさか、こんなふうに後頭部を殴られるなんて?

「それで、何か心当たりでもあるんですか?」
「……そ、その剣のことです。実はクレオ皇妃殿下が私にくださった剣なんです。魔法剣だか名剣だかって……」
「クレオ皇妃が? あなたに剣を?」
「レイモン公爵に渡してほしい、その代わり自分は奉献祭に連れていってほしいと言われて……」
「どうりで、あなたが突然、自分から奉献祭に行くと言い出したわけね」

ようやく事情を理解したらしく、エイドリアンは舌打ちした。私は目の前が真っ暗になるような気がした。

ライル王国から帰ってきてから、もうかなり経っていた。最初のころはエイドリアンと適度に距離を置いていた私も、ひとまず病み上がりの身だし、屋敷の主の部屋に居候して、少し寝返りを打つことすら億劫だったので床に敷物を敷いて気楽に過ごしていた。

エイドリアン本人も、私がどんな態度を取ろうが本当に親しい友人のように気にする素振りを見せなかったので気楽だった。

まあ、そんなことはどうでもいい。皇妃の目の前で皇后宮に頭を下げるだけでも、すでに皇妃からは「気に入らない奴、排除する」と目をつけられていそうだったのに。どうせ悪党になるしかなかった身とはいえ、これはあまりにも分が悪すぎる。

だから私は、例の怪しい契約や、あの剣が私に話しかけてくるという事実だけを伏せ、適当に事実と嘘を織り交ぜながら説明した。

「いえ、あの剣に何か問題があるような気がして、渡さずにいたんです。それから事故に遭って寝込んでいる間に、よりによって私の部屋にあった剣に足が触れたわけでもないのに、どうして急に……」
「留守の宮に盗みに入る使用人がどれほど多いか知ってる? 度胸のある女が、君の部屋を荒らしていたらしいよ」
「……まだナタリー侍女長がクレオ皇妃側だから、呪いの証拠を捏造すれば通りはするだろうけど、よりによってこの時期に誰が薔薇宮を呪ったなんて話を作り上げて、どこに使うつもりなんだ……」

あ。

私とエイドリアンの視線が激しくぶつかった。

「……皇妃が正気なら、カストライン公爵家を黒幕に仕立てたりはしないよね?」
「まさか。あのカストライン公爵家が、いまだに意識を取り戻していないティタニアを殺そうとしているなんて言い出したりは――失敗したと偽装することはできるかもしれないけど、本当に仇同士になって争うって話なんだから、そこまではしないんじゃない?」
「じゃあ? まさか皇后陛下が?」

エイドリアンが苦々しげに言った。

「犯人を突き止めずに終わらせる可能性もある。とにかく死にかけた当事者は君なのに、君があれこれ首を突っ込んで否定したら話が合わなくなるから」
「皇妃は、その剣を自分がくれたという事実を絶対に明かさないでしょう?」
「当然だろ」
「たとえ明かしたとしても、『まあ! あなたはペーパーナイフすらまともに持ったことのないか弱い手をしているのに、そんなあなたに剣を贈る理由なんてあるかしら? 愛しい――』」
「……もしかしたら、私たちのブリアンなら分からないかもしれない。そんなことを言って否定するでしょうし……」
「わあ、ティタニア。本当にクレオ皇妃殿下のことをよく分かっているんだね!」

私はエイドリアンの心からの感嘆にますます憂鬱になり、オレンジジュースのカップを一気に空けた。

「でも、あの剣は私が持っていないといけないんです。他の人の手に渡ったらダメなのに……」
「どうして?」
他人が持つと魔剣になるんですよ! 本当に! 下手をすれば人が死ぬんです!

私はさすがにそこまでは言えず、唇を引きつらせるだけだった。エイドリアンが肩をすくめながら言った。

「でも、その剣が怪しい剣ではあるみたい。誰が触れても電気が流れるせいで、動かすこともできなかったんだって? 結局、ソードエキスパート級の騎士が来て、ようやく剣を拾うことができたらしいよ」

もともとあの剣にはそんな機能はなかった気がするけれど、持ち主として認めた剣だから、そうなるのか……? 契約者以外の人には、みんなそんなふうに反応するのだろうか。

いずれにせよ、本人でもないのに魔剣で着実にイメージメイキングを重ねているようだった。私は話を聞けば聞くほど頭が痛くなった。

「でも、皇妃が何を狙っているのかは分かった気がする。呪いを解かなければあなたが目を覚まさないという口実で……カストライン公爵家が口を出せない大司祭を――」
「個人的に招待して、あなたに会わせようというつもりだったのに」
「そのついでに、皇后宮で取り調べを受けた侍女たちは、本当にティタニア皇女の『呪い』を解くために身を投げ出した立派な侍女たちになれるってわけね? 絶対に追い出せなくなるわ。過去のことは水に流して、そのまま抱えて生きろって?」
「実は、それをひっくり返してやろうとしてるんじゃないかとも思うけど」

エイドリアンが苦笑した。

私が「さあ、主人への忠誠心を証明してみなさい」と、苦行に侍女たちをずるずる引きずり出したところ、クレオ皇妃が、「まあ、こんな祈りなんて、本当に呪われた人間がするようなものなのに」と言って、ありもしない呪いを作り上げてしまったのだ。

イモティコンの剣が、本当に他人にとっては魔剣と変わらないものだなんて事前に知る由もなかったし、偶然にも皇妃の計画とイモティコンの剣が現れた時期が重なっただけなのかもしれない。

薔薇宮の警備がめちゃくちゃだったことを知る者は誰もいない。私を守ることもできず、持ち場すらまともに守っていなかった衛兵たちは牢獄で、クレオ皇妃の企みに都合のいい証言をしてくれていることだろう。侍女たちは言うまでもない。

「それに、おそらく皇后陛下からお叱りを受けるでしょうね」

口の中で唾液が一気に湧いた。

うわ、どうして死にかけたのに、安心して一週間くらい休むことすらできないの? まったく、波乱万丈な皇宮生活そのものじゃないか。

私は歯をぎりぎりと噛みしめながら言った。

「……この厳重な皇宮の中で、堂々と邪悪な呪いが歩き回るのを放っておいたから?」
「今あなたを保護しているのも、そもそも母上が不注意だったせいだと押し通せば、それで済むからね」

他人の剣を、本当に抜け目なく利用するな!

どちらにせよ、結論は単純だった。私はこれ以上寝ているわけにはいかなかった。だからといって、むくっと起き上がって「呪いなんてありませんでした」と言うわけにもいかない。

そうなれば、これまで何の病気もないのに寝たきりになり、自分の足で仮病を演じていたと白状することになるのだから。

エイドリアンは苦笑を浮かべながら、付け加えた。

「聞いたところでは、明日、薔薇宮一帯を大々的に調査したあと、大司祭が入宮して君を治療するために皇后宮へ来るそうだ。すでに協力するよう、陛下の印章まで押された公文書が届いている」

明日、薔薇宮を調査するって?

誰も薔薇宮一帯に立ち入れないよう鉄壁のように封鎖して、今夜のうちにこっそり呪いの証拠を集めて逃げる寸前だったというのに。そして明日、私の息のかかった大司祭を入宮させて、呪いを既成事実にするつもりなのだろう。

完全に不意を突かれた。皇妃に一杯食わされたのだ。分かっていながら防げないように仕向けるなんて。だからといって、ただやられているわけにはいかない。

私はしばらく、この状況で使えそうな原作の知識を必死にかき集めた。そして決心した。

「……カストライン家の者を呼んでください。急ぎの用件です」

生存と未来を前にしては、プライドなんてひとまず脇に置いておこう。

レイモンは、ティタニアが「もうこれ以上干渉しないで」と言い残した以上、当然しばらくは彼女に会えないだろうと覚悟していた。

しかし驚いたことに、皇宮で皇妃が企んでいることを知るや否や、ティタニアは何の前触れもなく連絡してきた。「助けて」と。

奥の手として取っておいた二つの切り札のうち、一つを使うことにしたのだ。時間はあまり残されていない。カストライン家の影響力と能力をよく知っているからこそ、今回はそれを利用しなければならない。

想像すらしていなかった手段と、多少の強引さ、賭け、そして演技まで織り交ぜた計画を聞きながら、レイモンは無意識に唇を固く結んだ。

*(なぜ、ここまでなさるのですか?)*

そう問いかけるのを堪えた。

カストライン家も、皇妃が何か怪しいことを企んでいる程度のことは把握していた。ただし、直接カストライン家に害が及ぶわけではなかったため、どのように動くのか様子を見ていたのだ。

もちろん、直接ティタニアに危害が及んでいたなら、彼らも動いていただろう。ただ、ここまで積極的に対処することはなかったはずだ。

皇后宮で休んでいるティタニアは、穏やかに見えた。念のためレイモンが持ってきてくれた本を読みながら時折独り言を呟いたり、ベッドに横になって気楽におやつを食べたりすることを最高の娯楽としていた。

そんなティタニアが、今回の件にこれほど反応するとは少しも予想していなかった。

ただ眠ったふりをして皇妃側が呼んだ大司祭の祝福を受け、彼が来る前にすでに目を覚ましていたことにする。どちらにしても、今すぐティタニアに損害が及ぶことはなかった。

皇妃が言う「呪い」が本物ではないということ――カストライン公爵家も皇室も皆、分かっていた。これはただ、皇妃の挑発にすぎないのだと。

じっと自分を見つめるレイモンの視線をどう受け止めたものか、ティタニアは鮮やかな緑色の瞳を瞬かせながら言った。

「カストライン家門に大きな損害が出ることはありません」
「……そのようなことを心配しているのではありません」
「自分が皇位争いに望まず巻き込まれることになりそうだからですか?」
「エイドリアン皇太子殿下のことが心配なのですか?」

本心はそうではなかった。

*『恩人だから、もうこれ以上干渉しないで』*と笑っていたティタニアの表情を思い出した途端、言いたかった言葉が喉の奥につかえた。できなかった。

ああ、そうだ。あの顔。私たちの間には、これほどまでにはっきりとした一線がある。これなら十分だ。互いに礼儀を守りながら過ごして……。

かつて「愛してほしい」「私を見てほしい」「私はここにいる」と切実に訴えていた心を、粉々に砕いて一つ一つつなぎ合わせて作った仮面をかぶったような笑顔。その笑顔を思い出すと、無意識に息が詰まった。

自分の腕の中で息もできず、まるで死体のようにぐったりしていたあの体を抱いていた時のように。まるで罪人になったような気分だった。些細な一言、一つの表情にまで感情が揺さぶられた。

レイモンがもう少し客観的でいられたなら、幼い頃から人間や魔獣の死を数え切れないほど見てきた自分が、たかがこの程度のことで動揺するのはおかしい、という事実に気づいたのだろう。

「もしかして今回のことで、私が皇后陛下を助けているように見えますか? 最終的にはエイドリアン皇子が皇帝になるのを手助けして、これを機にカストライン公爵家という勢力まで向こう側に加わればいいと企んでいるように見えるんですか?」

疑念に満ちた問いに対する答えが返ってきたとき、レイモンは思わず答えそうになった。

*そういうことではない、*と。

むしろ、『カストライン公爵家がエイドリアン皇子を次期皇位継承者として支持してくれればいい』と彼女が言ったのなら、家門内でも話し合いの末、簡単に結論を出せたはずだということを。

そうだ。ティタニアが自分を、レイモンを、カストライン公爵家を利用するはずがないことくらい分かっている……。

だが、どうすればいい? どう言えばいいのだろう。何を信じて?

レイモンはふと、息苦しいほどのやるせなさを感じた。

皇宮で孤立して育ち、敗北することしか知らなかった幼い皇女が、自分にだけは一途に見せてきたあの不器用な感情を知っているなどと、とても口にはできなかった。憎み、怒り、それでも諦めきれず、一言一言を胸に刻み込み、自分自身さえ腐らせてしまうような感情を。

それほどまでに――相手から決して目を逸らすことのできない、盲目的な執着だった。自分だけは違うのだと、そう言い切ることはできなかった。

いつからだったのだろう。まるで誰かが話しているかのように、本当に、バルコニーに頭を打ちつけて混乱に陥ったあの瞬間から。

あの幼く盲目的だった少女――レイマンを愛していた婚約者は死んでしまった。そして再び目を覚ましたまま、レイマンを「理解している」と言いながらも、もう少しも愛を求めなくなった……。

だからこそ、ティタニアがレイマンとカストライン公爵家を自分のために利用できると語る、この状況が生まれたのだ。

それだけは口にしてはいけなかった。本能的にそう感じた。

なぜ? どうして?

自分の中に浮かんだ疑問の答えを悟るより先に、目の前が霞んだ。これは幻覚なのだろうか。

「ごめん……」

胸の一番深いところに砂漠が生まれたようだった。その声を聞いた瞬間、カラカラに乾いた大地の下、固くひび割れた心臓に誰かが囁きかけているような感覚がした。

「ごめんなさい」

今にも消え入りそうな、囁くような声だった。

乾ききった藁のような髪が床に絡みついていた。ひどく疲れ切ったような緑色の瞳が見えた。いつも泥水のように濁っていた瞳が、雨が降ったあと――澄んだ泉のように清らかだった。自分だけをひたすら見つめる、まっすぐな瞳。

*――私みたいな人間が、あなたを愛してしまってごめんなさい。*

燃やし尽くしてもなお残った感情を、最後の一片まで掻き集めて火をつけたら、こんな気持ちになるのだろうか。乾ききって灰となった落ち葉を集め、火種の中へ投げ込めば、これよりも大きな炎が燃え上がるのだろうか。

言葉では説明できない感情が込み上げた。

細く痩せたその手首を、今すぐにでも掴んで引き留めたかった。何がそんなに悲しいのか。何をしようとしているのか。どういうつもりなのか。変な真似はせず、すべて吐き出してほしい。

今にも死んでしまいそうな、あるいはこのまま消えてしまいそうな姿に見えて。だからこそ、理由もなく胸の奥がざわつき――。

乾いた木材の上に落ちた火の粉が、瞬く間に燃え広がるように、今にも理性を失って叫び出しそうだった。

しかし、理由の分からない感情が心を完全に飲み込む前に、その幻想は前触れもなく消え去った。レイモンは気持ちを整理する暇すらないまま、ティタニアの落ち着いた言葉に耳を傾けなければならなかった。

「私は自分の主君のことをよく知っていますから、その必要はありません」
「……どういう意味なのか、伺ってもよろしいでしょうか?」
「ビビもいないので、正直に言いますね」

それでも幼いビビの前では、いつもにこやかな笑顔を浮かべていたティタニアが、ある瞬間、年齢に似つかわしくないほど疲れ切った顔で言った。

「私のこと、好きでもないでしょう。カストライン公爵は」
「そう、ですけど……」

不意打ちを食らったような気分になり、レイモンはとっさに否定できなかった。

「恩人だという薄っぺらい名分一つで、本当にカストライン家の『犬』ではなく『主人』にでもなったかのように、出しゃばり続けたらどうなるか分かりませんよ?」
「私は皇女殿下をお守りすると、はっきり誓いました」
「私がカストライン家の敵になるとしても?」
「そんなはずは……」
「どうしてないと言えるんですか。私は皇帝陛下の娘なのに」

ティタニアは意味深に口元だけを吊り上げた。

「カストライン家よりも私のほうが大切だなんて、そんなくだらない嘘をつかないでくださって、むしろよかったです」
「……皇女殿下」
「私を好きなふりをする必要もありません」
「私は皇女殿下を……」
「私が『グロリアーナの徽章』を口にした途端、私の首に剣を突きつけたじゃないですか。そんな昔のことでもないでしょう」
「……ですか?」

レイモンはふと悟った。あの日、ティタニアの変化を誰よりも深く実感した日。レイモンが剣を抜いたにもかかわらず、ティタニアは少しも驚かなかった。まるでカストライン公爵家のためなら、自分を殺しても構わないと思っている人のように。

「ビビのためとはいえ、ある程度は調子を合わせて差し上げましたけど……そうでしょう? 穏便にいきましょう。次期当主の座を譲るだの、そんな馬鹿げたことは言わないでください」
「お望みだったのではありませんか?」

ああ、そうだった。

目に見えて変わったティタニアの態度にも、きちんと気づけなかったレイモンが――。私が聞いてしまった。最初はその変化が奇妙ではあっても嫌ではなく、その次にはレイモン本人も本心を明かさないまま欺いていたのだから、こちらも騙しているのかと問い詰めることができなかった。そして、その次には……。

「私が望むと言ったら、してくださるんですか?」

尋ねる声は穏やかだった。レイモンはただ息を呑んだ。大したことのない問いなのに、なぜか胸が焼けるようだった。

「……はい」
「やめてください」

ティタニアは軽く笑った。まるで蔓のようにレイモンの隣の席を渇望していた少女の死骸から生まれた、一輪の花のように。

風が吹けば――風に舞い散る花びらのように。限りなく軽やかに。

「そうですね。ビビのためなら死ぬことだってできる皇女……。そう考えれば、カストライン家にとっても悪い話ではありませんね。うん、こんなふうに考えたことはなかったけど……」

考え込むように、ティタニアが小さく呟いた。

「それでも駄目です」
「私たちは正式に婚約しています」
「愛する人を見つけて、その人と結婚してください」
「……え?」

その言葉ばかりは、レイモンも驚かずにはいられなかった。

「ビビを愛しているでしょう?」
「そうです」
「もしビビが、好きでもない相手と、ただ利害関係だけを考えて政略結婚をすることになったら、どんな気持ちになりますか?」
「我が家は、ビビまで政略結婚に利用しなくても……」
「政略結婚ならレイマン小公爵で十分ですからね。はい、もういいです。さっきから話が堂々巡りですし。ここではっきり言っておきます。小公爵、私はいずれ小公爵と婚約を破棄するつもりです」

今度こそ、レイモンは心の底から驚いて聞き返した。

「……え?」
「破婚するつもりだから、結婚しないとあらかじめこの場で言っておくんです。今すぐ破婚できる状況でもありませんし、万が一誤解されても困るので、今まで言わなかっただけです」

以前からずっと考えていたことを口にしているかのように、ティタニアの態度には迷いがなかった。

「……」
「無理やり成人になったあとまで婚約を先延ばしにしたカストライン公爵閣下の意図くらい、私にも分かりますよ?」
「どういう意味ですか?」
「望むなら、どうにかして破婚させてあげるから、それまでは耐えろ、と」
「……」

不思議なほど、ティタニアの言葉に反発を覚えた。違うのだと説明したかった。だが、レイモンにはどうしても否定することができなかった。ただ唇の端を強く噛みしめ、ようやく答えた。

「否定は、できません。ですが……!」
「公爵様も、公爵様なりにご自分を大切になさっているのでしょう。家門のためだからといって、無条件に犠牲になる必要はないということです」

まるで自分には関係のないことのような、淡々とした声だった。

「どうして、そこまでのことをするのか……そうお思いなのでしょう。それが疑問なのではありませんか……?」

ティタニアは疲れたように目を瞬かせた。

「私はこれまで、皇后陛下に何ひとつお返しできないまま生きて――」
「ええ。皇室の人間は誰に対しても、借りを作るべきではないと思っています。カストライン公爵家には不名誉なことかもしれませんが……」

青白い日差しは、人というより陶器の人形のようだった。真っ白な頬の下に、まつ毛の影が絵のように落ちていた。

「だから、あるでしょう。ただ、ほんの少しの縁として。情として。それくらいなら助けられます。でも、私が差し出した手のせいで誰かが犠牲になるのは嫌なんです。本当に嫌なんです。ほんのわずかでも損害を受けるのは嫌です。そして、幼く無知な皇女を助けたというだけで、当然のようにその代償を求めるようになるのも嫌なんです」
「……」
「理解できないでしょうけど、小公爵」

まるで刃の上を歩くように危うく、それでいて鮮明な笑み。

そうだ。誰からも愛されずに育った幼い子供が、同い年の別の子供が両親の愛を一身に受けているのを歯を食いしばって見つめながら、足を踏み外して転んだとき、誰かが手を差し伸べれば、その手を取って立ち上がりながらも、決して涙を一滴も流さないかのように。

歯を食いしばり、「助けてくださってありがとうございます」と笑うだけで、「痛いです。とてもつらいです。助けてください」と泣きながら、その手を掴んで縋ったりはしないのだと。愛情も、同情も、憐れみも乞わない。その惨めな姿を、他人に決して見せたりはしないのだと。

むやみに手を差し伸べた挙句、相手が後悔する結末を見るくらいなら、死んだほうがましだと。

「私にだって、プライドというものがありますから」

その顔を見て、レイモンは悟った。

ティタニア・ソル・キテ・ハマスティオンは、何があろうともレイモンに愛情を乞うことなどないだろう。以前のように、自分の心の奥底までさらけ出し、感情のままに振る舞うことは二度とない。

もし自分の愛が誰かの重荷になると知ったなら、自ら首を絞め、檻の中に閉じ込めて死なせることさえ選びそうな――そんな切実で揺るぎない瞳だった。

 



 

1. 薔薇宮の罠とエイドリアンの訪問

  • 皇妃の企み:クレオ皇妃が、薔薇宮で起きた「幽霊(イモティコンの剣)の騒動」をきっかけに調査を強行し、ティタニアにかけられた「呪い」を既成事実にしようと動いていることが発覚する。
  • 追い詰められる状況:皇妃側は、薔薇宮を封鎖して呪いの証拠を捏造し、明日にでも大司祭を呼んで自分たちに都合の良いシナリオを進めようとしていた。
  • 決意:これ以上寝たふりを続けることも、ただやられっぱなしでいることもできないと悟ったティタニアは、形勢を逆転させるため、カストライン家へ助けを求めることを決意する。

2. レイモンとの対話と「破婚」の宣言

  • カストライン家の利用:ティタニアは、皇妃の陰謀に対抗するため、レイモンを呼んで自身の計画を打ち明ける。
  • 冷徹な線引き:レイモンが以前のように自分に歩み寄ろうとする複雑な感情や戸惑いを見せる中、ティタニアはあくまで「恩人としての最低限の情」や「利害関係」に基づく冷めた態度を崩さない。
  • 婚約破棄の通告:ティタニアは、家門の利益や政略に縛られる必要はないと告げ、いずれレイモンと婚約を破棄するつもりであることをハッキリと宣言する。
  • レイモンの悟り:ティタニアの揺るぎなく冷ややかな瞳を見て、レイモンは彼女が決して自分に愛情や同情を乞うことはなく、二度と過去のようには戻らないのだという現実を痛感する。

 

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