こんにちは、ピッコです。
「メイドになったお姫様」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

106話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 後継③
翌日、シアナはまともに眠れず、やつれた顔で現れた。
そんなシアナに向かって、ニニが衝撃的な知らせを伝えた。
「今朝未明、首都の北側の外郭に魔物が現れたという報告を受けて、殿下が直々に騎士団を率いて出陣されたそうです。」
ナナが言葉を継いだ。
「本来そういう事態が起きた場合、殿下は報告だけ受けて、騎士団だけを派遣するのが普通なのに……。」
シアナは納得できないという顔で言った。
「でも、そうしたら皇帝陛下の座が空いてしまうじゃないですか。」
皇帝の座は、決して空席になってはならないものだった。
だから皇帝の代理を務めているラシドは、いかなる状況でも皇宮を離れてはならない。
ニニとナナが深刻な顔で額を押さえた。
「ですから、中央宮では大騒ぎになっているようです。突然の殿下の不在で、貴族官僚たちや侍従たちが慌ただしく集まっているとか。」
「幸い、魔物出現の状況は深刻ではないので、殿下はすぐに戻られるでしょう。」
ニニとナナはさほど心配していない顔でそう言ったが、シアナの心臓は高鳴った。
昨日見たラシードの顔を思い出したからだ。
『……まったく大丈夫には見えなかったのに。』
その時の彼の目は揺らぎ、顔は蒼白だった。
そんな状態で魔物が現れる場所へ向かったと聞き、不安が押し寄せてきた。
シアナは思わず心中で呟いた。
『私が余計な心配をしているだけよ。』
ラシードは強いのだ。
「血の皇太子」と呼ばれるほど、彼は緻密な実力を誇っていた。
それに比べ、この程度の森に現れて民家を襲う魔物は、それほど強大な存在ではなかった。
十分に鍛えられた騎士団であれば、イノシシを狩るように容易く討伐できる――それが一般的な常識だった。
そのため、皇宮にいる者たちは大して気に留めなかった。
数か月もの間、静かに宮中にいた皇太子のちょっとした外出だと考えていたのだ。
だが、その予想はことごとく裏切られた。
「た、大変です!皇太子殿下が宮に戻られましたが、深手を負われたそうです!」
ニニの叫びに、シアナは手にしていた本を取り落とした。
その時シアナは、アリスと向かい合って東部の文化について話している最中だった。
アリスが声をかける暇もなく、シアナは勢いよく立ち上がった。
アリスに許しを乞うこともなく、シアナが駆け出した先は――皇太子宮だった。
皇太子宮の前には多くの人々が集まっていた。
負傷して戻ってきたという皇太子の容態を確認しようと訪れた者たちだった。
ざわめく群衆の中で、どうすればいいのか戸惑っていたシアナの手を、誰かがそっと握った。
それはいつも皇太子宮でシアナを出迎えていた侍女だった。
「こちらへどうぞ。」
驚いた顔で侍女を見たシアナは、すぐに頭を下げた。
侍女の案内を受け、シアナは人々の視線を避けながら皇太子宮へと足を踏み入れた。
外で群衆が押し寄せていた光景とは対照的に、中は静寂に包まれていた。
寝所へと入ったシアナは、思わず小さな悲鳴を上げて口元を押さえた。
そこには蒼白な顔で横たわるラシードがいたのだ。
ベッドの下には、鮮血に染まった包帯と衣服が乱雑に散らばっていた。
ベッドの脇に立っていたソルが、シアナを見て目を見開いた。
「シアナ様がどうしてここに……」
険しい表情をしたシアナを見て、ソルは「あっ」と声を漏らし、慌てて言葉を継いだ。
「知らせを聞いて来られたのですね。……この程度のことで大騒ぎするなんて、さすが皇宮です。」
「……なんですって?」
シアナの胸に怒りが込み上げた。
彼女はソルを鋭く睨みつけ、厳しい声で叫んだ。
「主が傷を負っているのに、従騎士がそんな言葉を吐くなんて許されると思っているのですか?」
「えっ?」
「それに、まだ医師すら呼んでいないようですね!」
「それは殿下のご命令です。殿下は医師をひどく嫌っておられるのをご存じでしょう。勝手に呼べば騒ぎになります。」
「顔色も悪く、意識も朦朧としている方を前にして……それが何の言い訳になるというのです!今すぐ医師を呼んで、きちんと治療を受けさせなさい!」
ものすごい剣幕だった。
ソルは思わず「はい」と答えてしまった。
しかし、すぐに冷静さを取り戻したソルが瞬きをしながら口を開いた。
「ですが、シアナ様……」
「結構です。そこまで気が利かないのなら、私が医師を呼んできます。」
部屋を出ようとするシアナを、ソルが引き止めた。
「どうか、私の話をお聞きください、シアナ様。」
「離しなさい。」
シアナにはソルに構っている余裕はなかった。
一刻も早く医師を呼ばなければという思いでいっぱいだった。
しかし、その後に続いた言葉は、シアナの足を止めるのに十分だった。
「殿下は今、眠っていらっしゃるだけなのです!」
「……!」
ソルの言葉に、シアナは目を見開いた。
シアナは信じられないという顔でソルを見つめ、それから寝台に横たわっているラシードのそばへと歩み寄った。
彼の口元に耳を近づけると、かすかに小さな呼吸音が聞こえてきた。
信じられずに額に手を当ててみたが、熱もなかった。
『じゃあ、これは一体何なの!』
シアナは驚愕の表情で、寝台の下に投げ出されている血に染まった衣服を見やった。
ソルが顔をしかめて答えた。
「魔物の血です。」
「では、殿下がお怪我をされた場所は……。」
ソルは眠っているラシードの顔を覆った。
彫刻のように整った顔立ちの片側に、小さな傷がついていた。
まるで爪で引っかいたような小さな傷だった。
生々しく赤く腫れてはいたが、命に関わるほどの致命的なものには見えなかった。
「……っ!」
そのときになってようやく、自分がとんでもない誤解をしていたことに気づいたシアナの顔は、トマトのように真っ赤に染まった。
恥ずかしさが頭のてっぺんまで込み上げてくる。
シアナはすぐにでも皇太子宮を飛び出したい衝動に駆られた。
身を起こしたシアナは、赤くなった顔でソルに深く頭を下げた。
「きちんと話も聞かずに早とちりをしてしまいました。申し訳ありません、ソル様。」
「いえ、むしろ殿下を心配されてのことでしょうから。」
「……。」
「それに、誤解されても仕方ありませんよ。殿下はまるで亡骸のように眠っておられるのですから。」
その言葉に、シアナは思わず眉をひそめた。
「……殿下は、普段からこんなに深く眠られるのですか?」
シアナが隣であれほど騒いでも、ラシードはまったく目を覚ます気配すらなかった。
そのためシアナは、魔物との戦いで負った傷が原因で、ラシードの体に何か異常があるのではないかと心配になった。
ソルが答えた。
「殿下はもともとよく眠られる方ではありますが、ここまで深く眠られることはありません。ただ……」
ソルはシアナをじっと見て、目配せしながら続けた。
「最近シアナ様と殿下の間の雰囲気がよくなかったでしょう?それでここしばらくは、殿下はまともに眠れなかったのです。食事もとるようでとらないようで……」
「……。」
シアナは、数日前に見たラシードの顔色が優れなかったことを思い出した。
「そんな折に、魔物が現れたとの報告を受けるやいなや、殿下は大急ぎで馬に乗り、まるで狂ったように剣を振るい魔物を討伐なさいました。いくら頑強な体でも持ち堪えられるはずがありません。宮殿に戻られると同時に、気絶するように深い眠りについてしまわれたのです。」
そのときになって、シアナは初めて事の全貌を理解した。
「……よかった」
「……」
「本当によかった」
二度繰り返されたその言葉には、深い安堵の気持ちが込められていた。
ソルはそんなシアナを複雑な眼差しで見つめた。
シアナは指先をもじもじさせながら尋ねた。
「ところで、殿下のお顔の傷はまだちゃんと治療されていないんですよね?」
「はい。今さっき戻られたばかりなので……」
「それなら、私が治療してもいいですか?」
シアナの言葉に、ソルは目を大きく見開いた。
「シアナ様が?」
「はい。そのくらいの処置なら私にもできます。」
「殿下もお知りになれば、きっととても喜ばれるでしょうね。……殿下はぐっすり眠っておられて分からないでしょうけれど。」
ソルはラシードに対してわずかな同情を覚えながら頭を下げた。
「代わりにお願いできると私も助かります。よろしくお願いします。」
ソルは、ベッドの下に散らばっていた血に染まった鎧や衣服を片付け、気を利かせて寝室を出ていった。
広い寝室にはラシードとシアナ、二人だけが残された。
ベッドの傍らに立ったシアナは、ソルが置いていった薬の蓋を開けた。
傷の治りを助けるという薬からは、ほろ苦い匂いが漂った。
シアナはラシードの顔にできた傷の上に、そっと薬を塗り始めた。
本来ならしみて痛むはずなのに、ラシードは微動だにしなかった。
「本当に、どれほど疲れていたのかしら……」
シアナにとってラシードは、いつも「強い人」だった。
彼は常に余裕を見せ、微笑みを浮かべていた。
そんな彼が、まるですべての力を使い果たしたかのように眠り込んでいる姿が、信じられなかった。
『……そして彼がこんなふうになった理由が、私のせいだということも。』
シアナの胸が締めつけられるように痛んだ、そのときだった。
「……!」
ラシードがかすかに目を開けた。
ぼんやりとした紫の瞳に、シアナが何か言葉を発するより早く、ラシードが口を開いた。
「わあ、シアナだ。」
「……」
ラシードは両目をやさしく細めた。
微笑みを浮かべたその顔には、つい先ほどまで見えていた苦悩の影はまったくなかった。
ただ純粋な幸福だけがにじんでいた。
ラシードはまだはっきりと開けられない瞳で、何かを口ずさむように呟いた。
それは風に花びらが散る音よりも小さな声だったが、シアナにははっきりと聞こえた。
「好きだ。」
「……!」
その瞬間、シアナの耳の先まで熱が一気に広がった。
幸いにもラシードの“暴走(?)”はそこで終わった。
ラシードは再び目を閉じた。
すぅ、と。
穏やかな寝息が聞こえて、ようやくシアナは堪えていた息を吐き出した。
「はぁ……。」
ようやく呼吸は整ったが、それだけだった。
胸の高鳴りはまるで収まらない。
熱に包まれた顔、震える指先。
どくどくと響く心臓。
シアナは泣き出しそうな顔でラシードを見つめ、呟くように言った。
「どうしてこんなに私を揺さぶるの……。」
――そんなふうにされると、私まで何もかも振り切って、揺らされてしまいたくなるじゃない。
まん丸な顔、少し垂れた優しい目、小さな唇。
両手のひらにすっぽり収まる小さな存在は――シアナだった。
ラシードが目を丸くして問いかける。
「シアナ、どうしてこんなに小さくなったんだ?」
シアナは澄んだ声で答えた。
「元の姿に戻っただけです。私は本当は妖精なんですよ。」
ラシードは彼女の言葉に驚く様子もなく、やっぱりそうかという顔で静かに頷いた。
そんなラシードを見て、シアナは少し目を伏せてから口を開いた。
「でも、殿下……問題が起きたんです。」
「何事だ。」
「こんな身体でどうやって仕事をすればいいんですか?」
ラシードは心配するなと言わんばかりに笑った。
「俺がやればいいだろう。」
「えっ?」
「お前は指示だけすればいい。余計なことは考えるな。」
まさか皇太子に広い庭を掃かせて、小さな鍬で畑を耕させ、山積みの服を洗濯板でゴシゴシさせるつもりですか?
シアナは慌てて顔をしかめたが、結局肩を落とした。
「どうしてもやらなきゃならないことですから、仕方ありませんね……。」
ラシードは明るく笑うと、シアナを自分の胸元のポケットにそっと入れた。
小さくなったシアナはその中にすっぽり収まった。
やがてポケットの縁からちょこんと顔を出したシアナが、片手をピッと伸ばして言った。
「では、まずは庭の掃除から始めましょう!」
「うん。」
ラシードは微笑みながら、シアナの言葉どおりに動き始めた。
初めて経験するような労働だったが、不思議と疲れは感じなかった。
ただただ、楽しかった。
シアナと一緒だったから!
しかも胸ポケットの中でちょこまか動きながら指示を出すシアナは、とんでもなく愛らしかった。
長い柄のモップを手にしたラシードは目を輝かせて尋ねた。
「シアナ、次はどこを掃除しようか?!」
ラシードはその瞬間、はっと大きく目を見開いた。
数度まばたきをした後、彼はようやく自分が夢を見ていたことに気づいた。
そして同時に、胸をかきむしるような苛立ちが込み上げた。
『絶対に目を覚ましちゃいけなかったのに!』
――どんな手を使ってでも、夢の続きを見なければならない。
今すぐにでも再び眠ろうと目を閉じた瞬間、鋭い声が響いた。
「一体どんな夢を見ていたら、現実でも馬鹿みたいににやついて、目を覚ますや否や死人みたいな顔をするんだ?」
そのとき初めて、ラシードは自分のベッドの横に誰かが座っていることに気づいた。
腕を組んだアリスが、不機嫌そうな顔でラシードを睨んでいたのだ。
ラシードは目を大きく見開いた。
「お前、なぜここに……」
アリスがラシードの宮殿に来たのは初めてだった。
ラシードはこれまで何度か「遊びに来い」と誘ったことがあったが、そのたびにアリスは「なぜ私がそんなところへ行かねばならないの」と冷たく断ってきた。
「わざわざ会いに来たわけじゃない。病気見舞いでもない。ただ、どうしてもお兄様に言いたいことがあって来ただけ。」
「……!」
アリスの言葉に、ラシードの顔は冷たく強張った。
アリスがわざわざ自分のもとを訪ねてきた理由は一つしかなかった。
『東部に行く許可を求めに来たのか。』
ラシードはまだ皇太后の手紙に返答をしていない状況だった。
皇帝の同意を得た瞬間、アリスは望む場所ならどこへでも行くだろう。
シアナと一緒に。
その考えに至ったラシードは、口を固く結んだ。
一方、ラシードが顔を曇らせるのに対し、アリスは澄ました顔で口を開いた。
「皇太后様から聞いているでしょう?しばらく東部に行く予定。」
「……」
「皇太后様は、東部の文化やメディチアン後継者について詳しい侍女がいた方がいいとお考えのようだ。だから東部に行くなら新しい侍女を選ぶつもりだそう。そうなると、今の侍女三人を全員連れて行くのは少々負担になるらしいの。」
「……?」
ラシードはアリスの言葉が自分の予想とは違う方向に流れていることに気づいた。
困惑した顔のラシードに向かって、アリスが口を開いた。
「だから侍女の一人を皇宮に残していこうと思うんだ。空の宮殿に一人で置いておくのは不安だから、その侍女をお兄様の宮殿に送ろうと思うんだが、どう思う?」
「……な、何?」
呆然と目を瞬かせるラシードを見て、アリスは「ふう……」とため息をつき、嫌そうに目を細めた。
そして本当は言いたくなさそうな表情で告げた。
「一度しか言わないからよく聞け。シアナをお兄様に送るって話。」
「……!」
ラシードは目を見開き、口を大きく開けた。
まるで信じられない話を耳にしたかのように。
『なぜだ?それでも大丈夫なのか?』
問いただす言葉もなく、ラシードは冷淡なアリスの言葉を受け止めた。
「一生、シアナを幸せにする。」
「……あの、それは。シアナを嫁がせるって話じゃありません。私が東部に行っている間だけ、少し預かってほしいというだけなんです。」
冷徹なアリスの顔を前に、ラシードは慌てて言葉を正した。
「シアナに最高の勤務環境を保証しろ。宮廷から支給される給料に加えて追加で賃金を払うのはもちろん、常に最高級の食事を与え、彼女が望む時間だけ働けるようにしろ。」
さっきまで死人のように青ざめていたラシードが目を輝かせ、言葉を並べ立てるのを見て、アリスは呆れ果てた。
『分かってはいたけど……この男、シアナが関わると正気じゃなくなるんだな。』
とはいえ、一つだけ救いなのは――少なくとも“良い方向に”正気ではないということだった。
ラシードは、危険に満ちた皇宮で何が起こるか分からない中――どんな状況でもラシードなら必ずシアナを大切に守ってくれるだろう。
そして、アリスがラシードにシアナを預けようと決心した理由はもう一つあった。
「……お兄様。」
「なんだ。」
ラシードは今、言葉にできないほどの喜びで満ちていた。
アリスがどんな話をしても頷いて受け入れる覚悟ができていたのだ。
そんなラシードに向かって、アリスが続けた。
「お兄様が、私にシアナを託したのでしょう?」
「……。」
もちろんラシードがアリスにそんなことを話したことは一度もなかった。
しかし、アリスはニニやナナを通して自然とその事実を知ることになったのだ。
[他の侍女たちの話を聞いてみると、シアナ様がアリス公主様の宮殿に入ったのは偶然ではないようです。]
正式な侍女になったばかりの見習い侍女が配属されるのは、たいてい洗濯場や台所のような場所だった。
最初から皇族の宮殿に入るなどということは、皇族側から望まない限りほとんど不可能なことだった。
たとえその皇族が見捨てられた公主であっても。
しかしシアナは正式な侍女になった途端、アリスのいるルビー宮に送られた。
[皇太子殿下が特別に入れ知恵されたそうですよ。殿下が公主様に優れた侍女を付けたかったのでしょうね。]
「私たちも本当は公主様に仕えることができればよかったのに……」
――と、ニニとナナは苦笑いを浮かべながらそう言った。
アリスは失笑した。
二人の姿を思い浮かべながら、アリスは頭を下げてラシードと目を合わせた。
アリスが口を開いた。
「ありがとう。」
「……。」
「お兄様がシアナを送ってくださったおかげで、私の人生は変わったの。」
アリスは、もしシアナがいなかったら自分がどう生きてきただろうかと考えた。
きっとろくに洗練されず、みすぼらしい姿で侍女たちをいじめながら生きていたに違いない。
そんな自分を放り出す世界を恨みながら。
だが今は違った。
「シアナに出会って、私は本当の公主になれたの。もう侍女たちを捕まえて憎んだり、恨んだりすることもないし、“陛下の後ろ盾”という支えもあって無視されることもない。」
「……。」
「お兄様にとっても、シアナを通して私のように奇跡が起こることを願っているの。本心よ。」
呆然とアリスを見つめていたラシードは、驚きを隠さず尋ねた。
「お前が俺をそんなに好いていたとは知らなかった。」
「何を馬鹿なこと言ってるのよ?!お祖父様が、綺麗だとかそういう意味じゃなく、私に“シアナ”という宝物を送ってくださったことへの恩返しをしているだけよ。」
苛立ちをにじませながらアリスは答え、さらに言葉を続けた。
「もう一度言うけど、永遠にシアナを譲るって意味じゃないわ。東部で力を得て戻ってくるまで、ただ預けておくだけよ。」
アリスは、皇太后が与えてくれる“メディチ家後継”という力に頼ってばかりいるつもりはなかった。
皇太后がいなくても、完全に自分の味方となってくれるだけの勢力を築くつもりだったのだ。
誰も私を無視できないように。
――十歳そこそこの幼い少女とは思えぬ、大胆な野望だった。
ラシードは感嘆したような幼い眼差しで言った。
「もしかすると、俺が皇位に至る道で最大のライバルはお前なのかもしれないな。」
次期皇帝として誰よりも確固たる地位を持つ皇太子が、後ろ盾となる家門ひとつない末娘の公女をライバルと呼ぶとは――。
実に驚くべき言葉だった。
しかしアリスは、そんな戯言に動じることもなく、堂々と顎を上げていた。
代わりに両手を腰に当て、傲慢な表情で一言。
「ふん、それにやっと気づいたの?」
威風堂々としたアリスの姿に、ラシードは思わず笑みをこぼした。







