こんにちは、ピッコです。
「メイドになったお姫様」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
118話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 初めての告白
オロー神殿を後にし、皇宮へ戻る馬車の中。
ラシードとシアナは並んで座っていた。
ラシードの表情は険しかった。
シアナがそっと彼の横顔を覗き込み、口を開いた。
「私が急に口を挟んで驚かせてしまいましたよね?申し訳ありません。」
ラシードは平然とした顔でシアナの言葉に調子を合わせてくれたが、二人が事前に打ち合わせをしていたわけではない。
シアナは弁明するように続けた。
「雰囲気が一気に公女様のほうへ傾いていくのを見て、黙ってはいられなかったのです。」
シアナは傍らにいたソルにラシードの情報を尋ね、その上で鋭い一手を投じたのだ。
幸いにもベロニカ公女は扱いやすい相手だった。
シアナの仕掛けにすぐさま引っかかり、事態は一瞬で収束してしまったのだ。
もちろん、状況が悪化していた可能性もあった。
「もしベロニカ公女が『覚えていません』と答えてごまかしたり、あるいは殿下について徹底的な調査を求めて正答を言っていたら、話はずっとややこしくなっていたでしょうね。」
「……。」
「ですが、それに関してどう切り抜けるかも……そう思っていたんです。ベロニカ公女様よりもさらに悲痛な声で泣きながら訴えるのですから。」
けれど、殿下がベロニカ公女と一夜を共にしたというのは真っ赤な嘘です。
なぜなら、殿下は今、私に夢中なのですから。
満月の夜、殿下は確かに私と共にいらっしゃいました。
シアナは両手を胸の前で組み、涙ながらに訴えた。
ラシードはその顔をよく知っていた。
――「粗末な顔立ち」と侮られたり、時に不当な扱いを受けることも多かったが、逆にこうした状況では、疑いを超えて強い説得力を持つ。
誰もシアナが嘘をついているなどとは考えられないのだ。
一方、言い逃れしかできないベロニカとは違い、シアナはラシードのもとで日々を共にし、忠実に仕えてきた宮廷侍女。
ラシードの後ろ盾によって、彼女は宮中に立つことができたのだ。
ラシードの采配によって、彼女が仕えていたのはアリス公女であった。
だが今は、皇太子宮でラシードの次の一挙一動を見守っている。
誰が見ても、ラシードとシアナの間には何かあると予想できる状況だった。
『ラクタがそれを調べて明らかにしたら、人々は私の言葉を徹底的に信じただろう。そうなれば、ベロニカ公女への関心はすべてこちらへ移ったはずだ。』
思考に沈んでいたシアナは、妙な視線を感じて顔を上げた。
「……。」
ラシードが、さきほどよりもさらに険しい表情でこちらを見つめていた。
なぜそんな目で――そう尋ねる前に、ラシードが口を開いた。
「シアナ、今の発言は一体どういうつもりだ?」
「殿下が、ベロニカ公女のような執拗で厚顔な嘘つきに振り回されるはずがない、ということです。」
「もしお前の言う通りにしていたら、状況はどうなっていたと思う?」
「……はい。確かに今も大して変わりませんね。」
シアナは人々の前に立ち、ラシードの体のどこに痣があるかと問いかけた。
……問いかけるということは、答えを知っているということだった。
『あの侍女はどうして殿下のそんな親密な秘密を知っているのだ?』
『殿下とどんな関係だからこそ、この緊迫した場で即座に割り込んで答えることができるのだ?』
――神殿にいた人々は、もはやベロニカ公女ではなく、シアナという侍女についてラシードと数多くの噂を交わしているに違いない。
それこそが、ラシードの心をひどくかき乱していた。
『大切で、かけがえのない、私のシアナ。』
その名が、彼女の名が、人々の汚らわしい憶測に混じって囁かれるのが堪らなかったのだ。
床に這いつくばるように辱められるのはもう耐えられない。
「少しでもお前の名を口にする者がいれば、その舌を切り落とす。この帝国で二度とお前について軽々しく語れぬようにしてやる。」
心底からの冷酷な言葉に、シアナは小さくかぶりを振った。
「そんなことはなさらないでください。」
「だが……。」
「私はもう、そういう言葉から逃げたりはしません。」
「……?!」
その瞬間、ラシードは巨大な槌で頭を殴られたような衝撃を受け、くらりとした。
頭の奥が一気に冷え渡る。
シアナの言葉の意味がすぐには理解できなかった。
考えても考えても答えは出てこない。
まるで一瞬にして愚か者にされてしまったかのように。
そんなラシードをまっすぐに見つめ、シアナが言った。
「これまで言えなかった言葉を、今こそ申し上げます、殿下。」
シアナは大きく息を吸い込み、吐き出した。
そして、口を開いた。
「私はこれから、殿下と正式にお付き合いをしたいのです。」
「……」
「……殿下はいかがですか?」
幻聴とも、夢の中の言葉とも思えないほど、彼女の声はあまりに澄み切っていた。
護衛騎士ソルが、椅子に腰掛けているラシードを見つめて声をかけた。
「殿下。」
「……」
「殿下。」
「……」
しかし、どれほど呼びかけても、ラシードは微動だにしなかった。
――『俺が呼ばれたくらいで返事をするわけがないだろう。』
白いフェレットが頭の上に登り、銀色の髪をぐしゃぐしゃにして台無しにし、リス猿がラシードの指先をつついても全く反応しないほどだ。
だがソルにとって、愚か者のように固まったラシードを正気に戻すための切り札があった。
「シアナ様がお茶をご用意くださいました。」
「……!」
その言葉に、まるで死人のように呆けていた紫の瞳に一気に生気が宿る。
それだけだった。
ラシードは椅子から勢いよく立ち上がった。
突然の主人の動きに驚いたフェレットとリス猿がふかふかの椅子の上に転げ落ち、「キャッ」と声を上げたが、ラシードはそれすら耳に入れず、部屋の隅に置かれていた鏡の前に立った。
フェレットは乱れた髪をせっせと整え、抜け落ちていた首飾りを素早く元に戻しながら……。
ラシードは視線を巡らせ、ソルに鋭く問いかけた。
「妙なところはなかったか?」
「……いいえ。私が見た殿下のご様子の中では、今が一番奇妙です。」
――本音ではそう答えたかった。
冗談ではない。
ラシードが壊れた人形のように不自然になったのは、まさに先ほどからだった。
正
確に言えば、神殿から戻り、皇宮へ到着し、馬車の扉を開けたその時から。
[仕事が山積みなので、私はここで降ります。]
そう言い残し、待ち構えていたかのようにシアナが馬車を降り、すっとその場から姿を消した。
――まるで逃げ去るように。
宮中の礼法を厳格に守るシアナらしからぬ行動に、ソルは目を丸くして唖然とした。
そして驚愕した。
ラシードが口を開けたまま、石のように固まっていたからだ。
[じょ、殿下、どうなさったのですか。まさか下手な魔法使いの呪術にでもかかられたのですか?!]
だがソルが何を言っても、ラシードの様子は良くならなかった。
仕方なくソルは、ラシードをほとんど担ぐようにして皇太子宮の寝室へと運んだ。
一晩休めば正気に戻られるだろう、と考えていたが、まるで違っていた。
『いったい昨日、あの馬車の中でシアナ様と何があったというのだ……。』
半ば瞑った目でソルを見つめ、ラシードが言った。
「早くシアナを入れろ。あの小さな体でずっと扉の前に立たせておくとは、どれほど辛かっただろう。」
「……はい。」
ソルはまるで聞き間違いかと思うほど衝撃を受けたが、何も知らないふりをして頷いた。
やがて扉が開き、シアナが茶器と茶菓子を載せたカートを押して入ってきた。
丸いテーブルの横にカートを置いたシアナは、恭しくお辞儀をした。
「尊き皇太子殿下に、ご挨拶申し上げます。」
しかし、シアナの挨拶はただの侍女としての儀礼にとどまらなかった。
シアナは柔らかく目を細め、言葉を続けた。
「春の女神が微笑みをこぼしたかのように、陽光の暖かな朝でございますね、殿下。よい夢をご覧になられましたか?」
――まるで侍女が皇太子に贈る言葉とは思えないほどの、親密な挨拶だ。
しかもそれはひどく私的で、甘すぎるほど甘美だった。
『これは一体……。』
混乱した顔で瞬きをしていたソルの前に、さらに衝撃的な光景が広がった。
シアナに挨拶されると決まって、普段は見せない穏やかな微笑を浮かべるラシードが、顔を真っ赤に染めたのだ。
まるで初恋の相手に出会った少女のように。
……ソルは心からこの状況を恐ろしく感じた。
「殿下、やはりお身体に重大な異常が生じたようです。今からでも神官を呼び、どんな呪術を受けたのか確認なさらねば……。」
だが、ソルの真心こもった心配をよそに、ラシードは冷徹な態度に戻った。
「出ていけ。」
……ソルにとっては少々不本意だった。
だが、鋭い声で自分を部屋から下がらせた主の姿に、ソルは強い安堵を覚え、静かにその場を後にした。
広い部屋には、ラシードとシアナの二人だけが残された。
ぎこちない沈黙の中で、シアナは茶器と茶碗をテーブルの上に整えた。
そして、変わらぬ表情で口を開いた。
「今日のお茶はメリッサでございます。」
シアナはガラス瓶から丁寧に掬った茶葉を一匙すくいながら続けた。
「メリッサは心を鎮める効能があるとされております。殿下におかれましては、このところ随分とお疲れのご様子でしたので。」
「……ああ。」
ラシードは落ち着かぬ面持ちで軽く頷いた。
シアナはそんなラシードをしばし見つめたあと、流れるような仕草で茶を淹れ始めた。
ラシードの前に置かれた茶碗には、淡い琥珀色の茶が注がれていた。
いつもなら迷わず茶を口にする彼だったが、今日はただ茶碗をじっと見つめているだけだった。
その様子に気づいたシアナが視線を伏せて言った。
「もしかして、ニルギリはお好みではありませんか?」
いくら茶好きでも、好みに合わないものはある。
嫌いな茶を選んでしまったのではないかと不安になったのだ。
しかし、ラシードは否定するように小さく首を振った。
「いや。好き……だ。」
言い淀みながらも顔を赤く染め、茶碗を慌てて口元に運ぶ。
その茶を一口含む姿を見て、シアナは安堵の息をつき、目をやわらかく細めた。
その表情に、ラシードは思わず視線を逸らす。
するとシアナが、かすかに「くすっ」と小さな笑みをもらした。
「殿下、お茶が……!」
ラシードの手にあった茶碗が傾き、茶がテーブルの上にこぼれ落ちたのだ。
シアナは驚いた顔で、慌てて前掛けから布巾を取り出した。
テーブルの上に広がった茶を拭おうと、シアナがラシードのそばに歩み寄った瞬間――
「……!」
ラシードが肩をびくりと震わせ、身を引いた。
まるでシアナを避けようとするかのように。
シアナは目を大きく見開き、ラシードを見つめた。
実際、ラシードの様子が普段と違うことには、部屋へ入った時から気づいていた。
それでも気づかないふりをして接していたのだ。
――それにしても、こんなにまで強く警戒するなんて。まるで私が毒でも盛ろうとする者のように。
シアナの胸に、寂しさと同時に不安が広がる。
シアナが唇をかすかに噛みながら尋ねた。
「もしかして、昨日私が言ったことが殿下には負担になりましたか?」
「いや!」
返事は思いのほか即座に返ってきた。しかも雷鳴のように低く震える声で。
そのためシアナは、不安げな顔でさらに問いかけた。
「それなら、どうしてそんな態度なんですか。私が部屋に入ってから、殿下は一度も私と目を合わせてくれませんでした。ご存じですか?」
「それは……」
ラシードは罪を突かれたような顔で言葉を濁した。
しばしの沈黙ののち、とうとう耐え切れず頬を真っ赤に染めながら本心を吐き出した。
「お前が……あまりにも綺麗すぎて。」
「……」
「目が合っただけで、心臓が爆発しそうになるから……だからだ。」
銀色の睫毛を震わせるラシードの姿に普段の余裕は微塵もなく、そこにあったのはただひとりの緊張した男の姿だった。
そんなラシードをまっすぐに見つめていたシアナは、やがて視線を伏せ、小さな声で告げた。
「……私もです。」
その一言で、ラシードは胸を鋭く抉られるような衝撃を覚えた。
心臓が一気に脈打つほどに。
あまりに衝撃的だった。
言葉を失ったラシードに向かって、シアナはさらに続けた。
「実は昨夜、ほとんど眠れませんでした。殿下が私にどんな答えをくださるのか、そればかり気になって……。」
だが結局、シアナはラシードから答えを聞けないまま馬車を降りることになった。
ラシードが動揺のあまり、こわばった表情のまま口を開けなかったからだ。
シアナは、彼が冷静さを取り戻し、きちんと答えを返せるようになるまで待つつもりだった。
しかし――
「これ以上、忍耐強く待つのはつらいんです。……今、この申し込みに対してお返事をいただけますか?」
「……!」
そのときになってようやくラシードは悟った。
あまりに現実離れした状況が信じられず、まるで魂が抜けたように呆然としていた間、シアナは気持ちを抑えながら、不安に震えて一夜を過ごしていたのだ。
この愚か者め!
ラシードは顔を紅潮させながら言った。
「すまない。あまりに当然のことだから、返事をしなくてはならないことさえ忘れていた。」
言い訳ではなく、心からの言葉だった。
ラシードにとって、シアナの申し込みは「疲れたから休みましょうか?」とか「お腹が空いたから食べますか?」という問いと何ら変わらぬものだったのだ。
だが、本来ならはっきり答えるべきことだった。
「……!」
シアナの瞳が大きく見開かれる。
ラシードは彼女の前に進み出て、片膝をつき――彼はついに口を開いた。
まるで姫に忠誠を誓う騎士のように。
紫色の瞳にシアナを映しながら、ラシードが言った。
「……俺も好きだ。」
「……」
「お前が好きだ、シアナ。」
「……」
「お前とは特別な関係になりたい。」
ただの皇太子と侍女の関係ではない。
それ以上に近く、親密で、秘密を分かち合う関係として。
呆然とラシードを見つめていたシアナの瞳がやがて柔らかく揺れた。
小さな唇の端がわずかに上がり、白い頬が赤く染まった。
初夏の花のように眩しい笑みだった。
「じゃあ、今日が……私たちが付き合い始めた最初の日ね。」
シアナが微笑むのを見つめ、ラシードも堪えきれず笑顔を浮かべて言った。
「すぐにでも国務大臣に命じて、今日を国の記念日に定めさせよう。特別な日だからな。」
「……お願いですから、やめてください。」
シアナの言葉に、ラシードは落胆の色を浮かべたが、それでも目を瞬かせた。
「もう皇太子と臣下ではなく、恋人同士なんだから……やりたいことを我慢せずにしてもいいんだろう?」
その言葉に、シアナは思わず唾を飲み込んだ。
目の前で笑っているこの男が、かつてどれほど冷たく無情で残酷だったかを思い出したからだ。
『……それでも初日から怒った皇子のように、スキンシップを急がれるのは困るわ。私にはそこまでの覚悟はまだできていないのに……。』
そう答えようとした瞬間、シアナの目が大きく見開かれた。
ラシードが両腕を大きく広げると、シアナをぎゅっと抱きしめた。
彼に抱きしめられたことは何度かあった。
しかし、こうして自分を胸の奥深くに包み込むように抱かれたのは初めてだった。
――あったかい。
それだけでなく、その腕の中は広くて心地よく、優しい香りに包まれていた。
まるでそこにいるだけで、すべての不安や心配が消えてしまうように思えた。
ラシードの胸の中で、シアナは小さく身を震わせた。
「お母さん鳥が卵を抱いている気持ちって、きっとこんな感じなんですね。」
シアナがそう言うと、彼女の頭上からラシードのくぐもった笑い声が聞こえてきた。
「俺は卵を抱いてる母鳥の気持ちがわかる気がするよ。強く抱きしめすぎて、もし割れてしまったらって思うと、どうしてもそっとしか抱けないんだ。」
その言葉に、シアナはくすくすと笑った。
そしてシアナは、ふと口を開いた。
「でも……母鳥は、こんなふうに心臓がドキドキしたりはしませんよね?」
耳元で聞こえるラシードの胸の鼓動が、あまりにも大きくて。
ラシードはそれを隠そうとする気もなく、ただ笑った。
その姿を見たシアナは、そっと視線を落とした。
『きっと、どんな動物だってこんなふうに胸が高鳴ることなんてないわ。』
恋愛小説で何度も読んだことがある――「恋をすると胸が高鳴る」と。
けれど、その感覚がこんなにも激しく、そして愛おしく思えるなんて想像すらしていなかった。
『好き……。』
思っていた以上に、もっと、もっと、もっと強く。
ラシードの腕の中で、夢見るような声でシアナが囁いた。
「……殿下。」
「ラシードって呼んでほしい。」
「……ラシード。」
心臓がまた大きく跳ねた。
シアナはその感覚をはっきりと自覚しながら、言葉を続けた。
「……あなたが好きです。」
ラシードにとって、それはシアナからの初めての告白だった。
しばらくの沈黙ののち、低い声が返ってきた。
「……俺も、君が好きだ。」
いつもの軽口とは違う、抑えた声音には、今にもあふれ出しそうな震えが隠されていた。