こんにちは、ピッコです。
「邪魔者に転生してしまいました」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
49話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 裏切り者②
「大神官様。」
孤児院の院長室に急いで入ってくる男を見て、イスマイルは少し緊張した。
「おお、ローガン。」
急報を受け取ったあと、約40分間椅子にぼんやり座っていたマグヌスが、すぐに顎を上げて来客を迎えた。
「ついに来たのですね。」
「何のご用件でしょうか? こんな形で連絡してきたことは今まで一度も……。」
足早に歩いていた男が、遅れてイスマイルに気づいた。
彼は眉をひそめながら尋ねた。
「今度は何ですか?」
「私が個別に呼び出して面談していた子です。挨拶しなさい、イスマイル。こちらは私の古い友人、ローガン……。」
「こんな平和な時に挨拶やおしゃべりをしている場合ではないことはご存じでしょう。今日はちょっと様子が変ですよ、大神官様。」
ローガンがすかさずマグヌスの言葉をさえぎった。
「……!」
その言葉に反応したのか、マグヌスの目元がわずかに震えた。
イスマイルは素早くテーブルの下から彼の手を取り、袖口をめくった。
不審な表情のマグヌスと目が合った。
向き合った瞬間。
パッ—!
揺れていた目元が再び静まり返った。
かすかに皮肉めいた笑みを浮かべたマグヌスがローガンに言った。
「おかげで久しぶりに会えたというのに、何をそんなに急いでいるのですか。一旦お座りください。」
「大神官様。」
「せめてお茶でも飲みながら一息入れましょうよ。」
「結構です。今はそんな時間は……大神官様!」
ローガンがマグヌスを止めようとしたが、彼は耳を貸すことなく席を立った。
そして後ろに置いていたポットに近づき、自らお茶を注ぎ始めた。
ローガンが呆気にとられたようにマグヌスを見つめていると、マグヌスはまるで何も知らないように微笑んでいた。
ローガンは深いため息をつき、ソファに崩れ落ちるように腰を下ろした。
向かいに座っている男の視線を見て、イスマイルは鉄のような重苦しい思いが胸にのしかかってくるのを感じた。
『……もし暗示が解けていたら、危なかった。』
お茶を注いで応対するように言ったのは、まさに本能に近い判断だった。
誰かを相手にして操作するのは思っている以上に繊細さが求められた。
それも誰かを騙して時間を稼ぐとなれば、なおさら難しかった。
相手に操られていると感じさせないように意識を保たせたまま操作し続けなければならないからだ。
イスマイルの持つ祝福された操作の能力は、一種の暗示だった。
命令とともに聖力を注ぎ込めば、相手はその通りに動く。
お茶を出すとか、何かを取り出して渡すといった指示なら簡単だった。
具体的な命令があるので。
だが、相手の反応に応じて命令を変えたり、違和感を抱かせないように暗示を適切に調整しつつ、さらに相手が不審に思わないように気を使う必要があり、イスマイルは死ぬほど疲れる思いをした。
『なんで自分がこんなことをするって引き受けたんだろう……』
イスマイルは冷や汗を流しながら、ベルジェの言葉に「わかった」と答えたことをひどく後悔した。
「“そのときもう一度院長を操作して。ローガンに会おうっていう急報を出せるように。そのあとは……”“最低限、引き止めておいてくれない?すぐ戻れないから!”」
手紙を書かせるだけでなく、訪ねてきた客を引き止めておくよう操作しろとは。
一度もやったことのない厚かましい命令だった。
正直、ほぼ不可能に思えた。
しかも、できるかどうか以前に、院長を操作するのは大きなリスクを伴った。
数日前、院長は能力を持った子ども二人を神殿に自ら連れて行った。
支援者が来たからという理由だったが、イスマイルはその話を信じられなかった。
もし貴族の後援を受けたのであれば、その知らせが孤児院に伝えられないはずがなかった。
逆に後援を受けていなかったのなら、孤児院に戻っているべきだった。
しかし、二人の子どもの行方は依然として不明のままだった。
乞食のような生活をしながら、毎日を慎ましく生きているイスマイルとしては、ベルジェの要請を断らなければならなかった。
だが──
……ゴンドリ!操作モード—!
その瞬間、自分のために一度だけ無茶をしたベルジェの姿が思い出されて……ついに拒絶の言葉を口にできなかった。
「ロゴンは公爵様の補佐官だよ。すごく高い地位なの、聞いた?マグヌスが友達だって言ってたでしょ」
「でもやっぱりロゴンって悪いやつだと思う!だからちょっと助けて、ね?」
自分よりずっと幼い5歳の子でも、何かしようと必死なのに、いつまでも怯えて隠れているわけにはいかなかった。
死にかけているベルジェが「脱出方法」を見つけるのをただ待っているだけではいられなかった。
イスマイルはベルジェとは違い、目を通じて能力を使った。
幸いにも最初に命令を出したときを除けば、わずかな力で相手の目を見つめながら暗示をかけるだけで済んだ。
しかし、ベルジェが言う「最大限引き出して抑える」ことが果たして自分にできるのか、自信はなかった。
「……もうあと20分しか残ってない。」
暗示の持続時間は1時間。
急報を送った後、ロゴンが到着するまでにかかりすぎた時間だった。
イスマイルが唇をかみしめて緊張している間に、カチャ。
お茶を入れ終えたのか、マグヌスが2杯の茶をテーブルに置いた。
「どうぞ。」
「話をするなら、まずあの子を外に出してはどうでしょうか。」
湯気がふわりと立ちのぼる茶に目もくれず、ロゴンがいらだったように口を開いた。
「おっと、それなら心配いりませんよ。」
席に戻って座ったマグヌスが、イスマイルをかばうようにして平然と答えた。
「この子は口がきけないので、どこへ行っても問題を起こすことはないでしょう。」
「……お前、今日は一体どうしたんだ?」
もう我慢ならなかったのか、ロゴンは丁寧さを捨てて怒鳴った。
「今はそんな話をしている場合じゃないだろ!」
「……」
「はぁ……で、そんなに急ぎたいって話は一体何なんだ。時間がないんだから早く言え。」
「それが……」
ロゴンの催促にも、マグヌスはただ困ったように微笑んだまま、固まっていた。
無理もなかった。
彼を操っているイスマイルが別に何かを考えられる状況ではなかったのだから。
たとえもう少し年上であったとしても、スモールトークでもしながら会話を誘導できたかもしれないが、あいにくイスマイルはまだわずか8歳だった。
「おまえ……」
人を呼んでおきながら何も言わないマグヌスの様子に、ロゴンの表情が次第に曇っていった。
微妙に焦ったようなマグヌスの様子を訝しげに見つめるロゴンが、ふと沈黙を破った。
「……資材の支給の件か?」
「……資材の支給?」
「そうだ。おまえがしばらく前に送ってきた物資、あまり効果がなかったようだ。ウリス様が不満をおっしゃっていたと聞いた。」
口がきけない子という言葉に、それ以上イスマイルに注意を払うつもりがなかったのか、ロゴンは何の躊躇もなく話を続けた。
「さてベルゼ、その使用人を使う覚悟はできたのか?ちょっと見てくれただけで何か分かったか?」
不意に飛び出してきた馴染みのある名前に、イスマイルはびくりと体を震わせた。
「……そうだとしたら?」
「ふん。」
イスマイルの望み通り、マグヌスが答えると、ロゴンは呆れたように舌打ちした。
「もう遅い。いったい何をしたのかは知らないが、あの奴隷のガキが公爵の使者を拒絶するほどに仕立て上げられたんだぞ。ちくしょう、死にそうだったくせに、あいつがなんであんなにしゃしゃり出てくるんだ?」
「………」
「少し前に公爵を救って、百紙の推薦状まで手に入れたってさ?あのクソみたいな奴隷のガキがよ。」
最後には罵声を浴びせながら、ロゴンはマグヌスをちらりと見ては怒りをぶつけた。
「だから言っただろ?あの奴隷の子を直接使ってみろって。お前とダンケスキー、あのクソみたいなやつらが反対しなかっただけで、今ごろ……!」
その瞬間、彼は何かに気づいたように目を見開き、言葉を止めた。
「どうしたんですか?」
マグヌスが疑わしげな顔で尋ねた。
イスマイルの操作に反応していた。
「……誰かが俺の部屋に侵入した。」
しばらく黙っていたロゴンが顔をしかめながら立ち上がった。
「祈祷文がずれて封印魔法が発動してたっぽい。くそっ、誰が俺の部屋に細工を……。」
背を向けて立ち上がろうとしたロゴンは、ふと奇妙な目つきでマグヌスを見返した。
「マグヌス。」
「……はい?」
「お前から不快な気配がする。」
彼は口元を歪めて笑いながら、マグヌスへと一歩、また一歩と近づいた。
「実は入ってきたときから感じてたんだ……。ここは神殿のすぐ近くだし、仕方ないかって思ってた。」
「……」
「でもさ。」
バンッ。
ついにマグヌスの前に立ったロゴンが、不意に手を伸ばして誰かの襟首をつかんだ。
「うぐっ!」
荒々しく引きずり出されたのはマグヌスではなく、イスマイルだった。
予想外の展開に、イスマイルの口から小さな悲鳴が漏れた。
パッ!
その瞬間、彼の瞳を覆っていた奇妙な光が消えた。
かすかに放たれていた霊力が消え去ると、マグヌスにかけられていた催眠が解けた。
それと同時に、ぼんやりしていたマグヌスの瞳に徐々に焦点が戻った。
「……ロゴン?」
「……」
「お前、どうしてここに……イスマイル?」
彼はまるで人が変わったかのように、呆然とした顔でロゴンと男の子を見つめた。
「このクソガキ、だろ?前に声と一緒に能力を失ったってやつ。」
ロゴンは鋭い眼差しでイスマイルとマグヌスを交互に見つめた。
操られていたことに気づいたイスマイルの顔は一瞬にして青ざめた。
「どうした?やってないことまで全部やったな。」
ロゴンが小さく鼻で笑いながら言った。
「お前、このガキに操られてたんだな。」
「な、何を……。」
「この程度の子どもに弄ばれるとは、見事なもんだ。」
ロゴンは襟首をつかんでいたイスマイルをまるでゴミでも捨てるかのようにソファの上へ放り投げた。
再び衝撃がイスマイルを襲った。
「……!」
今回は近くで息を呑んだが、その瞬間マグヌスは完全に正気を取り戻した。
「イスマイル、お前一体……こ、これは一体どういう……」
「まあ、それでも材料の供給は厳しかったけど、能力はかなり残ってるみたいだからよかったよ。」
混乱しているマグヌスに、ロゴンが静かに言葉をかけた。
「裏事情はご存じでしょうし、私も最近は身を潜めていますから、秘密の空間を探すまではしばらく連絡は控えてください。」
「……ロゴン。」
「今日は急いで戻りますが、もう一度今日のようなことが起これば、今度はそのまま報告せざるを得ませんよ、マグヌス代信官。」
ガン!
入ってきたときのように素早く背を向けて、彼は廊下を通って外へ出て行った。
静まり返った院長室。
「……そうだ。なんだか少しおかしいと思っていたが――確かに二人の声を聞いて図書館の扉を開けたんだけど……」
「……」
「しかも確かに会話していたのに、まばたきした瞬間には図書館の外にいたことも……」
「……」
「あの日一日中体の中に不穏な気配が残ってたけど、理由はこれだったのね。」
狂った人のように独り言をつぶやいていたマグヌスは、ふと首を上げて声を聞いた。
「……イスマイル。」
しばらくして、イスマイルを呼ぶ静かな声が響いた。
「ごめんなさい。でも先生と一緒に神殿に戻らないといけないの。」
その直後、恐怖に震える琥珀色の瞳の上に、暗い影がさっとかかった。
黒いキャンバスの上に真っ赤な染料で荒く書かれた文字列が見えた。
「こ、古代語?!」
絵の下に広がった光景に私は驚いてエドウィンを見返した。
「これは……」
彼もまた驚いたのか、硬い表情でその絵をじっと見つめていた。
『古代語で書かれた文字を探すと聞いた時、ただの伝承だと思っていたのに……。』
本当にこんな文字列がどこかに隠されていたなんて思わなかった。
「何て書いてあるかわかる?」
私の問いかけに答える代わりに絵を見ていたエドウィンがふと私を振り返った。
私が目をそらせなかったその金色の瞳が一瞬、揺れた。
「……いや。」
読み取れない表情でしばらく私を見つめていた彼が、やがて視線をそらした。
「よくわからない。君は?」
「私だって当然わからないよ。」
私の言葉にエドウィンが小さく苦笑した。
「それでも古代語だってことはどうにか分かったね。」
『ちぇっ! 私のほうがよく知ってるのに!』
私はむっとしたが、ぐっと口をつぐんだ。
文字もろくに書けない5歳児が古代語を知っているはずがないからだ。
もちろん見た目だけで、読み書きできるわけじゃない。
キャンバスに書かれた文字が何を意味しているのか、すぐには見当がつかず、焦燥感が募った。
『こんなことになるなら、前世でディアナについて行って古代語をもっと一生懸命勉強しておけばよかった……』
虫が這っているような稚拙な文字を見て後悔していた私は、突然の予感に体を小刻みに震わせた。
考えれば考えるほどゾッとした。
神聖な聖堂の絵の下に隠された古代語だなんて。
『なぜこんなものをここに隠したんだ、気味が悪い……』
乾ききらない目で再びキャンバスを見回した瞬間、ふと過去に閉じ込められていた灰色の部屋を思い出した。
床、壁、天井のあちこちに赤褐色の塗料で描かれていた意味不明な模様。
薄暗い中で流れていた呪文のような古代語の詠唱。
キャンバスに書かれた古代語を見つめると、なぜかあの時感じた寒気と恐怖が生々しく蘇ってくる気がした。
『……じゃあ、ロゴンは異教徒なのか?』
意味もわからず古代語を隠しただけでは断定できないが、ひとまず女神に害をなす絵を飾っていたことからして、敬虔な信者とはかけ離れている。
しかし、彼を異教徒と仮定するにはあまりに合致する点が多すぎた。
『あのクソガキも?マグヌスまで?』
神殿の関係者であるロゴンが異教徒であるなら、それに関係する者たちも皆同じ穴の狢ということになるが……。
単なる従者ではなく大神官の座にいる者たちが召喚した勢力のひとつなら、もしかすると非常に危険な存在かもしれない。
そして──
『……ディアナは?』
イスマイルの話によると、悪魔を崇拝する異教徒たちは紫光の黒魔法を使うということだった。
しかし、そこにディアナを当てはめると、思わず苦笑が漏れた。
『聖女であるあのディアナが悪魔崇拝者だって?そんなの信じられる?』
原作では、ディアナは癒しの力を使うことができた。
悪魔を崇める黒魔術師が聖女のように振る舞って、人々を癒して歩いているなんて話、聞いたこともなかった。
『……わからない。』
かつて確かに見た、ディアナの手から放たれた紫光が思い起こされた。
しかし、時間が経ちすぎて、今となってはあれが幻だったのかもと思えてくる。
実際、あれはあまりに一瞬の出来事だったため、私の無意識が勝手に補完していたのかもしれない。
信じられないという確信が持てなかった。
ロゴンも、異教徒も、神殿内にいる正体不明の勢力も──すべてが何もかも分からない霧の中のような存在だった。
「……もう、どうすればいいの?」
込み上げる焦燥に、無意識のうちに口からこぼれ出た言葉だった。
「どうすればって、何が?」
すぐ背後から低く鋭い声が響いた。
思わず驚いて振り返ると、どこかの柱の陰から出てきたエドウィンが、既に冷静に状況を整理していた。
「とにかくこれを片付けて、早く出よう。なんかもう気味が悪くて仕方ない。」
「ひっ!」
彼の視線をたどって目を落とすと、破れた紙の隙間から見える床には、ぞっとするような描写が広がっていた。
『これだよ、疑われて追い出されたって言い訳するための証拠ってわけか。』
容赦なく破かれた装飾用の絵を見た私は、思わず息をのんだ──。
すっかり気が滅入った。
もう完全に罪を着せられる状況だった。
ロゴンが戻ってきたら、誰かが部屋に侵入して絵に手を加えたことがすぐにバレるだろう。
こうなった以上、エドウィンの言うとおり、部屋の主が戻ってくる前に逃げるのが最善だった。
「椅子は元に戻しておくから、君は破れた紙くずをひとまとめにしておいて。」
「うん、わかった!」
「捨てないで。僕が持っていくから。」
力いっぱい鍵をひねっていた私は、エドウィンの一言に短く息を呑んだ。
神聖な意図が込められていた装飾用の絵はあまりにも見事に引き裂かれていて、ロゴンが神殿の関係者だという証拠として使える可能性は低かった。
しかしエドウィンは、それらの破片を集めてパズルのように復元しようとしているようだった。
『エドウィンがいてくれてよかった。』
最初に現れたときは、その存在が正直言って戸惑わしくて重荷に感じられた。
でも今は──もし彼がいなかったら、絵の裏に隠された古代語を探しに来て、何の成果も得られずに帰っていたかもしれない。
胸の奥がもやもやと重くなるのを感じながら、エドウィンが示した通りにしゃがもうとしたその時だった。
ワアアアアッ――!
まるで警報のように、部屋のどこかから強烈な突風が吹きつけた。
すると、ガアアアッ――!
エドウィンが出入りした際に少し開いていたロゴンの部屋の扉が、勢いよくバタンと閉まった。
その衝撃に驚く暇もなかった。
ギイイイッ、ドン!
ガチャン。
続いて、私が開けておいた窓までもが勝手に動いて閉まり、鍵がかかってしまったのだ。
「ど、ドアが……」
呆然と立ち尽くしていた私は、慌てて立ち上がって部屋の扉に駆け寄った。
ガチャ、ガチャ。
しかし、いくらドアノブを回しても扉は開かなかった。
「ねえ、エドウィン!扉が開かないよ!」
「窓もだ。」
机の後ろに椅子を戻して閉じた窓を見上げながら、彼が言った。
「……どうやらこの部屋、封印されてるみたいだ。」
「ふ、封印?!」
「うん。絵に触れたら自動的にドアが閉まるように魔法のような仕掛けが施されていたみたいで……。」
『魔法だなんて。』
エドウィンの言葉に、私は思わず目を見開いた。
宗教戦争以降、魔法のような非物理的な力はほとんど使われていない。
使われるとしても高級武器や移動手段のような便利な用途に限られていた。
しかしその価値は非常に高価で、ロゴンのような一般市民の給料では到底手の届かないものだった。
さらに私が知る限り、聖典と同様に神聖な土地に建てられた工房では、聖力を除いた他の力はうまく発揮されない。
フェアリーハーブのような薬草がよく育つのもそのためだった。
それなのに、そんな神聖な土地の奥深い場所に、魔法陣を張っていた。
普通の実力では不可能なことだった。
『ロゴンって、まさか黒魔術師?』
戸惑いを隠せない沈黙の中、エドウィンは部屋のあちこちを回りながら抜け道がないか探していた。
しかし、扉も窓もすべてがしっかり閉ざされていて、逃げ出せる穴などあるはずがなかった。
ゾッとし、寒気がした。
「う、私たち……出られないの?」
「開けなければね。」
その言葉とともに元の場所へ戻ったエドウィンが、少し前に下ろしていた椅子を軽々と持ち上げた。
そしてそれを窓に向かって思いきり投げつけた。
ガシャン!ドカン!
しかし音ばかりが響くだけで、強化ガラスは微動だにしなかった。
まるで逃げ出せないように施錠されているかのようだった。
こうして私たちは完全に閉じ込められたのだ。
私は焦りながら残り時間を確認した。
最短でも残り時間は10分ほど。
つまり、10分以内にここから脱出する方法を見つけなければならないという意味だ。
ところが――
ヒヒヒヒヒ……
方法を探す間もなく、遠くから不気味な笑い声が聞こえてきた。
明らかに馬車で戻ってくる音だった。この時間に来る人物はただ一人。
『なんでこんなに早く戻ってきたの?』
予想よりもはるかに早く戻ってきたロゴンの登場に、私は思わず息を飲んだ。
「ど、どうしよう、エドウィン?ロゴンが戻ってきたみたい……!」
私はエドウィンに焦って問いかけた。
馬車の音に気づいたのか、エドウィンは投げた椅子をそのままにして、私の方へ駆け寄ってきた。
「こっちだ、ベルチェ。」
彼は私の腕をつかみ、どこかへ連れていった。
「え?」
「黙って。下手すれば泥棒だと思われて逃げ遅れる。」
なるほどその通りだ。
私が戸惑っている間に、彼はベッドの横にあるクローゼットの扉を開けた。
そして私をひょいと持ち上げて中に押し込み、自分もさっと入ってきた。
私はそんな彼の行動に戸惑った。
「え、ここに隠れてていいの?」
「部屋の真ん中に突っ立ってるよりはマシだろ。」
それももっともだと思い、私は小さく口を引き結んだ。
ギィ……と、クローゼットの扉が閉まり、完全な暗闇が私たちを包んだ。







