こんにちは、ピッコです。
「もう一度、光の中へ」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
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又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
140話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 白い鳥⑬
それは本当に不思議な感覚だった。
ほんの数歩進んだだけなのに、気がつけば私は精霊界にいた。
反射的に周囲を見回す。
はっきりと言葉にはできないが、空気からして人間界とは違う何かが感じられた。
とても神秘的だ。
「精霊界って、こんなふうなんだ……」
一見すると普通の森や庭園のようだが、足元には小川のような流れがあり、そのせせらぎが静かに響いている。
やがて、四季折々の花々が一度に咲き誇っているのに気づき、息をのんだ。
何よりも、この場所には多くの自然界の精霊たちが階級や属性を問わず入り混じっていた。
夢のように美しかったが、それだけに非現実的な空間でもあった。
私がしばし見惚れていると、ルン様が低く静かな声で言った。
「気を抜くと、転びそうになるぞ。」
「は、はい。あまりに不思議で……。」
彼は理解したように軽く頷いた。
私は前から気になっていたことを彼に尋ねた。
「でも、人間もこんなふうに精霊界へ入れるんですか?」
「……私と一緒なら大丈夫だ。だから、私の手を離さないように。」
その言葉に、私はすぐに頷いた。
絶対に離してはいけない。
私にとっては幸運なことだ。
二人の精霊王の案内に従い、私は忙しなく歩みを進めた。
道中、地面に浮かぶいくつもの扉が目に入った。
ハイネン様の説明によると、それは精霊王たちが自分の領域へ戻るための入口なのだという。
いくつもの扉を通り過ぎ、ついに私たちは最も大きな扉の前に辿り着いた。
装飾のない質素な扉だったが、二人の精霊王は何も言わなくても、私にはそれが精霊神へと続く扉だとわかった。
「入ろうか。」
ルン様が静かに言った。
「えっと…中に入ったら、私はどうすればいいですか?」
緊張で震えそうになるのをこらえながら、私は二人に尋ねた。
するとハイネン様が答える。
「行ったら、正直に話せばいい。嘘はつかないこと。あの方は全てを見抜くから。」
私は小さくうなずき、深呼吸をひとつして心を落ち着けた。
「……はい、準備できました。」
心配はあったが、二人の精霊王と一緒だったおかげで少しは安心できた。
そして私たちが扉を開け、最初の一歩を踏み出したときだった。
私の手を握っていたぬくもりが、突然消えた。
「……ルン様?!」
私は驚いて周囲を見回した。
真っ白な空間には、いつの間にか私一人しかいなかった。
「ハイネン様!」
二人の名を大声で呼んだが、返事はなかった。
慌てて入ってきた扉を振り返ると、すでに扉は消えていた。
もう出ることも、戻ることもできないということだ。
私は固く緊張しながら周囲を見渡す。
本当に何もない純白の空間だった。
自分がここに立っていられること自体が不思議に思えるほどだ。
『……まさか突然落ちたりはしないわよね?』
地面を素足で何度か踏みしめると、草に覆われた足元は意外にも安定しているように感じられた。
『それだけでもありがたい』と心の中でつぶやいたそのとき、声が響いてきた。
――来たのか。
「……!!!」
その声の主を探そうと身を巡らせたが、姿は見えなかった。
声はこの空間全体に反響して広がっていたのだ。
しかもその声を耳にした瞬間、なぜか足がすくんでしまった。
「……あ、あの……精霊神様ですか?」
――そうだ。
性別も年齢もまったく推測できない、不思議な響きの声。
深く広がるその音色は、どこかで聞いたことがあるようでもあり、この世に生まれて初めて耳にするようでもあった。
しかし、とにかく自分のやるべきことは決まっていた。
私は慌ててひざまずき、頭を地面に深く伏せて礼をした。
生まれてから父や母にもしたことのない、極めて丁重な礼だった。
「……神よ。愚かな存在が、恐れ多くもご挨拶申し上げます。」
返事はなかったが、声は私の言葉を聞いているようだった。
少し勇気づけられた私は続けた。
「ここに来たのは……罪を償うためです。」
——……。
「光の精霊王様が人間界に介入なさったこと、そして私がその方を不正な方法で召喚しようとしたこと、そのすべてが私の罪です。ですから……その罪は私が全て償いたいのです。」
それがどんな罪にあたるのかは分からない。
そう言い終えると、私は鼓動を押さえ込みながら、その答えを待った。
どれほどの時間が経っただろうか、やがて精霊神の声が響いた。
――私はおまえを知っている。
私は思わず瞬きをした。声は続く。
――おまえが生まれた日に、私が直接祝福を与えたのだ。忘れるはずがない。
「……精霊神様、なのですか?」
――気づかなかっただろうが、おまえは前世で本来、精霊王を召喚する運命にあった。
呆然と空間を見渡す私。
精霊神の言葉の意味がすぐには飲み込めなかった。
「……私が、前世で精霊王を召喚する運命……だったと……?」
――そうだ。ただし、前世でおまえは不本意にも――それもまた、他の神の介入によって死を迎えた後、運命はすべて狂ってしまった。それを哀れに思い、お前が新たに生まれた日に、お前の魂に祝福を与えたのだ。
「……そんな、ことが……」
――祝福を授けたお前を、私の子らが愛さないはずがない。その結果、お前は精霊たちと深く関わるようになった。ゆえに、このすべての事に私にも責任があるのだな。
何と言えばよいのか分からなかった。
私はただ、震える声でつぶやいた。
「……神よ。」
――さあ、言ってみなさい。お前がここまで来たのは、私に望むことがあるからだろう。
精霊神の声は冷静で穏やかだった。
――責任を果たすために、お前の願いを一つ叶えてやろう。
「……!!!」
胸が大きく高鳴るのを感じた。信じられず、私は思わず問い返した。
「わ、私の願いを……?」
――そうだ。どんな願いでも構わない。
『……願い……』
瞬間、家族や友人の顔が脳裏に浮かばなかったと言えば嘘になる。
ルン様の声も思い出された。
彼は私に、長く生きてほしいと願っていた。
たとえ彼との契約を解消し、二度と会えなくなるとしても。
欲がなかったわけではない。私も人間だから、もっと生きたいと思った。
口を開く。
「……私は……」
しかし、私は選んだ。
「ルン様の枷を取り除いてください。」
それは、私がルン様にできる最後の贈り物だった。
贖罪でもあった。精霊神はしばらく黙っていた。
――……それが本当にお前の願いなのか?
ふと、この場所に入る前にハイネン様が言った言葉を思い出した。
あの方の前で嘘をついてはならない、と。
すべてを見抜かれる方なのだ、と。
「はい。」
私は顎を引き、しかしそれは紛れもない本心だった。
だから私は、全身全霊を込めて精霊神に願った。
「それが私の願いです。」
――……
すると、精霊神の声が聞こえた。
――お前の願いは叶えられた。
その瞬間、虚空にルン様とハイネン様の姿が現れた。
私は驚きのあまり声を上げた。
「……ルン様!ハイネン様!」
二人のもとへ駆け寄りたかったが、長時間膝をついていたせいで足に力が入らなかった。
私に気づいたルン様が駆け寄ってくる。
別れた時と変わらない様子から、幸い二人の精霊王に何事もなかったことがわかった。
「大丈夫か?!」
彼は私の手を取って立たせてくれた。
慎重に体を起こしていると、再び精霊神の声が響く。
――アイシャの願いは叶えられた。
その言葉に胸が熱くこみ上げる。
彼が代わりに代価を払わずに済むという事実が、たまらなく嬉しかった。
しかし、精霊神の言葉はそれで終わりではなかった。
――そして……
なぜかその声には、わずかな笑みが含まれていた。
――ルミナスの願いも叶えられた。
「……?」
私は瞬きをした。
「……ルミナス様の願い……?」
――そなたらは二人。ならば、それぞれ一つずつ、二つの願いを叶えるのが道理であろう。
ルン様は何も言わず、乱れた私の髪をそっと撫でた。
「……では……?」
私は呆然とルン様を見つめた。
ルン様の黄金色の瞳と目が合った瞬間、私は本能的に、その願いが何であるかを悟った。
精霊神は宣言するように言った。
――寿命は元通りになった。
「……私の寿命が?」
震える声でルン様に尋ねる。
私のために願いを使ってくれたことは嬉しかったが、同時に胸が痛んだ。
自分のために使ってくれた方が、どれほどよかったか。
複雑な思いで彼を見つめると、ルン様は言った。
口に出さずとも、私の心を読み取ったかのように。
「君も俺のために願いを使ったじゃないか」
「それは……そうだけど……」
私はそっと手を握りしめた。
説明できない気持ちが胸の奥をくすぐる。
そこへ、空気を読まないハイネン様が口を挟む。
「私のための願いはないのですか?私もそれなりに頑張ったのに」
もちろん、その言葉を聞いた者はいなかった。
精霊神でさえもだ。
精霊神が口を開いた。
――ただし、そこには一つ条件がある。
「じょ、条件とは……?」
――アイシャ、お前の寿命を延ばすために、ルンの命を与えた。お前たち二人は今や繋がっており、片方が死ねばもう片方も死ぬことになる。
「……!!」
私は驚愕してルン様を見つめた。
片方が死ねばもう片方も死ぬなんて――。
つまり、その言葉はルン様がどれだけ長く生きても、百年と経たずに命を落とすという意味ではないか。
しかしルン様は、この衝撃的な言葉にも平然とした様子で、かすかに笑みを浮かべた。
「構わない。」
「で、でも!」
「もう私は、君が想像もできないほど長く生きてきた。だから心配はいらない。」
ルン様はそう言ったけれど、正直私は胸の奥がむず痒くて、足先までそわそわしてしまう気分だった。
そんな気持ちを見透かすように、さらに彼は続ける。
「それに、もう君のいない世界をどうやって生きればいいのかも分からないからな。」
私は思わず口をつぐんだ。
顔が一気に熱くなり、頭の中まで火照っていく。
このままでは胸が破裂してしまいそうだった。
ルン様がもう一度、穏やかに言う。
「大丈夫だ。」
その黄金色の瞳は、温かな光を湛えていた。
呆然としながら、私はその手をそっと握り返す。
そんな私たちをじっと見ていたハイネン様が、艶のある声で口を開いた。
「さあ、それじゃ行こうか?」
彼はいつものようににこにこと笑っていた。
「遅くなる前に行かないと。」
「あ、そういえば……!どれくらい時間が経ったんでしょう?」
その時になってようやく、私は人間界のことを思い出した。
思っていたよりずっと長く時間が経ってしまった気がする。
侍女たちには「ちょっと出かけてきます」と言って席を外しただけなのに、今ごろきっとみんな私のことを心配しているだろう。
精霊神が口を開いた。
――お前がこちらに渡ってきてから、もう3日ほど経ったな。人間界では朝だ。
「……え?」
私は思わず聞き返してしまった。
「……3日ですって?」
私の聞き間違いじゃない?
隣でハイネン様が補足の説明をしてくれた。
「数時間しか経っていないと思っているだろうが、精霊界と人間界では時間の流れが違うのだ。」
「そ、それじゃあ……本当に3日も……?」
思わず口が開いた。
「だめ!」
顔から血の気が引き、別の意味で心臓が激しく高鳴った。
「け、継承式!行かないといけないのに!!」
そうだ。
3日後といえば、まさに今日はお兄様の継承式の日ではないか。
しかも、私が3日間も席を外していたとなれば、宮廷はひっくり返ったあと、さらにもう一回転しそうな騒ぎになっているに違いない。
どうしたらいいのか分からなかった。
「は、早く戻らないと!」
すると、精霊神が微笑を含んだ声で言った。
——ああ、扉を開けよう。
その言葉と同時に、虚空に一つの扉が現れた。
入ってきたときと同じ、白い扉だった。
それを見て、私は心がさらに急くのを感じた。
「えっと、それじゃあ、そろそろ失礼してもいいでしょうか?」
――構わぬ。
私は深く息を吸った。
いよいよ人間界に戻るときだ。
身体を向け、扉を見つめていると、背後から精霊神の声が聞こえてきた。
――忘れるな、アイシャ。
「……?」
――お前は、私が愛する子だということを。
私は思わず口を少し開いた。
『……精霊神様。』
胸の奥から言葉にできない感情が込み上げてくるのを感じた。
私は震える手でドレスの裾をつまみ上げ、軽く持ち上げて礼をしながら――
精霊神に最後の礼を捧げた。
「ありがとうございます。」
心からの感謝を込めた挨拶だった。
姿は見えなかったが、なぜか彼が微笑んでいる気がした。
そして、今こそ本当に行かなければならない時だと悟った。
ルンが自然に私の手を取った。
私は少しためらったが、その手をしっかり握り返した。
隣にはハイネンもついてきた。
開かれた白い扉の隙間から、眩しい光が漏れていた。
私はそこへ足を踏み出した。
その光を通り抜ける瞬間、子どものころに生まれた日のことが脳裏によみがえった。
ずっと昔のことなのに、なぜか昨日のことのように鮮やかだった。
生まれ変わることを拒み、神を避け、命を軽んじていたあの頃の私。
しかし、大切な人たちが私を慈しみ、愛してくれたからこそ、私は再び自分の命を大切にしようと思えたのだ。
生きていける――。
たとえ自分の知らない場所で、自分の知らない時間を過ごしていても、私をこれほどまでに愛してくれていた存在があったのだ。
私は心の中で、もう一度精霊神へ感謝の礼を捧げた。
そして目を開けると、そこは夏の海辺だった。







