こんにちは、ピッコです。
「ニセモノ皇女の居場所はない」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

108話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 勇者キリオン②
エスカル白爵邸、応接室。
キリオンは、予告に無かったナサールの同行者を見て、怪しんだ。
「こちらはどなたですか?」
彼らを案内した執事が部屋を出て行くと、部屋には三人が残った。
フィローメルは、かぶっていたフードを外した。
キリアンの黄金色の瞳孔が驚きに染まった。
「……レディ・フィローメルがここまで来たのは何の用ですか?」
彼はさりげなくフィローメルとナサルを交互に見た。
「それにエイブリトン小公爵もご一緒に。お二人は離婚されたと聞きましたが、私の聞き間違いでしょうか。」
軽い態度の奥から感じられる明確な敵意。
知らなければ気づかないはずがなかった。
『0%』
馬車の中では見えなかったのに、突然また現れた好感度の表示に彼女は目を見張った。
もしマイナスの領域まで表示可能だったなら、その好感度は0どころかマイナスだったに違いない。
フィローメルは心の中でため息をついた。
『なんだこれ、ナサールを苦労して連れてくる必要なんてなかったかもしれないな。』
もし望むなら、キリオンに会う方法はいくらでもあった。
例えばルグィーンの魔法で呼び出すこともできただろうし。
あえてナサールを介した理由は、できれば目立たないように、密かに礼儀を守りながら会いたかったからだ。
それでも、一度は言葉をかけてみようとフィローメルは口を開いた。
「こんにちは、勇士キリオン。今日こうして失礼を承知でお伺いした理由は話したい問題があるからです。」
髪の毛からまつ毛まで青みがかった彼のまなざしが揺れた。
「まさかその問題というのはエレンシア皇女殿下に関することですか?」
「そうです。」
「ではお帰りください。あなたと話すことはありません。」
「重要な問題です。」
「執事、いるか?お客様がお帰りになるそうだ。護衛を……。」
「勇者キリアン。皇女殿下があなたの父、そして側室と陰謀を企てているのをご存じないのですか?」
急所を突かれたようにしばらく沈黙していたキリアンが小さく身震いした。
「・・・意味が分かりませんね。お二人が最近、王宮を頻繁に訪れているという話は、ただの偶然なのでしょうか……。」
「エレンシア皇女にはまだ連絡が届いていないようです。エスカル商団の山参草独占計画は、白紙に戻されました。」
フィローメルはにっこりと笑った。
「治療に必要な山参草なら、数ヶ月前にすでに十分確保されていますよ。」
「……。」
その瞬間、キリオンの顔から余裕が消えた。
やはり、この男はエレンシアの計画を知っていたのだ。
「それで、その言葉を撤回する理由が何です?」
キリオンがこれまで守ってきた礼儀を脱ぎ捨てた。
そして鋭く問いかけた。
「あなたが人々を救う勇者なら、決して負うべき義務を忘れないでください。」
「は、まるで今の私が義務を怠っているかのような言い方ですね。」
「それとも、伝染病の治療薬に使う薬草を独占しようとする計画に協力しなかったからですか?」
キリオンは表情を曇らせた。
声にも怒気がこもり始めた。
「あなたに私の道徳を論じる資格がありますか。」
確かに多くのモンスターを退けたという武勇は、ただのはったりではないのか、騎士の気迫は堂々としていた。
しかしフィローメルはまったく動じなかった。
彼女にはルグィーンがかけてくれた防御魔法と……ナサールがいたから。
フィローメルは隣に座っているナサールを見つめた。
キリオンが無礼に出てきた最初から、ナサールは鋭い目で彼を見つめていたが、抑えていた力が戻ったのか、握った拳が小さく震えた。
『今すぐにでも飛びかかりたいけど、我慢しているんだ。』
なぜなら、この会話の主役はあくまでフィローメルとキリオンだからだ。
ナサールは自分が出しゃばるとフィローメルに迷惑がかかるのではないかと、控えていたのだ。
フィローメルは、彼の存在自体が大きな支えとなっていることを感じながら、キリオンの問いに答えた。
「ええ、いいですよ。私はあなたの前で少しも恥じることはありません。」
「は……はは。」
キリオンは乾いた笑いを浮かべた後、鋭く目を細めた。
「あなたは何の資格で?ここに残って彼女を苦しめる者に。」
「彼女」というのはエレンシアを指しているようだった。
フィローメルは呆れた気持ちで尋ねた。
「誰が誰を苦しめたって?」
苦しめたことがあるならともかく、苦しめた覚えはなかった。
「あなたの存在そのものが、彼女にとって傷になるんだ。」
「……傷?」
「そっちが直接的に何かしたわけじゃない。だけど、その間、もともと皇女様が持つべきだったものを代わりに奪って生きてきたじゃないか?それに、親御さんまで。」
キリオンの言葉は聞けば聞くほど皮肉が込められていた。
「そんなあなたがいまだに皇宮に残り、皇帝陛下に可愛がられている姿を見るあの方の気持ちが、どんなものか分からないのか?」
フィローメルは胸が締めつけられるような気持ちになった。
『ああ、この男は許せない。』
キリオンの声は次第に高まっていった。
「優しい皇女様が何も言わずにいてくださるからといって、少しでも良心があるなら、自ら姿を消すべきだろう?分からなかったのか?そんな言葉で済ませようとするな。無知も罪だ……」
ドン!
轟音とともにナサールが叩きつけた応接室のテーブルが二つに割れた。
「申し訳ありません、フィローメル様。これ以上聞いていられず、無礼を働きました。」
彼はキリオンではなくフィローメルに謝りながら立ち上がった。
すると素早く戦闘態勢を取ったキリオンがフィローメルを見て言った。
「嫌なことを言われたからって、結局男に頼るんですか?」
ナサールが剣を抜いて構えた。
「勘違いするな。個人的にお前が気に食わないだけだ。」
彼は片方の口元を引き上げ、あざ笑うように笑った。
「せいぜい頭が三つ付いた小さな蛇を一匹捕まえておいて、勇者だと名乗るその姿が、滑稽じゃないか。」
「……なんだと?」
ナサールは反論しようとしたが、キリオンはさらに怒りを隠しきれなかった。
「よくもまあ、私が積み上げてきた功績を侮辱するとは……。」
エレンシアに関する怒りをぶつけるときよりも、さらに深い憤りを感じていた。
一触即発の状況。
フィローメルはナサールの袖を引っ張った。
「ナサール、もうやめて。」
「ですが……」
「ここじゃありません。」
そうだ。キリオンがエレンシアの側についた以上、いずれ彼らは衝突せざるを得ないだろうが、今ではなかった。
フィローメルの落ち着いた眼差しに、ナサールは剣を鞘に納めた。
「承知しました。」
さっきまであれほど怒っていたのに、すぐにおとなしくなる様子が可笑しくて、フィローメルはくすっと笑った。
「もう帰りましょう。」
しかしキリオンは、彼らが素直に帰れるようにはさせなかった。
「私を無視するつもりですか?」
フィローメルは彼を見返した。
「キリオン、あなたは私が皇帝に可愛がられるのを不快だと感じているのですね?」
「その通りです。」
「では、今すぐ陛下のところに走っていき、直訴でもすればいいのでは?偽の娘に惑わされず、本当の娘を選べと。」
キリオンは目を大きく見開き、すぐに乾いた笑い声をあげた。
「簡単に言うな……。」
「なぜできないんですか?私と違って、皇帝に廃位されるのが怖いんですか?」
「……。」
沈黙が訪れた。
フィローメルは無表情の男を見下ろしながら言った。
「あなたは勇者じゃない。強者の前では一言も言えず、弱者にだけ威張る冷酷な人間だ。」
「詭弁を言うな!」
「じゃあどうして私だけ責めるのか言ってみろ。あなたの言う通りなら、血のつながった子供を捨てて偽物を可愛がるのは、最も情けない人ではないのか?」
返ってくる言葉は当然なかった。
代わりに妙なことが起こった。
『3%』
キリオンの好感度が一気に3%も上がった。
だが彼は依然として歯を食いしばり、フィローメルをにらみつけていた。
『もしかして、罵倒されると喜ぶタイプなの?』
ナサールと一緒に応接室を出たフィローメルは、懐から緑陰石(ろくおんせき)を取り出して見つめた。
エスカル伯爵邸を出て宮殿へ戻る馬車の中。
フィローメルは手の中の緑陰石を指でなぞりながら、考えを巡らせていた。
『キリオンは狂ってる……』
もし彼がエレンシアに疑念を抱いていたら、録音された会話を聞かせ、協力を求めたはずだ。
あの子の体に憑依した邪悪な霊魂を追い出してほしいと。
しかし、実際に出会った彼は、完全にエレンシアの味方だった。
特にエレンシアの話題を口にするときの目の輝きは、正常な精神ではないかのように混乱していた。
自分は勇者に対して過剰な幻想を抱いていたのかもしれない。
そのとき、向かい側に座っていたナサールが口を開いた。
「計画されたことがうまくいかなかったようで、お気を悪くされたのですか?」
フィローメルは彼をじっと見つめた。
『何も聞かないのね。』
キリオンに会いに行くとき、彼女はナサールに極めて断片的な情報しか与えていなかった。
フィローメルとエレンシアが山菜採りをめぐって争った理由や、なぜ彼女があえて敵側に立ったキリオンを説得しようとしたのかなど、当然そこからは分からない話だった。
思い返せば、まだ話していないことがたくさんあるだろう。
それでもナサールは問い詰めなかった。
すべてを話したい。この人には隠したくない。
そのためには、自分がかつて〈皇女エレンシア〉を拾ったあの日から説明しなければならない。
フィローメルは決意した。
『ナサールが私を信じてくれるなら、私もナサールを信じよう。』
それは、すでにルグィーンや兄弟たちに裏切られた経験があるからだろうか。
「ナサール、あのね……。」
その言葉は自然に口から出た。
物語は、馬車が南宮の前に到着した後も続いていった。
始まりは幼い頃、庭園で〈皇女エレンシア〉を拾った少女の物語。
少女は一冊の本を手にして完璧な皇女になるために必死に努力した。
一方では皇宮の外の生活を夢見ていた。
そして一度も挫折することなく戻ってきて、今に至った。
最初は驚きでいっぱいだったナサールの顔に、やがて悲しげな雰囲気が広がった。
すぐに涙が白い頬を伝って流れた。
フィローメルは戸惑って尋ねた。
「ナサール、泣いてるの?」
「その幼い年齢であなたが感じた痛みが、痛々しくて想像できなくて悲しいんです。」
「ナサールだって幼い頃はいろいろ大変だったじゃない。」
「私は少なくとも、自分の命を心配したことはありません。」
ナサールは過去を思い返した。
九歳のフィローメルが突然変わったあの時のことをはっきりと覚えていた。
それまでは、幼い皇女が楽に暮らしていると思い込んでいた。
どれだけ傲慢だったか。自分の環境が他よりもずっと良いと信じていた幼い頃の自分。
何よりも心に深く残っているのは……。
『あれだけ長い間、そばにいながらも、私は全く気づけなかったということだ。』
フィローメルがそんな悩みを抱えているなんて想像もできなかった。
そんな理由でフィローメルが自分を遠ざけたことに、彼は改めて気づかされた。
結局、彼にとって最も大事なのは自分の事情だったのだ。
ナサールはようやく気づいた。
彼にとっては、フィローメル自身よりも、彼女が自分を受け入れてくれるかどうかが優先だったのだ。
彼は苦しげに口を開いた。
「もし、あのとき僕が何かに気づいていたなら……」
拒絶されるのを恐れず、ためらわずにあなたに近づいて、「お願いです、僕にもあなたが抱えている痛みを教えてください」と懇願していたなら。
『あなたの力に、少しでもなれただろうか?』
そのとき、温かい手がナサールの目元に触れた。
「……知らなかったけど、ナサールは泣いてたんだね。」
親指で涙をぬぐいながら、フィローメルはささやいた。
彼女の声もまた、かすかに震えていた。
「私は大丈夫だから、あまり悲しまないでください。もう過ぎたことですから。」
いや、心の傷というものはそんなに簡単に癒えるものではない。
それでも「大丈夫」と言うのは、彼女の優しさだ。
フィローメルはまだ涙を止めないナサールをじっと見つめた。
鼻先と目元が少し赤くなったその整った顔はどこか呆然としていた。
しかし、フィローメルの目には、その姿がいつもよりも美しく見えた。
フィローメルは衝動的に彼の頬に唇を押し当てた。
そして数秒後、そっと離れた。
「……。」
ナサールは息をすることも忘れたように、口をわずかに開けたまま微かに動いた。
フィローメルは少し肩をすくめ、冗談めかして言った。
「さっき私があなたの頬をつねったことへの謝罪の印ですよ。」
絶えず流れていた涙はもう止まっていた。
目的を果たしたフィローメルは小さく笑った。
「私の話はまだ終わってないんですが、聞いてくれますか?」
「も、もちろんです!」
ナサールはこれ以上首がもげそうなほど強くうなずいた。
フィローメルの話が再び始まった。
異世界から来た侵入者、エレンシアの記憶、ゲームの中の世界――。
話の途中で、彼女は相手の表情を伺った。
ナサールはさっきからずっと、表情の消えた顔でじっと見つめていた。
「聞いていますか?」
「はい。つまり、この世界が別の世界の境界で、その場所から来た者がエレンシア皇女様の体を乗っ取った、という意味ですよね?」
そう言いながらも、核心はしっかりと把握している様子だった。
フィローメルは慎重に尋ねた。
「……正直に言っても大丈夫ですよ。私の言うこと、信じられませんよね?」
「いいえ。信じます。」
「本当に?」
「はい。」
ナサールのきれいな顔には疑いの色がまったく見えなかった。
彼がいくら自分を好きだとしても、こんな荒唐無稽な話まで信じて疑わないとは思わなかった。
彼はルグィーンや三兄弟とは事情が違う。
彼らはフィローメルから話を聞く前に、〈皇女エレンシア〉や商店から持ってきた商品を見ていた。
彼女が神秘的な力で商店を通じて消える場面も目撃していた。
一方、ナサールは緑瑪瑙以外に特に証拠もなく、彼女の言葉だけを聞いて信じてくれていたのだ。
むしろ自分が知っていた世界が他人の創作物にすぎないという主張を。
「どうして信じられるんですか?」
ナサールは微笑みながら答えた。
「私はもう、生きている間に絶対起こるはずがないと思っていた奇跡を、二度も経験したんです。」
「いつですか?」
「数日前に一度、そして少し前にもう一度です。」
「……。」
彼女の顔が少し歪んだ。
「今話してくれた話も確かに驚きではありますが、奇跡と比べると衝撃は劣りますね。」
フィローメルは、ナサールの愛がどれほど大きいのかを改めて痛感した。
彼の頭の上で揺れる黒髪も、依然として眩しく輝いて見えた。
『98%』
ほぼ100に近い数値だった。
新鮮な感情に胸が重くなった。
しかし決して不快な感じではなかった。
「にゃあううん。」
そのとき、猫の鳴き声とともに何かがこすれる音が耳に入った。
外に出てみると、銀色の毛の猫が足を立てて、ちょうどドアを引っかいていた。
フィローメルはわずかに痛そうな顔をした猫を抱き上げた。
「まあ、私が呼んでも来なかったのに、魔獣に追われてきたのかしら。」
そしてその猫をそっと抱いて一歩下がり、ナサールに差し出した。
「さっきのはクォンギョンが嫉妬心を抱いていただけで、基本的にはナサールを嫌っているわけじゃないんだよ。」
「そうなんですか?」
「私の言うことを信じて。そうでしょ、クォンギョン?さあ、謝って。」
手を挙げるのはもちろんのこと、これまで彼女が知らないうちにナサールを苦しめていたこと全てを謝るべきだった。
「……ニャー。」
フィローメルが放つ無言の圧力に、猫はどうすることもできずに短く鳴いた。
ナサールは大きく慰められた。
「本当に幸いです。」
チュッ。
彼の唇がふわふわの毛の上に触れたかと思うと離れた。
「ありがとう、クォンゴン。これから兄さんとよく会おうな。それじゃ、俺はこれで行きます。」
「……そ、そうですね。また会いましょう。」
そうしてぎこちなく猫の額にキスをしたナサールは馬車に乗って去っていった。
ナサールにほとんどすべての秘密を明かしたフィローメルだったが、明かせなかった真実が一つあった。
それは猫のクォンゴンが、実は猫ではないということだった。
フィローメルの親友が自分をとてつもなく嫌っていると知ったら、彼が落ち込んでしまうのではないかと心配だった。
だから、後でゆっくり明かそうと思っていたのだった。
「……どうしよう?」
一生明かせない気がする。
『ちょっと待って。』
今、最も差し迫った問題はそれではなかった。
フィローメルは怒りの表情を浮かべた猫を抱えて、慌てて元の場所に戻った。
彼の怒りが爆発する前に。
「クォンギョン、我慢して。今回だけ我慢して。」
ナサールと二人きりの時間を楽しむために南宮に置いてきたジェレミアが彼らを迎えた。
「何を我慢?何があったの?」
「何もありません。」
その人に言ってしまったが、あっという間に別の形に変わってしまった。
弟たちに広まっていくのは明らかだった。
『レクシオンはひそかに笑い、カーディンは堂々と笑い……』
ルグィーンの威信とナサールの安全のためにも、それは許されないことだった。
しばらくして、本来の姿に戻ったルグィーンが宣言した。
「ナサールって言ったか? あいつ、殺……いや、許さない。」
フィローメルはなだめた。
「ダメです! ナサールは気分が良すぎて失敗しただけなんです。」
彼は鋭く尋ねた。
「何のせいであいつの気分が良くなったんだ?」
「え?」
「理由があるんじゃない? ただ気分が高揚した理由が。」
「それは……。」
「まさか馬車の中で何か特別なことがあったの?」
馬車での頬へのキスのことを思い出して、フィローメルの顔は真っ赤になった。
あのときは大胆に振る舞ったのに、今はなぜか恥ずかしかった。
「本当に何かあったんだな?」
ルグィーンの目つきはさらに鋭さを増した。
『空気読むとか、そういうの? もうこうなったら仕方ない。』
フィローメルは目をぎゅっと閉じ、ルグィーンの額にちゅっとキスした。
「ねえ、これくらいのことでそんなに騒がないでくださいよ! それに何もなかったんですから!」
「………」
ルグィーンは目を見開いて私の額を見つめた。
フィローメルは「まさか怒った?」と思って見上げたが、彼はふっと、鼻で笑った。
「どうせ男だろうと恋愛だろうと、お前に何の助けにもならないんだから、もう一度よく考えろ。」
ルグィーンの注意をそらすのには成功したようだが、フィローメルはその言葉に反論したくなった。
「お互いに愛し合って付き合えばいいんですよ。」
「愛し合う?」
魔塔主は鼻で笑った。
「そんなのは全部妄想だよ。動物的な欲求をもっともらしい言葉で包み隠してるだけだ。」
「……まるでロマンス小説に出てくる、仕事はできないのに口だけは達者な男性主人公みたいな言い方ですね。」
仕事ができないくせに。
「気をつけてください。たいていそういうことを言う男主人公は、女性主人公に出会って、よく叱られるものですから。」
愛に狂ったように熱くなり、甘く、時には喉まで枯れるほどの声で叫ぶ羽目になるものだ。
「心配しなくても大丈夫ですよ。」
だが、「感情がわからない」という大魔法使いは、そんな言葉には全く耳を貸さなかった。
『まあ、最初は誰だって感情が溢れると言われて心配するものだけど……。』
フィローメルが一緒に過ごして感じたこととして、ルグィーンと三兄弟は冷酷無情な性格というわけではなかった。
ただ性格が少し悪いだけ。
それまで彼らの話を黙って聞いていたジェレミアが口を開いた。
「キスだの愛だの、何を言ってるのか分からないが、とにかくその勇者ってやつは放っておいたのか?」
フィローメルは首を横に振った。
「無理でした。私たちがエレンシアを攻撃したら、キリオンは確実に私たちの敵になります。」
「なら進むべき方向は決まったな。」
キリオンに素直に協力を得られないなら、エスカル家を見逃す理由もなかった。
「勇士に関する問題は後でゆっくり考えるとして、まずは侵入者の手足を縛らなければなりません。」
今すぐ退去が不可能だとあれば、その女性をこのまま放っておくわけにはいかない。
今頃、調査官たちはエスカル商団の調査中だろう。
皇帝が山参草を独占しようとする企みを放置するわけがない。
「皇帝陛下もエスカル商団の山参草大量購入が誰と共謀して行われたのか、知る必要があります。」
今や、侵入者と皇帝の関係を断ち切るべきときだった。








