こんにちは、ピッコです。
「ニセモノ皇女の居場所はない」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

118話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 二度目の別れ
昔のこと。
イサベラはお腹の中の子どもの名前を考えていた。
好きな二つの花のうち、どちらの名前をつけようか悩んでいた。
ユースティスは二つの名前の両方をつければいいと言った。
皇族のミドルネームは大臣が決めることになっていたが、彼女が望むなら特別に許されることもあった。
イサベラはうなずいた。
「ただエレンシアにします。エレンシアの花の花言葉は『幸福』ですよね。私はうちの子が幸せならそれでいいんです。」
そう言って彼女はつけ加えた。
「フィローメルの花の花言葉はあまりにも悲しいから……。」
彼女から聞かされて、花に詳しくない彼もそれをよく知っていた。
人生無常、むなしい青春、良き時代の空しさ。
その一日一日に込められた花の意味は、軽々しく口に出せるものではなかった。
「そうか。」と、ユースティスはイサベラの意見に従った。
実際、彼にとってどちらでもよかった。
結局、イサベラが望むなら、その通りにすればよいのだ。
出産が近づくと、イサベラは故郷に帰りたがった。
ユースティスは妻を故郷へ送り出した。
そして、彼の妻は冷たくなった体となって戻ってきた。
残されたのはひとりの幼い子どもだけだ。
彼は子どもに、妻が決めた「エレンシア」ではなく、「フィローメル」という名前をつけた。
それが、彼らの短くも美しかった愛にふさわしい名前だったからだ。
子どもは育った。
彼が酒に溺れ、無気力に過ごしている間にも、無事に成長した。
心配していた通り、彼はその子を愛おしいとは思えなかった。
彼にとって「家族」とは、愛し合う存在ではなく、死んで死ぬための存在にすぎなかった。
自分には子どもを愛する心がないと思っていた。
そんな中でイサベラがそっと彼の手を取り、優しくなでた。
「大丈夫です。私が親の愛が何か、教えてあげます。」
そんな妻も今はもういなかった。
彼は時々想像してみた。
『あの子がイザベラにそっくりだったら、愛せただろうか?』
しかし、仮にそうだったとしても、それはイザベラが言っていた「親の愛」ではないだろう。
子どもが妻に似ているか、似ていないかで愛情が決まるなんて。
ユースティスはただ諦めた。
愛の代わりに他のもので満たしてやれれば十分だという心境だった。
あの子が望むものなら、ただ一つを除いて、何でも手に入れさせてやった。
物であれ、許しであれ。
「お父様、もしよければ、今日一緒に食事を……。」
それでも子どもは近づいてきた。
拒んでも、無視しても、止まらずに。
彼は苛立ち、腹立たしさを覚えた。
自分には不可能だと思える感情を要求されることが苦しかった。
その切実な瞳が、自分の決意を試しているようで嫌だった。
「死んだふりをして生きるんだ。気にしなくていいし、そこにいることすらわからないくらいに。」
それでも、あんな言葉は言うべきではなかったのに。
扉の向こう側でかすかに感じていた奇跡は消え去った。
悲しさを嘲笑うのは、狡猾な言い訳だった。
ユースティスはただ逃げていただけだ。
子どもの胸に深い傷を残す、最悪の方法で。
そしてあの夜。
「わたし……いい子……になります。だから……死な……ないでください。」
子どもが初めて、自分と似ていると感じた夜。
フィローメルを見つめる彼の視線は、ゆっくりと変わっていった。
子どもを愛することはできなくても、大事にすることはできると思った。
幼い頃の自分自身にそう言い聞かせるように。
だが、その頃の人生に、何の喜びも充実感もなかった。
誰かが親しげに微笑みかけてくれても、それは彼にとってただの苦痛に過ぎなかった。
命よりも大切に思っていた女性は、結婚して一年でこの世を去った。
彼に残されたのは、血の上に積み重ねられた灰のようなものだけだった。
ユースティスは夢を見た。
彼女にそっくりな娘が、彼のそばにいた夢を。
別の成功した人生を生きていってほしいと。
そうしてやれば、まるで自分自身が新しい人生を生き直しているかのような満足感を得られるだろう。
徹底した自己満足。
彼は幼い頃の自分に欠けていた部分をフィローメルに投影し、代わりに満足していた。
後継者として成長できる土台。
子を支える頼もしい父。
そして家族の時間。
母は、子が信じてついていけるような母親であろうと努力した。
子は期待通りに頼もしく、立派に育った。
多くの人がフィローメルを見て、心から感嘆していた。
「陛下、殿下はきっとこの国を導く偉大な皇帝になられることでしょう!」
自分とは違い、子どもは血を手に汚さずとも皇帝の風格を認められていた。
ユースティスはそれをひそかに満足していた。
……最初は確かにそうだった。
しかし、時間が経つにつれて、ある考えが頭の中を支配するようになった。
飲酒を控え、正常な生活習慣を取り戻すと、判断力も元通りになっていった。
そして、ある日、はっきりと気づいた。
『この子は私には似ていない。』
外見はもちろん、以前は似ていると感じていた内面さえも違っていた。
フィローメルは強い子だった。
「陛下、陛下!今日もお忙しいですか?前に一緒に行けなかった散歩、今日はどうでしょう?」
拒絶されることを恐れず、ためらわずに他人に近づいていくこと。
それは彼には到底できない行為だった。
ユースティスは兄弟たちを恐れていた。
いつか自分を殺すのではないかと、先手を打って手を下してきた。
先代皇帝も同じだった。
子どもたちが自分の権力を奪おうと狙っていると信じ込んでいた彼は、ユースティスが剣を抜き、自分の息子を消そうとした。
だから死んだ。
フィローメルは、そんなふうに生きる術を知らない、彼とは全く違った。
根本から違っていた。
「ただ、その子が私に似ていると信じたかっただけだ。」
たまたま似て見える部分を見つけては、無理やり似ている点を作り上げたに過ぎなかった。
なぜなら、孤独だったから。
少しでもきっかけがあれば、誰かに心を寄せたかったから。
不思議なことに、その真実を自覚した後も、何も変わることはなかった。
私には似ていなくても、それでも子どもが愛おしかったのだ。
彼は子どもと一緒にいる時間が嫌いではなかった。
『これがイザベラが言っていた「親の愛」なのか。』
そうであったならいい。
自分の中の欠けていた部分が埋められたということだから。
ユースティスは、いつからか人生が不幸ばかりではないと感じるようになっていた。
妻を思い出すと今も胸が痛んだが、悲しみに沈む時間も少しずつ減っていった。
皇帝宮も元の姿を取り戻した。
いつも酒に酔っていた皇帝の実態を隠すために閉じこもっていた宮人たちも、宮殿に戻ってきた。
人生の春まではいかなくとも、秋くらいにはなったのだ。
しかし。
『お前もそうなのか。』
彼はフィローメルに向き合うとき、こんなにも戸惑いを感じていた。
フィローメルも、自分と同じ気持ちだったのだろうか?
あの扉の向こうで罵声を聞いたこの子も?
ユースティスは、わざとそうした疑問を避けた。
恐怖だったから。
目の前で笑う娘を見て、安堵した。
もう過ぎたことだ、わざわざ掘り返して恥ずかしい思いをする必要はないのだと。
『忘れたのだろう。子どもはもともとすぐに忘れるものじゃないか。』
幼い頃の記憶が一生続くことを誰よりもよく知っていながらも。
彼は無慈悲で、利己的で、弱く、利己満足な人間だった。
だから今彼に降りかかっている状況は当然の報いなのかもしれない。
「レディ・フィローメル様からお届け物です。」
臨時秘書官が差し出す書類の束を見て、ユースティスは過去から現在へと意識を引き戻した。
秘書官は皇帝の反応が怖いのか、体をこわばらせた。
「自分には過分なものなので、陛下にお返ししたいと仰せでした。」
それはかつて彼がフィローメルに譲った財産だった。
刀のように鋭いあの子は、それらを返すことでこの関係を完全に断ち切ろうとしているのだと示したのだった。
「……分かった。出て行け。」
控えていた秘書官が去った後、彼は椅子に座り、何もすることなく、ただ時間を潰していた。
皇帝の執務室は静まり返っていた。
ぽつぽつと、窓の外で降る雨の音がやけに大きく響いた。
今日はフィローメルが父と一緒に宮殿を去る日だ。
フィローメルは挨拶の代わりに、彼からもらったものすべてを返していった。
財産証書だけでなく、誕生日プレゼントや贈り物まで全て。
ユースティスは、ぼんやりと自分のもとに戻ってきた黄金の杯の模様を眺めながら、答えの出ない考えを巡らせていた。
『やはりあの子にそんな花の名前をつけるべきではなかったんだ。』
結局、その花言葉のように彼らの関係もむなしく終わったのではないか。
トク、トク、トク、トク。
雨粒が激しく打ちつける。
フィローメルと彼の実父は、今ごろ皇宮の正門で他の者たちと別れの挨拶を交わしているだろう。
「傘は持っていっただろうか。」
ふと思い浮かんだ疑問に、ユースティスは苦笑した。
余計な心配だ。
まさかあの男が私の娘を雨に濡らすわけがない。
自分はくだらない考えはやめ、ここでじっと座っていればいい。
しかもあの子は、彼の顔をもう二度とその姿を見たくないと言っていた。
『このくらいは、ちゃんとした親心として最後の望みくらいは聞き入れてもらわないと。』
壁に掛かった時計の秒針の音が静かな部屋に響いた。
カチカチカチ、カチカチカチカチ……。
時間が過ぎていく。彼の娘が去っていく。
ユースティスは耐えきれず、席を立った。
皇帝の体から光が溢れ出した。
そして、その光が届いた場所には誰もいなかった。
皇宮の正門。
フィローメルは宮人たちと挨拶を交わしていた。
南宮の宮人たちとはすでに挨拶を終えていたが、フィローメルを見送りたがる者たちは彼らだけではなかった。
メリンダをはじめ、親しかった令嬢たちとは昨日会っていた。
「永遠にお別れするわけじゃないのよ。またすぐ遊びに行くわ。手紙も書くし。」
フィローメルはとてもとても、とても名残惜しそうに彼女たちに別れを告げた。
最後の茶礼での廷臣との会話を終えると、彼女のそばにいたルグィーンが尋ねた。
「すべて終わった?」
「だいたいそんな感じですね。」
デレス伯爵夫人はすでに南宮へ行き、ナサールと魔塔で合流することにした。
彼はフィローメルが魔塔へ行くと言うやいなや、すぐに荷物をまとめ始めた。
すぐにでもついていくつもりらしい。
ルグィーンは渋い表情をしながら、ナサールを絶対に魔塔へ入れるなと大声で言った。
「大丈夫です、お父様。もうすでにアンヘリウムの宿所を探しておきましたので。」
天真爛漫な彼の返答に、本音は全く読み取れなかった。
『こういうときはルグィーンよりナサールの方がずっと素直だと思う。』
首飾りを握る魔塔主を平然と「お父様」と呼んでいた姿を思い出し、フィローメルは小さく笑った。
なんだかんだで、この二人はこれからもうまくやっていけそうだ。
フィローメルはルグィーンではなく、隣にいた別の人に質問した。
「ジェレミアには、別れの挨拶をする人はいないんですか?」
返答はいつものように簡潔だった。
「いない。」
彼はフィローメルと一緒に、今ここを離れようとしていた。
しかし、レクシオンとカーディンは二日後に魔塔へ来ることにした。
正式に辞表を提出し、承認を得るには時間がかかるからだそうだ。
性急な魔塔主は正門の方へ歩いて行った。
「じゃあ、これで全部終わりだよね?」
荷物はすでに魔塔へ送ってあるので、あとは体だけ移動すればいい。
「移動魔法で一度に移動するのか……。」
「ちょっと待ってください!」
フィローメルが彼を止めた。
誰かが遠くから息を切らしながら走ってきていた。
「フィローメル様、待ってください!」
「エミリー。」
雨に濡れ、水に落ちたネズミのようになったエミリーがハッと息を呑んだ。
「私たちどんな仲なのに、せめて私の挨拶は受け取っていってください。」
「来ないと思ってた。こっちに入って。」
フィローメルの頭の上にはルグィーンが魔法で作り出した大きな傘がふわふわと浮かんでいた。
エミリーは傘の中に入り、胸元にしっかり抱えていた物を差し出した。
「これ、私のプレゼントです。」
「手帳?」
周りをぐるりと見渡した後、エミリーは小さな声で言った。
「あの女が逃げる前にたまに使っていた物なんですが、初めて見る文字で書かれていました。」
「それで?」
「何か匂いがするので、私が引き出しておきました。きっと何かの暗号でしょう。」
いぶかしげな少女の顔を見て、フィローメルは思わず笑ってしまった。
「はは、それはありがたい。」
「その女を捕まえるのに役立つかもしれません。頑張ってください。」
「そうだね。」
最後までくすねた物をプレゼントとして渡すあたりがエミリーらしかった。
あまり役には立たないかもしれないが、フィローメルはその誠意を見て感謝し、政策を受け取った。
エミリーは目をぐるりと回した。
「……あの、このまま行かれると、私の処分はどうなるんでしょう?」
「何が?」
「分かってるでしょう。私、前にフィローメル様に対して大きな過ちを犯しました。」
彼女が意味していたのは、フィローメルの持ち物を盗んだ行為だった。
「まあ、その間私のために頑張ってくれたから大目に見てあげる。」
「本当ですか?ありがとうございます!」
「これからは善良に生きなさい。」
「もちろんです!他人の物にまた手を出すなんて、私はそんな人じゃありません。」
持ってきた贈り物のことを考えると、どうにも気が重かった。
「まぁ、それはエミリーがどうにかすることでしょ。」
フィローメルはもう終わったんだと、そんな気持ちでルグィーンを見やった。
「本当に終わりなの?移動するなら、二人とも私の体を持っていって……。」
フィローメルがその腕を掴もうとした瞬間だった。
まばゆい光の中で、皇帝は何の前触れもなく燃え上がった。
「フィローメル。」
少し離れた場所に立っていたユースティスがフィローメルを呼んだ。
その場にいた宮人たちは一斉に驚いて後ずさった。
「なんということでしょう!陛下が!」
「陛下が雨に打たれておられる!」
「誰かタオルを持ってきて!」
「陛下、私の傘でも……。」
皇帝はただ一度の手振りで彼らの口をつぐませた。
「フィローメル。」
彼が近づいてきた。
「………」
フィローメルはどうしたらいいか迷っていたが、皇帝が一定の距離以上近づくと口を開いた。
「陛下、そこまでです。」
彼は立ち止まった。
まるで傘の境界線を越えたかのようだった。
フィローメルは言葉を選びながら口を開いた。
「その時は私も感情が高ぶってしまって、つい言い過ぎてしまったんです。」
皇帝との最後の面会の後、時が流れるにつれ後悔が募っていた。
娘が行方不明になった人をあまりに引きずってしまったのではないかと。
「私は、陛下がどこかで元気に過ごしていてくださったら、それで十分です。」
それは偽りのない本心だった。
7年前に聞いた言葉は、依然として許せるものではなかったが、それとこれとは別問題だ。
皇帝が不幸であれば、彼女の心は決して安らぐことはないだろう。
フィローメルにとってユースティスは、憎まずにはいられない存在であることに違いないのだから。
「今は様々なことでお辛いでしょうが、どうか大丈夫になるはずです。」
本当の娘が戻ってくれば、彼にも喜びが訪れるだろう。
エレンシアが自分の体を見つけ出す保証はどこにもなかったが、フィローメルはそう信じたかった。
もしかすると、少しばかりの罪悪感を振り払うための自己暗示だったのかもしれない。
「そしてさっきは奪い取ってしまったけれど、これもお返しします。」
フィローメルは手を持ち上げた。
小指にはルビーの指輪がきらめいていた。
彼女は指輪に意識を集中し、宣言した。
「私、フィローメル・メイティアス・ベレロフはこの指輪の所有権を放棄します。」
赤い宝石から光が放たれた。
そしてすぐに、指輪が彼女の手のひらで静かに輝きを放った。
皇帝は私の手を開いた。
消えた指輪はそこにあった。
所有者を失った指輪が自動的に、その中に込められた神聖力の主に戻ったのだ。
指輪の所有者と神聖力を結びつける糸は、異なる存在が使うときに崩壊する、種族の法則。
「本来は、皇宮から逃げるときに使う方法だったのに。」
結局、安全な場所にたどり着く前に捕まってしまい、指輪を使う機会はなかったのだ。
フィローメルは、少し申し訳なさそうに言った。
「お気持ちだけ受け取ります。申し訳ありません。私は、これらを持ったまま新しい人生を始めるわけにはいきませんので。」
かなり長い間悩んだ末、これが最善だった。
彼を連想させる物を持って行ったところで、未練を完全に断ち切れるわけではない。
『あの人にまで未練を残さない方がいい。』
皇帝は力なく固まってしまった。
「……お前は駄目なのか。」
「陛下。」
彼の顔を伝って流れる光の粒は、まるで水ではないようだった。
「私がどんな言葉を言っても、どんな行動をしても、結局お前はここを離れるのだな。」
フィローメルの喉が詰まった。
「すみません。さようなら。」
彼女は戻った。
決して後ろを振り返らなかった。振り返れば決心が揺らぐかもしれないから。
「行きましょう。」
フィローメルがルグィーンの腕を掴むと、彼はわずかに微笑みを浮かべた。
背を向けると、魔塔主がいるのは城門の外だった。
彼らを避けて降りてくる光の帯を見て、フィローメルはふと過去の一場面を思い出した。
9歳の頃の建国祭。
『あの時も雨がたくさん降っていたな。』
フィローメルは式典を続けないように願った。
必死に雨に打たれ、風邪を引いてしまった。
よく考えれば、今の状況はあの時ととても似ている。
ただ、今や雨に打たれるのも、去っていく相手の背中を見るのも、自分自身ではない。
二度目の別れだった。








