こんにちは、ピッコです。
「ニセモノ皇女の居場所はない」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
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5話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- プロローグ⑤
翌朝、目を覚ましたフィローメルに、乳母は険しい表情で、夜の間に何か異変がなかったか尋ねた。
「異変? 特に何もなかったけど。どうして?何かあったの?」
「……いえ、何もないなら大丈夫です。」
何かあったのか?
フィローメルが探るような目で見つめると、乳母は話題を変えた。
「それよりも、皇帝陛下が特別に気力回復に良いという世界樹の果実を送ってくださいました。」
「……陛下が?」
フィローメルは目を大きく見開いて尋ねた。
「ええ。次にお会いしたときに、感謝の言葉をお伝えください。こんな貴重なものを、たかが風邪ごときで……。」
世界樹は大陸の中心部に生えている非常に神聖な木で、特にその果実は気力回復に優れていると伝えられていた。
80歳の老人でも活力を取り戻すという霊薬が、帝国の皇帝には風邪薬程度のものだった。
果実が毎年十数個ずつ貢物として扱われるわけでもない。
それなのに、それをフィローメルに与えたことは異例だった。
何も知らなければ、父親としての愛情や関心と捉えて喜ぶこともできただろう。
しかし今となっては、ただ「ブランが皇帝の名で送ったのか。」という皮肉めいた感想だけが浮かんだ。
伯爵の気持ちはありがたかったが、その厚意が向けられる先が違っていた。
対象はフィローメルではなく、皇帝の娘だった。
フィローメルは事務的に答える。
「分かりました。過分なご厚意に感謝申し上げるとお伝えください。果実は薬と一緒に持ってきてください。」
「え、それだけですか?」
「なぜ? 何か他に必要なの?」
「いえ、何もありません。」
侍女は微妙な反応に違和感を覚えたが、すぐに気にせず受け流した。
「それから、皇女様がご体調を崩されたと聞いて、エイブリテン公爵様が見舞いに伺いたいと仰っていました。」
エイブリテン公爵。
フィローメルと婚約関係にあるナサール・エイブリテンの話だった。
「そう?」
「皇女様がご都合の良い時に訪問したいとのことですが、いつにしましょうか?」
昨日、一日休んだおかげで、フィローメルの体調は悪くなかった。
風邪の症状もだいぶ和らいでいた。
「可能なら、今日の午後にしてもらえる? そちらの予定が合わないなら、明日でも構わないけど。」
フィローメルは、灯りの下に立っていた少年を思い浮かべながら答えた。
ほどなくして、公爵家から午後に訪問するとの返答が届いた。
ナサール・エイブリテンの端正な顔を思い浮かべながら、フィローメルはそっと拳を握りしめた。
フィローメルの前ではいつも優しかったナサールの本心を知る機会だ。
婚約者であるナサールが、小説の中ではエレンシアと結ばれる男主人公であることを知ったとき、フィローメルは震えた。
父親と後ろ盾を失っただけでなく、婚約者まで奪われるとは。
小説の中のナサールは、ロマンス小説の主人公らしく冷静で、ロマンチックで、献身的だった。
もちろん、それはすべてエレンシアに対してのみ。
どこにも、フィローメルが知っていたナサールの姿はなかった。
『でも、最初から私のものではなかったのだから……』
避けられないなら、一度で済ませたほうがいい。
何日も引きずるよりは、一発で決着をつける方が痛みも短くて済む。
・
・
・
数時間後、約束の時間になった。
「ナサール表情を正せ。もうすぐ皇女殿下がいらっしゃるのに、まさかそんな浮かない顔を見せるつもりか?」
個人応接室から聞こえてくる声に、フィローメルの足が止まった。
フィローメルは手で皇女の到着を知らせようとした侍女を制止した。
フィローメルがいつも約束の時間に遅れていたせいで、今日も遅れてくると思ったのか、ナサールと公爵は気楽に会話をしていた。
『今まではナサールに綺麗な姿だけ見せたくて、毎回何を着るか悩んでいたせいで遅れていたけれど……』
もうそんな必要はなかったので、彼女は簡素な装いだった。
「でも、お父様、私は今日……」
「使者が来るから、友人たちとの約束に行けず、気分を害しているのは分かる。しかし、やるべきことをしなければならない。お前が誰なのか忘れたのか?」
「……よく分かっています。」
公爵が静かに制すると、ナサールはもうこれ以上不満を言えず、口を閉ざした。
フィローメルは心の中で一から十まで数えた後、応接室へ入った。
「お久しぶりに皇女殿下にご挨拶申し上げます。お身体の具合はいかがですか?」
公爵が先に挨拶すると、ナサールも少し前へ出て……まるで子供のような姿を消し、フィローメルの前に立った。
「ご無事だという知らせに、安心しました。」
「お久しぶりです、公爵……そしてナサール。風邪はほとんど治りました。心配してくださって、ありがとうございます。」
公爵は儀礼的な会話を終えると、出席しなければならない会議があると言い、席を立った。
去る前に息子と視線を合わせ、無言の圧力をかけるのも忘れなかった。
フィローメルの気分を害さないように、という意味だった。
どうせ皇女が息子に夢中になっているのは明らかなのだから、それを意識しないように気を配る徹底さが公爵らしかった。
少年と向かい合って席に座った後、フィローメルが口を開いた。
「ナサール。」
「はい、皇女殿下。」
ナザルを初めて見た時を思い出した。
フィローメルは、大人びた雰囲気の美少年に、一目で魅了されてしまった。
幼くない性格と、希少な白金色の髪が醸し出す神秘的な雰囲気が、魅力的に感じられた。
人々は冷たい印象だと言うが、彼の赤い瞳の虹彩さえも、心を奪われるほどだった。
だからこそ、ナサールが自分の婚約者であることが、これ以上ないほど幸せだった。
「・・・」
「皇女殿下、ご容体はいかがですか?」
「あ、はい。大丈夫です。」
ナサールが心配そうな眼差しで彼女を見つめた。
どうやら、一瞬昔の記憶に浸っていたようだ。
「やはり、ご無理をなさっているのではないかと心配です。」
穏やかなナサール。
以前は、その穏やかさが自分と同じ気持ちから生まれているものだと信じ、疑わなかった。
実際、ナサールはフィローメルの周囲の誰よりも穏やかで、誠実だった。
しかし、〈皇女エレンシア〉を読んだ後、その確信が少しずつ揺らぎ始めた。
フィローメルは再び彼の名前を口にした。
「ナサール。」
「はい、おっしゃってください。」
「私の体が完全に回復したら、どこかへピクニックに行きませんか?」
天気の良い日には、たまに彼と侍女たちが用意した食べ物の入ったバスケットを持って外へ出ることがあった。
手間をかけて大勢の侍女たちを引き連れて、皇宮の敷地内にある東の山へ行くのが決まりだったが、フィローメルにとっては最も好きな時間だった。
「いいですね。」
ナサールがそっと微笑んだ。
「ピクニックはどこへ行きましょうか?」
「殿下が望まれる場所へ行きましょう。」
「ナサールが行きたい場所はありませんか?」
「私は殿下と一緒に行く場所ならどこでも構いません。」
そっけない態度と答え。
「いや、ピクニックは最近の天気には合わないのでは?この間は大雨が降って、建国祭も延期になったでしょう?ナサールの考えはどう?」
「確かに、殿下のおっしゃることはごもっともです。」
「おやつを食べながら、室内でピクニック気分を味わうのもいいかもしれませんね。」
「ええ、それもいいですね。」
「私の侍女が教えてくれたのですが、社交界で話題のピアノ奏者がいるそうです。その人を呼んで、一緒に演奏を聴けば素敵だと思いませんか?」
「私も聞いたことがあります。私の考えでも良い意見だと思います。」
依然としてそっけないが、それだけの返事だった。
ああ、ナサールは私と何もしたくないんだな。
フィローメルは悟った。
ナサールは最初から最後まで、自分の意思を全く表現しなかった。
ただフィローメルの意見に適当に応じるだけだ。
以前は何でも自分の望むように合わせてくれるこの態度が、愛情からくるものだと信じていた。
しかし、小説の中のナサールはエレンシアが言葉を発する前に、彼女が望むことなら何でもしてあげたいという切実な思いが湧き上がった。
愛する女性の前でどうしていいか分からない、平凡に恋に落ちた男。
フィローメルの前で彼がいつも冷静で礼儀正しくいられるのは……愛という感情が指先ほどもなかったからだ。
『今日の面会を希望したのも、ナサールの意思ではなく、公爵の意向だったのだろう。』
ここ数日の経験を通じて、穏やかな誤解というベールが剥がれた目には、自分を取り巻く世界があまりにもはっきりと見えた。
「では、こちらで演奏者を手配いたします。皇女様の体調が回復されましたら、ぜひお楽しみください……。」
「いいえ。」
フィローメルはナサールの言葉を遮り、席を立った。
「……え?」
ナサールは困惑した目で皇女を見つめた。
「その話はなかったことにしましょう。訪ねてくださってありがとうございました。でも、まだ体調が完全に回復しておらず疲れているので、公爵はこれでお引き取りください。」
フィローメルはナサールのように丁寧に微笑もうと努力しながら、考えをまとめる間もなく素早く言葉を続けた。
「そして、今後は週に二度も私の相手をするために宮殿へ来る必要はありません。」
「それは……」
「私が無駄に公爵の貴重な時間を奪ってしまいましたね。公爵にも公爵なりの予定があったでしょうに。これからは他の友人たちと自由に時間をお過ごしください。」
「待ってください。もし私が皇女のご機嫌を損ねてしまったのであれば、お詫び申し上げます。それなら謝罪いたします。ですから、少しだけ……」
「いいえ、公爵が悪いわけではありません。」
ナサールは微笑みを崩さないフィローメルの態度に混乱していた。
「いくら婚約しているとはいえ、公爵とあまりにも頻繁に会っているせいで、他の友人を作る時間が足りなくなっているのではと思ったのです。私にも、公爵だけでなく、他の同性の友人が必要だと思いませんか?」
「……分かりました。」
「では、さようなら。」
無表情のまま返事をするナサールをそのまま残し、フィローメルは応接室を後にした。
部屋に戻ると、鏡を見つめながら表情を確認した。
さっきは、ちゃんとナサールのように笑えていただろうか?
何度か目を瞬かせながら練習すると、まるで描いたような微笑みが浮かんだ。
これからフィローメルが使う仮面だった。
ナサールは反面教師だ。
誰にでも優しく接しながらも、誰にも心を許してはいけない。
『……そうすれば、逃げる時に未練を残さずに去ることができる。』
鏡の中の少女は、寂しげな微笑みを浮かべたまま、動きを止めた。
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