こんにちは、ピッコです。
今回は13話をまとめました。
ネタバレありの紹介となっております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
13話
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 変わる日々②
雨は何日も続いた。
その間、リプタンは村や鉱山、そして農家を視察した。
マックは図書館を自由に利用する許可を得てからは、ほとんどの時間をそこで過ごした。
本は驚くべきことに紙でできていた。
かつてアナトールを支配したというロエム騎士の蔵書のようだ。
彼女はロエム時代の詩文学を読もうとする強い誘惑を振り切って、数学や会計に関する本と格闘して過ごす。
大したことを学ぼうとしたわけではない。
ただ貨幣単位と簡単な計算法を身につけようとしただけだったにもかかわらず、勉強にはなかなか進展がなかった。
「奥様、商人ギルドの支部長が到着しました」
マックは本を閉じて図書館を出る。
ロドリゴについて応接室に入ると、30代半ばくらいに見える綺麗な外見の男性が椅子から立ち上がった。
「お会いできて光栄です、カリプス様。アデロン・ソナーと申します」
商人が丁寧な姿勢で腰を下げる。
マックはこわばった顔で辛うじてほほ笑みを浮かべた。
雨脚が少し細くなったついでに今日中に商人が訪ねてくることにしたと伝え聞いたが、実際に対面しなけれはならない瞬間が来たら少なからず緊張した。
彼女は乾いた唾を飲み込み、かろうじて口を開いた。
「雨、雨が降っているのに・・・。こ、こうやって来てくれてありがとう」
「いいえ、もっと早くお伺いすることができず、申し訳ありません」
商人が人の良さそうな顔で丁寧に笑って見せた。
リプタンと再会した後、話をしなければならないことが増えたおかげで、前のように冷や汗が出るほど緊張はしなかったが、それでも依然として焦って不便だ。
「城を改装する計画だと聞きました。どこから手入れするつもりですか?」
なかなか口を開くことができない彼女に代わって商人が先に口を開く。
彼女はメイドが注いでくれたお茶を見下ろしながらゆっくりと口を開いた。
「ま、まずはま、窓から、入れ替えたいです。あと、廊下とホールがすごく暗くて・・・、部屋には割れたガラスもたくさんありました」
「城の窓を全部新しいものにするにはかなりの金額がかかるでしょう。バルトグラスにするつもりですか?」
マックはクロイソ城のきらめく窓ガラスを思い出し、目を丸くした。
ガラスにも種類があるのかな。
「透明度によって値段が千差万別です。最も安価なバルトグラスから南大陸からの
クリスタルグラスまで。ご希望でしたら見本を用意してきます」
「は、はい。そ、そうしてください」
「他に必要なものは何がありますか?」
「カーテンと・・・、え、宴会場と天井に、シャンデリアもひ、必要です。そして、カー、カーペットと壁に、か、飾るじゅうたんも・・・」
大きな取引をすることになるかもしれないという喜びのためか、商人の顔が目に見えて明るくなった。
一方、マックは首が締め付けられるのを感じた。
代金はいくらでも払うと言ったが、その「いくらでも」が本当にいくらでも構わないという意味だったのだろうか。
あまり事を大きくしでかすのではないかと躊躇っているうちに、商人は言葉を続けた。
「それだけの品物を注文するには、ある程度時間がかかります。できるだけ早いうちに気に入ったものを選んでいただけるよう、見本を持って再度お伺いします。よければ、飾るところを事前に見て回ることはできますか?」
ちらっとロドリゴの顔色を一度見たマックは、すぐにうなずいた。
どんな物が必要なのか商人が自分よりもっとよく知っているだろう。
彼らは応接間を出て、一番大きな宴会場の中に入る。
ロドリゴと1人の下女と2人の若い騎士が護衛のように後に続いた。
商人のアデロンは寒々とした宴会場を一度見て回り、「何がいいか、どんな物がもっと必要だろう」と、ー場の演説を並べ始めた。
マックは商人の言葉を欠かさず覚えようと必死だった。
「石板の底を大理石に変えるのはどうですか?」
「ま、まず必ずひ、必要なものからで・・・」
「滑らかな大理石を床に敷いて壁に漆塗りをし直してから、美しい絵を描くととても素敵に見えるでしょう。ご希望でしたら、私どものギルドで最も実力の高い技術者を斡旋させていただきます」
彼女は曖昧な笑みを浮かべた。
「か、考えて、み、みます」
「大陸最強の騎士が住む城ではありませんか。どこよりも華やかにする必要があります。そうしてこそ旦那様の威信も立つのではないでしょうか?」
ー理ある話のようで、マックは苦心する。
アデロンはじっくり考えてくださいと言った後、宴会場を出て、がらんとした廊下といくつかの空き部屋を見回した。
そして、何が必要なのか説明する。
ある提案はやりすぎのようだったが、階段の手すりとガタガタする窓枠を交替した方が良いという話だけは耳を傾けた。
安全のためにも、真っ先に取るべき措置だ。
そうしてどれだけ見て回ったのだろうか、商人が城の外に出るとマックは部屋に戻って帳簿を調べた。
先日、リプタンがお城を飾るために使ったというコインの個数が書かれていたが、マックはそれがどれほどの金額なのかさえ見当がつかなかった。
父親に捨てられてきたとしても、彼女は公爵家の娘。
彼女は自分でコインを握ったこともない。
「やっばり誰かに助けを求めないと・・・」
しかし、誰に話せばいいのか。
リプタン?
自分の妻がどれほど愚かな人間なのかを悟り、とっくに離婚しなかったことを後悔するかもしれない。
使用人たちは?
どもりの女主人が、「とても基本的なことさえ知らない馬鹿だった」と陰で悪口を言うだろう。
「アデロンの助言通りにしようか」
考えが一気に便利な方向に傾いた。
彼は多くの城を歩き回って多くの物を売っただろうから、きっとこのようなことにも一家言があるだろう。
物を見る目も格別なはず。
少しぼったくりをされても、彼の言葉によれば派手で美しく城を飾ることができるだろう。
「代金はいくらかかってもいいと言ったから」
そう結論付けて帳簿を覆うと、心がいっそう楽になった。
彼女は身軽な足取りで部屋を出た。
窓を叩いていた雨は、いつの間にかしとしとと降る霧雨に変わっていた。
マックは庭に続くテラスに出て、灰色の空と水を含んだ庭園を眺める。
亭子の横にそびえる黒い幹と枯れた枝は真っ黒に濡れて一層不気味に見え、花壇に茂った雑草からは草の生臭いにおいがした。
彼女は屋根から手を伸ばして冷たい雨粒に触れる。
霧雨だと軽く見て、すぐ袖を濡らしてしまった。
「なんで出てるの?」
突然間こえてきた声に視線を下ろすと、がらんとした庭を横切るリプタンの姿が見えた。
彼は長い脚で数歩で20段の階段を駆け上がる。
「服もこんなに薄く着て」
「ちょ、ちょっと新鮮な、く、空気が吸いたくて・・・」
フードの下にある両目が細くなった。
彼は濡れた冷たい手で目を剌す髪を一本刈り取る。
マックは自分も水がぽたぽたと落ちる彼の真っ黒な前髪を掃いて渡すべきか迷った。
彼が自分を触るのは大丈夫でも、自分が彼を好きなように触ることはしてはいけないことのように思えて。
「風に当たりたければ、少なくともローブぐらいはかけて出てこい。病気にでもなったらどうするつもりだ」
「ご、ごめんなさい・・・」
彼は腕を上げて肩を包もうとしたが、雨水でびしょぬれになった私の状態に気がついて腕を出した。
「とりあえず入ろう
彼女は彼について城の中に入る。
リプタンが歩くたびに冷気が流れる石板の床の上にぬかるんだ泥の跡が刻まれた。
それを見下ろして入口に靴を磨くブラシでも持ってきておくように言っておかなければならないという考えをしたが、ふと彼の手に握られた一握りの野生花が見えた。
彼女は不思議そうな目でそれを見下ろす。
視線を感じたリプタンが、すばやくローブの裾を引いて、握りしめているのを隠した。
「・・・なんでもない」
見たらダメだったのかな。
マックは彼の反応に当惑して視線を向けた。
変な沈黙が生まれる。
静かに歩いてしばらく、リプタンが小さく悪口をつぶやいて手に握っていたのを持ち上げた。
「野原に咲いていたから持ってきてみた」
マックは目を丸くした。
一握りの細い幹の上には、小指の爪ほどの大きさの青いつほみが水気を含んで光っていた。
その素朴な花束を見下ろしながら、リプタンは怒った人のように眉をひそめる。
「何もない野原に咲いているのを見た時は結構綺麗に見えたが・・・、いざ持ってきてみるとみすぼらしいね」
彼が直接摘んだのだろうか。
彼の顔と花束を交互に見ていると、ためらっていたリプタンがそれを彼女に差し出した。
「気に入らなければ捨てて」
「ち、ち、ち、ち・・・、ち、違います」
湿った花束を急いで手の中に入れると、雨の匂いと草の匂いが鼻を突き刺した。
マックはしっとりとした花のつほみに注意深く触れる。
「ほ、本当に・・・、き、綺麗です・・・」
震える声でつぶやくと、男の目に微妙な気配が漂っていた。
礼儀上のことだと思っているようだ。
彼女は何かもっと言おうとして口をつぐんだ。
こみ上げてくる感情をどのような言葉で表現すればいいのか分からなかった。
マックはわざと香りを吟味するふりをしながら濡れた花束に顔を埋める。
雨水にたっぷりと濡れて垂れ下がった花束が、こんなに愛らしいとは思わなかった。
誰かが自分のために雨の中で花を折ったと思うと、喉がつまってきた。
「あ、ありがとう」
男の頬骨のあたりにかすかに赤みが漂う。
それを隠そうとするかのように彼は振り向いて大股で歩いた。
「部屋に行こう、洗いたい」
マックは花を少しでも傷つけないように注意深く抱き、彼の後を追った。
温かくて穏やかな空気が胸の中にゆっくりと広がっていった。
翌日、アデロンは使用人2人と一緒に見本品を持ってやってきた。
マックは応接間に座って、しばらく彼の説明を聞いた。
緑色が漂うゴツゴツしたガラスとなめらかで透明なガラス、表面がゴツゴツしているが銀色に光る美しいガラス・・・。
それぞれ長所と短所を十分に並べた商人は、すぐに色とりどりの華やかな布切れを取り出して見せた。
「宴会場には分厚いカーテンをつけたほうがいいです。このマホガニ一色のカーテンはいかがですか?王室の宴会場にかけておいても遜色のない物です。こちらの黄金色の絹のカーテンもおすすめです。これをかけておくと、部屋が一層華やかで優雅に見えるはずです」
彼女は何十枚もの派手な布を夢中で見た。
ルディスはテーブルの上に慎重に茶碗を置き、持ってきたものを一緒に見る。
マックはしばらくためらった後、彼女の意見を求めた。
「ル、ルディスが見るには・・・、ど、どうですか?」
「私の眼目はつまらないです、奥様」
女中が当惑した表情をすると、彼女はこれ以上聞くことができず、再びテーブルの上に視線を固定する。
しばらく悩んだ末、マックは濃いバラ色のカーテンを選んだ。
先端に金色の酒がついており、縁には複雑な模様の刺繍が入っている高価な物。
カーテンを引いた後はずっと楽だった。
彼女は宴会場の床にはカーテンと似合う赤いカーペットを敷き、壁には白いドラゴンの背中に乗った伝説の中の騎士ウィグルの姿が描写されたタペストリーをかけることにした。
「床はどうしますか?大理石に変えますか?」
「だ、大工事になるので・・・、も、もう少し考えてみて、みます」
「分かりました。いずれにせよ首都から物を運んでくるには時間がかかるので、じっくり考えてみてください」
商人が次に天井に腰掛けのモデルを見せてくれた。
手のひらほどの大きさの愛らしい模型を見ながら感嘆詞を流すと、彼が今度は大理石で作った拳ほどの模型をいくつか卓上に並べる。
前足を高く持ち上げたユニコーンの彫像と翼を大きく広げたドラゴンの彫像、咆晦するライオンの頭と鎧を着た騎士の彫像・・・。
驚くほと繊細な形にしきりに嘆声を上げていると、ノックの音が応接室の中に響き渡った。
入っても良いと許諾を与えると、ロドリゴがドアを開けて現れる。
「奥様、旦那様がお呼びになった裁縫師が参りました」
「裁縫師ですか・・・?」
マックは首をかしげた。
この前リプタンが新しい・服を作ってくれると言ったことを思い出す。
彼女は当惑した表情で商人を振り返った。
アデロンは持ってきた見本を注意深く持っていた。
「私はまた今度お伺いします。ああ、これらの模型は置いていきますので、ご覧になって、次にお会いするときに気に入ったものをおっしゃってください」
「せっかく来てくれたのに・・・、ご、ごめんなさい」
「ああ、違います。いつでもまたお伺いしますので」