こんにちは、ピッコです。
今回は14話をまとめました。
ネタバレありの紹介となっております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
14話
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 変わる日々③
商人が外に出ると、マックはメイドたちと一緒に衣装室に行った。
派手な生地と機織りの型、色とりどりの糸がぎっしり詰まった広い部屋に、精一杯おしゃれをしたやせ細った体格の40歳くらいの男性と30歳くらいの女性が座っていた。
彼らは席から立ち上がり、礼儀正しく腰をかがめる。
「はじめまして、奥様。私はロアン・セルスといいます。こちらは私の妻、リンダ・セルスです。光栄なことに奥様の服を作る仕事を引き受けることになりました」
「お、お会いできて嬉しいです」
「領主様がお金のことは気にせず、奥様に似合う美しいドレスをいくつか作ってあげなさいと申されました。ご希望の形などございますか?」
「と、特に考えてあ、あるのは・・・、あ、ありません」
「では、最近流行っている服をお見せしましょう」
裁縫師が結んでいたカバンからくるくると乾いた羊皮紙を取り出して広げて見せてくれた。
マックは夢を見るような気分で黄色い紙の上に描かれた絵を眺める。
何が何だか全く分からなかったが、気持ちがますます高まった。
ロゼッタが裁縫師に囲まれているのはよく見たが、自分が囲まれていたことはない。
彼女は裁縫師の説明を間きながら寸法を測り、生地を見物し、帽子とベール、腰帯を着用してみた。
鏡をのぞいてみると、興奮で目を輝かせている孔雀のような女性の姿が。
天井に届くような尖った帽子をかぶり、華やかな装身具をぶら下げた姿が滑稽で、マックはそっと帽子を脱いだ。
「ぼ、帽子は、小さい方がい、いいですね・・・」
裁縫師はうなずいて何かを羊皮紙の上に熱心に書いた。
彼女は裁縫師とドレスを3着も新たに作ることにし、衣装室を出る。
いつの間にか時間があっという間に過ぎて窓の外は暗くなっていた。
マックはまっすぐ部屋に戻る。
押し寄せるように起きることが少しは手に余るものだった。
いつ自分がこんなに多くのことをしたことがあったのか。
ずっと緊張で固めていた肩が痛い。
彼女は椅子に座り、こわばった肩を揉んだ。
リプタンの真似をして首を回していたら、ふと窓際に置かれた小さな花瓶が目に入ってきた。
昨夜より少し花びらが開いている。
彼女はベッドの枕元に置かれた花瓶を見ながらぎこちない顔をしていたリプタンを思い出した。
「変な人・・・」
初めて見た時、彼女は彼が野原で花を摘むことができる男だとは想像もできなかった。
冷ややかな顔でクロイソ城のホールの真ん中に立っていた彼の姿は、客ではなく必ず城を陥落させるために訪ねてきた征服者のように見えたのだ。
その冷酷な姿の裏にこのような親切な面が隠されていると誰が思っただろうか。
「とてもよくしてくれて・・・、全部夢みたい」
マックは顔色を曇らせる。
花とドレス、丁寧な人々、親切な夫。
すべてがー朝ータに変わり、少し怖かった。
「奥様」
マックは考えを逸して首をかしげる。
ルディスは戸口にやや慎ましやかな姿勢で立っていた。
「領主様が帰ってきました。食堂で騎士の方々と一緒に夕食をされる予定だそうですが、奥様もご一緒に食べられますか?」
彼女はためらい、うなずいた。
居心地は悪かったが、それでもリフタンと一緒に食事をしたかったのだ。
「それでは、もう一度髪を整えますね」
女中が櫛とヘアピンを持ってきて、ふっと乱れた髪の毛を綺麗に整えてくれる。
マックは鏡の前に座り、身なりや髪型を入念にチェックした後、部屋を出た。
廊下には使用人たちがランプに火をつけていた。
彼らを通り抜けて階段を下りると、どこからか険しい声が間こえてきた。
彼女は立ち止まり、音のする方に向かってゆっくりと歩く。
半分ほど開かれた食堂のドアの間に、リプタンと彼に従う騎士3人が言い争っている姿が見えた。
「明日すぐにでも王都に発たなければなりません!」
「「出発は3日後だ」と述べたはずだ。二度と言わせないで」
「戦勝式には出席しなければならないじゃないですか!陛下の誠意をどこまで無覗するつもりですか!」
「今回だけは私もリカイドの意見に賛成です。雨もおさまりそう、そろそろ出ても構わないじゃないですか」
入ってもいいかも分からずドアの前をうろうろしていたマックは、体を引き締めた。
そういえば、旅先でもそんな話を交わしたような。
彼は討伐前の立役者だった。
本来は、セクト討伐が終わった直後、すぐ王都に向かうべきだったはず。
マックはアナトールと王都の距離を頭の中で測った。
早ければ半月、長ければ1ヵ月は城を空けなければならないだろう。
「すでに伝書鳩も飛ばした。3年ぶりに家に帰ってきたのだから、ルーベン王も理解してくれるだろう」
「団長がルーベン王と距離を置きたいと思っていることは知っています。しかし、行き過ぎると大変なことになることもあります」
一番端に立っていた騎士が言うことに、リカイドがさっと彼を振り返った。
「距離を置く?」
「エルヌイマル・ルーベン3世は、ともすれば団長を王都に呼び入れることができず、やきもきするじゃないですか。討伐に対する功労を口実に王室に足を引っ張られることを警戒しているのではないでしょうか?」
「・・・」
「アグネス王女のこともそうですし、陛下はよほどのことでも団長を縛っておきたいようですから。団長が警戒するのも理解はできます。でもやりすぎて反感を買うということだけは避けなければなりません。そうでなくても諸侯に対する警戒心が強い方ではないですか」
「エリオットの言う通りです。レムドラゴン騎士団が祝宴に参加しなければ、あの人はきっと封神たちの前で恥をかいたと思うでしょう。後でどんな厄介な報復をしてくるか分からないんですよ。ああ見えても後腐れが長い人じゃないですか」
「ヘバロン・ニルタ!それは何の不敬な発言だ!」
ますます激しくなる声にマックは振り向いた。
どうやら彼女が割り込んで食事をするような雰囲気ではなかった。
「私の食事は、そ、そのまま部屋に行って、持ってきてください」
マックはルディスに命令を下し,再び階段を上る。
部屋に戻って一人で夕食をしている間も、憂鬱な気持ちはなかなか解けなかった。
リフタンが城を離れている間、一人で大丈夫だろうか。
今はみんなよくしてくれるが、それはリプタンがそばにいるからかもしれない。
まるで保護者を失った子供のように不安な気分になった。
「奥様・・・、食事がお口に合いませんか?」
顔色がかなり憂鬱に見えたのか、そばで世話をしてくれたルディスが慎重に尋ねた。
マックはあわてて首を横に振る。
「いいえ、違います。お、おいしいです・・・、た、ただ・・・、しょ、食欲がなくて・・・」
「どこか不便なところでも?」
「つ、疲れたから、か、かもしれないです・・・。も、もう休みたいんだけど・・・」
「お皿をお下げしましょうか?」
うなずくと、下女が半分も空けられなかった皿を持って出ていく。
彼女はテーブルの前に座り、アデロンが置き忘れた模型をのぞき込んだ。
少し前まではおもちゃのように愛らしく見えた小さな彫刻像がつまらなく感じられた。
一人がどうしたっていうんだよ。
彼女はいつも独りぼっちだった。
残酷な父親と冷淡な異母妹、無礼な使用人の間で22年を生きてきた。
彼がたった一ヶ月余り席を外したからといって落胆する理由は全くなかった。
「何をそんなに深刻に見ているの?」
突然視界に入った手に彼女はびっくりして振り向く。
いつ部屋に入ってきたのか、リプタンが大理石の彫刻を一つ手に持って、変わったことがあるかのように覗き込んでいた。
「も、模型です・・・、え、宴会場を飾ろうと、装飾品を選んでいました」
「宴会場? 」
目じりをしかめる姿にドキッとする。
「し、城を造れと、仰ったので・・・」
「いや、だめだというわけではない。そういう所があることも忘れていた。そうなんだ。宴会場か・・・。もうすぐ宴会とか舞踏会とかも開くよね?」
彼女は乾いた唾を飲み込んだ。
期待感のこもった目に首を絞められたような気分に。
舞踏会や宴会を主催しなけれはならないという考えだけでも目眩がしそうだった。
「お、嫌だったら・・・」
「嫌ではない。派手な席には慣れていないが」
リフタンはかがんでピンを彼女の頭の上に差し出した。
編み上げた髪の毛が重たく首の後ろに垂れる。
それを手で解きほぐし、リプタンが気だるい笑みを浮かべた。
「それでも君が美しく着飾った姿は見たいな。舞踏会で踊る姿も」
自分は美しくもなく、舞踏会で踊ったこともない。
リプタンが期待する自分の姿と実際の姿の間の乖離を感じる度に、首が絞められるような気分だった。
「あの、そういえば、お、お礼を、し、していませんでしたね。ありがとうございます。あの、私のために裁縫師を雇ってくださって・・・」
「何でもないことに礼儀をわきまえることはない」
男がうわの空で言い返し、握っていた大理石の破片をテーブルの上に置く。
「以前の生活に比べると全然足りないってことは知ってる。時間がかかっても全部揃えてあげるから、もう少しだけ我慢して」
それから肩に腕を巻き、頭を下げて耳たぶの近くに唇を押した。
彼女は彼の腕に抱かれたまま背中をすくめる。
物足りないどころか、満ち溢れていた。
自分のためにそこまで無理する必要はないという言葉が喉まで突き刺さったが、口には出さなかった。
勘違いであっても、彼が自分を大切な女性だと思うのが嬉しかったから。
「数日内に王都に行く。帰りはお土産を馬車いっぱい積んでくるよ」
「は、はい・・・」
「できるだけ早く帰ってくる。戦勝式にだけ出席してすぐに・・・」
リフタンの陰口は口の中にぶつぶつと散らばった。
柔らかくしっとりとした舌が口の中に優しく押し寄せてくる。
彼女はほんやりとまぶたを震わせた。
彼の舌先はかすかにワインの味がした。
やや荒れたあごが優しく彼女のあごをこすり、高くてまっすぐな鼻筋が彼女の鼻筋の上にこすられ、熱い手のひらが優しく頬を包んだ。
彼の接し方には、どこかユニークなところがある。
恐ろしいほど執拗で乱暴なのかと思えば、崇高に感じられるほど慎重なことも。
彼がそのように触れると彼女は野花になった気分だった。
優雅に摘み取って手中で大切に握ってきた、か弱い花のような・・・。
「本当に・・・、本当に行きたくない」
彼は唇に向かって乱暴につぶやいた。
落ちた唇の間から唾液が垂れる。
マックは震える目で彼を見上げる。
彼は片方の胸を衣服の上に包み込み、腰を強く引き寄せた。
「何もしないで、何ヶ月も何年も寝室に閉じこもって休みたい」
熱い声の中に深い疲労感が感じられた。
この人は疲れているんだよ。
この3年間、どれほど苦労したことだろうか。
罪悪感と憐憫がわき起こった。
彼女はためらいながら彼の頭をそっと抱きしめて撫でる。
襟元にキスをしていた男が驚いた顔で私を見た。
彼女は震える声でかろうじて吐き出した。
「き、きを、きを、きを、きを、きを、気をつけてください・・・」
彼の真っ黒な瞳に奇妙な震えが起こる。
暗くて深い、とこか切なく感じる震え。
揺れる目でじっと見下ろしていた彼が、すぐに激しく唇を重ねてきた。
湿った息が混ざり合う感じに首の後ろから鳥肌が立つ。
「煽ったこと、後悔しても知らないから」
彼は椅子の上に座っている彼女を抱き上げ、乱暴につぶやいた。
鋭い戦慄が胃の中を荒々しく掻いた。
怖くなかった。
こんなことを言っているのに・・・、こんなことをしているのに。
少しも怖くなかった。
この人が自分にどんな存在になりつつあるのかかすかに形が見えた。
それだけが怖かった。