こんにちは、ピッコです。
今回は69話をまとめました。
ネタバレありの紹介となっております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
69話
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 憂鬱な日々
いつの間にかうとうとしていたらしい。
やっと目を覚ましてあたりを見回すと、日が向きを変えて部屋の中には薄暗い陰が垂れ下がっていた。
マックは固い目をこすりながら体を起こす。
しばらく寝たていようだが、頭の中が朦朧として気力がなかった。
「体調はどう?」
急に近くから間こえてきた声に、マックは驚いて首をかしげる。
リプタンは暖炉の前に長い脚を伸ばして座っていた。
「い、いつ来られたんですか?練兵場に出たと・・・聞いたのですが・・・」
「騎士たちに事故現場に対する報告だけ受けてすぐ帰ってきた。あなたを監視する人が必要だと思ったからね」
彼は不機嫌そうにつぶやきながら、ひざの上に座った猫の背中を上の空で撫でている。
「私の言う通り、ベッドの上でおとなしく寝ているかどうか不安で何もできなかったよ」
「ずっと・・・し、寝室にいました・・・」
「知ってるよ。ずっと見てたから」
彼のぶっきらぼうな返事にマックは目を転がす。
いつからあそこであんなふうにしていたのだろうか。
休息が必要なのはリプタンも同じだろう。
心配そうな目で彼の顔を見ていると、リプタンが絡む猫たちをかごの中に押し込みながら暖炉の前に歩いて行く。
「まともな食事もできずにずっと寝ていたね。スープを温めておいたんだけど、食べられる?」
「少しは・・・た、食べられそうです」
彼はひしゃくを握り、釜の中をかき回し、スープを少し取って陶器の器に注いだ。
「熱いから気をつけて食べてね」
マックはボウルを手に取り、スプーンで澄んだスープをかき混ぜる。
細かく刻んだ薬草と柔らかく浸した麦、そして卵を混ぜて煮込んだ薄いスープだ。
彼女はふつふつと上がってくる曇った湯気を吹いて冷まし、木のスプーンでスープを少しすくって口に入れた。
塩気が適当に漂う熱々のスープがのどを通ると、待っていたかのように胃が揺れ始める。
その時になってようやく激しい空腹を感じ、小まめに食べ物を口の中に押し込んだ。
ベッドに腰をかけてその姿を静かに見守っていたリプタンが安堵のため息をつく。
「食欲が戻ってきたのを見ると、もう本当に良くなったようだね」
「ずっと・・・そ、そうだと言ったじゃないですか」
「あなたは大丈夫でも大丈夫じゃなくても、絶対そう言うじゃないか」
彼は冷たく返事をし、暖炉の前に戻り、小さなやかんを火の上にかけた。
マックはスプーンを握ったまま、慎重な目で彼の後ろ姿を見る。
まだ気分がほぐれていないのだろうか。
彼は部屋を出る時より一屑落ち着いた様子だったが、依然として神経が尖っているようだった。
物思いにふけった目でマックを眺めていたリプタンが、突然口を開く。
「昼にアグネスが立ち寄ったそうだけど・・・何か変なことでも言ったの?」
「た、大したことは言っていません。ただ・・・」
首都に上がるつもりはないかと勧めたことを彼に話してもいいのかと思い、マックは言葉を濁した。
彼は不思議そうな顔で彼女を振り返る。
「ただ?」
「昨日・・・王女様が結界に穴があいたせいで・・・魔物を逃してキャンプがめちゃくちゃになったと・・・せ、責任感を感じたようです。自分のせいで危険にさらされることになったからごめんなさいって言いました」
「・・・そうなんだ」
その言葉を最後に、また妙な沈黙が舞い降りた。
マックはそわそわしながら彼の顔色をうかがう。
自分に腹が立ったことが明らかな夫にどう接したらいいか分からなかった。
いつも彼女は父親の機嫌が悪いときはできるだけ息を殺して、彼の目につかないように注意を払っていたものだ。
余計な言葉で怒りを煽る必要がないということをよく知っていたから。
しかし、リプタンは彼女の沈黙が長くなるほど気分が悪くなるようだった。
固い顔で暖炉を凝覗していたリプタンが落ち着いた口調で吐き出す。
「マキシ、二度とあんなことが起きてはいけない」
低い声にマックは肩をすくめた。
「あんなこと」というのが何を言っているのか、あえて説明しなくても知ることができた。
彼は火かき棒で薪をかき回し、ゆっくりと首を回して強烈な視線を送ってきた。
「君が領主の夫人として責任を果たそうとしているのは知っている。しかし、ここは公爵領とは違う。アナトリウムには無数の魔物が生息していて、どこにどんな危険が潜んでいるのか分からない。事故現場で死傷者が出たという話は聞いたよね?」
マックは固くうなずいた。
一瞬彼の目に妙な迷いのようなものが幼かったが、リプタンはそれを振り払うように話し続ける。
「それが君だったかもしれない」
お腹の中がひんやりするのを感じながら、マックはスッポンのように首をすくめた。
確かに、魔物が飛んできたときにユリシオンが素早く彼女を押しのけなかったら大怪我をしたかもしれない。
どうしても彼の言葉を否定できず、頭を下げると、リプタンの口調がもう少し荒くなった。
「あなたはあなたが何をしているのかも分かっていない。治癒魔法を限界まで使ったのもそうだ。あんな状況になるほど無理すると分かっていたら、魔法を習うと言った時、最後まで反対しただろう」
「ま、まだ未熟だからです。これからは・・・気をつければ・・・」
「これからはない」
リプタンは氷のように冷たく宣言する。
マックは当惑した顔で彼を見上げた。
「私が望むのは・・・何をしてもいいと言ったじゃないですか」
「それは君の安全が保障される限りの話だ!」
彼が忍耐力を失ったように、つかつかベッドの横に近づき、激しく叫んだ。
「あなたは私の妻だ。あなたを安全に守り、保護するのが私の義務だ。私はあなたが危険にさらされるのを我慢できない。君が苦しむこと、傷つくことも耐えられない。昨日のようなことは二度と起きてはいけない」
「それでは・・・私は何をすればいいのですか?あなたが危ないところで戦って・・・あ、あらゆる苦労をする間に私は何をすれば・・・」
「何もしなくていい」
リプタンは大きな体を揺り動かし、両手でマックの顔をつかんだ。
「何も望まないとずっと言っていたじゃないか。あなたはカリプス城を見違えるように育て、暮らしを監督してくれている。それだけでもう満ち溢れている」
激しく吐き出す言葉に何と反論したかったが、何を言っていいか分からなかった。
マックは哀れに唇を震わせる。
彼を助けたくてしたことだった。
役に立つ人間になりたくて、頼りにされたくて、これまであんなに頑張ってきたのではないか。
ところが、いざリプタンは自分の助けなど少しも必要としなかった。
その事実を受け入れるのが難しくて口をぎゅっと閉じていると、リプタンが顔をゆがめながら哀願するようにつぶやく。
「どうか・・・心配させないで」
マックは泣きべそをかく。
その言葉に敢えて何を言えるだろうか。
自分のことを心配して正気を失ったという男に、これ以上意地を張ることができず、力なくうなずくと、リプタンが彼女の体をしっかりと引き寄せた。
「心配かけて…ごめんなさい」
首筋に湿って熱いため息があふれる。
大きな手が頭を包み込むのを感じながら、彼女はゆっくりと目を閉じた。
この上なく快適に感じられた熱くて心強い腕が、なぜ窮屈に感じられるのか分からないまま。
マックは体が完全に回復するまで寝室に閉じこもる必要があった。
リプタンの焦りがどれほとすごかったのか、用を足すために部屋を出る時も、下女たちが相次いでついてくるほどだ。
魔力が完全に戻ってめまいが治まった後も、リプタンはなかなか安心できなかった。
そのおかげでマックはお客さんの接待も後回しにしておいて、部屋の中で猫たちのネズミ捕りの訓練をする境遇に。
「ロンがもう、一番実力がいいですね」
彼女はルディスが猫たちのために作ってくれたネズミの形をした人形を慣性で振りながらつぶやく。
数週間で見違えるほど肉付きが良くなり、体もかなり大きくなった灰色の猫であるロンは前足を振り回して人形をひったくった。
ロイは猫らしくない親和力を発揮し、マックの膝の上でゴロンゴロン愛嬌を振りまいており、女王様のように高慢な白い猫のローラは、そのような幼稚なおもちゃには興味がないかのように遠く離れた席で自分の足の裏を舐めている。
これまで観察してきたところによると、口ーラは気難しい猫で、リプタン以外の人には一抹の関心もなかった。
寝室に閉じこもっている間、マックはローラの注意を引こうと絶えず努力したが、子猫は目もくれなかった。
「ロンは優れたネズミ捕り猫になるでしょう。一番体も大きくて好奇心も旺盛な上に好戦的です。ロイは優しすぎるし、ローラは自分の白い毛を汚くするようなことは一切しません。この2人はシェフが飢えさせて子供の頃の習慣を身につけるべきだとも言っています」
「そうしてはいけません。まだ幼い子たちだし・・・少し大きくなったらみんな自分の役目をするでしょう」
マックは保護するように猫を胸に抱きしめる。
家畜が役割が果たせなければ飢えたり外に捨てるのが当然だということは知っていたが、
マックは幼い頃から動物がそのような苛酷な扱いを受けるのが嫌だった。
自分の役目も果たせない家畜の立場も、自分の立場もあまり変わらないと感じたのだ。
彼女の決然とした顔を見たルディスは、優しい笑みを浮かべて言った。
「料理長の言葉通りにしたくてもあの子たちのお腹飢えさせることは不可能です。下女たちが順番にこっそりおやつを食べさせるうえに、さらには騎士の方々までこの子たちが食卓の下をうろうろするとこっそり食べ物を投げてくれるんですよ。ほら、太ったのを見てください」
ルディスはロンの前足をつかんで体を持ち上げる。
猫のしなやかで柔らかい体が小麦粉の生地のように伸びるのを見て、マックは小さくくすくすと音を立てた。
「もうお城を、歩き回らせてもよろしいでしょうか?足に差がないか・・・」
「キッチンや宿舎に少しだけ置いておくのは問題ないと思います。みんな行動が速いんですよ」
マックはネズミの人形を振りながら満足している彼らの愛らしい顔をじっと見下ろす。
猫のふわふわした毛を撫でている間は、退屈で浮かない心が少しは癒されるようだった。
「そろそろ食事を用意してきましょうか?」
「もう・・・そんな時間ですか?」
窓の外を見ると、日がいつの間にか中天に昇っていた。
「あ、あまりお腹が空いてないんだけど・・・」
「領主様が奥様が食事を欠かさないように格別に気をつけなさいと何度もお願いしました」
ルディスは反抗的な猫たちを高いかごに押し込んで、きっばり告げる。
マックはため息をついた。
リプタンの中で、自分はひよこのような女として完璧に烙印を押されたようだった。
本来も見苦しいほど過保護だった彼だったが、最近はほとんど偏執症ではないかと思うほど自分を気遣おうとしている。
ベッドの上に座って本を読むことさえ紙に指を切られるのではないか、本が重くて腕に筋肉痛が生じるのではないか、ありとあらゆる心配をしてきたために少し呆れるほどだ。
(嫌なわけではないけど・・・)
20年以上も過酷な扱いを受けて育ってきたせいか、マックは彼の過度な関心が嫌いではなかった。
大事に接してくれることが少しは嬉しかったりもする。
しかし、スプーンも使えない乳児扱いを受けるのはうんざりだ。
「それでは少々お待ちください。キッチンで食事を用意してきます」
「じゃあ・・・お願いします」
ルディスがバスケットを持って部屋の外に出ると、マックは立ち上がってテーブルの前に座った。
テーブルの上には半分焦げたろうそくと果物の器、そして魔法の本が適当に積まれている。
食事が用意されるのを待っている間、本でも見ようかと探していたマックはすぐに嫌気がさして再び覆ってしまった。
リプタンが自分に城の女主人以上の役割を与えるつもりはないということに気づいてからは、勉強をする意欲も生まれなかったのだ。
マックはため息をつく。
外では道路工事が真っ最中で、お客さんでさえ領地を歩き回るのに忙しいのに、自分だけ部屋の中に閉じこもってぶらぶらしていると、昔のことまで思い出してしまう。
クロイソ城で過ごす時も、人の目につかないように部屋の中に閉じこもっていた。
好き勝手に歩き回り、お客さんの目にとまったりする日には、父親に叱られて・・・。