こんにちは、ピッコです。
今回は4話をまとめました。
ネタバレありの紹介となっております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
4話
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- ワイバーン討伐
真冬にもかかわらず半日歩いたところ、全身が汗まみれだった。
乾いた風がひっきりなしに吹きつけたせいで、埃までかぶって、彼は浮浪者同然の格好だった。
リプタンは宿に入る前に、だぶだぶのローブを一度払い落とす。
砂ぼこりはそれにしても、全身に染み込んだ魔物の血なまぐさい匂いは、一体どうすればいいのだろうか。
黄金の砂村と名付けられたこの小さな城郭には宿が一つだけで、その宿の主人は特に小言が激しかった。
リプタンは眉をひそめる。
旅館の裏庭でメイドたちの目の保養になり、入浴する状況だけは避けたかった。
「なんで入らずにそこでそうしてるんだ?」
突然聞こえてきた舌のもつれた声に、リプタンは首をかしげる。
開いた宿の窓からはげ頭の男が顔を出してニヤリと笑っていた。
「デボンでちゃんとしたことはやったんだって、ハンサムな顔が半端じゃない」
男がグラスを振りながら軽薄に口笛を吹く。
リプタンは眉間を寄せ、男を無視して宿に入った。
予想通り、傭兵たちがうろうろしている。
依頼を受けてバラバラになっていた彼らが任務を終えて帰ってきたようだ。
(静かに休むことはできないね)
彼はため息をつきながら受付に向かう。
すると、洗濯物を畳んでいた女主人が、ぎょろぎょろとした目で彼にざっと目を通した。
「お宅は一度もまともな格好で帰ってくることがないね」
「黙って部屋でもくれ」
女が何かぶつぶつ言いながら引き出しから錆びている鍵を取り出す。
リプタンはそれを手に取りまっすぐ階段を上る。
その陰で女主人が怒鳴りつけた。
「すぐにお風呂に入るから、洗う前にはベッドの上に横になる考えはしないで!今回もシーツをめちゃくちゃにしたら布団代までちゃんと払うように!」
彼は後ろも振り向かずにぶらぶら手だけ振った。
今回の討伐では前のように大きな負傷を負わなかったが、岩から転げ落ちて肋骨付近に真っ青にあざができたうえに、鎖で龍の足を縛り付け、片方の肩がほとんど抜けそうになった。
すぐどこかに横になりたいという気持ちだけがある。
リプタンは肩をこすりながら、割り当てられた部屋に向かってとぼとぼと歩いた。
「当分は何もせずに、食べて寝るだけにしよう」
丈夫な肩でドアを押して入ると、ベッドと棚だけのシンプルな部屋の中の風景が目に入る。
彼は背負っていた荷物を床に投げつけ、腰に背負っていた剣をベッドの横に置いた。
それからぼろも同然のローブを脱ぐ。
魔物狩りをする時は最大限に体を軽くしなければならないため、防具はワイバーンの革で作った胸甲と腕甲、グリーヴと手首の保護帯程度だけを着用した状態。
革ベルトでできた継ぎ目を解いて、防具を一つ一つ脱ぎ捨てた後、魔物の血で汚れた真っ黒なチュニックを頭の上に引き上げた。
この服は二度と着ることはできないだろう。
確かに最初に購入した時は灰色だったと記憶する服をもやもやとした目で見下ろしていたリプタンは、ため息をついてベッドの上に座り込んだ。
しばらくして、宿の息子が木で作った浴槽を持って部屋の中に入ってきた。
「今日もめちゃくちゃになって帰ってきたんですって?今回はどこに行ってきたんですか?一人で6匹の龍を捕まえたというのは本当ですか?」
少年が質問攻めをし、馬を洗う時に使うさらさらしたブラシとタオル数枚を棚の上に置いた。
リプタンはびんとしたブラシを手に取り、眉をひそめる。
全く獣扱いだね。
そのようにぶつぶつ言っているのに、少年が子牛を連想させる暗褐色の目を煌めかせながら、続けて質問を吐き出した。
「何を食べたらそんなに背が高くなりますか?黒竜兵団で3番目に強いというのは本当ですか?どうすれはそんなに強くなれますか?」
リプタンは少年を見下ろした。
彼が知る限りではこいつと自分は同い年。
30歳になった将兵のように、自分に接するのがたまにイライラする。
リプタンはため息をつきながら彼に硬貨を投げつけた。
「お風呂のお湯を用意してくれた礼」という意味と、受け取って消せという意味だ。
少年は気が利くと間き、すぐに部屋を出た。
リプタンはブーツとズボンを脱ぎ捨て,ぬるま湯に浸かる。
浴槽は狭く、水はすっかり冷えていた。
しかし、綺麗な水でお風呂に入ることができるだけでも満足だ。
彼はこの2週間続いた竜狩りを思い出し、身震いする。
傭兵団に入ってからすでに4年が経った。
「これまで険しいことは全部見たと思ったが、今回の討伐はその中でも最悪だった」
疲労感でだるくなった頭の中に、クロイソ公爵領を離れた後のことが、あっという間に過ぎ去った。
商団の護衛をしていた傭兵たちに荷馬車に隠れていたことがばれて酷い目にあったことから、旅の途中ずっと披らの下僕の役割をする代価としてやっと同行を許されたことや、西に移動してあらゆる魔物たちと出くわしたことまで・・・。
うかうかと討伐に加わったことをきっかけに彼は黒竜傭兵団の末端団員となった。
そして、これまで傭兵として活動し、些細な紛争から魔物討伐まで、金になることなら何でも手当たり次第にやってきた。
その間、彼は4歳ではなく40歳は過ぎてしまった気分で、実際に周りの人たちが彼を16歳の少年として見る者はいない。
リプタンはかさかさしたあごをなでてため息をついた。
彼の身長はすでに6クベット(約180センチ)を超えている。
さらには、まだ成長中なのか、毎晩骨節がずきずきし、肩がぽきっと開き、全身の筋肉まで硬く張り裂け、時々自分の姿を水に照らしてみると、まるで別人のように感じられた。
しかし、彼にとって成長は煩わしく不便な変化に過ぎない。
頻繁に服と靴を買わなければならないのはともかく、体格に合う装備を手に入れるのが一番大きな問題だった。
甲胄も4年間ですでに6回も交換し、剣の長さも体格に合わせて増やすため、いつもお金に困っていた。
何よりも周辺の人たちの態度が微妙に変わったのが一番イライラする。
適当にタオルで水気を拭き取った後、荷物を探してそれでもまともな服に着替えれは少しでも気分が良くなった。
彼は再び腰に帯剣をして外に出る。
食堂で腹ごしらえをした後、思う存分寝るつもりだった。
どうか、面倒なことに巻き込まれないことを祈りながらゆっくり階段を下りていくと、嬉しくない声が間こえてくる。
「おい、カリプス。今回の討伐ですごかったんだって団長が口がしていたぞ」
リプタンは舌打ちをして首をかしげる。
猫のように細い目元に、すらりとした体格の男が彼に向かって親しみやすい笑みを浮かべながら近づいていた。
傭兵の中でも特に執拗にしつこいサモンだ。
リプタンは彼を置き去りにして静かに隅っこに座る。
男が当たり前のように隣の席に椅子を引いて座りながらぐずぐずしていた。
「一緒に討伐に参加したやつらがお前の悪口をどれだけ言ったか知ってる?完全に狂人だと言いながら、お前の奇行を唾が乾くほど並べたそうだ」
「何でもいいから、すぐ食べられるものを用意してくれ」
リプタンはサモンの言うことは間くふりもせずに通り過ぎる従業員にコインを一つ投げた。
すると、お盆に酒瓶をいつばい入れて運んでいた女性が愛嬌たっぷりに微笑み、すぐ厨房に駆けつける。
リプタンは壁に背中をもたせかけながらそっと、目を閉じた。
「関心がないから消えろ」という無言の態度にも屈せず、サモンは騒ぎ続ける。
「剣の持ち方を知らなかったチビが、数年でこんなにすごいやつになるとは、誰も
思わなかった?いや、私は人を見る目一つは・・・、クア!」
従業員が大きな杯を放すやいなや、男がひったくったように握りしめてはぐびぐびと飲み込んだ。
どうも相手になるまで邪魔する作戦のようだ。
リプタンは結局、無視することをやめ、ぎゅっと閉じていた口を開いた。
「用件は?」
「せっかちなやつだな?」
サモンはにっこりと笑い、重いポケットを彼の前に置く。
リプタンは眉をひそめた。
革袋の中にはラカシムの紋章が押された黄金の硬貨がいっぱい入っていたのだ。
「見えるか?銀貨じゃなくて金貨だよ。これで23デナだと。これが前金だよ」
「・・・いったい何の依頼を受けてきたの?」
リプタンは警戒心のこもった目で彼をにらみつける。
これだけの大金を前金として出すほとなら、非常に危険なことであることは明らかだ。
今回はどういう荒唐無稽な依頼を受けてきたのか。
険しい顔をすると彼はくすくす笑い出した。
「金貨を目の前にして傲慢な顔をするやつは世の中にお前だけだろうな」
「・・・」
「そんなに疑わしく思うことはない。依頼内容が分かれば理解できるはずだから。ソロン渓谷でワイバーンの生息地が発見されたんだって。この村の城主はもちろん、ネブロン城の領主まで討伐隊を募集しているそうだよ。参加するだけでもデナール一枚だ」
彼が金貨を一枚取り出して見せてくれた。
リプタンはちっと舌打ちをする。
「私は抜ける。今回の討伐に金貨一枚?ふざけてるわけでもないし・・・」
ちょうど従業員が彼の前に羊肉のシチューが入った器を置きながら、優しい笑みを浮かべて見せた。
リプタンは彼女のお調子者を無視して、スプーンを手に取り、熱々のスープを一口飲んだ。
しかし、サモンは彼にゆっくり食事を楽しませるつもりはないようだった。
「言ったじゃないか。前金だって。ワイバーンを一匹捕まえるたびに12デルハム追加だよ」
「ますます食欲がなくなるね」
ワイバーンはドラゴンの亜種の魔物の中でも気難しい奴だ。
一体捕まえるだけで骨から皮、磨石まで呼ぶのが値打ちだが、生きている時は悪魔の化身に他ならない怪物。
そんな高位級の魔物を捕まえるのに1匹当たり銀貨12枚だなんて。
ふざけてるわけでもないし・・・。
リプタンはパンをちぎってシチューにつけて食べながら、男の足を冷たく蹴った。
「気がないからあっちへ行け」
「このろくでなしめ・・・!」
サモンは急いで表情を収拾する。
「人の話を最後までちょっと聞けって!こんな値段なのには理由があるんだ!」
リプタンは黙々と食べ物だけを口に入れた。
さっさと食べてしまって、席を立ってしまうつもりだ。
サモンもそれを感じたのか、慌てて話を続ける。
「今度の討伐には魔法使いが二人も入る予定だよ。それだけだと思う?攻城に使う投石機はもちろん、魔導具まで動員するつもりだでネブロンの領主がしっかりと決心した。私たちは手を後ろに組んで立って見物でもして、討伐が終われば魔物解体作業でもすればいいんだよ」
「解体でもさせるつもりでそれだけの大金を出したというのか?」
「大金とは何だ。領主にこれくらいは小銭だよ」
彼はポケットを軽く投げ、それを手に取って鼻を鳴らした。
「リバドン西北部地域にはまだ旧教信徒がたくさん残っている。魔物を狩って売る不正なことをしては、教区民に体面が傷つくということだ。こんな下品なことは私たちのような傭兵たちに任せ、自分たちは邪悪な魔物たちを追い出したという名目を立てようとするのではないだろうか?」
リプタンは羊肉をかじりながら冷笑する。
貴族がなぜあえて傭兵を雇おうとするのか大体理解はできた。
ワイバーンや盤龍のようなドラゴン亜種の魔物の死体は金鉱と同じだ。
魔物狩りだけを主業とする傭兵団もいるほどだった。
しかし、品位を守らなければならない貴族の立場に魔物狩りのような浅はかなことに、堂々と飛び込むのは気まずいだろう。
リプタンは鼻で笑う。
「卑しいことは卑しい下のものたちにやらせるということか」
サモンはニヤリと笑って彼の背中に腕を回した。
「よく考えてみろ。こんな機会はなかなかない。今回の討伐依頼費用にしては安い方だが、魔法使いと正規軍人まで投入される討伐だ。危険率を考えると、かなり余裕のある金額じゃないか」
リプタンは熟考した顔であごを撫でる。
今回の解体は、傭兵4人が5時間も休まずにしがみついてこそ、やっと終わる厳しい作業だ。
それでも3日から4日ほど苦労することで金貨一枚ならやってみる価値がある。
あれこれ考えてみたリプタンは、結局うなずいた。
「よし、やろう」
「よく考えた」
サモンはポケットから金貨を取り出して彼に差し出す。
「前金だ」
リプタンは鼻で笑った後、さっと振り向いた。
そして休息を取るために部屋に戻ると、誰かが不自然によろめきながら、
彼がいる方向に倒れそうに傾く。
さっきからずっと色目を立てていた女だ。
彼は私に向かって体を押し付ける女性を疫病でも避けるように素早く避けた。
彼女は見事に床を転がした。
冷淡に拒否された女性が呆然とした目で彼を見上げる。
不意に酷い目に遭ったリプタンも、面食らった表情をして逃げるように階段を上った。
すると、背後から悪態をつかれる。
どうして自分があんなことを言われなければならないのか。
いきなり飛び込んだ方が悪くないかということだ。
リプタンは眉をひそめ、とぼとぼと部屋に帰ってきた。
翌日、リプタンは正午まで部屋の中でゆっくりと休憩を取り、サモンの介入に耐えられず外に出た。
「討伐隊の定員がすべて埋まった。3日後に今回の生息地に発つんだ。余裕を見せる暇がないって」
3日だなんて。
休憩どころか、装備を準備する時間もぎりぎりではないか。
彼はすぐにでも自分は抜けると言いたいことをぐっと堪える。
傭兵にとって信用は命だ。
一旦一度受けることにした依頼を取り消すには契約金の3割に該当する違約金を上乗せしなければならない。
「私以外に誰が参加する?」
「ジャカリ、ベガー、ゴルト、ゲリス・・・」
サモンはつまらないやつらの名前だけを並べ立てた。
リプタンは歯ぎしりをする。
どうしても自分を引き込もうとした理由がこれだったようだ。
いくら危険性の少ない依頼だとしてもワイバーン討伐だ。
予期せぬ問題が発生する可能性は常にある。
くだらない奴らだけ連れて行くには全く不安だったようだね?
リプタンは皮肉たっぷりの笑みを浮かべた。
「いやはや、すごい人物はかり選んで集めたな」
「使えそうなやつらは依頼の日程がきつくて全然応じないじゃないか。お前がちょうど時期に合わせて戻ってきてくれたおかげで助かった」
男はにこやかに笑いながらお世辞のような発言をする。
リプタンは質問をするのも面倒だったので、舌打ちをして階段を降りた。
きちんと調べもせずに依頼に応じたのは自分だ。
人のせいばかりにしている暇はない。
彼は食堂で簡単に腹ごしらえをした後、すぐに鍛冶屋を訪ねた。
そこで傷がついた武器を強化し、防具を修繕した後は新しい服とブーツを買いに出かける。
あまりにも険しい生活をしているため、服も靴もすぐにぼろぼろになるため、村に立ち寄るたびに毎回新しいものを買わなければならなかった。
最近は成長期まで重なって、2ヵ月も着られずに捨てる場合が多い。
リプタンは厚くて丈夫な革製のブーツとワンサイズ大きい服を買う。
靴もできるだけ大きいものを買いたかったが、敏捷な動きの邪魔になるのではないかと思って、どうしてもそうすることができなかった。
足にぴったり合う新しい靴をむっとした目つきで見下ろしていたリプタンは、すぐにため息をつきながら宿に戻る。
そして武器を一つ一つ点検し始めた。
龍狩りに使った鎖と鉤から黒く乾いた血を拭き取り、油を塗る間に日が暮れた。
翌日も似たような一日が続く。
そして、いよいよ出発の日がやってきた。
彼は胸にワイバーン革で作った胸甲を巻き、腕と脚にも保護帯を着用する。
そして腰に剣帯を巻いてニ本の短剣とバスタードソードをかけた後、錨型の鉤をまっすぐに広げて革袋の中に入れて口ーブをかけた。
すべての武装を終えたところで、ドアをノックする音が間こえた。
リプタンは荷物を肩に担いで外に出る。
サモンは自分のような格好をして壁にもたれかかって立っていた。
「城門の前に集結だよ。準備は全部終わった?」
「ご覧の通り」
宿の前には馬と荷馬車が待機していた。
彼はにぎやかに挨拶の言葉を投げかける傭兵たちをすっかり無視して、馬車の上に身を乗せた。
リプタンは移動中にかばんを枕にして寝返り、睡眠不足を補う。
ついに集結地に到着したのか、サモンが荷台の中に首を突っ込んだ。
「カリプス、依頼人が着いたよ。出てきて顔でも見せたらどうだ?」
毛布にくるまってぐっすり眠っていたリプタンは、顔をしかめた。
傭兵の仕事をしながら何度か貴族たちと対面することがあったが、高貴な血を持った人間たちとは生理的に合わない。
彼は再び毛布を顔にかける。
「私はもういい。ソロン渓谷に着いたら、その時起こして」
「おい、今回の依頼人はなんと子爵だと。目に入って悪いことはないじゃないか」
「私が顔を映しても、いい印象を与えるはずがない。小言を言わずにあっちへ行け」
面倒くさそうに背を向けて横になると、サモンがぶつぶつ言いながら退いた。
ざっと人員確認が終わったのか、再び馬車が動き始める。
そのように揺れる荷馬車の中でどれほど眠っただろうか、鈍い衝撃にリプタンは閉じていた目を開ける。
山の谷間に入ったのか、揺れが激しくて到底眠ることができなかった。
リプタンは壁に背を寄せて外を見る。
青白い冬の日差しが乾いた木の枝の間に激しく雪を剌していた。
彼は銀色に覆われた大地と、その上に列をなしていく兵士たちの姿をざっと目を通す。
前方には彼らの依頼人が乗っていることが明らかな豪華な馬車が転がっていて、その周囲にはきらめく鎧を着た騎士たちが軍馬の上に座って周辺を警戒していた。
冷笑的な目つきでその光景を眺めていたリプタンは、ふらりと馬車から飛び降りる。
ワイバーンのような大型捕食者が場所を取ったところに他の魔物がいるはずがないが、周囲を探索しておいて悪いことはないだろう。
「やっと顔を出してきたな。睡眠は思う存分できたのか?」
隣で馬を運転していた傭兵の一人が彼を見るや否や言いがかりをつけた。
リプタンは質問のようでもない質問をすっかり無視し、馬車にぶら下がって地形を調べる。
緩やかに続いていた道が目に見えて険しくなり、すぐに巨大な岩壁が目の前に現れた。
ちょうどワイバーンが好きそうな場所だった。
「到着した。あそこがソルン渓谷だよ」
討伐隊は谷から少し離れたところで立ち止まった。
やっとリプタンは討伐隊の規模を確認する。
相当な人員だった。
約50人近い兵士たちと20人の騎士たち、そして40人の傭兵たちまで・・・。
「他の傭兵隊も参加したのか?」
「流れ者の傭兵が相当数いるようだ。あ、魔法使いはあっちにいる。目をつけておいて。万が一一つでも怪我をしたら、彼らの助けが切実だからね」
彼はサモンの指差すところに首を向ける。
こんな山の中にあんな服装をして来るなんて、正気かと思うほどだぶだぶなローブを着た中年の男と、それよりは少ないが同じように厚い口ーブを幾重にも羽織った若い男が口喧嘩をしていた。
リプタンは目を細め,注意深く彼らを見る。
二人とも高位魔法使いだと言っていなかったか?
中年の方はともかく、彼に叱られている方は、とても腕のいい魔法使いには見えなかった。
年齢はせいぜい10代後半から20代前半ぐらい?
わずか数時間馬に乗って移動しただけでも疲れ果てた顔をしていることから見て、討伐の経験もないようだ。
リプタンはサモンをじっと見つめる。
「あの魔法使いは本人が回復魔法を受けなければならない状況じゃないか」
「外見だけで判断するな。噂によると、ああ見えてもすごい魔法を使うそうだ」
世間に噂ほど頼りないものはないだろうか。
リプタンは徐々に不吉な予感が押し寄せるということを感じた。
なんとなく順調な討伐になりそうもなかった。
そして、彼の予感は正確に当たる。
馬車から降りた風采の良い貴族が、騎士たちとしばらく相談を交わしてから、傭兵たちに向かって絶壁を登れという命令を下したのだ。
「計8人が岩壁を登り、それぞれの道具を決められた位置に設置しなければならない。ワイバーンたちは谷の深いところに巣を作っている。できるだけやつらを刺激しないように、身のこなしが軽く、動きが機敏な人たちが志願してくれることを願う」
貴族のそばに立った騎士が威厳のある声で話した。
すると、待っていたかのように近くに立っていた傭兵の一人がリフタンの肩を押す。
「こいつが傭兵団で一番身のこなしが速いです」
みんなの視線が彼に向かって飛んできた。
リプタンは自分を押した傭兵を殺そうと眠みつけ、騎士の手ぶりにしぶしぶ前に歩いていく。
「よし、一人目の志願者だな
「私はまだするという返事をしていない」
彼のひねくれた返事に傭兵たちにずっと目を通していた騎士が、こわばって首をかしげた。
リプタンは、彼の怒りに満ちた目つきを無視して、豪華な毛皮をまとった貴族に向かって話しかける。
「価格帯が合いません。巣まで行くのにたった1デナだなんて。まさかネブロンの領主がそんなにただでこき使うことはないでしょう?」
彼の不遜な態度に気分を害したのか、貴族の男が目を見開いた。
「魔法使いたちが睡眠魔法をかけておいた。大砲を弾かない以上、目覚めることはない」
「それにしても、あれだけの高さの岩壁をよじ登るには危険が伴います。命の値段ではとんでもない金額じゃないですか」
「金貨一枚は平民一人が半年間遊んで食べられる金額だ」
男の声に苛立ちの色がついた。
「お前こそただでやろうとするな。魔導具で作った網がワイバーンたちを釘付けにし、結んでいる間に私の騎士と兵士たちが透析器を使って奴らをすべて処断するだろう。その間にお前たちは後ろで指だけ吸っているつもりか?傭兵たちは一様に「金が上がった」という話は事実のようだね」
リプタンは唇をゆがめる。
誰が誰に金に夢中になったと言うのか。
ワイバーンを捕まえれば金貨一銭ぐらいは可笑しいほとおびただしいお金を儲けられるはずなのにケチだな・・・。
「何の苦労もせずにお金だけ受け取るという恥知らずな考えをしてきたのなら、今すぐにでも帰れ。もちろん前金は返さないと」
結局、リプタンは歯ぎしりしながら魔導具を受け取った。
残りの7人が決まると、彼らはすぐにソロン渓谷に向かう。
魔導具の設置を手伝ってくれる魔法使いも1人ついてきた。
リプタンは、ふさふさした灰色の髪の青年を頼りない目でちらりと見る。
近くで見ると、岩壁は思ったより高くて急だった。
「一番上から50クベット(約18メートル)間隔、これを岩壁に設置しなけれはなりません」
息を切らしながら辛うじて彼らを追いかけてきた魔法使いが、魔導具を取り出して説明する。
「この丸い板の後ろに、とがった鉤が見えますか?これを岩の中に打ち込むと、盤龍の力にも耐えられるほどしっかり根を下ろすでしょう。この魔導具を渓谷の左右にそれぞれ均ーな間隔で設置すると、巨大な魔力網が作られます」
「いきなりワイバーンが飛び出したりはしないだろうな・・・」
傭兵の1人が暗い谷の間にそっと首を突っ込みながらつぶやいた。
魔法使いは首を横に振る。
「物理的な刺激を与えない以上は睡眠魔法から覚めません。それでもできるだけ静かに動いてください。もし誰かが落ちたら、私が下から魔法で支えてあげるから、心配しないで」
「何ラントまで飛ばせるんだ?」
リプタンは疑いの目で彼を頭のてっぺんからつま先までじっと見下ろした。
不信の色を感じたのか、魔法使いが憤慨した表情をする。
「思う存分墜落してみてください!」
自信満々な叫びにリプタンの不信はさらに深まった。
ほらを吹く奴でまともな人間を見たことがない。
彼はできるだけ体を軽くするためにローブと胸甲を脱いで片側に置いた。
そして腰にしっかりと剣帯を締める。
ワイバーンを魔法で寝かせたという話が全く怪しかったのだ。
彼はすぐに鎖と鉤を使って岩壁ををよじ登った。
傭兵たちが慎重に彼の後についてくる。
鉤を岩の隙間にしっかり押し込んで固定させた後、鎖に体重を支えながら登頂をしていたが、いつの間にか3分の1程度の地点まで到逹していた。
彼ははるか下を見下ろして目を細めた。
他の奴らはまだずっと下でぐずぐずしていた。
どうやら自分が頂上まで登らなけれはならないようだ。
リプタンはため息をついて残りの通りをよじ登る。
そのように頂上に着くと、彼は鎖に体を支えたまま、魔導具を壁に固定させ始めた。
魔法使いの言葉通り、岩の隙間に蜂の針のような尖った突出部を打ち込むと、魔導具が岩壁にびったりとくっつく。
リプタンはしっかりと固定されていることを確認した後,岩の上をひらりと駆け上がった。
肌寒い天気にもかかわらず、全身が汗でびっしよりになっている。
「帰り次第、半分殺す」
やはりサモンの奴が持ってくる依頼の中にはまともなものがない。
そのように心の中で歯を食いしばっていると、ふと狭い谷の隙間からガチャガチャという音が聞こえてきた。
リプタンは眉をひそめる。
風で砂利が落ちたりしたのだろうか。
目を細くして真っ暗な谷間の中をのぞいてみると、真っ黒な岩のようなものが動くのがちらっと視野に入った。
リプタンはよろめきながら後ずさりする。
慌てて下を見下ろすと、魔導具はまだ5つしか設置されていない状態。
リプタンは再び鎖を伝って下りながら叫んだ。
「急いで!ワイバーンが目を覚ました!」
彼の叫びに中盤まで上がってきた傭兵が動揺し、悲嗚を上げて下に墜落する。
幸い、魔法使いが受け止めたようだが、魔導具も一緒に落ちた。
リプタンは「間抜け」と悪口を吐き、鎖をできるだけ長くほどいた。
「魔法使い!魔導具を魔法で飛ばせ!私が設置する!」
ほとんど墜落するように、下に素早く飛び降りながら叫ぶと、下から風が吹きつけた。
リフタンは飛んでくる魔導具をひったくる。
しかし、一歩遅れてしまった。
岩壁の間から突風が吹き荒れ、巨大な龍の頭が飛び出したのだ。
魔導具を設置する隙のようなものはなかった。
設置しておいた5つの魔導具から銀色の網が伸び出て40クベット(約12メートル)に逹する巨体を巻き、その力の余波で岩壁が崩れそうに大きく揺れる。
リプタンは慌てて岩にしがみついた。
火山が爆発すれば、このような音がするのではないかと思うほど、雄叫び声が鼓膜を激しく叩く。
ワイバーンの荒い羽ばたきで四方に突風が吹きつけると絶壁にぶら下がっていたやつらがまるで落ち葉のようにさらさらと飛んで行ってしまったリフタンは、飛び出た岩にしつこくくっつきながら悪口を飲み込んだ。
これで魔導具二つが飛んでしまったわけだ。
彼は残った一つを片手に握りしめ、推移を観察する。
ワイバーンが巨大な体をあちこち捻る度に網が切れるように張り裂け、岩壁はすぐにでも崩れそうに揺れた。
リプタンは揺れが少しでも収まるのを待って、もう少し下に降りて残った一つを岩の中に打ち込んだ。
魔導具が魔物の魔力を感知し、すぐに数十本の白い鎖を伸ばした。
しかし、ワイバーンが翼を2、3回も力強く羽ばたかせると、ワイバーンを巻きつけていた鎖は、あっけなく簡単に切れてしまった。
リプタンは悪口を吐きながら、敵に発覚される時に備えて短剣を抜く。
ワイバーンがちょうど拘束を断ち、谷の外に力強く飛翔しようとする瞬間、力強い騒音とともに前方から砲弾が飛んできた。
重い鉄槌に打たれた魔物が岩壁に身を打ち込んだせいで岩が崩れ落ちる。
「なんてこった・・・!」
リプタンは降り注ぐ落石を避けて慌てて回避した。
しかし、揺れが激しく、以前のようにスピードを出すのが容易ではなかった。
むしろ魔法使いが魔法で受けるように飛び降りようかと思ったが、あの愚かな奴が正気という保障がなかった。
この世で信じられるのは自分の両手だけ。
リプタンはワイバーンが気を失った隙を狙って岩壁をよじ登った。
まともな依頼とは思えない内容・・・。
圧倒的に地形が不利な状態で、リフタンはワイバーンを討伐することができるのでしょうか?