こんにちは、ピッコです。
「影の皇妃」を紹介させていただきます。
今回は317話をまとめました。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
フランツェ大公の頼みで熱病で死んだ彼の娘ベロニカの代わりになったエレナ。
皇妃として暮らしていたある日、死んだはずの娘が現れエレナは殺されてしまう。
そうして殺されたエレナはどういうわけか18歳の時の過去に戻っていた!
自分を陥れた大公家への復讐を誓い…
エレナ:主人公。熱病で死んだベロニカ公女の代わりとなった、新たな公女。
リアブリック:大公家の権力者の一人。影からエレナを操る。
フランツェ大公:ベロニカの父親。
クラディオス・シアン:皇太子。過去の世界でエレナと結婚した男性。
イアン:過去の世界でエレナは産んだ息子。
レン・バスタージュ:ベロニカの親戚。危険人物とみなされている。
フューレルバード:氷の騎士と呼ばれる。エレナの護衛。
ローレンツ卿:過去の世界でエレナの護衛騎士だった人物。
アヴェラ:ラインハルト家の長女。過去の世界で、皇太子妃の座を争った女性。
317話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 後愛②
「陛下、あの話をお聞きになりましたか?」
皇室の公式行事を終えたシアンとセシリアは向かい合ってお茶を飲んでいる。
戦略的な婚姻とはいえ、夫婦間の距離感は相変わらず埋まらなかった。
「彼女が礼儀作法を学んでいるそうです。」
「ベロニカが?」
カップを口元に運びかけたシアンの手が止まった。
「ええ、マダム・マルローによれば、かなり熱心だとか。才能もあるようですよ。」
「意外だな。」
皇室に足を踏み入れたベロニカは控えめに黙っていた。
初夜にそのような侮辱を受けたのだから、辛抱強く耐えただけでも偉いものだ。
「ああ、お茶が苦くなっていますね。」
「飲むだけにしておきます。」
「すみません。努力しているのですが、なかなか進展しませんね。」
セシリアが困惑しつつ、控えめに笑う。
シアンにとって、彼女は苦手な存在だった。
貴族令嬢としての振る舞いや活発な性格の彼女に、皇太子妃としての義務や作法、期待を求めるのはまるで合わない衣装を着せられたように感じたのだ。
そのため、彼女の活気が日に日に失われていく様子が彼の目にも明らかだった。
彼女を見るシアンの視線はどこか暗さを帯びていた。
「いつもすまない。」
「いいえ。そして、もう手遅れなのかもしれません。」
セシリアがお茶のカップの取っ手をそっと撫でながら、かすかに笑う。
その笑顔には、説明しがたい哀愁が漂っていた。
不快感を振り払おうとし、シアンは東宮のベレスィウ庭園に足を踏み入れる。
複雑な心情を整理するため、ベレスィウ庭園を通り、本宮側の庭園へ向かおうとしていた。
そこには警備兵が立っているはずだったが、シアンの突然の訪問に驚いた兵士たちは慌てて頭を下げる。
「お、お許しください、皇太子殿下!」
シアンはそれに頷くと庭園へと一歩足を踏み入れる。
その瞬間、警備兵が急いで口を開いた。
「もしかして皇后様をお探しでしょうか。彼女は庭園の奥でおられます。」
「ベロニカが?」
シアンの眉間にしわが寄った。
彼は幼い頃から東宮の庭園を好んで訪れていた。
小規模ながら本宮や西宮の壮麗さに比べ、広々とした自然を抱くこの東宮の庭園は、責任や義務からほんのひととき逃れ、自由を感じる場所だ。
しかし、その特別な場所にベロニカがいるという事実は、彼の気分を著しく悪くさせた。
大切な空間が汚されたような気分だった。
「戻ろう。」
身を翻したシアンの視線が庭の一部にちらりと向けられる。
小道をたどって本宮へと足を向けたその時、偶然にもベレスィウ庭園が視界に入ったシアンの足が止まった。
数百年の歴史を刻む月桂樹が皇宮の背景とともに目に飛び込んできた。
その前にはベロニカが立っていた。
一瞬、何かに惹かれたように彼女が月桂樹の葉を軽く触れながら振り返る姿に目を奪われてしまう。
葉が彼女の手からふわりと落ち、地面に舞い降りるその様子を、シアンの目ははっきりと捉える。
「どうしてそんな顔をしているんだ?」
シアンには彼女の表情の意味が理解できなかった。
何かを深く思い焦がれるようなベロニカの寂しげな眼差しと、自然に溶け込んだかのような儚げな美しさ。
それが今目の前にいるベロニカ本人だという確信が持てなかった。
シアンはその困惑を無視して身を翻した。
彼にとっては、すれ違う程度の無意味な出来事に過ぎなかったのだ。
ベロニカは相変わらず彼にとって重要性のない存在であり続けた。
「はあ。」
地方の貴族から送られてきた財政報告書を眺めて、シアンは深い溜息をつく。
皇宮近衛隊を改革するためには、充実した人材や財政的な安定が重要だ。
だが、禄俸も満足に支払えない状況では、忠誠を期待するのも無理な話だった。
「陛下、少し休まれてはいかがですか。最近ほとんど眠っていないご様子ですし。」
侍従官のデン・シゾンは、シアンの健康を案じながら進言した。
彼は、フランチェ大公が配置した監視役で埋め尽くされた皇宮の中で、シアンが唯一信頼を置ける存在だった。
デンの説得にも関わらず、シアンは手元の書類を手放さなかった。
不安だったのだ。
成功に対する不確実性が彼をひたすら仕事に没頭させていた。
シアンが目を擦りながら再び報告書を確認し始めた頃、デンの不安はますます深まっていった。
その時、外で待機していた侍女が静かに部屋に入ってくる。
驚いたデンが侍女を振り返ると、彼女はか細い声で報告を告げた。
「殿下、皇后様が殿下にお目通りしたいと参られました。」
「皇后が?」
書類から一瞬も目を離さなかったシアンが反応する。
その冷たい眼差しには不快感が滲み出ていた。
「はい、公爵が丹精込めて用意した紅茶を持参し、殿下にお会いしたいと・・・。」
「帰らせろ。」
シアンは冷淡に命じ、再び視線を書類に戻す。
タイミングとは妙なものだ。
皇室と公爵家の関係を考えると、その提案がいかに常識外れであるかは明白だった。
かつての二人の関係性からして、どうしてこんな場面に至ったのか理解に苦しんだ。
「・・・。」
再び集中して書類を読み進めようとするも、シアンの思考は乱されたままだった。
気が散り、思うように集中できない。
無視しようとしても、ついさっき頭に浮かんだ光景が彼の脳裏を離れなかった。
月桂樹の下で手を伸ばしていたベロニカの姿が。
その自然な微笑みと澄み切った瞳は、シアンが知るベロニカの本来の姿とはかけ離れていた。
胸のざわつきを抱えながらシアンは国政の視察を続けていた。
「皇后様から拝謁の希望がございます。」
「会いたくないと伝えろ。」
シアンは冷ややかに答え、少しも表情を動かさない。
視線にこそ表さなかったが、彼女を見る余裕など微塵もなかった。
その後、ベロニカは再び訪れた。
「殿下、東方から取り寄せた最高級の茶葉を用意し、どうしてもお目通りしたいとのことです・・・。」
「ほんの一瞬でもよいので、顔を見せてほしいとのことです。」
「後宮で待つと言われていますので、お時間ができたらぜひお越しくださいとのことです。」
ベロニカは執拗に要望を伝え続けたが、シアンにはその意図が全く理解できなかった。
シアンを頑として揺るがない権威と尊大さを持っている彼女が、このような願いを繰り返すとは到底信じがたい。
たとえ相手が皇太子であるシアンであっても。
しかし、そんなベロニカが繰り返し訪れることにシアンは苛立ちを覚えつつも、その行動を無視することができなかった。
彼女の存在がますます気になるようになり、ついには彼女を退けることが日課となったある日。
「本当に疲れるな。」
シアンはふとした瞬間に溜息をついた。
彼の顔には疲労の色がにじみ出ていた。
最近、皇宮外での秘密裏の活動と、それに関連する責務が増え、睡眠時間を削らざるを得ない日々が続いていた。
肩を揉みながら、彼の目線は休息を求めて自然と窓外へと向けられた。
ちょうどその頃、執務室で簡単な昼食を済ませ、次の業務に目を通していたシアンの元へ、再びベロニカが訪れた。
「ベロニカが私を訪ね始めてから、どれくらい経った?」
「最初の日からちょうど3ヶ月が経過しました。」
「3ヶ月か・・・。」
まさかの展開だった。
予測のつかないベロニカの行動は、文句のつけようがないほど一貫していた。
果たして本当に自尊心の問題なのか、それとも他に何か企みがあるのか、シアンの疑念は深まるばかりだった。
「厄介なことだ。」
彼女が来るはずの時間を過ぎても現れないことで、シアンの集中力は削がれた。
あれほどまでに粘り強く、言い分を通そうとする人間が、ここに来ないとは一体何を意味するのか。
これ以上の皮肉は存在するのだろうか。
「予定の時間を過ぎても来ないようだ。何かあったのか?」
「・・・調べさせます。」
シアンの簡潔で冷静な命令に、部下のデンは驚きのあまり目を何度も瞬かせた後、慌ててその場を立ち去った。
デンが出て行き、一人になったシアンは椅子に深く腰掛け、何とはなしに視線を宙に漂わせる。
どうして自分が彼女の行方を調べさせるような指示を出したのか、自分でも説明がつかないままだった。
間もなくデンが慌てて駆け込んできて報告した。
「殿下、今ビンケアで陛下と面会中だそうです。」
「何?」
一瞬、シアンの深い瞳に不快感が滲んだ。
「面会」とは。そんなことをする理由がわからなかった。
ただ彼女があえてそこに行ったという事実に思わず心がざわついた。
「すぐに陛下の元へ行く。」
シアンは迷うことなく席を立った。
もしベロニカがリチャード皇帝と会っているのだとしたら、明確な理由があるはずだ。
その理由がわからないことが、彼の不安を掻き立てたる。
宮殿に到着すると、シアンの姿を見た従者たちが恐る恐る道を譲った。
「陛下にお目通りしたい。通してくれ。」
「申し訳ありませんが、陛下は現在大殿にはいらっしゃいません。庭園で皇后様とティータイムを過ごされています。」
「ティータイム?」
シアンは思わず反問した。
「父上とベロニカがティータイムを?」
この信じがたい事実に、彼の心はさらにざわついた。
とても信じがたいことだった。
「本宮の庭園に向かう。」
シアンは確認のため、急ぎ本宮の庭園へ向かう。
規模は小さいものの、穏やかで親しみやすい雰囲気が漂うその場所は、リチャード皇帝がよく訪れるお気に入りの空間だった。
シアンが手入れされた芝生と花壇を越え、中に足を踏み入れると笑い声が聞こえてきた。
「はは、実に愉快な話ではないか。」
笑い声の主に視線を向けると、そこには皇帝リチャードが安らかな表情で座っていた。
彼は健康が悪化し、貴族たちの横暴な要求に疲れ果ててからというもの、笑顔を失っていたはず。
そんな彼が微笑を浮かべる姿は、何とも不思議な光景だった。
「皇太子ではないか?」
「はい? 陛下、ただいま誰かが・・・ええと、皇太子殿下がこちらにお越しです。」
「・・・。」
リチャード皇帝の茶席に茶を添えていたベロニカは、凍りついたように急いで茶器を置き、席を立って恭しく一礼をする。
突然のシアンの訪問に驚きの色を見せながらも、優雅さを失わない彼女の礼儀正しい振る舞いにシアンの目が釘付けになった。
「急ぎお伝えしたいことがあり、無礼ながら参りました。」
「皇太子がこうして来るということは、かなり急を要する用件のようだな。ここに座りなさい。」
シアンは軽く一礼して席についた。
そして、そっとベロニカに視線を向けたが、彼女はまるで罪を犯したように両手を組み、肩をすぼめて目を伏せていた。
やがて彼女は低い声で口を開いた。
「陛下、私はこれで失礼させていただきます。」
「はは、もう帰るのか?」
「後ほどまたお顔を見に参ります。」
「・・・。」
シアンは訳が分からないまま立ち上がったベロニカの姿をじっと見つめる。
その瞬間、逃げるように背を向けた彼女の目が一瞬シアンと交差した。
まるで秘密を抱えたかのようなその瞳は、シアンの胸に疑念を残した。
(何かを隠しているな。)
シアンは直感的にそう感じた。
すっかり動揺している彼女の態度に不安を覚えつつも、冷静を装おうとする。
「一杯どうだい?あの娘が少し驚いていたようだが。」
シアンは茶杯を手に取り、一口含んでからそっと下に置いた。
口元を軽く湿らせただけのはずなのに、シアンの目が大きく見開かれた。
その香りと味は、心を穏やかにし、今までに飲んだどの茶よりも深い印象を与えた。
「驚いたか?」
シアンは驚きを隠せなかった。
貴族の子息たちは皆、基本的な茶の淹れ方を学んでいるが、ここまで洗練されたソムシ茶を淹れるには数年を費やして磨き上げる技術が必要だ。
「急ぎの用件だそうだ。さっそく話してみよ。」
「実は、ベロニカが陛下と二人きりで密談をしていたとの話がございます。何を話していたのか、どのように対処すべきでしょうか?」
「・・・その話か。」
リチャード皇帝の言葉を聞いても、無表情だったシアンの顔が微かに曇った。
自分に関する話をリチャード皇帝にしたということに、疑念が生じた。
「私に関する話ですか?」
「お前に会おうとしないと言っていたよ。」
「下賤な行いですか?」
シアンは困惑した。
他愛ない話だとリチャード皇帝が言ったのなら無視できたが、それ以外では信じがたい内容だった。
下賤という言葉は、ベロニカにはどうしても似つかわしくない表現だった。
「真面目な子供だ。」
「・・・」
シアンは無言でリチャード皇帝を見つめる。
その皇帝の言葉には同意できなかった。
ベロニカがどのような本性を持っているか、シアンは誰よりも知っていた。
一時の態度が変わったとしても、人の本性が容易には変わらないことを理解していた。
「大公の娘です。」
「そう、大公の娘だ。それは否定できない。はは。」
「私は彼女を信じません。」
「おいおい、火のないところに煙は立たないというではないか。大公の娘といえば、善良な者として認められなければならないようだが、君はそれを疑っているのだな。」
冷たい風に吹かれながら、やつれた鶏のようなリチャード皇帝が激しい咳をした。
厳しい状況なのか、口を塞いだ手のひらには鮮やかな血の跡が。
日に日に病状が悪化するリチャード皇帝を見つめるシアンの表情が曇った。
「君には面目がないな。君の肩には義務と責任だけを背負わせて、愛される方法も、愛を与える方法も教えられなかった。コホン。」
「中に入ったほうがいいかと思います。」
シアンはリチャード皇帝を支え、宮殿内に向かった。
愛。
そんなものを真剣に考えたことは一度もなかった。
常に義務と責任に縛られた生活を送っているシアンにとって、これほど皮肉な言葉はほかにないように思えた。
それから3か月後、リチャード皇帝は崩御した。