ニセモノ皇女の居場所はない

ニセモノ皇女の居場所はない【131話】ネタバレ




 

こんにちは、ピッコです。

「ニセモノ皇女の居場所はない」を紹介させていただきます。

ネタバレ満載の紹介となっております。

漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。

又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

【ニセモノ皇女の居場所はない】まとめ こんにちは、ピッコです。 「ニセモノ皇女の居場所はない」を紹介させていただきます。 ネタバレ満載の紹介と...

 




 

131話 ネタバレ

登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

  • 謝罪

フィロメルは大神殿へ向かう途中、エミリーからその詳しい事情を聞くことができた。

「私、行方不明になった“皇女を間近でお仕えしていたじゃないですか。陛下も、私がその女性を探す手がかりになるとお考えだったのか、あちこち走り回らされてたんですよ〜」

エミリーは小さく笑って肩をすくめた。

「まぁ、実際のところ大した役には立ってないんですけどね。あ、そういえば!私がお渡ししたあの攻策書、どうでした?」

――王宮を去る際、フィロメルは彼女から侵入者が残した攻策書を受け取っていた。

「内容は、だいたい解読できたんだけど……」

フィロメルは攻策書を“月光の書庫”に持ち込み、妖狐の学者に読み解いてもらっていた。

とはいえ、すぐに翻訳が終わったわけではない。

そんなこんなで、いくつもの試行錯誤を経た後――。

「“テキスト読み上げ機能を起動しますか?”」

ついに学者が解決策を提示した。

彼女は澄んだ声で、公文書の内容を読み上げ始めた。

「“タイトル、トゥルディス年代記。”」

「ん?タイトル?」

「“トゥルディスは、美しい川が国土を横切る王国であった。トゥルディスには多様な種族が暮らしており……”」

結論から言えば――攻策書の正体は、**「連載中の恋愛小説」**だった。

『トゥルディス王国』なる国は、この世界のどこにも存在していなかったのだ。

もしかして何か重要な記述があるかもしれないと、最初から最後まで何度も読み返してみたが……やはり『トゥルディス連打記』とやらは、侵入者の完全な創作物だった。

『単なる創作なのか、それとも他に何か意図があるのかは分からないけど……』

拍子抜けだ。

少しは手がかりがあるかと期待していたのに、内容は侵入者の妄想めいた恋愛ストーリーばかり。

フィロメルはため息まじりに肩を落とした。

「……あの女の行方とは、まったく関係のない内容だったわ」

「……あぁ、そうですか。あまり役に立たなかったんですね」

エミリーの顔にははっきりとした落胆の色が浮かび、それが一言ににじんでいた。

「持ってきてくれただけでも十分よ、ありがとう。」

エミリーはえへへと笑った。

「でも!別の形でフィロメル様のお役にも立ったんですよ!」

「え?」

「選抜式の知らせを聞いて、フィロメル様が勇者になられるのをお手伝いしたくて……!」

「それで?」

「ちょうど皆さんがフィロメル様の噂をしていたので、私が言ったんです!」

「何を?」

「“王宮でケルト伯爵を一撃で吹き飛ばされた方よ!”って!ちょっと脚色もつけて、面白くしておきました!」

「……まさか、あの“スプーンで心臓をどうこう”ってやつ、あなたが?」

「はいっ!」

やっぱりお前か。

「うまくやったでしょ?」

褒めてほしいとでも言いたげに、エミリーはフィロメルに向かって潤んだ子犬のような瞳を向けてきた。

……ちょっと、心が揺らぐ。

「ありがと。でも――次からはやめなさい。」

そうやってたしなめると、三人はゆっくりと大神殿へと歩を進めた。

エミリーはフィロメルとナサールを中央庭園の方へ案内する。

大神殿を訪れる貴族や後援者たちのために――。

貴族風に整えられた庭園。

もともと人通りの少ない散歩道だったが、今日は人影がまったくなかった。

理由は明白だった。

昼間にもかかわらず、皇帝直属の騎士たちが庭園の周囲を警備していたのだ。

「陛下はこの中におられます。」

エミリーが中央庭園の入口を指し示す。

「それと、このことをお伝えしたのは内緒にしてくださいね。」

「どうして?」

「陛下が、フィロメル様には自分がここにいることを知らせないようにとおっしゃったんです。」

「理由は?」

「さあ……。ただ“偶然出会った”ふりをして、フィロメル様が元気にしているか見てきてほしいとだけ……。」

「わかったわ。秘密にしておくね。」

――とは言ったものの、もし突然フィロメルが現れたら、皇帝はきっと感づくだろう。

『この子、肝が据わってるって言うべきか……それとも私に忠義を尽くしていると見るべきか……』

皇帝の命を差し置いて、堂々とやってのけるのだから。

「いってらっしゃいませ。私たちはここでお待ちしています。」

ナサールとエミリーをその場に残し、フィロメルは大神殿の入口へと向かった。

 



 

「お久しぶりです、諸卿。」

「レディ・フィロメル!」

彼女と顔なじみの騎士たちは、皇帝がいる場所へと――。

エミリーはフィロメルに、陛下がいる場所をそっと教えた。

その視線には、まるで「会って話してほしい」とでも言いたげな意図があった。

何だろう、と考えながらフィロメルは庭園の奥へと足を踏み入れる。

庭の中央にたどり着いたとき、彼女は皇帝を見つけた。

ユースティスは噴水台に腰を下ろし、視線を床に落としていた。

(あれ?)

妙な違和感を覚えたのは、あと十歩ほどの距離に近づいたときだった。

(どうして、何も言わないの……?)

皇帝は他人の気配にとても敏感な人だ。

七年前のあのときも、扉の外に立っていたフィロメルの存在をすぐに察知していたのだから。

「え、へ、陛下……?」

彼の身体がびくりと震えた。驚きに染まった青い瞳がフィロメルを見つめる。

「フィロメル?」

本当に気づいていなかったらしい。

「お久しぶりです。お元気で――ちょ、ちょっと!」

皇帝が素早く立ち上がると、そのまま距離を取るように歩き出した。

フィロメルは慌ててその後を追いかける。

「陛下、どこへ行かれるんですか!」

「お前がついてくる理由はなんだ?」

「そ、それは……陛下に申し上げたいことが……!」

フィロメルはそのときになって、はっと我に返った。

逃げたのは――陛下の方だった。

(えっ、ちょっと待って?悪いのはそっちなのに、なんで私を避けるのよ!)

思わずムッとしたフィロメルは、勢いで一歩踏み出した。

けれど、長い脚の差はどうにも埋まらず――

「きゃっ!」

つまずいて、そのまま転んでしまった。

「フィロメル!」

少し離れたところにいたユースティスが、驚いたように駆け寄ってくる。

「大丈夫か?怪我は!」

「ひざをちょっと擦りむいたみたいです……」

彼はすぐに侍従を呼びつけ、鋭い声で命じた。

「侍医を!侍医を呼べ!」

「……陛下、大神殿に侍医を連れて来られたのですか?」

「あっ。」

――連れてきてなかった。

フィロメルは、震える足を抱えている男――皇帝の顔をまじまじと見つめた。

昼の光が差し込むなか、いつもよりその瞳の青が薄く、力のない様子が際立っている。

……これまで見た彼の中で、一番具合が悪そうだ。

魔塔でルグィーンとレクシオンが交わしていた会話が、ふと脳裏に蘇る。

――皇帝の容体は正常ではない、と。

胸の奥に得体の知れない不安が広がる。

「治療ができる神官を呼ばせる。」

フィロメルはポケットから軟膏を取り出し、落ち着いた声で言った。

「これがあれば大丈夫です。」

軟膏の効果はすぐに現れ、傷口はみるみるうちに癒えていった。

「……」

「……」

二人の間に、気まずい沈黙が流れる。

フィロメルは、陛下がまた逃げ出すのではと警戒して袖をそっとつかんだ。

けれど、彼が身を引く気配はなかった。

少しの間をおいて、彼女が先に口を開く。

「お話してください。どうして、私から逃げたんですか?」

「……もう、こうしてお前の顔を見てもいいと思った。……だが、前にお前、俺の顔をまともに見るのも嫌だって言ってなかったか?」

「えっ?」

――言った……かもしれない。

あの日、真実が明るみに出たとき、確かにそんなことを口走った気もする。

「本当に見るのが嫌だったなら、あの時わざわざ駆けつけたりしませんよ。」

「……フィロメル。」

皇帝はしばし黙って視線をさまよわせたあと、ゆっくりと口を開いた。

「もう一度――俺に、勇者を救う機会をくれるか?」

「……悪いと思っていないなら、謝らなくてもいいと?」

「時には、何も言わずに姿を消すほうが正しいこともある。」

そうかもしれない。

フィロメルも最初に真実を知ったとき、陛下と顔を合わせることすら嫌だった。

謝罪なんて聞きたくなかったし、その顔を見るのも苦痛だった。

――けれど、今は違う。

「私は、ちゃんと謝ってほしいです。」

彼女の言葉に、ユースティスは少し意外そうに瞬きをした。

次の瞬間、彼の口から出たのは――まさかの質問だった。

「……私の〈権能〉が“瞬間移動”であることを知っているか?」

普通、神聖力で発動する魔法の一種を「権能」と呼ぶ。

「皇族の“権能”と呼ばれているものだ。」

「なるほど……皇族がどんな権能を持つかって、生まれた時に決まるものじゃないんですか?」

「今ではほとんど知られていない真実だが……皇族の権能は、その者の“性向”によって決まる。」

「性向……ですか?」

「例えば、攻撃的な性格の皇族なら破壊の権能を発現するといった具合だ。」

「じゃあ、穏やかな性格の人は……治癒の能力を持ったりするんですか?」

「理解が早いな。」

――ゲーム『皇女エレンシア』に登場する本物のエレンシアの権能は“治癒”だった。

(それに対して、偽物のエレンシアは一度たりとも……)

――治癒でも、攻撃でもない。

瞬間移動というその能力が、なぜ彼から発現したのか。

フィロメルはふと疑問に思った。

(あれほど人を癒す力に向いていそうなのに……なぜ?)

「じゃあ、陛下の権能である“瞬間移動”は――」

彼女がそう問いかけると、ユースティスは一瞬だけ目を逸らした。

「……目的地に早く着きたいとか、閉塞感が嫌とか、そういう理由ですか?」

「違う。」

短く、けれどどこか苦しげに。

「瞬間移動の権能は――“逃避の性向”が強い者に現れるんだ。」

彼は一瞬、深呼吸をしてからフィロメルの瞳をまっすぐに見つめた。

「……私はこれまで、ずっと逃げ続けてきた。過去の、私自身の過ちから。」

その言葉でようやく、フィロメルは理解した。

──かつて彼が逃げ出した自分を追って、皇帝が瞬間移動で迎えに来たとき。あのとき、彼の“能力”を初めて知ったのだ。

なぜ、彼はただ一人の娘にさえその力を隠していたのか。

……それは、その能力がユースティスにとって“恥ずべき力”だったからだ。

「本当は……お前に謝るべきだった。だが、できなかった。私たちの関係が……完全に壊れてしまうのが怖かったんだ。」

「…………」

「一度、行き止まりにぶつかったように感じたことがある。……あのとき、ようやくはっきり見えたんだ。」

皇帝の声は、わずかに震えていた。

「謝罪の言葉を口にしながらも、私はお前を見るより、自分の恐れを優先していた。親としても、人としても、失格だった。」

フィロメルは黙ってその言葉を最後まで聞いた。

「……遅すぎたけど、すまない。」

それは、懺悔のような声だった。

「幼いお前を守れなかったこと、あんな言葉を浴びせたこと、そしてすべてを隠して逃げたこと――全部、私の罪だ。」

「陛下。」

「お前が一生、私を憎んでもいい。二度と……私を許さなくても構わない。もし……俺の顔なんて、もう見たくないというなら……二度と、お前の前に姿を現さない。」

彼は、まるでフィロメルがこの場を去ってしまうのを恐れるかのように、切羽詰まった声で続けた。

「……これだけは、聞いてほしい。」

最後に、どうしても伝えたかった言葉。

「お前は強くて、素晴らしい子だ。どこへ行っても、多くの人に愛されて、きっと幸せに生きていける……だから――」

ユースティスはそっと目を閉じ、深く息を吸い込んでから、静かに瞼を開いた。

「……どうか、健康に気をつけて。もう誰の顔色も伺わず、自分のやりたいことをして、生きていってくれ。」

それで、すべてが終わった。

どこからか、涼しい秋風が吹き抜けた。

花の香りが漂う庭園の中で、沈黙だけが二人を包む。

フィロメルは何かを言おうとして口を開きかけ、そして一度閉じた。

しばし迷った末に、静かに言葉をこぼした。

「……正直に言うと、まだ陛下を許すことはできません。」

「……そうだろうな。」

「でも、もう少し考える時間をください。」

ユースティスは意外そうに眉を動かした。

「考える必要があるのか?」

フィロメルは小さく笑って首を横に振った。

「ええ、簡単な問題じゃありませんから。許すか、許さないか――そのどちらかだけでは、答えにならない気がするんです。……なんというか、頭がぐちゃぐちゃで……いろんなことを考えすぎて、気持ちが整理できないんです……。」

自分でも何を言っているのかよく分からなかった。

ただ、混乱していた。

昔から――皇帝に関わることはいつも、フィロメルの心に複雑な感情をもたらしてきた。

もしかすると、それこそが人間関係というものの本質なのかもしれない。

ユースティスが口を開いた。

「頭が痛いときは、無理に考える必要なんてない。……どうせ悪いのは俺なんだから。」

「それと!さっきから思ってたけど……自分を責めすぎるの、やめなさい。」

「……」

「……なんだか、気分まで沈んでしまいます。」

「わかった。無理に話さなくてもいい。」

ユースティスの静かな声に、フィロメルは小さくうなずいた。

彼女は澄み渡る秋の空を見上げながら、心の中で思う。

(そうだ。今は“勇者の選抜式”が終わってから考えよう。)

塔の一族との件も、やるべきことは山ほどある。

けれどその中でも、一番大切な問題は――「勇者になること」。

……ただ一つ、はっきりと言えることがある。

「――陛下、できればもう少し“誠意ある謝罪”をなさった方がよかったと思います。」

「…………。」

「もう少し……そう、もう少しだけ早く。私が皇宮に戻ってきた直後……いや、運命が狂い始める前に……」

──7年前。あの言葉を耳にした直後、あるいはもっと前に。

『もしあのとき、ちゃんと向き合えていたなら……私たちの関係は、今みたいにこじれなかったかもしれない。』

互いに本心を隠したり、相手の目を避けたりせず、きちんと信頼関係を築けていたなら。

フィロメルは想像する。

――〈皇女エレンシア〉という話を聞いて、父のもとへと駆けていった幼い頃の自分を。

もしあのとき、少しでも早くエレンシアを探していたら――侵入者が現れたとしても、今のような事態にはならなかったかもしれない。

『ルグィーンとももっと早く出会って、ナサールとは……ずっと前に、お互いの気持ちを確かめ合えていたかも……』

けれど、それはほんの一瞬、甘く儚い幻想にすぎなかった。

フィロメルの胸に浮かんだ想いは、秋風に散る花びらのように掻き消えた。

ユースティスが静かに言葉を落とす。

「……それが、私の一生の後悔だ。」

 



 

――過去よりも大切なのは、いま、そしてこれから。

フィロメルはユースティスとともに、中央庭園の噴水のそばに腰を下ろし、これまでの出来事を語り始めた。

「――エレンシアに会ったんです。」

ユースティスの瞳がかすかに揺れた。

その名は、彼にとっても決して軽くはない響きを持っていた。

話を聞いた彼は、堪えきれないような表情を浮かべた。

「そうか……あの子が……まだ、その身に残っていたのか。」

“邪神”という言葉を耳にした瞬間、その表情は一転して深刻なものへと変わる。

「最近、神殿の動きが鈍っていたのは……そのせいだったのか。」

「鈍っていた……ですか?」

「内部に潜り込んでいる工作員の話によると、大神官が何かの『信託』を受けたようだが、口を固く閉ざしているらしい。」

「邪神に関する信託……ですか?」

「その可能性は高い。」

彼はため息を吐いた。

「キリオン・エスカルの勇者資格に疑いがあると知りながら、それでも選抜式を強行した――つまり、急を要する事情があったということだな。」

「だから陛下がここに来られたのは、その件のため……ですね。」

「そうだ。あの男には、かつて侵入者に協力した前歴がある。」

ユースティスの言葉に、空気がひやりと冷えた。

彼は、キリオンが偽のエレンシアを匿っている可能性を疑っているのだ。

「周辺を探らせたが、怪しい動きは見つからなかった。だが――あの男が勇者になるなど、到底許せることではない。」

フィロメルは息を呑んだ。

彼女は知っていた。ユースティスの冷徹なやり方なら、キリオンを“排除”することもためらわないだろうということを。

『ルグィーンもそうだし、この人もそう……どうしてこう、すぐに人を殺そうとするのよ!』

フィロメルは、まるで責めるような鋭い視線を皇帝に向けた。

「短絡的な考えはやめてください。今、キリオンに手を出したら、神殿との関係がこじれるだけです」

邪神という脅威を前にして、力を合わせても足りない状況なのだ。

「私が勇者になります。そうすれば、血を流さずに解決できます」

ユースティスとの会話で、彼女は確信を得ていた。大神官が受けた“信託”は、十字腕輪と邪神に関するものだろう、と。

『皇帝の勅命を受けていながらも、勇者の先発任命式を急ぐ理由は……』

「長い年月をおまえと共に過ごしてきたのに、まさか“勇者になる夢”を見ているとは気づかなかった。」

「大丈夫です。最近見た夢なんです。」

「……まさか、選抜式に出るつもりか?」

「はい。私が――バルバドの剣を、正当に手に入れます。」

ユースティスの表情がわずかに曇った。

彼は心のどこかで、フィロメルを止めたいと思っていた。

罪を負った身として、強くは言えなかったが。

「……どうしておまえが行く?」

「世界樹が認めた“勇者の候補”は、キリオンと私だけなんです。それに――私は本気でやりたいんです。」

「理由は?エレンシアのためか?心配いらない。あの子は……必ず俺が助け出す」

――だから、お前はお前のやりたいことをやれ。

そう言いたいのだと、フィロメルにはわかった。

彼女はふっと笑みを浮かべた。

「……私が“嫌だ”って言えないわけじゃないけど、別の理由もあるんです」

最近できた、もうひとつの理由。

「ここの人たちが、今の私を何て呼んでいるか知ってます? “勇者フィロメル”ですよ。それまではずっと、“前皇女”とか、“皇族の一員”、あるいは“魔塔主の娘”って呼ばれてたのに」

ほんの短い、まるで上級幻術で作られたような幻に過ぎなかったが――それでもフィロメルは、その呼び名を聞くのが心地よかった。

「私は……本気で勇者になりたいんです」

皇帝はしばらくのあいだフィロメルの顔を見つめ、ふっと小さく笑みを浮かべた。

「なるほど。では――これからは全面的におまえに協力しよう。」

「心強いお言葉ですね。」

「……ただし、もし気が変わってキリオン・エスカルを排除したくなったら――」

「そんなこと、絶対にしません!」

その声には迷いがなかった。

皇帝の脳裏には、過去の記憶がよぎる。

命令一つで何人もの命を奪ってきた――アンヘリウムの治安維持の名の下に。

あのときも、「処刑をやめてくれ」と言われたことがあった。

しかし、彼はただ無表情に命を下したのだ。

「……処罰をしないということではない。正しく、法に則って裁くということだ。」

その言葉に、フィロメルは静かに頷いた。

しかし、フィロメルが強い調子で言い返すと、彼はしぶしぶ引き下がった。

ついでとばかりに、彼女は前から言いたかったことも口にする。

「お食事のときは、ちゃんと侍従に味見させてください。それから……護衛なしでうろうろしないでくださいね」

ルグィーンの暗殺未遂を思い出しながらの忠告だったが、ユースティスはなぜか嬉しそうな顔をした。

「俺の健康まで気にしてくれるとはな」

……どうやら何か勘違いをしたらしい。

『まあ、いいか。ルグィーンも軽率なことはしないだろうし』

キュキュに魔法をかけて行ったところを見る限り、彼も結局はフィロメルの意見に従うつもりのようだった。

皇帝とエレンシア暗殺の計画は、すでに完全に潰えたと判断された。

『これで他の問題はほとんど片付いた……。』

あとは、フィロメルが勇者となることだけが残されている。

神殿の決定はその日の夜、公式に発表された。

翌日から――フィロメルとキリオンの二人による「勇者選定試験」が始まる。

最大三度の試練のうち、二度以上勝利した者が、新たな勇者として選ばれるのだ。

 



 

 

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